Level 1➙2 ただいま、おかえり



「……――っ! クラウ…ス…」


「リュカ様?」


 御休みになっていたリュカ様が急に寝台から慌てた様子で飛び起き、上半身を起こされた。

 私は心配になって椅子から立ち上がって声を掛けて近づいた。


「…あ。ゴメンね、ダナ。おはよ」


「おはようございます。……夢を見られたんですか?」


 いや、どんな夢を見たかは判り切ってはいるんだが、失敗した。

 思わず聞いてしまった…。


「うん。僕がいつもみたいに玄関の鉢植えの花に水をあげてたらね? …クラウスがいつの間にか帰ってきて、僕の後ろに立ってたんだよ。アハハ…」


「…………」


 なんと残酷で辛い夢を見られたのだろうか。

 私なぞに無理に笑みを見せて下さるリュカ様の心情は察して余りある。


 パートナーの不在だけでなく、初めての出産ということで日に日に不安も募っているに違いない。

 こんな時、私が子供を産んでいたら、励ましや助言の一つも言えるのだが…。

 残念ながら、未だに愛する男との間で授かってはいない。

 リュカ様が無事に御子を御産みになられた暁には――満を持して励もう。

 有給が得られるよう直談判も辞さない。


 チッ。

 それにしてもだ、クウスの奴め…こんなにも私のリュカ様を悲しませやがって!

 なんでこんな大切な時にリュカ様の御側に居てやらないっ!

 それでも男か!?


 ………いや。

 可愛そうなのは寧ろ、アイツの方か。

 あれだけ幸せそうにベッタリだったのに…そんな新婚生活から突如として、あの遠い王都への出向を命じられたのだから。

 私はこれでもそこそこに長く夫のブロンソンと共にサンドロックの従者を務め、領内外で働いてきている。

 無論、私達を拾い上げてくれたシンベル従士長には返し切れないほどの恩義もあるし、男爵領当主であるカトゥラス様達への忠義は本物だ。

 

