Level 1.93β アシッドとその不愉快な仲間達


 糞ったれ。

 どうしてこうなっちまうんだ…!


 俺は今日の稼ぎでもう冒険者から身を引くつもりだったってのに。


 今年で三十六。

 夢を見続けるのにはオッサン過ぎる。

 二十年、迷宮探索者一筋でやってきた。

 別に生意気にこだわった訳じゃあない。

 そもそも魔法も戦闘の腕もそこそこの俺じゃあマトモに傭兵やったり、広い山野で採収やモンスターなり御尋ね者を追いかけ回す根性すらなかったからだ。

 その結果が、二等級だ。

 それが俺の限界だっただけ。

 しかも、それだって俺一人の力なんかじゃない。

 かつていた俺の仲間達のお陰で、六人構成フルパーティでこのラ・ネストの十七階層。

 それが俺達の最高到達域スコア、それが限界だった…。


 ……その十七階層で一人仲間が死んで。

 その数日後には二人がパーティを抜けるどころか、冒険者自体を辞めて故郷に帰ってった。

 帰れる場所がある奴はいいさ。


 もう二人とは別れて俺はダンジョンで日銭を稼いで食い繋いできた。

 …その二人もどこかのダンジョンで既に死んだと、何年も前に風の噂で聞いた。


 いや、違う。

 もしかしたら、モンスターに殺された。

 ダンジョンの恐ろしい仕掛けデストラップで死ねたのならアイツらも本望だろう。

 だが、違うかもしれない。

 同じ・・、冒険者の皮を被ったモンスターなんぞよりももっと性質の悪い輩に手を掛けられたのかもしれない。


 そう、今の俺のようにな――


「ゼヒュ…ゼヒュ…っ」


 思えば、ここ数日。

 やたら稼ぎが良過ぎた・・・・


 俺は長くこのラ・ネストにソロで潜ってるが、俺自体の実力から階層分相応に戦えなどしない。

 正直言って十一階層のモンスターでも単体しか相手ができないレベル。


 基本はダンジョンの変動後に新しく出現する宝箱が狙いだ。

 だが、結局は空箱か、相当ヤバい罠があって手付かずもんばっかで徒労に終わる。

 稀にモンスターにも共食い…っていうのもおかしな話だが、殺し合うことがある。

 結果、その場にドロップアイテムが落とされるんだが、結構頻繁にそこら辺にボトボト落ちてるもんだ。

 偶に、冗談みたいに上等な魔石が石コロみたいに転がってたりな。


 ……それか、単にモンスターを倒した冒険者がそれを拾い上げるさえなかった、か。


 どっちにしろ冒険者のプライドなんて気にしなければ――コソコソ隠れてそれを拾い集めてギルドで換金するだけで一月、二月食っていけることもある。

 少なくとも俺はそうして凌いできたんだ。


 だが、ここ数日で俺のマジックボックスも予備のズタ袋もパンパンになっている。

 何故か知らんが。

 本来なら到底在り得ないんだが。

 俺が主に漁る十一階層から十五階層辺りで大量のドロップアイテムが落ちていた・・・・・


 二十年潜ってて初めての光景だった。

 まるで、エルフランドの耳長共が自慢気に語る妖精とやらに化かされてる気分だったが……俺はここぞとばかりに掻き集めたのさ。

 そりゃあ必死でな。

 あんときゃあ涙が滲むほど嬉しかったね。

 きっと、俺が今回で最後だと決めたから――それを天高い所からご覧になっていた女神様達が俺なんぞに微笑んで下さったんだ!ってね。


 だが。

 だからこそ。

 アイツら・・・・に目を付けられちまったんだろう。


 何日か前に何の気紛れか知らんが、あの“ワイバーンの顎”が新人連れてこのダンジョンに顔を見せたってんだ。

 何年振りだ?

