Level 1.93α* テレポーターと壁とその脱出手段

(※Level ~*=三人称視点です。)


「やった!? やったぞぉおおおおお~~!!」


 王都ハーンから最寄りのダンジョンである第三の巣ラ・ネスト

 そのダンジョン下層から奇声が響く。

 何事かと近くに居た有象無象の怪物達が混乱して遁走していく。


 我らが主人公、クラウスは狂喜していた。


 何故なら彼が待ち侘びていたものを遂に手に入れることができたのだから。


「ッしゃあ! ……う、うぐぅ。ダメだ。しっかり固定されてるわ。…取り敢えず、どうやって出っかなあ」


 そう。彼はとある逸話通り――


 の中に居た。


 と、言ってもだ。

 ダンジョン下層で、それなりに手強い恐るべきモンスター達をその狂気染みた叫び声で近場から逃奔させたわけであるからして。

 無機質なレンガ壁から金褐色の髪を持った顔と、序に彼の右腕だけは生えて――いや、露出していた。

 その右手で、何故か実動きが出来ない状況に限って痒くなりがちな鼻をボリボリと掻く。

 当人はいつも通りの平常運転であった。


 何故に、彼はこのような醜態を晒す羽目になったのか。

 それこそまさに他の人間から見れば狂気の行動を実行した結果故である。


 クラウスはほんの数時間前に助けた新人冒険者パーティ“雷撃のジャッカル”の纏め役である少年ヤジャックからとある助言(実際は厳重注意であったが)を受けた。


 そして、その言葉をしかと心に刻み込んだクラウスは満面の笑みで蹴ったのだ。

 加減を忘れたフル闘気を纏ったヤクザキックによって、罪なき役目を終えた宝箱たちは無残に蹴り砕かれていった…。


 既に中身の無い、放置されていた各部屋の空の宝箱を。

 無論、各宝箱に紐づいた罠は正常・・に作動して愚かなこの迷宮探索者、いや――恐怖の宝箱破壊者ボックス・スレイヤーを襲った。

 だが、その強制的に発動させられた罠にまるで動じない・・・・クラウスは感謝していた。

 無論、気付かせてくれたあのヤジャックにだ。

 今度、王都で見掛けたら半ば強制的に飯や酒を奢ろうと強く心に誓うほどに。


 如何に自分が非効率であったかを恥じる。

 宝箱の中身ではなく宝箱の罠・・・・に活路を見出したいま、ただ、目に入る全ての宝箱にサーチ&キックを繰り返していくだけで良いのだ。


 こうして、破壊活動を邪魔する勤勉で哀れなモンスター達を鏖殺。

 ドロップアイテムなぞの回収など後回しで、虱潰しに空箱を破壊するだけのマシーンとなったクラウスは遂に当たり・・・を引き当てたのだ。


 それまでに犠牲となった宝箱は悠に百近くに昇る。

 モンスターの数などもはや数えられない。

 後半は相手をするのも億劫になり、広範囲を攻撃できる炎属性の魔法<灼ける嵐ヒートストーム>で玄室丸ごと電子レンジでチンしてみたり。

 同じ階層に冒険者が居ないことを確認した上で、毒魔法を用いてまるでバ●サンを焚くように毒ガスで階層の大半を満たす殺虫剤テロ攻撃を敢行していた。

 恐らく、世間に公になればタダでは済まなかったであろうことを平然と行える只者ではない男サイコパスこそが…サンドロックが生んだ怪物、クラウスなのであった。


 それはそれとして。

 そんなダンジョンテロリストのような男がこうして壁に埋まっているのか。

 天罰――ではなく、クラウスが話に聞いて探していたダンジョンの宝箱トラップ。

 テレポーター。

 同階層か別の階層の異なる空間に被効果者を瞬間移動させるという。

 シンプルでかつ、脅威。

 そして、往々にして。

 古強者のベテラン迷宮探索者の誰もが畏れる程に残酷・・な結果をもたらす悪魔の仕掛けであった。

 実際、この罠によってまんまと壁に取り込まれてしまったクラウスの顔の位置が――あと数センチ奥であったならば。

 彼は暗闇の中で窒息死していたのだから…。


「じゃ、でるか」


 が、過酷な環境と生まれ持った素質からサイコパスの気を生じた男にはそれすらどうとでもなる些細・・なことであった。


 意を決し、大きく息を吸い込んで止めたクラウスが右手をギュギュっと握り込む。

 すると、何処からともなくすすにも似た黒い塵の魔力がキラキラと輝きながらクラウスの眼前へと集い出した。


 そして――真っ白な閃光がとある階層を満たした。


  *


「ゲホッ! エホッ!(ガラガラガラ…)…やっぱ加減が難しいなあ~? 一応、レベル3の上位魔力で使うとこ、レベル1の魔力分でセーブしたけど。やっぱりダンジョン内で使え――(ガラッ…――ゴチンッ)痛゛っ!? ……ダンジョンで使う魔法属性じゃあねえなあ。出禁になるわけだ」