 だからこそ、その真実も知っている。

 表向きはあのブーマー辺境伯が相変わらずの破天荒で、旧知の友が居るという王都ハーンの冒険者ギルドへとクラウスを召喚したことになっている。

 だが、実際はあの姑息な裏切者…プルトドレイク領の連中が勝手に肩代わりした負債の返済を我がサンドロックに迫り、その身代わりにクラウスが王都に出向く羽目になった。

 ……リュカ様や、私達サンドロックの皆の為に。


「アラアラ…おはようリュカちゃん。調子はどお?」


「お、おい。マンデリーン…失礼じゃないか?」


 部屋の外からリュカ様の声を聞きつけたのか、それとも偶然連れだって通りかかったのか。

 ドアの隙間からコチラを伺う二人組――いや、正確には夫婦か。


 顔を見せたのはマンデ姐さんこと、私の先輩で女従士のマンデリーン。

 他領からの参入が多い従者組の中でも少ないサンドロック出身の従者で家名持ちホズビーン(うちの領だと従者と従士の違いってその辺かな?)。

 歴戦の古強者(って実際に言ったらきっと怒られるな…笑)で、戦士としての器量だけじゃなく、ガープ様からの手解きでかなりの麻痺属性の使い手だって聞いてる。

 現役二本足だった頃の御館様にも随行してたくらいの衛生従者だ。


 そんで、そんなマンデ姐さんの隣でオロオロしてるのがシエル殿

 一応は私にとってマンデ姐さんほどじゃあないけども先輩従者。

 そして、マンデ姐さんと他二名の旦那さん。

 そんな彼だが、私とブロンが旧ドルツからシンベル様に引き取られて間も無く前線からクビになった。

 理由は度重なる負傷と体調不良。

 つまりはこのサンドロックには似つかわしくないほどてんで弱いモヤシ男だった。

 私のブロンとはまるで真逆の存在過ぎて食指の一つも反応しないが、存外マンデ姐さんの好みではあったみたい。

 ま。顔だけは良いからね……ブロンには勝てっこないけど。

 けど、無能じゃないのよね。

 御館様や先達方を謗る気はないが――いや、サンドロックにはそもそも無能なんて抱えてる余裕は無かったか。

 頭がすごく良いんだろう。

 きっと生まれは、王国北部辺りの良いとこの坊ちゃんなんでしょうよ。

 基本はリバーサイドで姐さん達に軟禁…じゃなかった、在宅文官してる彼が珍しく領主館に顔を出している。

 その理由は先日、ブーマーと旧ドルツを行き来してた御館様が無事に御戻りになられたから。

 どうにも、御館様が今度ばかりはプルトドレイクの糞貴族共に御立腹みたいだわ。

 本格的に色々と今後について考えてらっしゃるみたい。


「そうですか。クラウスの夢、ねえ…そりゃお辛い――」


「それは正夢というヤツなのではないでしょうか」


「……まさゆめ?」


 マンデ姐さんがリュカ様を慰めに肩を抱き掛けたタイミングでモヤシ…じゃなかった子沢山のシエル殿が余計な事を言いやがった。


「はい。予知夢などとも言いまして。実際に起こることの光景を事前に夢で見るというものですね」


「そうなんだ……じゃあ、僕は夢みたいに直ぐにクラウスに会えるのかなぁ…」


 ああ…リュカ様。

 そんな悲しい顔をなさらないで下さい…!

 いかん。

 割とマジでシエル殿に殺意が湧く。

 半ば八つ当たりにだけど。


「あ…ああっと、それはぁ――(うごふっ!?)」


 マンデ姐さんに無言で小突かれた優しいモヤシが綺麗にくの字に曲がって部屋から強制退出させられた。

 その後、マンデ姐さんがリュカ様を優しく抱いて背中を撫でて耳元で何かを囁く。


 リュカ様は笑っていたが、その頬には一筋に涙が伝う。

 それに気付いたリュカ様が顔をクシャクシャにする私とマンデ姐さんに向って『あ、欠伸だよ』と無理に明るく振る舞って下さった。


 …クラウス。

 無理だとは、誰もが判っているんだ。

 でも、早く。

 頼むから一日でも早くリュカ様のもとに戻ってきてくれ…。


   *


「うう~ん…」


 俺は王都ハーンの東門近くの藪の中で唸り声を上げていた。


「何となくコツは掴みかけてると思うんだがなあ」


 俺は遂に念願の、アイスソー…じゃなかった。

 ダンジョンでのラーニングを果たした無属性魔法<瞬間移動テレポート>を使った実験を試みていた。

 この魔法はズバリ、任意の場所に瞬時に移動できる。

 ハッキリ言って最も便利で最強で最凶の魔法だ。

 ただし、瞬間移動できるのは魔法を使った当人、即ち俺のみだ。


 だが、だ!

 このトンデモ魔法すらありゃサンドロックに帰れる!

 ……リュカに会える!!


 だが、移動する距離があればあるほど正確なイメージが必要になるっぽい。

 失敗しても無属性共通なのか、微々たる消費のみで見知らぬ土地や異次元空間に飛ばされるわけじゃないみたいだが。

 現在はラ・ネストとこの王都近くを二往復ほどしている。

 流石に王都の門衛に見つかると面倒なので隠れてるが、ラ・ネストに転移する度に『また貴重な帰還のパピルスを無駄遣いしてやがる』みたいな視線が痛いので今日はもう行かないことにした。

 てなことで別の近場で試す。


 ああ、なんでそんなことしてんのかって?

 速攻でサンドロックに転移しようとして失敗したからです。


 一度、いつぞやかテゴワース達とやり合った場所を試したが失敗した。

 どうやら近くに障害物(森の中だからか?)が多すぎるとダメかもしれん。

 どんどんサンドロックへと距離を縮めるべく次はヘリオス領での道中で……と思ったがやる前から魔力がぼやけて霧散しちまう。

 まあ、景色見て楽しかったのなんて初日くらいだったし、基本ずっと馬車に揺られ揺すられで…長い間同じ場所に留まることもなかったし。


 だが、どすりゃいいんだ?