 だが、そのお陰であの屑共が居心地悪くなって出てったから俺も安心し切っちまった。

 …まさか、リー達が帰るまで隠れてやがったとはな。


「ヒュ…ゼヒュ…」


 自分でもとっくに気付いてるが、呼吸音が異常だ。

 やはり、斬り掛かられた時に毒を喰らったな…毒消しの予備は無い。

 今の体力でギルドの職員冒険者が詰めているセーフエリアへ助けを求めること自体が土台無理な話だ。

 はっ…泣けてくるな。


 だが、それ以前に俺が欲に駆られて余計に足を運んぢまった深層からこの十四階層まで逃げおおせたこと自体が奇跡だろ。

 色々ともう諦めがついてきたからか、少し頭が冷えて冷静になってきたのか。


 ――何故、ここ数日間に増してモンスターがこうも居ないってんだ?

 逃げ出してからここまで一匹も見掛けてないぞ!?

 もはやこのダンジョンの異常としか思えない。

 

 ヒイヒイ言って血の匂い振り撒いてる俺なんて恰好の餌食にされるはずだろ。


「あっ――がはぁ!?」


 既に足がフラついていてもつれちまったのか。

 俺は盛大に地面に転んだ。

 俺の鼻血や傷から流れた血が地面に飛び散ったはずだが、この趣味の悪い十五階層まで続く槐色のレンガの壁床ではそう見分けもつかないか。


 ふと、俺は気付いた。

 どうやら俺は床にできた何か大きな窪みに足を取られてすっころんだようだ。


 ……はて?

 横を見れば、そこに大きく抉られた穴があった。

 まるで、何かを爆破したかのような……。


 ま、まさかあのイカれたメイジ女――ダンジョン・クラッシャーが?


 い、いや。

 アイツはもう何年も前にあのおっかないサブマスから名指しでダンジョンへの出禁を言い渡され、半ば迷宮探索者部門の実績を剥奪されていたはずだ。

 かつて俺の先輩迷宮探索者が生き埋めにされたのが鮮明に当時の恐怖と共に思い出される。

 …俺達はそれがトラウマになってからは、そのダンジョンには行けてないんだ。

 それくらいの事を奴はしでかしたんだ。


 きっと崩れたんだ。

 …崩れるか?

 変動エリアの壁が?


「うっへっへ。やあ~っと追い付いたぜ。全く手間かけさせやがってよ」


 ……遂に俺もここまでか!


 …すまない。

 エレブリア。


 折角、借金返したお前を身請けしたってのに。

 二人で別の街で暮らそうって約束したのに……!


「おい。大丈夫か? 盛大に転んじまったけど」


「…は?」


「だ、誰だテメー!」


 ――これは幻覚なのか。


 嗚呼。

 だったら女神様よお。

 あんまりじゃあねえか?


 最期に見せる幻なら、せめて俺の愛する女の姿にしてくれよ。


 なんでこんな目付きの悪い奴を出すんだよぉ…。


   *


 あ。コケたわ。

 被っていた古臭いデザインの角兜が脱げて飛んでいく。


 何者かに追われて逃げて来た男が俺が作ってしまった床の穴に足を取られて盛大に。

 真正面から床に大胆極まるディープキスを放った。

 顔を起こすと見事に鼻血ブーであった。

 結構いい歳したオッサンだ。

 この異世界無駄にイケメンが多くて辟易するが、彼はどうにも俺の前世の記憶からして親近感が湧く。

 なんかこう、親戚のオジサン顔って感じだ。

 だが、その哀愁すら感じる鼻血面が心に痛い。

 …すまん、俺のせいだ。


 てか、なんか生きているダンジョンだってんならもっとパパッと元通りに修復して然るべきじゃあないのか?

