第6話 仙人VS神崎⑨
『さあ、泣いても笑っても残り1ラウンド。ここまでのポイントはクリーンヒットの多い仙人選手がリードの模様! 神崎選手の反撃なるか!』
実況の煽りと共に、ゴングが鳴らされた。1・2ラウンドと同様、仙人が滑るように軽快なステップで神崎を翻弄する。
凝りもせず空振りばかりを繰り返す神崎。その姿をモニター越しに見ながら、シノブが首を傾げる。
「神崎には何か作戦でもあるのでしょうか」
東堂は小さく首を振った。
「お前が神崎と戦った時は、ローキックで削って後半に脚を使えなくしていたが、今回は空振りばかりで当てていない。ボディを打って相手のスタミナを減らすこともしていない。スピードとスタミナ型にセッティングしている仙人は、ダメージがなければフルラウンドで動き回れる」
「だとすれば、豪傑を倒した時のように、打ち終わりのタイミングを計っているのでしょうか」
「軽い手打ちの攻撃をしてすぐに逃げてしまうヒットアウンドウェーの仙人に、打ち終わりは狙えない。そんなことが出来るのなら、神崎はとっくの昔に当てている」
「ロープ際ではL字ガードで受け止められるし、打つ手がないから同じ動作を繰り返しているだけですか」
「これまで培ってきた自分の攻撃に絶対の自信があって、いつか当たると信じているのかもしれない。だが、そんなラッキーパンチは腱鞘炎から回復した仙人が許さない」
「そうなると、神崎に勝ち目はありませんね」
「仙人の鉄壁ディフェンスを攻略する方法が見つからなかったんだろう。一年休んででも復活する情熱を持ち、充分な神崎対策を練ってきた仙人の作戦勝ちだ」
東堂の見解通り、最終ラウンド残り1分となっても、神崎は高速コンビネーションを空振りしている。仙人をロープ際に追い込んでもL字ガードで受け止められ、ハイキックはダッキングで避けられ、ロープからエスケープされてしまう。
神崎に賭けている観客は、フラストレーションが溜まって来た。罵声から脅迫に近い刺々しい言葉が飛び交う。
「いい加減にしろ神崎! お前ブッ殺すぞ!」
「テメエにいくら賭けていると思ってんだ!」
「もう二度とコロッセオでプレイするんじゃねえぞ!」
殺伐とした雰囲気の中、残り三十秒を切ったところでまた、ロープ際に仙人を追い込む神崎。L字ガードでディフェンスされると分かっているのに、高速コンビネーションを叩き込む。当然のように受け止める仙人。
(これは勝ったの。もはや神崎は打つ手なしじゃ)
神のごときを相手に『完封勝ち』を確信した仙人はほくそ笑む。手も足も出ない神崎は、まるで悪あがきのように、仙人のL字ガードの上から攻撃を続けるだけだった。
『残り二十五秒! このまま終わってしまうのかぁ!』
実況が叫ぶ通り、神崎は同じ攻撃を繰り返すことしか出来ずにいた。何度見たかわからない、ロープ際の攻防からのハイキックを繰り出そうとする。もはや完璧に見切っている仙人はダッキングでそれを避け、ロープ際からエスケープを試みる。
王者もいつか陥落する時が来る。それが今だと誰もが思った。だが、ここで仙人は違和感を覚える。
(ハイキックの角度がいつもより高い。まるで避けてくれと言わんばかりじゃ……)
頭を低くしてかわしながら、ロープ際から逃げようとする仙人のキャラクター。その頭上に、思いもよらない神崎の攻撃が降り注ぐ。
「こ、これは――」
ハイキックはフェイント。神崎が狙っていたのは脚を高く上げてからの『かかと落とし』だった。ダッキングで『くの字』に体を折り曲げている仙人は、あの滑らかなステップが刻めない。もちろん、得意のL字ガードも頭上では出来ない体勢にある。
「し、しまった――」
気づいた時には遅かった。神崎のかかと落としが仙人の頭頂部にクリーンヒットした。仙人のキャラクターは堪らずダウンする。
「き、決まったぁー! 起死回生のかかと落としで仙人がダウーンッ!」
控室でモニターを見ていた一馬が、思わず立ち上がった。
「なんだこれ……相手の動きを見切ってカウンターを合わせる神崎が、こんな派手なパフォーマンスを見せるなんて……今までなかったぞ」
一方で、豪傑はガッツポーズを見せる。
「よっしゃ! スパーリングで磨いてきた『かかと落とし』が見事に炸裂したぜ! さすが神崎、最終ラウンドまで仙人の動きをしっかりと見てダッキングのタイミングを計り、決めてくれた!」
神崎に賭けている観客は盛り上がり、仙人に賭けている観客からは悲鳴が上がる。入り乱れる悲喜こもごもの中、仙人は必死にボタンを叩く。
「不覚じゃ……不覚を喫したわ……」
神崎が表舞台で戦っていた過去の試合を分析していたばかりに、見たこともない新しい技に対応できなかった。神崎を甘く見ていた自分を恥じる。
「ワシだけでなく、神崎もまた進化しておるのか……」
何とか立ち上がった仙人。残り十五秒、神崎の猛攻が始まる。それをなんとかL字ガードでしのぐ仙人。
「もうダウンは許されん……意地でもこのまま判定まで持ち込むわい」
逃げ切れるか、追い詰めるか。『矛対盾』の最終ラウンド最後の攻防が始まる。
攻める神崎、フラフラになりながらもL字ガードで受け逃げる仙人。だが、スピードとスタミナ重視のセッティングにより、打たれ強さを捨てた作戦が裏目に出て、残り五秒で膝をついた。
『仙人選手、二度目のダウーン! 勢いは完全に神崎選手だ!』
もはや勝負ありだ。それでもあきらめきれない仙人はスティックとボタンを激しく動かし、何とか立ち上がる。そこで最終ラウンドのゴングが鳴った。
判定に持ち込まれた本日のメインイベント。ジャッジペーパーを読み上げるまでもなく、勝者は誰の目にも明らかだった。
『ジャッジは三者とも28対27で、神崎選手の勝利です!』
どよめく会場。判定なら仙人だと思われていただけに、神崎の判定勝利は百二十万ドルを超える賭け金が集まったこのゲームの、最大の大穴だった。
戦いを終えた仙人は、どこか晴れ晴れとした表情で神崎に言う。
「お主があんな大技を持っていたとはな。してやられたわい」
「派手な技を磨かなければならないほど、アンタとの差は紙一重だった」
「フォッフォッフォッ、その言葉を聞けただけでも、戦った甲斐があったわい」
完敗じゃよ、そう言い残してステージから降りる仙人。多くの観客が賭けを外しているだけに、敗者の仙人だけでなく勝者の神崎への歓声もない中、ただ騒然とした空気だけを残して本日のメインイベントは幕を閉じた。
控え室で画面を見つめたまま無意識に立ち上がっていた一馬は、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「危なかったぜ。あの『かかと落とし』を知らずに神崎と戦うことになっていたら、まともに喰らって負けていた。だが、一度見た技は俺には通じない。仙人には感謝だな」
一馬はますます、自分の勝利を確信した。
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