第4話 四天王VS神崎②
京王プラザホテルとチェックアウトした神崎は、そのまま自宅へと戻った。
それから神崎は、一週間かけて筐体の癖を掴んだ。やはり自分が愛用しているアケコンとは僅かな感触の違いがある。その差への適応能力が勝敗を大きく左右するほど、地下格闘ゲームのレベルは高い。
もちろん、同じ筐体であっても個体差はある。その微差は当日戦いながら掴んで行けばいい。そのために同型の筐体で充分に慣れておく。こうした地道な努力を怠らないこともまた、神崎の強さの秘訣だった。
明け方まで練習を済ませたところで、眠りにつく。戦いは夜、どちらかといえば深夜。それに合わせて睡眠を取る時間帯も調整していた。体調管理にも抜かりはない。
陽が落ちたところで、神崎は自宅を出た。華村からメールで呼び出され、待ち合わせ場所に指定された前回と同じ京王プラザホテル行くと、やはり黒いスーツの男に案内を受け、部屋に通される。すでに華村は来ていた。
「次戦の相手が決まったわ」
挨拶もないまま、華村は要件を告げた。相変わらず情動のない神崎は無表情のまま訊ねる。
「誰だ」
「四天王の一人、豪傑よ」
思わぬ強敵を前にしても、神崎の顔色は変わらない。
「二戦目にして、よくそんな大物と試合が組めたな」
「向こうから対戦要求があったのよ。三年のブランクがあるとはいえ、申し込まれたら受けて立つしかないでしょ。売られた喧嘩は言い値で買うのが私の信条だから」
男勝りな発言をする華村に対し、神崎は淡々と言う。
「戦うのは俺なんだが」
「仕方がないのよ。遅々として進まない闇組織の解明に対して、警視庁の上層部も苛立ちを募らせている。これ以上時間が掛かるようでは、私の評価も下がるのよ。この戦いには私のキャリアも掛かっていることを忘れないで欲しいわね」
金を稼ぐために勝ち続けたい神崎と、捜査を指揮して評価を上げ、男性社会でのし上がっていきたい華村。目的は異なっていても、互いの利害は一致している。
「試合はいつなんだ」
「今夜よ」
「随分と急な話だな」
「決まっていたメインイベントが中止になったから、白羽の矢が立ったの」
「なぜ中止になった?」
「プレイヤーの一人が、八百長に加担していたことが発覚したのよ」
「違反行為で退場か。そいつはどうなったんだ」
「きっと山に埋められているか、海に沈められているんじゃないかしら」
およそ警察の人間とは思えない発言だが、華村は当たり前のように言う。それが今、神崎がいる地下の世界。
他人の事を気にしていても仕方がない。神崎は話を自分に戻した。
「豪傑はどんなプレイヤーなんだ」
「名前のとおり典型的なパワーファイターよ。その豪腕で何人ものプレイヤーを沈めて来たわ」
「KO率の高いタイプか。楽しめそうだ」
「遊び半分では困るわよ。四天王との戦いは、地下格闘ゲームの『賭け』に参加している資産家や裏社会でも注目度の高い試合になる。彼らを良い形で制すれば、闇組織の幹部があなたに興味を持ち、接触してくる」
「より深く潜れる、そういうことだろ」
「あくまで組織の全貌を暴くための潜入捜査。格闘ゲームで戦うことは、あなたにとって『生きている実感』に等しいものでしょうけど、夢中になるあまり目的を忘れないようにして頂戴」
見透かしたように華村が言う。確かに今の神崎は充実感に満ちている。三年振りに味わうヒリヒリする緊張感が、全身を駆け巡っている。
だが、警察組織は一人のゲーマーを、人生の谷底から救い出すためにバックアップしているわけではない。あくまで捜査のため。闇組織の奥深くまで潜り込むためには、コロッセオでトップに立つことが必至。
「俺も金が欲しい。そのためには勝ち続けるしかない」
「期待しているわよ」
華村に続いて歌舞伎町の外れへと進む。一見すると空きビルに見える五階建ての雑居ビル、その地下へと入って行く。前回とは違い、セキュリティに止められることはなかった。すでに神崎は、顔パスで入れるほどアンダーグラウンドの世界に足を突っ込んでいる。
戦いが行われる通称『コロッセオ』は、前回にも増して来場客でごった返している。一歩踏み込んだだけでムワッとする熱気に包まれるほど、人口密度が高い。
「神崎だ!」
「今夜はお前の戦いを見に来たぞ!」
「賭けるからな! 頑張れよ!」
神崎に対する注目度が異様に高い。それだけ賭け金が増えることになり、高額のファイトマネーが手に入る。同時に闇組織の幹部も神崎に着目することになる。願ったり叶ったりの環境がここにあった。
「東堂、一馬、仙人、豪傑。そんな四天王と対峙する神崎。どの組み合わせでも、勝敗の予想がつかねえぞ」
