Level 1.13* 王都への旅路 その3


 クラウスが異世界ガーヴァキヤリテに転生後、最も人の死を鮮烈に感じたのは同じくサンドロック領民の死であった。

 だが、彼が生れ育った村リバーサイドの者ではなかった。

 村の皆で囲まれ、孫達に囲まれ大往生を迎えた幸福な老人でもなく。

 東村で生まれて数日で息を引き取ってしまった子供の不幸に皆で泣いた夜でもなく。

 クラウスの脳裏に焼き付いて離れない光景――それは名も知らぬ外領からサンドロックに開拓民として移住してきた者達の無残な亡骸であった。


 サンドロック領には現在、リバーサイドと領主館の従者達の村の他に四つ村がある。その一つにサンドロックでは最も安全と思われる旧ドルツとの領境にあるストーンガードがあるが、それ以外はゆるやかに湾曲して流れる川の他に見つかった水源地付近に畑作や資源採掘を試みる為のどれも二十に満たない定住者しかいない開拓村である。貧しくも比較的安定している暮らしが可能なリバーサイドに比べれば厳しいのは間違いないが、それでも開拓者達は領主カトゥラスを信じ、毎日を懸命に生きている。

 開拓村での悲劇は何度も引き起こされた。事故、病、そしてモンスターからの襲撃。

 しかし、十二になったクラウスの目の前に置かれた物言わぬ同胞達の死は賊によるもの――殺されたのだ。同じ人族に…。


 その先日、プルトドレイク領から逃亡してきた山賊団が旧ドルツで捕縛を逃れ、その生き残りが領境である大して高くもない石垣を乗り越えサンドロックへ侵入していたのである。

 

 サンドロックには教会が存在しない。故に冠婚葬祭は領主館から歩いて一時間ほどの場所にあるサンドロックの祖である聖騎士カトゥーの立像とその歴代従者達の墳墓前にて行われる。

 王国での埋葬方法は例外なく火葬にて行われる。邪に憑りつかれた亡骸はアンデッドとして地上に彷徨いだしてしまうことがある為だ。

 皮肉なことにサンドロックの領民は炎魔法を得意とする者が多く、焼き手には困らない。

 

『討伐にクラウスを連れて行く』


 葬儀の数日前、クラウスの父親であるグラディウスがそう宣言した。

 彼の母親であるサマーリアは動揺し、『まだ早いわ』と夫に反対したが、既に狩りにも同行し、モンスターとの実戦経験もある上に村の誰よりも魔法に長けているクラウスなら問題ないとグラスは首を横に振る。


『この先どうせ避けては通れないことだ。俺の息子が自身や誰かを守るなら尚更のこと』


 と、グラスが折れることはなかった。村の男達だけでなくカトゥラスも同意し、数名の従者と共にクラウスは二日ほど掛けて件の襲撃を受けた開拓村に向ったのである。


 その開拓村は十八人の住民の五家族が居たという。だが、生きて逃れた者はたったの二人とクラウスは移動中に聞かされた。そして、まだその村には捕まった女達も居るとも。


 村に着けば、その山賊の残党が居座っている。その近くには死体の他に無残な姿となった女達の姿がある。それを見て飛び出そうとしたクラウスは生まれて初めて訓練以外で父親に殴られ止められる。


『一人はクラウス――お前がやるんだ』


 クラウスは同行したプウに努めて冷静な指南を聞きながら、震える手で矢を放った。狙いが逸れ、頭ではなく肩に当たる。悲鳴を上げ、激昂して向ってくる山賊に対して一射、二射と矢を放った。それでも死に体で武器を振り回して突っ込んでくる山賊を弓を捨てて棍棒による一撃で仕留める。


『よくやった』


 ニコリとも笑うことなく他の山賊を倒し終えたグラスがクラウスの肩を叩いた。

 その身体は震えていた。初めて人を手に掛けてしまったことへの動揺よりも、遥かに勝ったのは心に渦巻いている理不尽さへの悲しみと怒りであった。


 ――何故、こんな酷いことをする?

