第6話 仙人VS神崎⑧

『神崎選手対仙人選手の戦いが始まりましたぁ! オープニングから目を離せません!』 

 歓声が飛び交う中、神崎と仙人はゆっくりとリングの中央に歩み寄った。すぐに仙人が神崎を中心に、クルクルと回り始める。

『さあ、仙人選手の華麗なステップワークが始まったぁ! 神崎選手は捉えることが出来るのかぁ!』

 仙人が先に動き、素早い左のジャブを放つ。神崎はそれをパーリングで交わしながら距離を詰めていくが、更なる左のジャブが追い打ちされ、思うように距離を詰められない。

 神崎が攻めあぐねていると、今度は仙人が距離を詰め、素早くワンツースリーと高速コンビネーションを繰り出す。最初のジャブは喰らった神崎だったが、二発目三発目はアームブロックで防御し、打ち終わりを狙って反撃に出る。しかし仙人はあっという間に射程距離から離れてしまい、神崎のパンチは空を切る。仙人はまるで氷の上を滑っているかのような流れる動きで、神崎を翻弄し続ける。

神崎もまた、ただ仙人を捕まえようと前進しているわけではない。空を切るパンチやフェイントを混ぜながら、自然と仙人をロープ際に追い込んでいた。

「上手いなあ」

 一馬が思わず呟いた。こういう目立たない上級テクニックは、一定程度のレベルにならないとわからない。

『いつの間にか、神崎選手が仙人選手をロープ際に追い込んだぁ! ビッグチャンス到来ぃ!』

 背後がない仙人は、バックステップで避けることは出来ない。神崎の高速コンビネーションが牙を剥く。

『神崎選手、怒涛の攻撃き! だがそれが仙人選手に一発も当たらないぃ!』

 仙人は腕をL字型に曲げると、アームブロックでクリーンヒットを許さない。

「上手さでは仙人の方が上手か――」

 一馬は前のめりになって画面を見つめた。相手をロープ際へ追い込む神崎のテクニックも上級レベルだが、仙人のブロックはその上を行っている。

ただ腕で受け止めるだけではない、相手の攻撃を完全に読みきり、上体を動かすことで衝撃を受け流している。神崎が右フックを放てば、仙人も右に体重を移し、左パンチがくれば体を左へと動かす。これでは仙人の体に衝撃が残らない。

業を煮やしたのか、神崎がハイキックを飛ばした。それをダッキングで避けると、仙人はロープ際からスルリと逃げ出しながら、軽いパンチを放って有効打の数を増やす。

 そのまま第1ラウンドが終了した。誰もがポイントは有効打の多い仙人が取ったと見ている。

「いいぞ仙人!」

「そのまま判定まで逃げろ!」

「捕まるなよ!」

 観客席が沸きに沸いている。一馬は腕を組みながら唸った。

「目が慣れた次のラウンドで神崎が捕まえられるか、仙人が逃げ切るか。第2ラウンドもポイントを取られたら、KO出来る攻略法でもない限り、神崎は苦しくなるなあ。このまま負けないでくれよ。俺が倒すんだからさ」

