Level 1.81 サーチ・オブ・パピルス その1


 初のパーティ?とダンジョンアタックを経験した俺とリー達“ワイバーンの顎”(当人達はこの名で呼ばれると恥ずかしがって草)は無事王都ハーンへと帰還していた。


 だが、結局は十一階層を覗いたら直ぐ地上へ帰るという当初の予定から外れ、一応はマジックアイテムの類に分類されるマジックパピルス(以後、パピルス)を早々に発見してテンションが爆上がりしてしまった俺といい歳したオッサンズはそのまま数時間探索を続け、おおよそ十一階層の大部分を堪能した時点で正気に戻ったバードンとナグロクの一声によって急いで地上へと引き返した――が。時すでに遅し。

 地上の空は既にノスタルジーな茜色から夜の帳が下りてきており、王都行き最終である十四時発の馬車はとうに出発した後だった。

 無論、徒歩で帰る訳もなく、ラ・ネストの宿に一泊して僅かながら経済を潤すことになってしまった。

 

 ということで、俺の二泊三日のダンジョン研修は終わった。

 因みに、王都に帰還してギルドに向うと、とある女巨人がアーチ門の如くギルド玄関前で俺達を待っていた。そして、滅茶苦茶怒られた。

 どうしてって? それは本来、俺のダンジョン研修は日帰りの予定だったからだ。

 あの十階層のギルドの職員冒険者のアゲートさんが言っていた通り、進んでも三階層まで行って帰ってくるはずだったらしい。十一階層まで行ったのはリー達(正確にはリーのみ)の独断だったようだ。まあ、薄々そうは思ってたけどさぁ…。

 前世のバランスボールよりもデカイ、上司からの鉄拳制裁ゲンコツがリーに見舞われ、半泣きになったリーのオッサンが『こういうのは連帯責任だろ』とかほざいたので…会心の笑顔を見せるサンダーバーバラから追加で俺・バードン・ゴンザ・ナグロクの四発分を喰らって見事に潰れた。流石はリーダーなだけある。


 そのまま伸し烏賊状態になったリーをバードンとゴンザが慣れた感じで引き摺りながら迷宮探索者部門のカウンターへとナグロクが案内してくれた。

 そこには冒険者ギルド初来場時に顔を合せたピエット嬢が居た。…のだが、俺の姿を見て飛び上がる。随分とオーバーリアクションなことだ。

 俺が集めたドロップアイテム(主に魔石とモンスターの素材とか)を入れたズタ袋をカウンターの上に乗せた途端に顔色が悪くなる。


「ま、また剥ぎ取り品とかです?」


「……お前、ピエット嬢に何したんだよ」


 隣のナグロクが疑惑の眼差しを俺に向ける。…心外だ。

 中身がラ・ネストのドロップアイテムだとナグロクが言うとやっとピエット嬢はホッとした表情になって袋を受け取ってくれたよ。もしかして、信頼されてない?

 ま、まあ。まだペーペーの新人だしね、俺は。


「査定後は全て買い取りでよろしいですか?」


「それで頼む」


 俺達は前もって今回手に入れたダンジョンの品はギルドで換金し、キッチリ五等分すると決めていた。これは迷宮探索者だけに限らず、大抵のパーティでのルールなんだろう。装備品の類とか、余程の貴重な品が出た場合はまた別なんだろうけども。


「あ。今回はパピルスも手に入れてらっしゃるんですね! ……アレ?」


 カウンターで検分するピエット嬢の声に内心ドキリとする。


「珍しいですねー? 普通はダンジョン産の武器防具を含めたアイテム…特にポーションやパピルスはダンジョンの障り・・の影響で正体が判らない未鑑定状態のはずなんですが…」


「「…………」」


 俺達はただ視線を斜めにずらして黙秘を貫く。


 パピルス。それはダンジョン産のマジックアイテムの代表格と言っても良いものらしい。丸められた謎の素材(羊皮紙でないので古代製造紙=パピルスじゃね?というのが異世界人のニュアンスらしい。マジか)の紙に魔法が封入されていて、紐解けば例え魔法の才が皆無の者でも何なら生まれたてのベイビーでもそのパピルスの魔法を発動させられるという消耗品。

 そう、消耗品だ。なんで、シュルリと紐を外せば、紙本体も紐も塵となって消えてしまうんだとさ。

 価値はピンキリだが、封入されている魔法が上位属性やその他(恐らく無属性の類だろう)だった場合は数年、十数年遊んで暮らせる額になることもあるんだとか。


「ま、滅多にないことなんですけど。コレもまたクラウスさんの入門者の祝福ビギナーズラックってヤツでしょう! 運が良かったですね」


「…はい」


 ――そうだ。ピエット嬢の言う通り、今回手に入ったパピルスは発見時…確かに未鑑定状態だったさ。


 話は昨日のダンジョン内での出来事まで遡る。


『…アレ? なんじゃこりゃ。何か書いてあるけど……読めないんだけど?』


 俺は宝箱の中から取り出した巻物の端にある文字・・らしきものを見やる。

 が、不可思議なことにそれはまるで流れる墨のように流動して滲み読むことができないのだ。目を凝らせば凝らすほど酷くなる一方だ…イカン。コレ以上続けると近視になっちまいそうだ。


『ああ…無理もねぇ。ダンジョンで手に入るアイテムはギルドで鑑定して貰わないと何が何だかわかんねぇんだわ。理不尽ここに極まれりってな』


 へえ。それは何とも難儀なことだな。

 詳しくナグロク達に聞けば、その通称、未鑑定アイテムはギルド…正確にはギルドがほぼ独占して所持する鑑定能力のあるマジックアイテムを使うことで正体を明らかにできるそうだ。また、その鑑定して貰った品をギルドで買い取らせずに手元に置いておきたい時は鑑定料を支払う必要がある、と。

 …どこのボッタクリ商店かな?