 明確なイメージって言ってもなあ…例えばそうだ!

 俺の家――生まれ育った親父とお袋の家だ。

 ははっ…ホント、狭い家だったよなあ。

 一時とはいえ、義姉であるプリングが居た時なんかあの狭いとこで家族六人で生活してたんだもんよ。


 …お?

 なんか……いけるかも!?


 俺は目を閉じ、更に集中力を上げる意味で額に右手の人差し指と中指を意味有り気に添える。

 おおっ!

 より瞼の裏に浮かぶイメージが解像度が上がる感じで明確に…っ!

 やはり偉大な漫画作品から学ぶことは余りに多い、ということだろう。


 幻視した光景は俺に向って等身大の一枚絵のように迫る。

 やがて俺の身体がその中にズズイっと吸い込まれていくと共に転移成功の証である一瞬の浮遊感を腹で感じた。


「…………」


 目を開ければ、そこは懐かしさすら感じる我が生家の中だった。


 や、やったぞ…!

 成功し――……んん?


 俺はサンドロックへの帰還を果たしたことへの喜びを爆発させるべく両手を上に挙げて万歳の体勢に入ろうとした矢先。

 視界の先…我が家の勝手口に俺に背を向けている人物の姿を見て動きが止まる。


 それは我が弟のアランルースであった。

 俺の存在に気付かぬほど熱中して何かを勝手口の隙間から覗いているらしい。

 …………。

 ……この水音と女達のはしゃぐ声。

 ははぁん。


 俺はそっと隠密ムーブで反対側の出入り口から出ると外の様子を伺う。


 そこには相手がまだいなかったはずの村の若い女達とチビ共(大半がセバスの弟か妹)が揃って行水を行っている最中だった。

 川でやれよと言いたいところだが、コレは大変に目の保養…じゃなかった、ゲフンゲフン!

 野郎共が狩りで居ないからって女共はわざとやってるんだろう。

 恐らく、狙いはウチの弟だろう。

 セバスが狙いなら川向うの東でやるだろ。

 いや、直接セバスを襲うかもしれん。

 サンドロックの女は容赦ないからな。

 寧ろ、お袋達がいないので他の女達は東で仕事してんのかも。


 ……それにしてもアランよ、この兄は悲しいぞ?

 我が弟ながら情けない奴よ。

 お前くらい顔が整ってれば、覗きなんぞせずとも頼めば最後・・まで何でもやってくれるぞ?

 まあ、十一か…色々と女に興味もでらあなぁ。


「おい、アラン。何やってんだ…」


「わひゃあ!?」


 驚いたのか、アランが三ハーフリング(m)ほど飛び上がる。

 身体を鍛えるのが苦手ウンチかと思ってたが…意外とジャンプ力あるじゃんか。


「に、にーちゃん? 何で…王都に行ったんじゃ。ま、まさか…ずっと家に隠れて…?」


「んなわけあるか、弟よ。…あ。そうだ、お土産だぞ」


 俺は王都土産としてアランに魔法金属製の魔剣をプレゼント。

 あのライオン髭がドロップした強奪品の一つだ。

 俺はメイスがあれば他に主武器メインウエポンは要らないからな。

 因みにだが、他に押収した武器防具はギルドで殆ど回収されたよ。

 探し主がいたみたいで、奪い取った本人のアシッドはダンジョンの外ではバレないようにどっかに隠して溜め込んでいたようだ。

 無事に遺族や仲間の元に返されたようだったぜ…。

 だが、この毒のグレートソードだけは持ち主が不明だったので、何となく俺が流れで手にすることになったんだ。

 けど、要らない。

 嵩張るし、俺の魔法で事足りる。


「え。なにこのデッカイ剣…? ううぐっ…重くて持てないよ。俺じゃあとても無理だと思うんだけど。父さんにあげたら?」


「親父は昔っから肌身離さずに持ってるあの安っぽいロングソードしか使わないだろ?」


 仕方ない。

 ガストンにでもやるか。


 …あ。思い出した。

 ガストンのヤツ、ラムにおもっくそフラれてたけど大丈夫かなぁ~?

