第6話 仙人VS神崎⑥
二岡による渾身の右フックが、ガラ空きになっている一馬のアゴを襲う。
『ロープを背負っていた二岡選手の反撃!』
実況が叫ぶ。二岡が放った渾身の右フック。それをアップルームで見ていた神崎も唸る。
「これは貰う」
「二岡の勝ちか。こりゃ大番狂わせだな」
豪傑も眉を顰めて画面を見ていた。試合会場では一馬が青ざめている。
「マズい!」
「今さら気づいたか。もう遅い!」
勝った、二岡は自身の勝利を確信した。だが、それは幻だった。
「な~んちゃって」
一馬はおどけた声でキャラクターを操作した。二岡が放った渾身の右フックに対し、一馬は下がりながらも斜め下からスマッシュを放ってカウンターを合わせていた。
先に着弾したのは二岡の動きを読んでいた一馬の攻撃だった。右フックを放っている二岡の顎に、一馬のスマッシュが奇麗に決まる。
「な、なんだと!」
二岡は自身のキャラクターが前のめりに倒れて行く姿が信じられずにいた。数秒前まで勝ったと思っていたのに、今は自分がダウンしている。
『二岡選手ダウーン! 一馬選手の右スマッシュが奇麗に決まりました!』
一気に吹き上がる観客席。その喧騒の中で、二岡は茫然としている。
「な……何が起こったんだ」
「さっさと操作しないと、このままカウントアウトになるぜ」
一馬から指摘を受けて我に返った二岡は、慌ててスティックとボタンを動かした。何とかカウント8で立ち上がった自身のキャラクターだったが、アゴを打ち抜かれたダメージは濃厚だった。
『試合続行! まだこのラウンドは九十秒もある! 一馬選手決めるかぁ!』
実況のセリフに対し、「決めちゃうよ~ん」と応じながら攻撃を再開させる一馬。二岡は防戦一方だ。
「距離は完璧だったはず……私が間合いを制圧していたはずなのに……」
一馬による容赦のない総攻撃が続く。二岡のキャラクターにはもう、耐えるだけのスタミナが残っていなかった。そのまま二度目のダウンを奪われると、レフリーが試合を止めた。
『決まったぁ~! 本日のセミファイナルは2ラウンド1分54秒、一馬選手のTKO勝ちです!』
「いいぞ、一馬!」
「こりゃ神崎にも勝利間違いなしだな!」
「次もお前に賭けるからよろしく!」
観客席からの声援に、手を振って応える一馬。それに対し、怒りが収まらない二岡は筐体を激しく叩いた。
「なぜだ……なぜあそこでスマッシュが打てる!」
悔しがる二岡に、一馬は肩を竦めて答える。
「おいおい、距離を測っていたのは自分だけだと思っていたのか?」
「なに?」
「対戦相手だって同じことを考えるもんだ。それがわかっていないから、東堂の腰巾着から卒業できないんだよ」
「お、お前も間合いを計っていたのか」
「当然だろ。しかも最初のジャブで距離もお前の企みも、すべてを見切ったぜ」
じゃあな、そう言い残してステージから降りていく一馬。その背中を見て、二岡は驚きを隠せない。
「ファ……ファーストコンタクトで……見切っていただと……」
最初から勝ち目はなかった。二岡はいかんともしがたい実力の差を見せつけられ、ぐうの音も出なくなっていた。
「以前より……強くなっていませんか」
選手控室のモニターを見つめていた東堂一派のナンバー3、シノブが驚きの声を上げる。東堂は「フッー」と息を吐き出しながら頷く。
「去年より、更なる成長を遂げているようだ」
「このままでは――」
東堂も負けるのでは、シノブはそう思ったが言葉には出さなかった。だが、顔には出ていたため、東堂が言う。
「俺が負けると思っているのか」
「いや、そういうわけでは……」
言葉を濁すシノブだったが、東堂は鼻で笑う。
「安心しろ、俺も成長している」
東堂の自信に満ち溢れた顔を見て、シノブも自然と強張っていた表情を緩める。
「そ、そうですよね。東堂さんが負けるなんてこと、ありませんよね」
シノブは自分に言い聞かせるように呟いた。
「こりゃ強いぜ」
アップルームでスクリーンを見つめていた豪傑が、呆れたように言った。あまりのレベルに言葉が無い。神崎も警戒心を高める。
「スマッシュのカウンターか。滅多に見られる代物ではない」
「どうして一馬が二岡との戦いを引き受けたか、わかるか?」
「俺に見せてハンデをなくすためだろう」
一馬自身が言っていた。俺たちの試合を見たことが無いのはハンデだと。そのハンデを自ら解消したのが今回の戦い。
「ケチのつけようがない状態にした上で、しっかりとお前に勝つつもりだ。普段はチャラチャラした男だが、ゲームに関してはそういう心意気を持っている。どうだ神崎、勝てるか?」
これだけのプレイを見せつけられると、『神のごとき』と称されたプレイヤーでも首を振らざるを得ない。
「三年前の俺なら紙一重で勝てただろう。だがブランクのある今の俺では難しい」
「だったらトレーニングでカバーするしかないな。戦うことになったら今の動き、可能な限り再現してやるよ」
スパーリングパートナーの豪傑が頼もしいことを言って励ます。だが、一馬の動きはコピーできるものではない。それでも出来ることをやっていくしかない。
神崎は立ち上がり、まずは仙人との戦いに向けて試合会場へと向かった。
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