Level 1.14α 勝者と敗者(クラウス視点)



「…はあ? おいおい、内心ブルってる癖して。随分と強気だな」


 野盗の魔法使いが俺にオレンジ色の魔石が嵌った大杖スタッフを突きつけてニヤニヤと嘲笑を浮かべる。

 ……大きさからしてレベル3か? 炎と風の魔石なら昔から飽きるくらい見てるからな。

 逆の手に持ってる短い杖ワンドにはダークブルーの水属性。さっき連射してきた<水の砲弾アクアボルト>の魔石だな。レベルは……2程度か。あの攻撃魔法はレベル2の攻撃魔法だから。

 この野郎は炎と水の魔法を使う――いわゆる双属性使いダブルか。魔法使いなら特に珍しいわけじゃないな。魔法適性を持つ者はだいたい単属性使いシングルかそれだと聞いている。

 まあ、でも思い込みはよろしくないか。


 俺が黙っていると何を勘違いしたのか、調子に乗った魔法使いがこんな事をのたまう。


「――そうだ。お前、俺達の仲間にならねえか? お前がバラしちまった役立たずよりよっぽど役に立ちそうだしな。どうだ? 素直に命乞い――」


「止めておけ」


 だが、魔法使いからのヘッドハンティングはその前に立った男によって遮られる。


「な、なんでだよ」


「……ああいう目をした奴はな――無理なんだ」


 無精髭の男が真っ直ぐに俺を見据える。

 その眼は他の野盗共と違って全く濁り・・を感じなかった。

 こんな所業に甘んじ、卑しく、嬉々として悪事を働く人間のそれじゃない。

 俺は自然と疑問が口に出てしまっていた。


「何でアンタみたいなのが野盗なんぞに」


 俺の言葉にチラリと片目で背後を伺った後に一瞬ではあったが破顔する。


「フッ……まあ、色々と手が掛かる奴がいてな」


「それは気の毒にな――」


 瞬時、無精髭が盾を正面に構えて突っ込んできたシールドバッシュ。そのラウンドシールドの棘を何とかギリで回避できたぜ。それから追撃の予備動作があったので後ろに跳んで距離を――っ!?


 無精髭が屈んだ完全なタイミングで背後から火球が俺目掛けて飛んできた。


 凄まじい熱と衝撃だった。どうやらまんまと魔法使いの射程に誘い込まれちまったみたいだ。盾で防御したが一発で吹き飛んじまった。まあ、いくら硬くても木だから……そりゃ燃えるよな。


「っはぁ! どうよ。大当たりだろっ」


「……ディンゴ。何か様子がおかしいぜ? 気を付けろよ」


 俺は外套に付いた燃え殻と煤を手で払って立ち上がる。

 危ない、危ない。やっぱり奇襲じゃない一対二は油断できねえな。


「チッ! 何で俺の魔法がこうも効かねえんだ!? もう一発喰らわしてやるぜ――ファイヤーボールッ!!」


 ははっ…また安直なネーミングしてんなあ。多分その魔法、この異世界も含めて一番使われてる魔法なんじゃないのか?


 だが、驚愕の表情から打ち出された魔法使いの火球は無防備な俺にぶち当たるも、瞬時に俺の身体を覆うオレンジ色の魔力の膜に遮られ、分解され、そして霧散する。


「な、何が起こってやがる…」


 無精髭が魔法使い以上に狼狽えてるが――気持ちは解る。実に理不尽だろ?

 俺の<全魔法>は魔石無しでレベルも無視してあらゆる魔法を覚え、使うことができる…だけじゃない。実は“既に習得済みの攻撃魔法・状態異常系魔法からのダメージ・影響を十分の一程度にまで軽減できる”能力まであった。

 つまり、奴の自慢のファイヤーボールが直撃しても…俺にはカップ麺に注いだ熱湯が跳ねてちょっと火傷しちゃったくらいのダメージになる。

 まさに、理不尽チート。これもまた俺が平然と単独でモンスターと戦い、魔法を受けられる理由だ。


 つまり、カッコイイ名前を付けちゃあいるが、このファイヤーボール。レベル2の炎魔法である<憤怒の炎フューリー>の加変・派生技みたいなもんなんだ。というかチート持ちの俺は魔法を喰らった瞬間にその魔法の正体がわかるんだがな。


「結局…ただの<憤怒の炎フューリー>じゃねえか。なあ? 他に使える魔法があるんじゃあないのか? この際だ、出し惜しむなよ…」


「ヒッ…」


 俺はわざと両手を広げて魔法使いへと歩み寄る。魔法使いはもう逃げ腰だ。

 だが、それを遮るように無精髭が視線上にメイスを振るい入れてきた。


「最初は棍棒に木の板持って急に飛び出してきやがった頭のおかしい奴かと思ったが……とんだ化け物だったみたいだな。――…ディンゴ。俺がやられたら……女共を盾に使ってもいい、お前は逃げてろ」