 アイツ見た目の割に小心者だし。

 実の親父さんとお袋さんは何年も前に揃って亡くなってっけどさ…。

 流石になんかありでもしたら皆やラムだって悲しむからなあ。


「それはそうと弟よ。俺は悲しい」


「な、何が」


「もっと男らしくあれ。弟よ!」


 具体的にはこんな感じに。

 俺は目を泳がせる可愛い弟をムンズと片手で掴み上げると勝手口の風除け布を捲って外にポンと放り出した。


「「…きゃああああ!!」」


 途端に事前に何かを期待していたような女達からの黄色い声が沸き上がる。

 いずれ、アランもこの中の誰かしらに男にして貰うんだろうなあ。

 せめて俺のようには…まあ、アレはアレでなかなか良かったが……弟にとって掛け替えのない良い思い出になることを兄として祈るばかりだ。


「もうやだあ~アランったらぁ~(※甘ったるい声で)」


「ち、違うよ!? にーちゃんが!にーちゃんが!?」


「へ? アランったらそんなに慌てちゃって可愛いんだからあ。クラウスならオート?ってどっか遠い別の領に……」


 しまった。

 ついガン見していたので女達と視線が合ってしまった!


「「ぎゃああああああ!?」」


「覗きよぉおおおお!?」


 おい、ツミィタチ~。

 弟の時とは偉い違いあるじゃんね?

 一応、目付きの悪さ以外は同じベースのはずだぞ。


「クラウスが私達の裸見たさに戻ってきやがったわあ~!!」


 な、なんてこと言いやがる!

 冤罪だ!?

 俺は無実――いや、そんなこと言ってる場合じゃあねえってばよ!


 俺は瞬時に転移した。


   *


「……はあ~」


「どうしたのよ、ガス? こんな昼前から溜め息吐いちゃって」


 俺達はガキの頃から遊び場にしている“シャドの丘”の上にある丸太に並んで腰を下ろしていた。


「もしかして、最近リュカが落ち込んでること? アレはねえ、ガープのオババ様が言うにはマタニティブルーっていう一時の…」


「それもだけど。…ダンのことさ」


「ああ…うん、そうだね」


 何となくガキの時分から勘付いてはいた。

 ダンカンがリュカばかり目で追っていたのにはな…。


 ただ、そんなリュカはいつもクラウスに夢中だったって話だ。

 二人が夫婦になるのも当然の結果のようなもんだった。

 が、ダンカンは未だに踏ん切りがついてねえみたいに思える。

 

 …ダンカンはどんな理由があったのかは知らないがブーマーとサンドロックとの領境で行き倒れていた所を拾われたらしい。

 既に事切れていたダンカンの親達が何でそんな場所をフラフラ出歩いていたのかは知らねえが、恐らく他領から追放されたか、親のどちらかが逃げ出した罪人だったんじゃあねえかって…俺の叔父さんが言ってた気がするなあ。

 そんなんだからか、アイツは昔から疎外感を勝手に感じてる節があったんだよ。

 そりゃあ、金髪に赤い眼なんて珍しいけど…そんな程度じゃあねえか。

 メイジのガープの婆様に比べりゃ同じノービス同士殆ど一緒だろうに…。


 ……だから、皆と違って特別な・・・リュカに惹かれたのかもなあ。


 そんな事を考えてたら急に横から顔を掴まれ、首を九十度回される。

 軽くゴキっと音がしたがこの程度のこと、ほんの愛情表現の一つだぜ?

 それと付き合って解ったが、ラムに逆らうのは良くない。

 特に機嫌が悪い時と顔は笑ってるのに怖い時はな。


「むー…折角、二人の貸し切りなんだからさあ…ん…」


 ラムがブチブチと悩む俺を慰めようとしてくれている。

 なんて良い女なんだ…愛してるぜ…っ!