 貧しいのなら奪い合うのは、仕方ないのかもしれない。

 だが、自分が生まれたサンドロックの皆はそんなことはしない。

 乾いた土に岩ばかりの不毛の土地。恐ろしいモンスターが村の直ぐ側を闊歩していても当然のような場所なのに。

 それでも、それだからこそ助け合って懸命に生きているのに…!

 だというのに、なんでこんな惨いことをするのか?

 武器を捨てて助けを求めれば良かったじゃないか!

 サンドロックの領民は外からやって来た者は多い。その中には当然、清廉潔白ではない者だっている。むしろ、こんな僻地に来なければならないほどの理由を持つ者の方が多いことはクラウスも察していた。

 あのダナやブロンソンでさえ、従者としてシンベルに拾われるまで薄暗い影の世界で生きていた過去があるとも聞く。

 だが、こうして共に生きていくことができるのに…。


 元は平和を大いに享受していた男がこんなにも殺伐と平気で人を手に掛けることをいとわなくなったのは――こういった経緯からだ。

 野盗に押し倒され、焦点の合わない瞳の女の顔を見て…クラウスはあの潰されてしまった開拓村での出来事を思い出していた。


 そして、頭の中でカチリと何かが音を立てて切り替わる・・・・・――それを言葉にするなら、正義でも怒りでも悲しみでもない。殺意と呼ぶものへと。


「なっ――」


 潜伏していた位置からは背を向けていた男が慌てて矢を番えて背後へと振り向くが――既に肉薄するほど接近していたクラウスが振り下ろした棍棒によって頭部を歪なUの字へと変えられていた。

 その穴という穴から内容物が飛び散ったが、クラウスは気にせず中央へと蹴り飛ばす。


「う、うおぅ!? な、なんがぎぁばっ!!」


 全裸で夢中になって腰を振っていた豚のような男が急に倒れ込んだ仲間に驚愕するが、それを気にせず踏みつけて近づいたクラウスに容赦なく口内へと折れた槍の穂先を突っ込まれ後ろ首へと貫通させられる。

 そのままに棍棒で横薙ぎに殴り飛ばされ哀れな被害者である女の上から退かされる。


 残るは――二人…。


水の砲弾アクアボルトッ!」


「ぐっ」


 退かした男ごと狙ったかのような軌道で放たれた何かが前進するクラウスと衝突して爆ぜ、飛沫が上がる。

 更に続け様に一発、二発と連射されてクラウスも数歩後退る。


「やったか! って、おいまだピンピンしてんじゃあねえか。どうなってんだ!?」


「あ? 落ち着けよ……もしかしてそのマント、リーチ・リザードか? クソッタレめ…アレは水・毒・麻痺を弾きやがる。なんでそんな高級品なんぞ…ブーマー辺りの傭兵か?」


 どうやら野盗の魔法使いが放った攻撃魔法はリュカが持たせてくれたリーチ・リザードの革で作られた外套によって弾き返されたようである。


「チッ。仕方ねえ…俺が相手して時間と距離を稼ぐ! 頼むぜ、“早撃ち”?」


「言われなくとも仕留めてやる」


 他の野盗と違い武装を外していない無精髭の男がニヤリと笑いながらクラウスへと迫る。メイスと丸盾でクラウスを牽制する。倒した野盗とは比べものにならないほどの実力の持ち主らしく、クラウスも流石に攻めあぐねて後方へと跳んだ――そのタイミングで今度は火球・・がクラウスを襲った。


 咄嗟に防御に使った棍棒が吹き飛ばされ、燃え砕ける。


「おう! 流石がディンゴだ」


「へっへっ。どうだ、俺様の火の玉にビビったか?」


 だが、焦げ付いた手を払うと両者をねめつけたクラウスの目はより鋭くなっていた。腰からナイフを抜いて構える。

 そして、初めて野盗達に向って口を開いた。


「――いや、そんなに」


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