「俺はさっきから、ワクワクが止まらねえよ」
「四天王と神崎の戦いは、いつまでも語り継がれる伝説になるぜ」
酒も入って客の盛り上がりが最高潮に達している。そんな中、神崎に声が掛かった。
「話には聞いていたが、ホントに神崎が地下に来やがった――」
振り返ると、そこにはツーブロックの若い男がいた。見るからにチャラチャラした、パーティー好きといった軽い印象を受ける。この男こそ、東堂と実力を二分する『一馬』だ。
「――何度アンタの戦いを見てシビれたか。次は是非とも手合わせを願いたいね。俺とやるまで負けないでくれよ」
「俺の心配よりも、自分の身を案じた方が良い」
神崎が言い返すと、一馬は『神のごときに、いらぬ心配だったか』と声に出して笑う。
「なんだか賑やかじゃの」
今度は初老の小柄な男が声を掛けてきた。長い髪にヒゲを生やしているこの男は地下格闘ゲーム創成期から参加している四天王の一人、仙人だ。顔なじみの一馬が気さくに声を掛ける。
「オッス、仙人。今年は調子がいいみたいだな」
「去年は腱鞘炎を酷く悪化させてしまってのぉ。あれで戦っていたら恥をかくだけじゃったわ」
「体には気を付けてくれよ。もう若くないんだからさ」
「フォッフォッフォッ、まだまだ若いものには負けんよ。すぐにそれを証明してやるわい」
肉食動物のようにギラっと光る仙人の目を見て、神崎はこの男も油断ならないと覚る。
「神崎、お主も表の世界では名の知れた男かもしれんが、大金が飛び交うアンダーグラウンドは、表とは比べ物にならぬほど緊張感に満ち溢れておる。豪傑との戦いでその洗礼を受けるが良い」
神崎はピクリとも動かずに応じる。
「俺のことが気になって仕方がないようだが、アンタも一馬同様、自分の心配をした方が良い」
「その強気、いつまで続くかの」
睨み合う神崎と仙人を見て、一馬が肩を竦める。
「そうピリピリするなよ。同じゲームのプレイヤーなんだから楽しくやろうぜ――おっと、もう一人、ギラギラした奴のお出ましだ」
一馬が出入り口を顎で指した。モデルのように颯爽と歩く青年が、二人の若手を引き攣れてコロッセオに入ってくる。二人のうちの一人は神崎が倒した、東堂一派のナンバー3『シノブ』だった。
「おいおい、今夜は四天王が揃い組だぜ」
「それだけ神崎の注目度が高いってことよ」
「こりゃ今後の展開にますます目が離せねえな」
盛り上がる観客をかき分けて神崎を見つけると、東堂が迷うことなく歩み寄って来る。先に声を掛けたのは一馬だった。
「よう東堂。子分を引き連れて、相変わらず大名気取りか?」
「年中チャラチャラしている野郎に、とやかく言われる筋合いはない。今年はキッチリお前との決着をつけてやる。それよりも――」
東堂は神崎の正面に立った。二人の睨み合いに、会場内の客も固唾を呑んで見守っている。
「神崎省吾。アンタの活躍はずっと見ていた。そのせいか初めて会った気がしない」
「ここのプレイヤーはどうやら、俺のファンだらけのようだ」
神崎が言うと、東堂はフッと息を漏らして嘲笑を浮かべた。
「イキがるのは良いが、その分あとで恥をかくのはアンタだ。シノブに勝った程度で天狗になっているようでは、逆立ちしたって俺には勝てない」
「俺の活躍をずっと見て来たそうだが、今夜も見られるから今のうちに楽しんでおくと良い。直接対戦した時には、敗北でとても楽しめないだろうから」
神崎が挑発すると、東堂はコメカミに青筋を立てた。
「アンタが活躍できたのは、ルールに守られた表の世界での話だ。地下では通じない」
二人の意気込みを聞いて、会場内が盛り上がる。
「面白くなって来たぜ!」
「今日にでも東堂と神崎の試合が見てぇ!」
「早く豪傑との試合を始めろ!」
会場内の要求に押される形で、司会者が姿を現した。
「レディース&ジェントルメーン。これより本日の試合を開催いたします!」
拍手喝采の中、華村がそっと神崎に近づき、耳打ちした。
「相手を煽るなんて、あなたらしくないんじゃない?」
「怒りは平常心を阻害し、プレイに影響を与える」
「へえ。わざと相手の感情を刺激し、冷静な判断が出来なくなるよう仕向けたってわけ。意外とセコい手を使うのね」
「何が何でも勝ち続けろと言ったのは、アンタだろう」
「そのとおりよ。ますますあなたが頼もしく見えるわ」
満足げに微笑む華村。コロッセオではいよいよ、本日の第一試合から賭けが始まった。
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