第2話 追い詰められる神崎③

『いよいよ第2ラウンドの開始です!』

 実況の紹介と同時にゴングが鳴った。神崎はまた、ガードを固める。第1ラウンドのポイントを取ったと自覚しているシノブは、神崎を中心に余裕で回り始める。

「なんで攻撃してこないのかな? 何もしなければ第1ラウンドで消耗した体力を回復しちゃうけど」

 嘲笑うように挑発するシノブ。それには反応せず、神崎はガードをしっかりと固めたまま、相手の出方を窺うようにローキックだけ繰り出す。

「これがあの神崎省吾なの。呆れるわ」

 スタミナが回復したと判断したシノブは、再び怒涛の攻撃を仕掛ける。神崎はガードを固めながらローを返すだけで精一杯という、第1ラウンドと同じ展開が続いていく。

 明らかに神崎が押されている状況に、会場がどよめく。

「おいおい、神崎が手も足も出てねえぞ」

「完全に劣勢だぜ」

「これはひょっとすと、神崎が敗北するところを拝めるかもしれねえぞ」

 それでも神崎は、冷静にカードし、ローを小刻みに返していく。

「懲りもせずに、よくもまあ同じことを繰り返すこと」

 神崎のローキックに目が慣れてきたシノブは、一発狙っていた。相手をロープ際まで追い込むと、ガードの上から強打を叩き込む。打ち終わりに神崎がまた、ローを狙う。

「ここよ!」

 神崎のローに合わせて、シノブが強打から一転、素早いストレートを放った。それが神崎の顔面にヒットし、神崎のキャラクターはバランスを失って尻餅をついた。

『神崎選手ダウーン! シノブ選手の右ストレートがカウンターで入ったぁぁぁ!』

 実況が叫ぶ。会場内に驚きの声が響き渡る。神崎は冷静にレバーを回転させ、ボタンを連打する。キャラクターはすぐに起き上がった。

「フラッシュダウンだな。神崎のキャラにダメージは残ってないぜ」

「それでもダウンはダウンだ。このままいけばこのラウンド、2ポイント失う」

「失ったポイントを取り返すために、神崎のアグレッシブな攻撃が始まるだろう」

 観客はそう読んでいた。だが、神崎は相変わらずガードを固め、ローキックを繰り出していくだけの攻撃スタイルを変えようとはしない。観客席は余計にざわつく。

 そのまま第2ラウンドが終了した。ポイントは明らかに10対8でシノブが取った。ダウンを奪われたというのに、神崎は表情一つ変えない。それを見た観客から訝しい声が上がる。

「おいおい、神崎は勝つ気がねえのか」

「いや、もしかしたら打つ手がねえのかもよ」

「流石の神崎も、三年のブランクで衰えたか」

 想定外の展開に、誰もが驚きを隠せない。黙って見守っている華村も「これはマズいわね」と呟きながら、苛立ったように爪先をトントンと忙しなく上下させる。

対戦相手であるシノブは「フッー」と一息吐き出した。残るは最終ラウンド。ここまで3ポイントのリードは確実だ。

(このままいけば間違いなく私が勝つ。あの神崎に、神のごときと称された神崎省吾に私が勝つ)

 シノブは内から湧き上がる興奮から手が震え始めた。神崎に勝った女、その肩書は間違いなく自分を注目プレイヤーへと押し上げてくれる。

「次のラウンド、凌ぎ切れば勝者は私!」

 シノブは気合を入れて、コントローラーに手を伸ばした。

『泣いても笑ってもあと1ラウンド。最終ラウンドがいよいよ開始です!』

 実況の案内とともに、ゴングが鳴った。それまで剛腕を振り回していたシノブは一転、神崎のお株を奪う硬いガードを見せる。

『なんと! シノブ選手はディフェンス重視に切り替えたぁ! ポイント優位と見て逃げ切りにかかるぅ!』

 実況が叫ぶ。観客席もいよいよ神崎の敗北を予想し始める。

「ますますヤバいんじゃね、神崎」

「このラウンドでダウンを奪っても、1ポイント足りないんだぜ」

「二度ダウンを奪ってようやくイーブンなのに、あれだけガードを固められたら一度も奪えねえって」

 もはや倒しに行くしかない。それなのに神崎はまたもガードを固め、ローキックで牽制する地味な攻撃に終始する。

「――神崎が負ける」

 観客席の誰もがそう予見した。最終ラウンドも半分が経過し、残り1分30秒。それでも神崎の動きに変化はない。ガードを高く固めているシノブに油断も隙も見当たらない。

逆転の光明が見い出せず、ただ時間が過ぎていく。それは神崎の命運が尽きるカウントダウンに見えた――   

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