第7話 一馬VS神崎②

 木曜の夜に、華村は神崎の自宅を訪れた。

 ゲーム機器を除けば、ベッドと必要最小限の家電が置かれているだけの殺風景な部屋。その室内を見回しながら、華村は呆れた口調で言う。

「まるでビジネスホテルだわ」

「生きていくために必要なものは、一通り揃っている」

「精神的な豊かさを求めて生きて行こうとは思わないのかしら」

「無駄なオブジェを置いても、ゲームで強くなるわけではない」

「あなたの人生には、格闘ゲーム以外の要素が必要ないのね――」

 何を言っても無駄だと覚った華村は、カバンから多額の現金を取り出した。

「――前回のファイトマネー、両替が終わったわよ」

 神崎が受け取ったのは、帯が付いた百枚の束と二十枚の万券。しめて百二十万円が手渡された。

「一馬との一戦では二百万ドルを超える賭け金が集まる見込み。そうなるとあなたのファイトマネーも二万ドルに達するわね」

「ますます両替に時間が掛かりそうだな」

「そうならないよう、日本円の資金を潤沢にしてもらうための申請をしておいたわ」

「捜査費も無限ではないんだろ。そんな要望が通るのか」

「あなたの勝ちっぷりに、上層部もかなり色めきだっているのよ。ようやく闇組織の内側まで潜り込めそうな展開に、期待を込めて応じてくれるそうよ」

 神崎の肩には、活躍することで収益が増える闇組織だけでなく、地下格闘ゲームの解体を目論む警察の思惑さえのしかかっている。もはや自分が生きていくために必要な生活費を稼ぐだけにとどまらない。

 普通の神経なら押し潰されてしまいそうなプレッシャーの中、神崎は格闘ゲームで身を立てられるこの環境に、むしろ感謝さえしている。

「それで、一馬に勝てる見込みは立ったのかしら」

 華村の質問に、神崎は正直に首を傾げた。

「シノブと戦った時に比べて、だいぶ勝負の感覚は取り戻してきたが、それでも三年前に比べれば劣っている。一馬に実力勝負で挑めば負けるだろう」

「だったらどうするつもりよ。無様に負けておしまいだなんて、言わないでしょうね」

「一方的に負けるつもりはさらさらない。だが、勝つためには一か八かの博打を打つ必要がある」

「当たって砕けろ、ということかしら」

「そうとも言える――」

 掴みどころのない老獪な動きを見せる仙人が相手でも、その攻略法を見つけた神崎だったが、今回ばかりは紙一重でさえ実力で上回ることが出来ない。

「――勝つためには運が必要だな」

 そう呟く神崎に、華村があっけらかんと言う。

「だったら大丈夫よ。私という勝利の女神が付いているんだから」

「死神にしか見えないが」

「あなたをドン底から救い出してあげたこと、もう記憶から消えたのかしら。犬でさえ三年は恩を忘れないというのに」

「それはお互い様だ。アンタも俺のおかげで捜査が進む」

「そう、私たちは一蓮托生。あなたは生活が、私は今後のキャリアが懸かっている。お互いのために勝ち続けるのよ」

 口ではWIN―WINの関係と言っているが、言葉が命令口調だった。この華村という自我の強い女、自分の目的を果たすためなら親でも利用するタイプだ。

 だが、それでも良い。難しい交渉事はすべて華村に任せ、神崎は格闘ゲームに集中する。少なくともファイトマネーは全額、自分の懐に入っているのだから文句はなかった。

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