一馬の心配をよそに、試合の流れを決める第2ラウンドに突入していく。

『仙人選手対神崎選手の第2ラウンド、開始です!』

 実況が叫ぶと同時に、ゴングが鳴る。大歓声の中、仙人は第1ラウンドと同様、神崎を中心に回り始める。徹底したアウトボクシングスタイルで相手を翻弄していく。

『流れるような華麗なステップワーク! 神崎選手の攻撃が全く当たらない!』

 素早いステップインで軽いパンチを放ってポイントを稼ぎ、神崎が反撃の高速コンビネーションを繰り出す時にはすでに距離を取っていて当たらない。

 それでも神崎が巧みに誘導し、仙人をロープ際へと追い込む場面もみられる。そうなるとL字型のアームブロックで構えながら上体を揺らし、相手の攻撃を受け流してしまう。

 ハイキックでガードごとなぎ倒そうとすると、仙人はダッキングでそれを避けて体勢を入れ替え、ロープ際からエスケープしてしまう。その繰り返しだ。

神崎はクリーンヒットを一発も奪えないまま、完全に仙人の術中にはまっている。痺れを切らした観客から批判の声が上がり始める。

「さっさと捕まえろよ神崎! お前に賭けてんだぞ!」

「お前のコンビネーションは完全に読まれていて当たらねえよ。ちったー頭を使えや!」

「テメエはここで、年寄り相手に無様に負ける気か!」

 仙人ペースの塩試合をモニター越しに見つめながら、東堂は言う。

「神崎よりもむしろ、仙人の技術を褒めるべきだ」

 その見解に、シノブも同意する。

「ただ逃げ回っているだけのように見えて、実は簡単に追えないよう工夫していますからね」

「反撃が空振りに終わった神崎は当然、更なる追撃を試みるが、ここで仙人がまた、ジャブを放つ」

「その牽制が厄介ですよ。軽いジャブを喰らってもダメージはないからと強引に距離を詰めれば、今度はストレートが飛んでくる」

「仙人のセッティングは、スピードとスタミナ型でパワーは捨てている。だが、カウンターを喰らえば、いくら非力なセッティングでもダウンを喫する」

「ただ距離を取るだけでなく、不用意に突進して来ればカウンターを見舞うぞ、そのプレッシャーが神崎を躊躇わせているようですね」

「仙人はゲームの組み立てが上手い。まさに試合巧者だ」

 手も足も出ず、ただ翻弄されるだけの神のごとき神崎。幾多の強豪を沈めて来た攻撃が空を切るだけで、仙人の脚を止めることも、L字ガードを崩すことも出来ずにいる。

『ここで第2ラウンド終了! まるで第1ラウンドのカーボンコピーのように同じ展開。このまま最終ラウンドも仙人のペースで終わるのか!』

 実況の言う通り、神崎は仙人の動きに全く対応できていない。まるで底なし沼に嵌まったかのような状態。

 神崎に賭けている観客からはブーイング、仙人に賭けている観客からは称賛の声が上がり、会場内は異様な雰囲気を放っている。

 仙人はインターバルを利用して、自分の手首を擦ってみた。腱鞘炎は再発していない。

(いけるぞ。このまま神崎に判定勝ちが出来そうじゃ)

仙人はこの日を待ちわびていた。自分が腱鞘炎で成績を落とす中、栄光への階段を駆け足で上がっていった東堂と一馬。いつの間にやら二人はこの『コロッセオ』でツートップに君臨した。

治療に専念しようと思ったのも、二人の圧倒的な強さを目の当たりにしたからだ。この新世代に勝つには、万全な状態でなければならない。

プレイを禁じている間も、東堂と一馬の試合だけは欠かさず見た。その動き、癖、コンビネーションの種類は半分寝ていても対応できるほど、トレーニングしてきた。その甲斐があって、今は神崎が相手でもイメージ通りに完璧な試合運びが出来ている。

観客はとっくの昔に世代交代が終わり、創成期からのパイオニアである自分は過去のプレイヤーだと思っているだろう。だからこそ、今日は勝たなければならない。神のごとき神崎を倒し、勢いをそのままに東堂と一馬に挑戦する。

自分はまだ、終わっていない。今でもトップで戦えるプレイヤーであることを証明するために。そんな熱い思いが仙人の中で膨らんでいる。

「どうじゃ神崎。東堂や一馬よりも、ワシの方がお主に勝つ確率が高いと言ったじゃろ」

 余裕のある態度で仙人が煽った。神崎は落ち着いた口調で言い返す。

「そういうことは、実際に勝ってから言うべきだ」

「ホッホッホッ、次のラウンドが終わったら、思いっきり言ってやるわい」

 手も足も出ないくせに、口だけは達者な男じゃ。次のラウンドもポイントを奪い、フルマークの完全勝利で目にもの見せてくれるわ。仙人はそっとボタンに手を伸ばし、集中力を高めていく。

 攻撃の手を緩めない神崎に、完璧なディフェンスで封じ込める仙人。この『矛対盾』の戦いは、いよいよ最終ラウンドを迎える。

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