 クラウスが埋まっていたダンジョンの壁が大きく抉り取られたかのように無残なことになっていた。

 自分が行った所業をゆるゆると眺めていたクラウスの頭上に壁と天井から崩れ落ちた瓦礫の欠片が天罰とばかりに怒りの不意打ちを落としていた。


 そう、彼は今の所は悲劇しか産んでいないあの・・爆発属性魔法。

 <爆裂波エクスプロージョン>によって自分諸共に壁を爆破したのである。

 

 こうして、第二のダンジョン・クラッシャーが静かに――では決してなかったが、爆音と共に産声を上げた。

 全迷宮探索者とダンジョンに携わる者にとっては悲劇である。

 

 だが、如何にセーブしたとて、そもそも上位属性の中で一二を争う甚大な魔力を喰う爆発魔法を使った上に…同時に最大レベルのガチで併用した、世間では一様に闘気オーラと呼称される強化魔法の一つである<身体強化リーンフォース>を使っていたので想定以上に消耗していた。


「自分でぶっ放したとはいえ…全力の<身体強化リーンフォース>でもダメージ受けるか。ある程度の防御無視効果でもあるのかね? ……相手が爆発属性の使い手の時は要注意だな。痛チチ…っ。仕方ない、ポーションで祝杯といくか」


 見た目は完全に野盗か強盗騎士のようなクラウスだが、根は偏執的な魔法オタク。

 自身の魔法の効果を見やって満足すると、ギルドから貸与されているマジックボックスとは別のポーチから数本の小さな小瓶を取り出し、立て続けにそれらを三本飲み干した。

 空いた瓶はその場で空気に溶けるように霧散していく。


「ぶへぇ。……不味い。アレか? 毒とか麻痺とかも入っている影響かなぁ」


 クラウスが飲み干したものはダンジョン産のポーションだった。

 本来は未鑑定であるが、クラウスが自身が使用できることをひた隠す無属性魔法<強さの証明レベルチェッカー>で鑑定済みだった。

 だが、このダンジョン産ポーションというのはなかなかの難物である。

 例えば、今さっきクラウスが当然のように飲み干した三本のポーションは質こそ低いものの治癒効果のあるものであった。

 回復量はクラウスの生命力の一割にも満たないが。

 しかし、治癒の効果に余計なものが同居していたのだ。

 それら三本はそれぞれ毒・麻痺・昏睡という悪効果があり、つまり…。

 冒険者からすれば非常に厄介で――要らない・・・・ポーションであった。

 ギルドで二束三文で売り、それらも抽出用か試薬・実験用としてギルドの錬金術師の糧とするくらいにいしか使い道がなかったのである。

 

 だが、それしきの低レベル魔法くらいにしか値しない毒なぞ屁でもない魔法的怪物クラウスにとってはどーでも良いことであったというだけだ。

 因みに、流石にクラウスといえども毒の沼や強酸性のスライムプールを啜ったりなぞすれば腹に穴が開いてしまうので、本人も現時点・・・では避けるだろう。

 まだ、クラウスは人間を辞める気はなかった。


 …ただし、例えそうなっても。

 この男の生命力であれば、ニブイチで生き残る可能性があるとだけは言っておこう。


 謎の虹色のゲップをしながらクラウスはふと思いとどまった。


「……あ。壁を爆破しなくても、さっき覚えた<脱獄エクソダス>か、今ラーニングできた無属性魔法で脱出するなり地上に転移すれば良かったんじゃね?」


 数舜の思考と暫しの沈黙を経て。

 クラウスは地下深く分厚いダンジョンの天井に遮られた天を仰いだ。


 が、過ぎてしまったことは仕方ない。

 どこまでも変なとこでポジティブな男は最早ダンジョンに用は無いと改めて帰り支度を秒で終える。

 新しく覚えた魔法を試したいと思いつつも、如何せん場所が悪かった。

 なので、ここは速やかに地上へと帰還すべく自らに無色透明な魔力を巡らせる。

 そうして、数多の貴重なパピルスを犠牲にして得た無属性魔法<脱獄エクソダス>を発動させ――なかった。


「…………」


 クラウスは反射的に通路の死角位置へと移動し、スッと腰を低くして息を殺して構える。

 逃走・奇襲どちらでも可能な潜伏状態へと移行したのである。眼前の壁のクレーターが良い目眩ましになることを狙って身を隠す。


 クラウスが耳を澄ませ、目を凝らす。

 すると、通路の奥から息も絶え絶えに逃げる男の姿とそれを怒声と共に追う者達の姿が目に映ったのであった。


 どうやら、クラウスはまだ。

 少なくとも、今はまだ。


 黙ってダンジョンから去る気はないようである。


 

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