 いや、コレは我ながら見事な責任転嫁だな。


 仕方ない。

 俺は姿を現してその男の下までジャンプする。


「は?」


 どうやら俺の華麗なる登場に感動してくれたようだ。

 と、序にこのオッサンを追いかけ回したであろう連中も。


「だ、誰だテメー!」


 相手は三人か。

 ……少なくとも正面・・には。

 いや、てか気配隠すの下手くそか。


 俺が三人組に向って視線を向けたタイミングで俺はオッサンを掴んで横に避けた。


「チッ…運良く躱しやがって」


「おい!なに外してんだ! このヘボ!!」


 同時に背後から男の舌打ちと前から耳障りな怒声。

 …微かに俺の頬に傷ができ、血が一滴伝って落ちる。


 ――魔法か。

 レベル2の風魔法<風の刃エアースラッシュ>。

 カマイタチのように風の剣を相手に向って投げつける近距離から中距離の攻撃魔法だ。

 初動が速く、使い勝手も悪くないが…純粋な斬撃による物理的なダメージしか与えられない。

 なので無茶苦茶硬い敵とは相性が悪い。

 まるでジャンケンのチョキとグーのように。


 どうやらオッサンを仕留めようと先回りしていた仲間が居たようだ。

 これで四人。


「ん? いや待てよ。お前…“世話焼き”の片割れリーの奴が連れてた新人じゃあねえか」


 俺もこのライオン髭達三人組には見覚えがあった。

 後ろの奴は知らんけど。

 初めて俺がこのダンジョンに来た時、リー達を一方的に罵倒してきたムカつく野郎共だ。

 ――確か、名はアシッド…だったか。


「はん! まあいい。小僧失せろ! 今回はそこそこ良い稼ぎになりそうだから見逃してやる」


「あん? で、大人しく俺が地上へ帰った後。……このオッサンはどうする気だ?」


 ニヤニヤと嫌らしく自慢の十数本編み込んだ髭を弄るライオン髭。

 手には堂々とグレートソードが握られていやがる。

 …変な魔力を感じる。

 アレが世に言うダンジョン産の魔法武器とやらか?

 にしても使い手がまるで見合ってないがな。


 他にも数本武器を背中に馬鹿みたいに背負っている。

 どっかの村落のブサイクな精霊偶像トーテムかっての。


「おいおいおい…勘違いしてんじゃあねえぜ。何をあのしみったれ共から吹き込まれたんだか知らねえがよ。俺達は友達ダチなんだ。そいつ、怪我してんだろう。それに背負ってる荷物・・も重そうだろ? だから俺達が地上まで付き添ってやるのさあ」


 馬鹿にしてやがる。

 なら、なんでお前らが得物を振り回す必要があるってんだ。

 隣の下品な顔したシーフが「ぎひっ」とキモイ笑い声を漏らす。


 てか、問答無用で後ろの奴、俺に魔法で攻撃してきたよね?

 冗談だろ?


「そんなガキでも騙されないような見え透いた嘘に俺が乗っかるとでも?」


「…はっ。利口じゃあねえなあ? 所詮は世は情けだのなんだのと煩せえ連中とつるんで――いや、お前もなかなかの大荷物・・・じゃあねえか…」


 フン。

 どうせ冒険者殺しの犯行現場を目撃した俺をこの腐った連中が見逃すはずもねえだろう。


「うっ…ばかやろっ…早く逃げろ」


 あ。

 そういやオッサンのこと忘れてた。


「俺はもうダメだ。どうせ時間が経てば死ぬ。奴の剣から毒を喰らっちまった…だから…」


 なるほど。

 あの気色悪い剣は毒属性の付与か。

 毒自体の魔法レベルはてんで弱そうだけど。


 俺が早速毒を消してやろうとオッサンに手を伸ばすと――何故かガッシリと両手で掴まれてしまった。

 おい、何だ?

 だがオッサンの顔は真剣そのもの…いや、寧ろ泣いている。

 ……まさか、こんな場面で愛の告白か?


 …悪いな、オッサン。

 俺にはもう一生を添い遂げるリュカがいて、故郷サンドロックで俺の帰りを待たせちまってるんだ。

 心の底から頼むから、潔く諦めてくれ。


「俺の名はブラバー…王都の二等級迷宮探索者だ。頼む、せめてこの割符手形と俺のギルド証を持って逃げてくれ…! そして、ギルドに俺の名義で預けている金を…南の安酒通りで下宿させてるエレブリアっていう可愛い丸顔でボインの女に渡してくれ……お、俺が約束を守れなくて、す、すまねえって…! 伝えて、くれ…っ」


