第2話 追い詰められる神崎②

 予定していたすべての戦いが終わった。どれもパッとしない勝負ばかりで、客のフラストレーションは溜まっていたが、目立った批判は上がらなかった。

 すべての意識は、急遽組まれた最終試合に向けられている。「神崎」対「シノブ」のメインイベントが、まさに行われようとしていた。

 赤コーナーに実績のあるシノブが、青コーナーに地下格闘ゲームではデビュー戦となる神崎が割り振られた。客席のボルテージが否が応でも上がっていく。

 シノブは掛け率のディスプレイを見て歯軋りをした。これまで東堂一派のナンバー3として幾多の勝利を重ねてきた。実績は充分なはずなのに、三年ものブランクがある神崎のKO勝利を予想する倍率が群を抜いて低い。次いで神崎の判定勝ち、最も倍率が高いのはシノブのKO勝ちで三十五倍、ドローの二十三倍よりも遥かに高い。

「チッ、参加しているギャンブラーたちに後悔させてやるわ」

 シノブは気合充分でキャラクターのセッティングを開始する。神崎もいつも通り、初手合わせの相手と戦う時のセッティング、打たれ強さ重視でキャラを設定した。

『それではここで賭けを終了させていただきます。なんと、この試合に賭けられた総額は五十万ドルに達しております!』

 場を盛り上げるために実況するアナウンサーが、甲高い声で興奮気味に伝えた。特別なイベントならともかく、通常の試合では考えられない資金が集まっている。

 神崎のネームバリューはまだ、陰っていない。このアンダーグラウンドに参加しているすべてのギャンブラーが、神崎の参加を歓迎している証拠。

 双方のセッティングが終わった。画面に第1ラウンドの文字が浮かぶ。

『いよいよゴングです!』

 実況が紹介すると同時に、試合開始のゴングが鳴った。これまでの憂さを晴らすかのように、会場内に歓声がこだまする。

 ガードを固め、相手の様子を窺う神崎。それに対し、シノブは神崎を中心に右回りでリングを回り始める。

「スピード型のセッティングか」

 神崎がそう察した次の瞬間、シノブが神崎に襲い掛かる。ガードしてしのぎ、相手の打ち終わりを狙おうと構えていた神崎だったが、予想外のことが起こる。

『シノブ選手のライトハンドで神崎選手が吹っ飛んだぁ!』

 実況が叫ぶように、神崎のキャラがロープまで吹き飛ばされた。まさかのパワー型セッティングに、神崎のコントロール裁きが忙しなくなる。

「そう来たか」

出だしの動きを、あたかもスピード型に見せかけてのファーストコンタクト。どこか華奢なイメージのある『女』という先入観を利用し、その裏をかいたパワー型のセッティング。

 意表を突かれた神崎は、ロープを背負いながらガードを固めるだけで精一杯となった。シノブは容赦なく、ガードの上から剛腕を叩き込む。

『シノブ選手による怒涛の攻撃が始まったぁ! 流石の神崎選手も動けないぃぃぃ!』

興奮する実況とは裏腹に、冷静にガードを続ける神崎。クリーンヒットを許さなくても、充分ダメージを与えることが出来るシノブの攻撃が続く。

「足を使ってエスケープするか」

 危険な打ち合いを避け、神崎はステップワークでロープから逃げようとする。だが、シノブはそれを読んでいた。

「甘いわね」

 神崎が逃げようとしている方向から、ミドルキックを飛ばす。神崎は脚を上げてそれをカットしたが、片足立ちではステップを踏めなくなったため、シノブがまた正面に立って剛腕を振るう。

「仕方がない、打ち合うか」

 神崎は相手の剛腕をガードしながら、ローキックを返す。だが、明らかにシノブの攻撃の方が優勢だ。次第に神崎のキャラが上体を揺らし始めた。

『シノブ選手の容赦ない攻撃を前に、神崎選手のガードが崩れ始めたぁ!』

 このままでは持ち堪えられない、そう判断した神崎は隙を見てクリンチに逃げた。それを見て、シノブは鼻で笑った。

「情けないわね。これが神のごときと称された男なの?」

 シノブの荒々しい攻撃は止まらない。神崎はクリンチで逃げながら、ローキックを返すだけで精一杯の攻防が続く。

『ここで第1ラウンド終了のゴングが鳴ったぁ! ペースを握ったのは意外にもシノブ選手の方だぁ!』

 実況のアナウンスに、シノブは「意外って何よ」と、憤懣やるかたない表情で吐き捨てた。

「三年前までは知らないけれど、このアンダーグラウンドでは私の方が先輩なのよ」

 シノブは歯軋りをしながら次のラウンド開始を待つ。観客席にも動揺が走っていた。インターバルでのざわつきが治まらない。

「おいおい、神崎が押されているじゃねえか」

「やっぱりブランクがあるんじゃね?」

「いや、まだわからねえぞ。現役時代は『逆転の神崎』とも呼ばれていたんだ。次のラウンドから巻き返す気だろ」

 各々が感想を述べる中、当の本人である神崎は、相変わらずの無表情だった。

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