第7話 一馬VS神崎⑦

『さあ、本日のメインイベント、第2ラウンドのゴングです!』

 鐘が鳴ると同時に、両者はコーナーから中央へと進む。立ち上がりは第1ラウンド同様に慎重だったが、次第に一馬が距離を詰める。

『一馬選手のアグレッシブな攻撃が始まる!』

 腕を高く上げてブロックする神崎。様々な角度から切れのあるパンチを放つ一馬。

『神崎選手は防戦一方か!』

 実況が叫んだその刹那、神崎がいよいよ迎え撃つ。距離を詰めて間近に迫る一馬に対し、背中越しのオーバーハンドブローを繰り出す。

「そこからもパンチを飛ばせるのか」

 一馬は驚きならもバックステップで距離を取る。だが、神崎はそれを許さない。大きく踏み込んで間合いを詰める。

「させるか」

 一馬はさらに状態を反らして避けようとする。今度は神崎が腕を伸ばした。それはパンチを打つというより、ただ腕を振っているような状態だった。それでも一馬の顔面にヒットし、また押し倒すことに成功した。

『一馬選手、二度目のダウーン!』

 場内が騒然とした。力は拮抗しているかと思われていたのに、まさかの一方的展開でどよめいている。だが、当の一馬はニヤリと笑っていた。

「もはやアンタの動きは完全に見切ったぜ、神崎よ」

 観客は誰もが神崎優勢とみていたが、トッププレイヤーの目にはそう映っていなかった。

「一馬のこんな姿、東堂さんと戦った時以外、みたことはありませんよ」

 神崎の強さに驚く二岡。だが東堂自身はむしろ一馬有利と見た。

「一馬はもう、完全に距離を掴んだ。この先は一馬の独壇場になる」

 東堂の見立てと同意見なのが豪傑だ。

「こいつはヤバいぜ。一馬の顔つきが変わった」

 自信が漲る一馬の表情。ダウンから立ち上がり、試合が再開されるとそれは現実となる。

『一馬選手のトリッキーな動き、神のごとき神崎選手には通用しないのか!』

 実況が煽る中、一馬は神崎を中心にゆっくりと回り始めた。じっと構えて相手の攻撃を待ち受ける神崎。その瞬間、緩急をつけた一馬が一気に襲い掛かる。

「左か」

 大振りのフックが目に入った。アームブロックを相手の左フックに寄せて構える神崎。しかし、飛んできたのは右ストレートだった。

「両手でほぼ同時にパンチを打って来るのか」

 完全なノーガードになることも恐れない、思いもよらないフェイントに、神崎は反応できなかった。右ストレートを顎に受けた神崎のキャラクターは、そのまま膝から崩れ落ちた。

『おっと! 今度は神崎選手がダウンです! 一馬選手の反撃が始まったぁ!』

 ダウンの応酬を目の当たりにして、さらにヒートアップする観衆。見守っている華村は目を丸くした。

「神崎相手にほとんど両手を広げていたわよ。一馬はカウンターが怖くないのかしら」

「何が飛んできてもダッキングやスウェーで避けられるという自信だろう。もう完全に神崎の動きは読まれているぜ」

 打たれ強さにセッティングしている甲斐もあって、神崎のキャラクターはすぐに立ち上がった。だが、押し倒された一馬と違い、神崎にはダメージがある。

『試合再開! これからの展開に目が離せません!』

 ちょっとよそ見していただけで、どちらかが倒れていてもおかしくない。観客は瞬きをすることさえ忘れて見入っている。

 一馬は一気に攻撃的になった。一方、神崎も押し倒そうと腕を伸ばした攻撃にでるが、ことごとくかわされている。

「その攻撃、もう俺には通用しねえよ神崎!」

 果敢に攻める一馬。必死に応戦する神崎。だが、当たるのは一馬の攻撃ばかりで、神崎のパンチは空を切る。やがてたまらずクリンチで逃げた。

「神崎がクリンチなんて、らしくないわ」

 心配そうに見つめる華村。豪傑も表情を硬くしている。

「流れは完全に一馬だ。しかもこの勢いは止められそうにねえな」

『ここで第2ラウンドのゴングです! 倒し倒されといったダウンの応酬! 掛け率の通りどちらも譲らない互角の展開です!』

 そう叫ぶ実況に対し、東堂は首を振る。

「どう見ても互角ではない。完全に一馬が支配している」

 一馬自身もその手ごたえがあった。

(イケるぜ。このまま次のラウンドで華々しくKO勝ちしてやる。三年のブランクがあるアンタを大観衆の面前で叩きのめすのは酷な話だが、お前が受けた勝負だ。悪く思うなよ、神崎)

 当の神崎はただ、何も変わらない無表情のまま筐体と向き合っている。

『いよいよ最終となる第3ラウンド、ゴングです!』

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