 オッサン…いや、ブラバーが大粒の涙を流しながら俺の手に自身のギルド証と割符手形とやらを握らせようとする。


 ほう。

 このオッサン、意外とやるなあ。


「――嫌だね。そんな頼み事は真っ平御免被るよ」


 俺はスルリと手を振りほどいたそのままにブラバーに魔法を使う。

 なーにこんなやわな毒で心細くなってんだか。

 プチプチと何かが弾ける音と共に、ブラバーの肉体から毒が水蒸気のように吐き出されて霧散する。

 俺が村のガープ婆から覚えたレベル3の毒魔法<毒解熱アンチドーテ>。

 これまた判り易い解毒魔法だ。

 解熱効果もあるので多少の病や怪我にも有効なことがある。


「な、何が…!?」


 どうやらブラバーは自分の身に起きた事が理解できないようだったが。

 流石にこの先の戦闘に巻き込んだら、そのボインの女が泣くことになるだろう。


「その良い女には自分から会いにいくこった。じゃあな」


「ちょま――」


 有無を言わさず俺は<脱獄エクソダス>でオッサンを地上へ帰還させる。

 これで良し。


「……馬鹿かオメーは!?」


 いや、馬鹿はお前だろう。


「貴重な帰還のパピルスをあんな奴相手に使いやがってよお! 売り払えば数年は高い酒と女に困らねえのによお!?」


 あ、なるほど。

 普通はそう思うのか。

 いや、本当にどうでもいいけれども。

 俺が無属性魔法を使えるのがバレたって構いやしない。

 コイツらが俺を保身から見逃すことがないのと同じで。


 ――俺はコイツらを地上に帰す・・気など最初からないんだから。


 俺は無言で立ち上がると腰からメイスを抜いた。


「……っ! お、おい!仕留めそこなったテメーが始末しやがれ!」


「へっ。わーったよ!」


 ここで俺にビビったのかライオン髭が背後の魔法使いらしき男に命令しやがった。


風の刃エアースラッシュ!」


「はんっ」


 俺はその男の指先から放たれた風圧の剣を難無くメイスで弾いた。


「なっ!? 俺の風の刃エアースラッシュが…」


「テメエ! ちゃんとやれぇ!?」


 いやほんと、マジで本気か?

 さっき喰らって思ったけど。

 また半分のレベル1程度の威力しかこもってなかったぞ?

 軌道さえ判れば未強化でも跳ねのけられるほど脆弱だ。


「ば、馬鹿にするんじゃねえ! 後、六発は余裕で使える!」


 …………。

 言葉にならん。

 まさか、この魔法一つしか使えないってんじゃあねーだろうなあ?

 普通にあの“早撃ち”くらいにはやるかと思えば…。


 あの体力馬鹿のガストンの方が百倍マシだぞ。

 俺は一気にこの魔法使い…じゃあないな。

 少なくとも俺の基準では。

 コイツに興味が失せた。


 俺はメイスを杖代わりに突き出す。

 目の前のにわか以下が繰り出す御自慢の魔法に合わせ、『せめてこれくらいはやってくれ』という気持ちで同じく<風の刃エアースラッシュ>を放った。


 ただし、多少イラついたのも含めて――倍々・・の威力であるレベル4の魔力で撃った。


 俺の<風の刃エアースラッシュ>が何ものにの遮られることがなかったかのように奴の<風の刃エアースラッシュ>を打ち消す。

 そして、驚愕の表情で固まったソイツは胴から上下に切断されて舞い上がる。

 それでも止まらない風の剣はそのまま壁の側面を切り裂き、それによって巻き起こされた瓦礫の崩落と粉塵の中に二つになったソイツの姿が消える。


 いい冥土の土産になっただろ?

 これが<風の刃エアースラッシュ>だ。


「あ…あ…あ…っ」


 俺は努めて優しく・・・、笑顔で震える残りの三人組を見る。


「さあて。次は誰から死ぬかい?」


「か、かかっ、掛かれええええええええ!!」


 ライオン髭が絶叫し、三人が必死の形相で飛び出す。


 へえ。

 意外と冷静だな?

