第4話 四天王VS神崎①

自然と目が覚めた。

 これほど心地よく眠れたのはいつ以来だろう。少なくとも三年前のあの日、濡れ衣を着せられてeスポーツ界から追放されてから、初めてのことだと神崎は思う。

 上半身だけ起こすと、ベッドの脇に誰かが立っている気配がした。寝ぼけた目を向け、ピントが合って来ると、それが華村だとわかる。同時にカーテンが開かれた。

「随分と無防備な姿で寝ているわね。あなた、裏社会に潜入していること、忘れているんじゃない?」

 警視庁が用意した京王プラザホテルの一室。時計を見ると、すでに午前九時を過ぎていた。神崎は欠伸をしながら応じる。

「大規模な地下格闘ゲーム『コロッセオ』を運営している闇組織にとって、俺は賭け金を増やせる『金のなる木』だ。その命を狙うわけがない」

「闇組織にとってはドル箱だけど、ライバルとなる他のプレイヤーにとっては目障りな存在。支配人も言っていたとおり、アンダーグラウンドで暗躍している奴らなんだから、イリーガルなことでも有りなのよ。もう少し緊張感を持って頂戴」

 そう説教をしながら、華村は輪ゴムで留められた物体を投げた。それがベッドに座っている神崎の目の前で落ちる。

「昨日のファイトマネー五千ドル、警視庁で預かることにしたわ。その代わり、日本円にしてあなたに渡す」

「1ドル百円換算か」

「あなたにとっても、この方が使い勝手がいいでしょ」

 華村の言うとおり、神崎は役所や銀行といった窓口での手続きが苦手だ。しかも偽札が多いとされる高額のドル紙幣。ファイトマネーを得るたびに両替へと出向いていたら、色々と怪しまれてしまう。やはり警察組織に両替して貰った方が有難い。

 神崎は輪ゴムを外し、ざっと紙幣を数えた。五十万円には万券が二十枚足りていない。

「両替手数料にしては、引かれ過ぎじゃないのか」

「お望みどおり、格闘ゲーム『リアル』の筐体を用意して、あなたの自宅に届ける手配を取ったわ。その代金を相殺してあるのよ」

「捜査費用として警視庁が払ってくれないのか」

「あなたのモノなんだから、受益者負担をして貰う」

「キッチリしているな」

 そう言いながらも、三十万円のファイトマネーを有難く受け取る。これでしばらくは生活ができる、その安堵の方が大きかった。神崎は無造作に紙幣をジーンズのポケットに入れ、そのままバスルームへと向かう。

「どこへ行く気?」

「シャワーを浴びる」

「その前にブリーフィングよ。この資料を見て頂戴――」

 華村から差し出されたレジュメを受け取った神崎は、それをパラパラとめくった。一枚につき一人の写真とデータが記されている。

「――あのコロッセオで活躍している上位プレイヤーのデータが、そこに書かれているわ。それである程度の対策を練られるでしょ」

「最も注しなければいけないのは、シノブが所属する東堂一派のボスだろう」

「確かに彼は最強の敵でしょうけど、その東堂と昨年引き分けた『一馬かずま』にも注意が必要よ。彼はトリッキーな動きを得意とする、掴みどころのないプレイヤーだわ。そして地下格闘ゲーム創成期からプレイしている大ベテランの『仙人』、さらに徹底したパワー型の『豪傑』、この四人が新宿コロッセオの四天王と呼ばれているプレイヤー。どれも一筋縄ではいかないわ。神のごときと呼ばれたあなたでも、簡単には勝てないわよ」

そう注意を促す華村に、神崎は無表情で答える。

「楽に勝とうなんて思っていない。人々は俺のことを『逆転の神崎』と呼ぶが、それだけいつもギリギの戦いをしているということだ」

 周りが思うほど、余裕はない。いつも紙一重の勝負を制してきた、その勝負強さこそが神崎の真骨頂。

「油断がないのならそれで良いわ。四天王以外で注意するとしたら、東堂一派のナンバー2『二岡』ね。目立たないタイプだけど、あなたが倒したシノブよりも腕は確かよ」

 誰と当たっても厳しい戦いになる。そんな強者を倒して初めてファイトマネーが受け取れる。その緊張感を味わえることが堪らない。

 アンダーグラウンドの世界でも、格闘ゲームで戦える。神崎にとっては不安よりも、武者震いの方が勝っていた。

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