『クラウスはダンジョン産のアイテムに興味があるのか? だが、ポーションとパピルス程度なら所持はそう咎められないだろうがな。一部のマジックアイテム…いや、基本はその二品目以外のマジックアイテムは、ほぼギルドでの強制買い取りになるって話だぞ?』


 俺とナグロクの間からバードンがそう言う。…ふむ。ギルドによるマジックアイテムの占有か?


 …ん? ちょっと待てよ?


『その鑑定で使うマジックアイテムってさ。こんくらいの大きさの…レンズ・・・みたいなヤツだったりする?』


『ほぉ~…良く知ってるな? …いや、知ってて当然か。お前さんはギルドで自分のレベルを調べられたって言ってたしな』


『他に方法があるのか?』


『当り前さね。普通は教会に設置されてる水鏡を使うもんだ。結局あのマジックアイテムも消耗するからなぁ』


 教会…ね。そういや、治癒魔法をどうにか習得したいところだ――というのが脳裏に過るがそれもまた俺の意識からフェードアウトしていく。

 何故なら、俺は既に別のことで頭が一杯になりつつあったんでな。


 無属性魔法<強さの証明レベルチェッカー>。コレを使えば、未鑑定アイテムを個人で鑑定できちゃうんじゃね? そう思った時には既に遅かった…。


『あ』


『『あ?』』


 俺が手にしていたパピルスのウニョウニョしていた文字がスーッと正確な文字として定まっていき…そこには〔憤怒の炎フューリー/レベル1〕と表記されていた。


 …………。ショボイな。


 どんな魔法かとちょっとウキウキしたと思えばコレか。しかも、俺の村を襲撃してきたあの赤コボルドが舐めた放ってきたのと同じ最低威力のレベル1だ。要らん。


『んお? どうしてパピルスの字が急に読めるようになったんだ?』


 純粋な少年の如き、酷く言えば…コイツ空気読めねえなぁ的な発言をしたゴンザに俺を含めた周囲が固まる。


 結局、無言で笑みを浮かべるリーのオッサンに肩ポンされ、『今度、また俺達に付き合って・・・・・くれればそれでいいからよぉ~?』とプチ脅迫を受けてしまうハメになっちまったよ。トホホ…。

 まあ、バレた相手がリー達で良かったと思うべきか? 悩むところだな…。


「フムフム…<憤怒の炎フューリー>ですか」


 俺の眼下で何かのリストをめくるピエット嬢の言葉で現実に戻ってこれた。


「それでは、このパピルス一本を五万ギルダで買い取らせて頂きますが…いかがでしょうか?」


 え!? 五万ギルダだと! 日本円に換算するとざっと百万だぞ? …こんなショボイ魔法でこの値段なのかよ?


「値付けは当ギルドと魔法大学の専門家との間のやり取りで取り決められていますから。まあ戦時などは多少値が上下しますが…あ、因みにレベル2なら十万ギルダ。レベル3なら二十万ですね」


「マジか」


 しかもレベルに比例しての倍々ゲームだと…? 信じられん。

 が、結局はその値段も利便性を考慮していたり、魔法大学などの魔法の研究機関の解析資料や実験に使われるから、らしい。

 だが、それにしても高い。五万ギルダあればリュカやリバーサイドの皆に色々と買ってやれるかもしれん。


『わあっ!? クラウスありがとー! ボク、とっても嬉しいよー! 大好きっ!』


 …………。


「……おい? 何を考えてるんだ? というかその顔を止めろ。ピエット嬢や他の受付嬢が怯えちまってんだろが。それと涎も拭け」


「そうだぞ! ちゃんと俺達で分けるんだぞ? 今日は嫁さんに贅沢させてやんだからよう」


「あーヤダヤダ。どいつもこいつも惚気やがってよぉ~! 今日は自棄酒してやるッ!」


「お前もとっとと身を固めろよ、リー?」


 イカン、イカン。つい幸せな妄想に浸っていた。


 ……もう直ぐだ。もう直ぐお前の待つサンドロックへ帰るぞ、リュカ。

 

 結局、今回手に入った品を全て換金すると約十万ギルダ近くになった。五人で割って約二万ってとこか。稼ぎとしてはそこそこってとこだろうな。


 やはり、活路はこのパピルスにあると見た。

 早速、明日からダンジョンに潜ろう。勿論、ソロで。


「…ところで、気になってたんだが。ダンジョンで…例えば未鑑定状態のパピルスを使おうとすればどうなるんだ?」


「危険です。お止めになって下さい」


 努めて厳し気な表情でピエット嬢が俺に言う。初めて見る表情だな。


「……確かに、かつてギルドでの鑑定方法が確定されていない時代にそのような蛮行を用いたこともあったそうです。ですが、未鑑定状態のマジックアイテムの効果の対象は使用者となります。それがどれだけ危険なことかは御分かりですね?」


「そうだぜ。特に転移系・・・のパピルスにうっかり当たっちまったせいでダンジョンの壁の中に埋まっちまった不運な奴もいるそうだぜ」


「……! そうなのか?」


 何故か俺の顔を見て引いた様子の皆の衆。どうした、どうした?

 だが、良い事を聞けた。


 その未鑑定パピルスの仕様はまさに俺にとってはうってつけ・・・・・じゃあないか。


 きっと、俺はその時…胸に満ちる期待のせいで最高の笑顔を浮かべてしまったに違いないだろう。


 さあ、行くか! 再び、ラ・ネストへ…!


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