 てっきりどいつかは逃げ出すと思ってたのに。

 まあ、ハイエナなりに場数は踏んでるんだろう。


 ――だが、足元はちゃんと見ないと…。


 シーフ以外のライオン髭ともう一人の野郎が俺の前で転げ倒れる。

 その様が余りに滑稽で、俺は思わず噴き出す。


 奴らがあの俄か野郎がポーンってなってるのを呆けて見ていた隙に俺が即座に足の裏・・・から魔力を流してちょっとした悪戯を仕掛けていた。


 レベル2の水魔法<滑油オイル>。

 リーの、いや一時的にとはいえ俺の仲間・・であるナグロクから覚えた魔法。


 ナグロク、すまん。

 結局、開錠が捗らず…に頼っちまったよ。

 だが、この魔法の擬似油だが滅茶苦茶滑る。

 ヌルンっヌルンだ。

 正直、意外と使い道あると思う。


 ただ、残念ながらこの油は不燃性だ。

 炎魔法で引火させられたら、今油塗れになってるあのライオン髭をそりゃあ愉快なことにできるコンボを決められるんだがなあ。

 惜しい。


「まさか……<滑油オイル>か!? お前、ノービスの癖にナニモンだっ」


「そりゃあ…単なる田舎者イナカモンだよっ」


 今回は何がバレようが関係ない。

 色々と使いあぐねていた魔法も解禁といこう。


 俺は顔の前に腕を横に構えた。

 空中戦法を繰り出すハイエナシーフは俺が防ぎ切れまいと思ったのか口の端を歪める。


 いや、迂闊過ぎんだろう。

 仮にそうでもさ。

 普通、盾で防ごうとするだろう。

 ――もう、別にいいけどさ?


 俺の右前腕。

 シーフに向って向けている側面から突如として鋭い針が生える。


「何ィ!?」


 気付いたシーフが顔を青ざめて悲鳴を上げるが、もう遅い。

 その俺の腕から生えた数十本の針が一斉射出され飛んでいく。


「うぎゃ!」


 無防備に俺の針を顔と身体のアチコチに喰らったシーフの野郎がそのまま地面に転がって痙攣している。


 ――そう、これこそがサンドロックで既に収得済みの無属性魔法<針撃ニードル>だ。

 ぶっちゃけ、自らの肉体から針を飛ばす見た目はもう完全にモンスターのそれだ。

 だって、植物系やキノコ系のモンスターからラーニングしたものだからな。

 因みに、本来はこれに加えて毒属性や麻痺属性などを併用して使う。

 少なくとも、地元のモンスターは皆そうだった。

 こんなプレーンな針で攻撃するような優しい真似をするヤツはいないぞ?


「おい!アシッド! コイツ、人間の振りした化け物だぞ!?」


「失礼な奴だな。こんな良い男捕まえておいて…。良いだろう実験台にしてやる」


 もう一人、軽鎧と小剣で武装していたノービスの野郎が俺に暴言を吐いた。

 俺は酷く傷付いたので、折角だから…このダンジョンで覚えた魔法を使うことにした。


虎鋏シザーズ


 俺は地面に触れてそう呟く。

 すると滑る地面に必死に踏ん張って立っていた小剣野郎がドタリと倒れる。

 何やら呻いているが、余りのショックで声にならないようだ。


「基本は足止めのトラップとして使うんだろうが…マトモに身体強化も使えない奴には結構エグイ効果だな」


 男は両足を失っていた。

 左右から現れたいわゆるトラバサミがその足を刈り取ったのだ。

 因みに、この魔法はレベル2の地属性。

 宝箱を蹴ってる時にトラップからラーニングした。

 だが、この結果はコイツが弱いってだけだな。

 やはり対人でもリーかバードン並みに闘気法を使えるならやはり足止め程度にしかならないんだろう。


 俺はどうにもその小剣野郎が剣を手放して命乞いする様をそれ以上見ているのが癪だったので、その場から飛び上がってダイナミック・メイスの一撃を見舞ってやる。

 小剣野郎は光の塵になって消えていく。

 …というか気付けばシーフの奴も消えていた!


 まさか、針程度で死ぬとは思わなかった…体調不良か?