 彼女がそっと目を潤ませて顔を近づけるだもの。

 未だに慣れる気配がしねえが、俺も男だ。

 応えるしかねえ!


 ………ぶちゅ。


 …?

 アレ?

 ラムの唇はこんな感触じゃあねえはずだが…?

 それにまるで木みたいに硬くて…震えている?


 …なんだ、ラムも緊張してやがるのか。

 俄然、愛おしくなってきた。

 俺は我慢できずに抱きついた。


 …………。

 やはり、ラムを抱きしめた感触ではない。

 ゴツくて、太い。

 まるで川縁に植林した木に抱きついているようだ。


 それに…なんだこのジョリジョリ、チクチクした感触は?

 ま、まさか…ラム……女なのにヒゲが生えてるのか?

 どうしよう…何だか目を開けるのが恐くなってきやがった――


「なあ。ガス…。後生だから許してくれ……俺には愛するリュカが…ううっ…」


 目を開けると、そこには鳥肌で涙を流す良く見知ったクラウスがあった。


「……ぎゃああああ!? く、くらうすぅうう~!!」


 俺は悲鳴を上げて飛び上がった。

 既にラムは数歩距離を開けた位置に居て、微妙な顔色で俺とクラウスを交互に見ていた。


「ううっ…穢された…! 汚れちまった悲しみにぃ~コレやる。なんか上手いことラムとくっついたみたいだから、呪い…いや、祝いの品だよ。くれてやるよホラァン!」


 クラウスが半ギレしながら両手持ちの剣を俺の顔面に投げつけてきやがった。

 …土産か?

 いや、土産だろうが、祝いの品だろうが…そんなチョイスってあるか?


「お、おう…なんかスゲエ色の剣だな――ってそうじゃねえええええ!?」


 俺は剣を担いでラムの手を掴むと領主館へと向かって爆走した。


「クラウスが! …クラウスが王都から逃げてきたぞおおおおお~!!」


 この一大事を少しでも早く――皆に伝える為に…!


  *


「ん…何か、遠くから声が……ガストンかなあ?」


 僕は玄関脇に置かれた鉢植えに水を上げていた。

 パーフェクトブルー。

 それがこの花の名前なんだって。

 そうマンデリーンが教えてくれた。

 僕のクラウスがあの危ないモンスターの巣窟から摘んで来てくれた大事な大事な可愛い青い花だ。

 コレを眺めているとクラウスの笑った顔を思い出すことができる。


「………っ」


「…え?」


 ふと背後に人の気配を感じて振り返ると――クラウスが立っていた。


「クラウス…?」


「よ、よお? リュカ…」


 夢だ。

 僕は夢を見てるんだ。


「アレ? ど…して? クラウスがここに居るの?」


「いや…その…なんて言ったらいいのかなあ…アハハ…」


 僕が一歩踏み出すと、夢の中のクラウスも一歩僕に向って近づいてくる。


「元気みたいだな…あ、安心したよ…っ」


「う゛…んっ……皆、僕のこと大切にしてくれるから…」


 僕は言葉が途切れるほどボロボロ泣いていた。

 けど、クラウスも泣いていた。


「お腹…おっきくなったな…。それに…髪も伸びた……」


「…に、似合わないかな?」


「いや…いや、前よりもずっと…ずっと綺麗だ…」


 そして、僕とクラウスの手がやっと触れる。

 ――暖かい。

 僕の手がクラウスに引かれる。

 そっとクラウスが僕のお腹を気遣うようにして優しく僕を抱きしめる。

 忘れもしない、クラウスの匂いがする…。


「大変だああああ~!!」


「「うおぉおおおお~!」」


 ああ、やっぱり僕の夢の中だったみたいだ…。

 何故か汗だくになったガストンと宙を泳ぐように手を引かれるラム。

 それにリバーサイドの方からセバスと村で男の人より足が速い彼の妹のベッキーが全力ダッシュしてきて、この場を滅茶苦茶にされて…僕は夢から目を覚めてしまうんだろうなあ。