「ああ!? 何言ってやがんだ! 俺がお前を置いて――」


 脂汗を額から滲ませた無精髭がニヤリと背中越しにやると、覚悟・・を決めたのか猛然と俺に襲い掛かってきた。


「ウラァッー!」


「むっ…」


「やっちまえ! そこだっ!」


 やっぱり強い……接近戦なら俺よりも。互いの武器のリーチを完全に見極めて隙がねえな。流石にあの傭兵から頂戴したナイフ一本じゃ土台無理か。


 ――仕方ない。俺は体勢を崩したフリ・・をして無精髭を誘い込む。

 近くに余計な対象・・・・・になりそうなものが無い場所へ。


 ズドンォオオン…ッ!


 一閃の光が視界を暫しの間完全にホアイトアウトさせる。

 俺が使った<天の裁きランダムサンダー>が見事に無精髭を宙から射貫き、バリバリという激しい電流音と髪や肉が灼けつく時のあの嫌な匂いを周囲に放った。


「嘘だろっ……雷属性の魔法だとぉ!? ま、魔石を使った様子もまるで無かったのによぉ…? メイジでもないこのガキが――ま、まさかお前“石持ち”か…」


「…うっ……ぐぅおおおおおっ!! で、ディンゴぉ! 逃げろォオオ!!」


 身体中から白い煙を吹きながら、無精髭がそれでも俺に向ってメイスを振るう。もろに雷魔法が直撃して動けるとか……本当にコイツは他に倒した雑魚共とはまるで別物だな。

 それにしても。仲間を逃がす為だろうが、大したもんだな…。俺がこの魔法を始めて受けた時はかなりヤバくて内心ヒヤヒヤするほどのダメージだったんだが。


 だが、そんなにフラついてるチャンスを俺が見逃すこともない。

 大振りのメイスを潜り抜け無精髭の懐に入り込むと、手にしたナイフを横一閃に滑らせる――…コイツが実はゾンビだったとかいう謎展開でもない限り、終わったな。


 鬱とした林に囲まれ、耳が痛いほどの静寂が訪れる。


「……相棒がよぉ。お前の棍棒と盾を燃やしちまったからよ。俺のメイスと盾で弁償してやるから――使ってくれよ」


「ああ、遠慮なく貰っていく」


 思えば俺の幻聴だったのかもしれん。だが、目の前の無精髭は何かに満足したかのように、最期は透明な笑顔を浮かべていやがった。


「これが俺のさい、…ぉか……――ごぷっ」


 無精髭の喉から鮮血が滝の様に噴き出し、地面に流れ出ていく。そのまま静かに膝を突き、呻き声一つなく息絶えた。


「テゴォ!? ち、チクショウ…っ!」


 しまった。魔法使いが女を人質に取る! 俺は急いで後を追う。

 

 が、予想以外なことに魔法使いが悲鳴を上げる女達に手を伸ばした体勢から俺に突如として振り返り両手に掴んだスタッフで殴りかかって来た。


「このクソ野郎ぉおおお!!」


 その顔は汗と涙でグシャグシャになっていたが――……無精髭と同じで濁っていないマトモな人間が感情を爆発させているそれだった。


 なあ? なんでお前らみたいな目をした奴らがこんな場所に居るんだ?


「うごっ……ゴハァッ!」


 だが、杖で殴り掛かかったところでそれを弾き、俺は容赦なく膝蹴りを入れてやった。魔法使いは無様に地面に転がり胃液を吐き散らす。


 念のためにもう一発蹴りを入れておこうと俺が考えたタイミングで足首が捕まれ、電流にも似た感覚を肌で感じた…まさか…!


「グッ…ぐははっ。驚いたか? 俺様はなあ、炎と水以外にも麻痺も使える三属性使いトリプル様なんだよぉ! どうだ、俺様の<痺れる手パラライズ>は? 油断しやがって……よくもテゴを殺しやがったな。杖で殴り殺してやるっ」