「うおおおおおおっ!!!!」


 じゃあ最後にあのアホを片付けるかと思ったところで、件のライオン髭が俺に突撃してきた。

 まさかの猛撃。

 がむしゃらにデカイ剣を振り回すだけで難無く避けられるが……足の裏に魔力で被膜を作ってアメンボみたいにズルをしている俺と違って、よく足を滑らせずにこうまで暴れ回れるもんだな?


 俺は不思議に思って一度距離をとって観察する。


 なんと、奴の両足が地面に埋まっている?

 …いや、力に任せて踏み抜いているのか。

 脚を地面に刺して移動している。

 ……馬鹿なのか?

 それとも天才なのか?


「ぐっはっは! 見たかあっ!! 俺はテメーらゴミと違ってなあ。<怪力の加護>を持ってるんだ!参ったかあ! そして、そんな選ばれた・・・・俺がなあ。力に優れた俺が弱い奴から分捕って当たり前なんだよお!!」


「加護に溺れた奴が、寝言をほざくなっ」


 俺は軽くキレた。

 こんなヤツを俺の親父やダンカン、他の仲間達と一緒にするなど業腹だった。


 奴の剣と打ち合うが…悔しいがその<怪力の加護>とやらは確かなようで俺の強化したメイスとほぼ五分だ。

 片手でグレートソードなんざ振り回すからどんな筋肉馬鹿か、とは思ったがな。


 だが、その慢心に胡坐を掻いているせいか闘気はろくに練られていない。

 確かに加護は強力だ。

 だが、仮にコイツがちゃんと戦士として修業していたら俺も物理戦じゃあ勝ち目がなかったろう。

 だから――

 

「お前なんぞより、あの無精髭テゴワースの方がよっぽど強いよ」


「抜かせこの糞小童が! 死ねやああああっ!!」


 膨れ上がった筋肉で無理くりに押し込まれ剣先が俺の腕を切り裂く。

 俺は奴の剣を持っている腕につけていた腕輪・・を左手で掴み、一瞬であるが膠着した。


「ははっ! やってやったぞ! この魔剣は俺がいけ好かねえ奴から分捕ったお気にでなあ~…オメーはその内毒でくたばるぜぇ?」


「効くかよ。そんなやわなの」


 俺は両脚でライオン髭の腹を蹴って突き放す。


「ああ、待ってやるもんかい。オメーはこの俺の魔剣で一刀両断に叩き斬ってよお! ギルド証をリーに突き付けてやら――」


 ――バァン!


 僅かな閃光と何かの破裂音がその場に響く。


「……ほんの数舜しか魔力を籠めてなかったが。そもそも怪力頼みで闘気法で防御してないアンタにゃあ十分だったみたいだな?」


 地面に大量の血飛沫を被った毒の魔剣が転がっていた。


「お、俺の腕があああああ~~!?」


「爆発属性の魔法で<手投げ弾ハンド・ボム>っていうんだ。便利だろ?」


 ライオン髭の腕輪は消え失せていた。

 その先の腕と共に、な。


 俺は邪魔な腕を蹴り飛ばすと、ヒョイとその毒の魔剣とやらを拾う。

 意外と軽い?

 魔法金属とかでできてるからだろうか。


「ひぅ…助け」


「“自分が決して叶えられないことをみだりに人に願うな。それは卑しい行為だ”と俺の親父が言ってたよ」


 俺は聞く耳も持たずに数度、その剣を振るう。


「ぐふっ」


 ライオン髭の自慢の髭が何本がボトボトと地面に落ちる。


「……な…なんで…トドメを刺さ…ねぇ……」


 もはやうつ伏せに倒れたアシッドが呻く。


「俺はこれでもすごく優しい・・・んだ。せっかちなアンタと違ってこの魔剣の毒でくたばるまでゆっくり――本当にゆっくり待ってやるとも。精々、今迄に殺してきた相手の顔を思い出してあの世で謝ってくるんだな」


「……く…そが……」


 俺はそう言ってドカリと正面に座った。


 そして、アシッドが光の粒子に分解されてダンジョンへと吸収する様を最後まで見届けることにした。


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