 きっと、また部屋の椅子にダナかマンデリーンが居てくれる。


 でもこの夢から目覚めるのは…イヤ、だなあ。


「た、大変だ! 大変だぞ!? 御館様に伝えてくれっ! く、クラウスの奴が逃げ帰ってきやがったんだ! な、なんとか上手く隠して匿って貰えるようにしなきゃあ…」


「ちょっと!ガス!? 落ち着いてよ。その・・クラウスならリュカと抱き合ってるじゃん」


「なにぃ!? そんなことが…いや、それよりも聞いてくれ! 俺は未だ信じられないんだがクラウスの奴が俺の妹達の裸を覗き――ってクラウス本当にいるじゃないかっ!? どうなってんだあ!!」


「うえ!? ホントだ! クラウスってば魔法だけじゃなくて脚も超早くね!?」


 ――……っ!


 ……覗き?

 どういうことなんだろ。

 僕がジロリと見やるとクラウスはヒクリと顔を引き攣らせた。


 …ぷっ!

 アハハハハ!

 やっぱりこの反応だけは…昔から変わらない困った時の顔は。

 僕の腕の中にいる君は本物だとそれだけで判る。


「……ただいま」


 兎に角、そんな彼に最初にこれだけ言いたかった――


「おかえり」


  *


 アレからお互いにギャン泣きして。

 笑いながら近況報告や過度・・ではない久々のスキンシップに幸せを噛み締めた。

 

 そして、完全に疲れ切って寝てしまったリュカをベッドに残して俺はコッソリと部屋を抜ける。

 応接間で苦笑いする俺の義母となるであろうゾラ夫人に頭を下げて二階へと足を運ぶ。


 コンコンとドアにノックする。


「入れ」


「失礼します」


 入室許可が出たので中に入る。

 そこはサンドロック男爵、リュカの実父である領主カトゥラスの自室だ。

 室内には部屋の主であるカトゥラスの他に、従士長のシンベルの爺様とプウ老人。

 それといつの間に呼び寄せたのか…何と俺の親父であるグラディウスまでも。

 うわっ。

 この部屋のオッサンレベルが濃いぞ。


「全く…お前と言うヤツは…」


 親父が疲れた表情で唸る。

 何か知らんが、スマン。


「報告を聞いて驚いたがな。まあ、特段。王都からの報せ・・は届いてはいない。正確にはブーマー辺境伯経由で無事にお前が冒険者ギルドに登録した件のみだ。それもほんの数日前のことだがな…」


「仮にも王都迄は片道で軽く一月以上は掛かる。だのに小僧。どんな手を使えばヒラリとこうも帰ってこれるんじゃい」


「まさか、ブーマーのとこのグリフォンを失敬したわけではあるまいか?」


 頭を軽く抱える仕草をした俺の義父に続いて渋面のプウ老人と脳味噌筋肉のシンベル翁が続く。


 グリフォン?

 そりゃあ空の旅は楽しかったよ。

 ほんの最初の数分間だけ、はなあっ!

 顔は覚えたぞ、憎っくきはあのアキラ・ブーマーめ!

 辺境伯の実の娘だが知らんが、次に会ったら絶対に泣かせてやる…絶対にだっ!


「まあその方法とやらはこれから聞かせて貰うが…クラウス。昼にダナから聞いたが。何やら王都で見聞き・・・して思う事があったようだが?」


「……はい」


 俺は再度、軽く頭を下げた後にニヤリと笑う。

 

 なんてことはない。

 そう、俺はただ――

 …俺とリュカを引き裂く原因を作ったプルトドレイクの奴らに対してちょっとした・・・・・・意趣返しを思いついただけなんだよ…。


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百姓ときどき冒険者~テンプレ異世界転生者がスタートラインでしくじった物語 森山沼島 @sanosuke0018

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