 汚物と泥だらけになった顔で魔法使いが笑う。そのフードから零れた長髪の中のイヤリングが魔力の輝きを放っていた。ライトイエロー……麻痺属性の魔石か。


 だが、残念だ。


「おいおい、自分で言っておいてもう忘れたのか? このリーチ・リザードの革は水・毒・麻痺・・を弾くんだろう」


「――あ…」


 俺はグイと呆けた魔法使いの喉を掴む。そして御返しとばかりに同じ魔法・・・・を使ってやった。

 魔法使いは全身の筋肉を痙攣させながら白眼を剥いちまった。

 まあ、さらに装備の効果だけじゃなく、俺覚えてる<痺れる手パラライズ>じゃ尚更、俺に効果はなかったけどな。


 こうして、俺は何とか野盗全てを倒すことができた。


「おい、怯えんなって。助けに来たんだよ」


「ほ、本当ですか…?」


 俺はナイフで縛り上げられた女達の手足の縄を切ってやった。途端にハラハラと安心感からか泣き出し始める。まあ、無理もないか。


「ちょっと手伝ってくれ」


 俺は先ほど髪を掴まれていた獣人のを連れて豚野郎に乱暴を受けていた女のもとに急ぐ。


「う…あ…」


「だいぶ出血してたみたいだな…」


「ぐすっ…タージは…最初襲われた時に矢を受けてしまって。それでここまで連れてこられて暴れたから、あの魔法使いに何かされてからは…」


「恐らく<痺れる手パラライズ>を使われたな」


 残念だが、今の俺に麻痺状態になってしまった者を正常に戻す術は無い。専門家の治療が必要だ。

 それよりも彼女の傷が気になる。…こういう時こそ治癒魔法が使えたら――と腐っている時間も惜しいな。手当てしてさっさと移動しなくちゃだ。


 俺はビクビクと未だ痙攣する魔法使いの装備を引っぺがす。


「何を…」


「いや、なかなか良い物持ってそうだったからな」


 俺が脱がしたローブを弄ると、両の袖から革の袋がドシャっと地面に落ちて中身が零れる――中身は水だ。

 ……はは~ん。コレが早撃ちのタネ・・か。魔力から水自体を生成する手間を飛ばしてたってわけだな。が、水は有難く使わせて貰う。

 さらにポーチ類をゴソリとやると…――あった!


「コレがポーションか。現物は初めて見るな」


 クリスタル製の小瓶にドロリとした赤褐色の液体が詰まっている。

 ポーションは錬金術とやらの技法で魔法や魔石を調合薬の中に封入または溶かし込んだ魔法の水薬だ。

 ――ダークレッド。確か治癒属性の魔石色だったはず。

 詳細を知りたいが、持ち主がこの様では聴取は無理だろうし、流石に怪我人を助けようとして逆に毒で殺してしまったりしたら俺の一生のトラウマになってしまう。

 意を決して俺はポーションの蓋を開ける。…何故か不気味なほど甘ったるい匂いがするんだが?

 俺は先の戦闘で負った腕の火傷にポタリと液体を垂らしてみる。するとダークレッドの微小な残滓魔力が煙のように揮発し、ちゃんと火傷が治っていた。

 ……良かった。これなら使えそうだ。


 俺は獣人の娘に傷口を抑えて貰いながら矢を引き抜くと、その傷口にポーションを掛ける。微かな蒸気を上げながら傷口が塞がっていく――が、完全ではない。

 想像以上にポーションの効果がショボかった。というよりは、彼女が血を流し過ぎていて著しく生命力が弱まっている状態って感じだな。…これは拙い。

 取り敢えず、彼女の身体を魔法使いが隠し持っていた水で濡らした布で清めて貰った。


「このままじゃ彼女が危ないだろう。早くこの場を離れよう。悪いが街道に出るまで残りの娘達を誘導してくれ」


「わかりました!」


 俺は布で包んだタージを抱えると、女達を連れて雑木林から急いで脱出した。


   *


「おお~い!」


 何とか街道へと出ると遠くから声が掛かる。見れば俺を王都まで運んでくれていた安馬車の御者だった。逃げたんじゃあなかったのか……助かった。


 馬車には他にも襲われて逃げて来た男達も乗っていて、無事な女達の姿を見て泣いて喜んでいた。序に俺は野盗を片付けたことも話した。


「俺は御者タクシーやる前は王都の冒険者だったんだがな。恐らくその魔法使い…冒険者くずれの賞金首になってる奴だぜ。首だけでも王都の冒険者ギルドに持ってけば金が貰えるが……生かして捕まえてくれば、ギルドの連中は喜ぶだろうな」


「…ふうん」


 どうやらあの“早撃ち”ディンゴとやらは元王都の冒険者だったようだ。恐らくあの無精髭はその仲間だろう。道理でだたのゴロツキじゃあないと思った。


「奉公に出す娘共もアンタが取り戻してくれたしよお。何とか詰めれば後もう一人は乗れんだろ。送ってくぜ? 金もちゃんと貰ってるしよ」


「いや……乗せるんなら俺じゃなくて別の奴を乗せてくれ。それに俺はまだやる事が残ってるんでな」


   *


「……じゃあな。ナイフ、ありがとよ。助かったぜ」


 俺は沈痛な表情を浮かべる乗客者に囲まれた、最後まで女達を守ろうとした青年傭兵の胸元に借り物のナイフを返して握らせる。


「出してくれ」


「ハッ…ヘリオスとの関所でお前さんを乗せた時は損した気分だったがなあ。王都に到着したら俺から先にギルドへ報告しといてやるよ」


 俺はやや乗客人数過多の馬車を見送った後、陽が沈む前までに後始末・・・を済ませる為――再度、雑木林へと入った。


 

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