第6話 仙人VS神崎⑦

 セミファイナルの賭け金総額を見て、部下の一人が支配人に告げる。

「豪傑対神崎の約半分、五十万ドルしか集まっていません」

 報告を受けた支配人が「う~む」と唸る。

「人気のない二岡が相手だから仕方がないとは思っていたが、ここまで差が開くとは」

「賭けの参加者は、どの勝負でも良いのではなく、観ても楽しめる注目のカードに金を張りたいようですね」

「だからこそ、神崎省吾の参戦は本当にありがたい。注目と同時に金も集めてくれる。その神崎をコロッセオに連れてきたエージェントの華村香織嬢も、なかなかデキる女だ――」

 支配人は顎を擦りながら考える。

「――神崎が四天王を総ナメにするようなことになれば、さらなるドル箱プレイヤーとなり、自然と組織の収入も増えることになる」

「華村香織の功績でもありますね」

「場合によっては組織の幹部に紹介し、あの女にさらなるチャンスを与えてやるとするか」

 潜入捜査は華村の計算通りに進んでいる。それが実るかどうか、すべては神崎の勝利に掛かっていた。


『それでは本日のメインイベント、「仙人選手対神崎選手」の投票を受付いたします!』

 実況がスタートを宣言すると、会場内が一気に盛り上がる。

「待ってました!」

「神崎! 俺はお前を信じているぞ!」

「俺は仙人に賭ける! 創成期から戦っているパイオニアの意地を見せてやれ!」

 3位と神のごときによる、屈指の好カード。興奮する観客を見て、支配人もほくそ笑む。

「神崎と豪傑の試合では九十万ドルが集まった。この組み合わせならそれ以上、百万ドルを優に超える金が集まるだろう」

 例年の動向を見る限り、勝ち続けるプレイヤー同士が戦えば、賭け金も増えていく。神崎が仙人に打ち勝ち、東堂、一馬と戦うことになれば、その一戦だけで二百万ドルを超えるのも夢ではない。現に昨年、東堂と一馬が戦った時は、史上最高額の二百二十万ドルが賭けられた。

 支配人としては神崎に勝ってもらいたい。だが、そんな空気を読めないプレイヤーがいる。

「さて、そろそろ会場へ行くとするかの」 

 仙人が重い腰を上げて立ち上がった。選手控室では二岡、シノブの二人が揃って部屋の隅で意気消沈している。そんな二人を気に掛けることなく、東堂はどっしりと構えていた。

「レーティング上位に三人も集まっていた東堂一派だったのに、今ではお前さん一人になったの、東堂よ」

 仙人が言うと、東堂は表情一つ変えずに言う。

「どのみち神崎に勝って十万ドルを手に入れるのは一人しかいない。俺一人いれば充分だろう」

 余裕を見せる東堂に対し、仙人がニヤリと笑う。

「ホッホッホッ、その最後の一人も、神崎のついでにワシが倒してやるぞ」

 煽られた東堂は感情を表に出すことなく、静かに立ち上がる。

「どっちが間違っているか、戦えばハッキリする」

「そうじゃの。お前さんにもいずれ勝負の厳しさを教えてやるわい」

 仙人がゆっくりと控室から出て行く。その背中は静かに燃えていた。


『それでは本日のファイナルイベントへの投票を締め切らせて頂きます!』

 実況が宣言したところで、賭け率を示す電光掲示板が動きを止めた。KO勝ちの項目はすべて神崎が有利と出ているが、判定勝ちに至っては仙人が有利と出ている。賭けの参加者はみんな、判定に持ち込めれば全盛期の力を取り戻した仙人の方に分があると見ている。

「こりゃどっちが勝つのか、わからないぜ」

「足を使うアウトボクシングスタイルの仙人がポイントリードで終えるか、カウンターを得意とする神崎が仙人のディフェンスを打ち破ってKO出来るか、そこが勝負の分かれ目だな」

「俺は神崎が倒すと思うぜ」

「いや、今の仙人は捕まえられないって。逃げ切られて終わるわ」

 会場内でも意見が分かれている。力が拮抗しているからこそ、賭けにも力が入る。総額は豪傑対神崎を遥かに凌ぐ、百二十万ドルを超えた。

「余裕で百万ドル越えか~、スゲエなあ」

 控室のモニターで見ていた一馬が、呑気に声を上げた。すでに勝利を収めているだけに、二人の戦いを楽しむ余裕がある。

「まあ、俺が神崎と戦えば、二百万ドル越えは硬いけどね」

 一馬は神崎と戦いたくて仕方がなかった。『神のごとき』とまで称された伝説のプレイヤー、そんな神崎に自分の力がどこまで通じるのか、試してみたい。

「神崎の電撃参戦で、コロッセオ全体が盛り上がっているな。俺もそんな注目を集めるプレイヤーになりたいもんだ」

 そのためにはまず、神崎を倒して名声を上げる必要がある。飄々としているように見えて、実は最も神崎の首を狙っているプレイヤーは、一馬だった。

『それでは選手入場です。まずは赤コーナー、レーティング3位の仙人選手です!』

 実況に促され、仙人はステージに上がった。観客に対して軽く手を振る姿は板についている。

「仙人、ポイント取って逃げろよ!」

「神崎を翻弄してやれ!」

「ベテランの意地に期待しているぞ!」

 新宿コロッセオ創成期からプレイしている仙人。まるで地元球団の生え抜き選手を応援するかのように、熱い声援が飛んでいる。

『続きまして赤コーナー、彗星のごとく現れた伝説の男、神崎選手の入場です!』

 紹介された神崎は、いつも通り無表情で筐体の前に進んだ。観客には目もくれず、ただ自分のコンセントレーションを高めていく。そんな不愛想な態度でも、観客は声援を飛ばす。

「待ってました、神様、仏様、神崎様!」

「お前に大金賭けたぞ!」

「相手は老いぼれだ、キッチリKOで仕留めて引導を渡してやれ!」

 神崎への声援は仙人とは違い、プレイヤーへの応援というよりも、自分が儲けたいギャンブラーによるものが多く、どこか殺伐としている。勝利こそが至上命題、伝説の男が背負うべきそのプレッシャーを、神崎は心得ている。

 筐体前に陣取った神崎は、ボタンの癖や調子を確かめていく。そんな抜かりない神崎を見下ろしながら仙人が言う。

「お主とは初めて戦うのに、これまで何度も拳を突き合わせたような気がするわい。ずっと表舞台で活躍するお主の試合を見続けて来たから、そう錯覚するのかもしれんな」

 神崎は目線だけ上げて応じる。

「まるで俺のファンだな」

 イジられるように返された仙人だったが、怒ることなくむしろ「フォッフォッフォッ」と笑い飛ばす。

「それだけお主と戦いたかったんじゃよ――」

 地下では浴びることのないスポットライトを、独占してきた神のごとき神崎。それに対し、地下を創成期から支えてきた裏街道を行く仙人。戦いたい気持ちは誰よりも強いものがある。

「――東堂や一馬よりも、ワシの方が勝つ確率が高いじゃろう」

「口だけなら何とでも言える」

「実際にこれからやってみせるわい」

 仙人は筐体の前に腰を下ろした。手首を軽く擦る。腱鞘炎は全く問題ない。今年に入って連戦連勝、この神崎を倒して十万ドルの懸賞金を受け取れば、真の復活を印象付けられる。今後のファイトマネーにも影響が出ること間違いない。

『それでは本日のファイナルゲーム、仙人選手対神崎選手の戦いが始まります!』

 実況が吠えると同時に、ゴングが鳴らされた。

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