第4話 四天王VS神崎③

 まだ名もないレーティング下位による、前座の試合が開始された。神崎は華村と一緒に試合会場を出た突き当りにある、関係者控室に入った。

 ここには大きなディスプレイが置かれ、騒がしい会場から離れて静かに戦況を見守ることが出来る。前座の試合を見ていると、急に背後から声を掛けられた。

「お前とやれるなんて、光栄だぜ神崎さんよ――」

 振り返ると、190センチを超える大柄な豪傑が立っていた。太く筋肉質な腕で力こぶを作りながら宣言する。

「――いくらお前が強くても、勝つのは俺だ。正々堂々、よろしく頼むぜ」

 握手を求めて豪傑が手を差し出して来た。だが、神崎は応じない。

「俺の利き腕を負傷させる気か。その手にはのらない」

「ハッハッハッ、信用がねえんだな。そんな卑怯な真似はしねえよ」

事前に貰った情報では、何でもありのアンダーグラウンドでは珍しく男気に溢れたプレイヤーだという。どうやらその分析に間違いはないようだ。

「なぜレーティング下位の俺と戦おうと思ったんだ」

 神崎が素朴な疑問をぶつけると、豪傑は眉間に皺を寄せた。

「決まっているだろう。お前を倒せば地位も名声も、ついでに十万ドルも手に入る。挑まない手はない」

今度は神崎が眉を顰める番だった。ファイトマネーは賭け金の1%。十万ドルを稼ぐには1000万ドルもの賭け金が必要になる。

「日本円で十億にも相当する金が、俺たちのたった一試合で動くのか」

 通常のメインイベントでも賭け金は二十万ドルから三十万ドル、神崎がサプライズでシノブと対戦した試合でも五十万ドルだった。いくら四天王との戦いとはいえ、その二十倍もの金が一気に集まるとは思えない。豪傑もそれは認める。

「ファイトマネーは一万ドルにも届かないだろう。俺が言っているのは懸賞金の事だよ」

「なんだそれは」

「おいおい、当事者なのに知らないのか。お前のクビには十万ドルの懸賞金が懸けられているんだよ」

「なんだと」

「このコロッセオで、お前を倒せばファイトマネーとは別に十万ドルを支払うという出資者が登場した。それを聞いて、みんなお前を狙っている」

「誰がそんな真似を」

「匿名希望だそうだ。その十万ドルは今、支配人が預かっているから嘘でも詐欺でもない。俺はお前を倒して、その金を頂くために誰よりも早く試合を持ち掛けた」

 神崎の身に、さっそく不穏な空気か流れ始めた。豪傑がニヤリと笑う。

「どうやらお前の存在を面白く思っていない奴がいるようだな。たった一試合こなしただけで敵を作るなんて、さすが神崎省吾は一味違う」

「東堂一派が懸賞を持ち出したのか」

「それはないだろう。シノブをやられて憎んでいるのなら、東堂が直接お前を倒せば良いだけだ。いくら神のごとき神崎が相手とはいえ、戦う前から尻尾を巻くほど東堂は弱くない」

「俺の方が東堂より弱いと?」

「昔のお前ならいざ知らず、三年のブランクがある今の神崎省吾では、四天王の誰にも勝てんよ」

 だから勝負を挑んだ、そう言って豪傑は自身に満ちた表情を見せつける。

「俺には勝たなければならない理由もある。負けられねえ人間は強いんだぜ」

 そう言い残すと、豪傑は踵を返して離れて行った。その後ろ姿は何か重いモノを背負っているように見える。

 豪傑の背中を黙って見つめている神崎に、華村が声を掛けた。

「早速、イリーガルが当然のアンダーグラウンドの洗礼を浴びたようね」

「好かれるタイプだとは思っていないが、こんなに早く恨まれるとはな。しかも十万ドルのオマケつきとは、この地下にいる全プレイヤーが俺の敵に回ったようだ」

「神崎省吾のクビに懸賞金をかけたのが誰なのか、私の方で捜査をするから、あなたは目の前の戦いだけに集中しなさい。うわの空で勝てるほど、豪傑は甘くないわよ」

「わかっている」

 格闘ゲームにおける真の難しさや奥深さは誰よりも知っている。神崎に抜かりはない。

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