Level 0.73 肉欲の日々 その3



 リーチ・リザードの焼肉パーティが始まってから早三日が経過した。


 が、今日も今日とてリバーサイドの村民達は夜になるとパーティーピーポーと化していた。そんなんで大丈夫なのか、この村は?


 まあ、大丈夫なんだよね。昼はいつも以上にちゃんと働いてるから――村の女達の肌艶は良い。…はな?

 逆に妻持ちの男はどこかやつれている。


 貴重な食糧をそんなにガンガン消費していいのか? と、御思いかな?

 当然の意見だ。本来ならばある程度は干し肉なりにして保存食にすべきだろう。だが、悲しいかなリーチ・リザードの肉質は保存に余り適していない。水分を抜くと肉質が酷く悪くなり、ボロボロになるらしい。

 まあ、モンスターの肉だからなあ。かと言って実際に喰ってみれば何の肉かイマイチ判断がつかない。外見はワニっぽいから鶏肉っぽい気もするが…油分が多い感じだな。

 アレ? やっぱり豚肉? それとも牛肉っぽい? 良く判らんくなってきた…。


 それで村にある分は無駄にせずに食べてしまおうという体でここ数日のバーベキュー・ナイト・フィーバー状態なのだ。

 だが肉が食えることに関しては良い。基本腹減らしの村民が腹一杯に肉が食えるんだからな。

 誰が口にするまでも無く、肉は俺の可愛い妹のゼルや弟のアランを含める子供達に優先して喰わせる。その次に女達――特に妊婦であるリュカの前に肉の良いところがてんこ盛りと寄せられるんだ。

 まあ、村に妊娠者はリュカしかいない。今は・・、な…。


 こうして腹を空かせていた子供達が腹一杯になるまで肉をがっつく様を見て皆が笑顔になり、ちょっとした酒が入って赤ら顔になって男も女も陽気に焚火台の前で踊る。ちょっとした楽器に覚えがある者はここぞとばかりに得意気に楽器の弦を弾き、笛を吹いたりもする。


 さて、諸君。

 君達は人間の――否、生き物の三大欲求を御存知だろうか?

 睡眠欲は元から足りている。何せほぼ陽の光だけを頼りに生きているんだからな。自動的に夜の八時くらいに寝て日の出と共に起きるもんだ。

 次に食欲。慢性的に満たされていない日々が続くが此度は例外で満足以上に満たされている。

 ふむ…食欲が満たされると次は何か? もう御分かりだろう。そう、性欲である。

 前世のテレビ番組かそれとも漫画か。食欲と性欲を司る脳の部位は近い場所にあると聞き知った憶えがある。なれば、食欲が満たされれば性欲もクリアできるのでは?


 俺の答えは…まあ、俺の村に限っては“ノー”と答えるだろう。


 腹を満たしたのなら次は性欲を満たしたくなるものらしい。

 確かに、冷静に考えて余りにも眠かったり腹が減って仕方がない時にエロい事などを考える余裕はないだろうからな。…余程に子孫を残したいという衝動が無ければだが。

 

 さて、話を戻すがここ最近の肉祭りで主に村の女達の情欲が昂っていた。

 モンスターの肉にはウナギとかみたいに確かに滋養強壮の効果があるように思える。だが、この女達の変わり様から察するに……一種の媚薬効果みたいなものあるのでは? と、疑っていたりもする。まあ、それもモンスターによって効果の大小はあれどリーチ・リザードの肉はかなり大寄りには違い無さそうだ。


 あ~…つまり何が言いたかったかというとだな…。夜中に、大して防音効果の無い平屋家屋ばかりの村内のアチラコチラでその…嬌声めいた声が聞こえてくるのだ。


 前世の世界なら問題有りかと思える案件でも、その大半がスルーされ、許されるのがこの異世界で、尚且つ人口密度の少ないこのリバーサイドの村社会なのだ。


「で、お前らは何時までヒトンチに居座るつもりだ」


「「…………」」


 ただでさえ狭い小屋みたいな俺とリュカのスイートホームで、俺達以外に若い男が三人。長方形のちゃぶ台を挟んで無言でボリボリとビスケットを齧っていた。

 このビスケットは領民が常食している代表的な保存食で携帯食料なんだよな。

 ビスケットと言っても前世のポピュラーの菓子のように一つ一つ包装された丸かったり、四角かったりする掌に乗るサイズの焼き菓子じゃあない。レンガの三分の一のほどの大きさで地味にデカくて硬いブツだ。

 僅かばかりに村で穫れた麦や根菜を粉にしたものと、川の側で育てているハーブやベリー類を干したヤツに塩と獣脂(※食用可)を加えて混ぜ、二度焼きして焼き固めたモンだ。つまり、喰えるレンガだ。


 それは兎も角、俺の目の前で陰気な顔をしてる三人組は若衆でも特に俺と仲の良いトンチンカン三兄弟こと、ガストン・セバスチャン・ダンカンだった。


「いやぁ…だってよぉ~」


「なあ、クラウス。十五になってお袋から“次は弟と妹どっちがいい?”って聞かされる僕の気持ち解る?」


 まあ、家でイチャコラする両親が要る家に年頃の、しかも相手のいない男が居づらい気持ちは解る。

 それにガストンはまだしも、セバスのとこの親父さんは何故か三人も妻を持ってしまった苦労人の鑑のような男だ。村の中をウロチョロしているガキ共の大半はセバスの弟と妹だったりする。……そういえば、ここ最近。セバスの親父さんの顔を見てないな? まさか軟禁されてるのか? ま、まあセバスが逃げてきてる内は無事だろう。そうに違いない。

 三人の中で大人しいのはダンカンだ。まあ、コイツは孤児みなしごだからなあ。そもそも、三歳くらいの時に他所の村からリバーサイドに引き取られてきたんだったっけ?


「自分の家に居辛らければダンカンの小屋に避難してりゃあいいじゃねえか」


「いや、そりゃ考えたさ。だが先手を打たれたんだ。このビスケットでダンの奴が女共に買収されちまったんだよ…」


「いやぁ~つい頼まれちゃってさあ~」


「昨日、一昨日と野宿したんだよ僕ら? 何が悲しくて村の中で野宿しなきゃなんないんだよ…」


「う、うぅ~ん…」

 

 これは多少は同情をせざるを得ない。

 普通なら一人暮らしをしているダンカンの小屋にほとぼりが冷めるまで逃げれば良いんだが、この狭い村では同じように考える者が多いんだろう。若い娘っ子共のグループが身を護る為に夜の間小屋を貸してくれとダンカンに頼み込んだんだろうぜ。それもまた仕方ないけどもさあ。かと言って変に川べりに気晴らしに行ってみれば若いカップルが茂みにいたりするわけで…とセバスは泣いていた。


「あ。そうだガス。相手がいなけりゃあ――ラムを誘ってみたらどうだ? ん?」


「ぶふぅ!?」


 俺がちょっと揶揄っただけでこの村のチェリーボーイ代表である純なガストン君(満16歳)が不味そうに咀嚼していたビスケットを噴いた。汚ねぇ。


「な、なななっ! 何を言ってやがんだ!? なんでお、俺がラムをぉぁ~」


「そういやラムは夜の間何処にいるんだ? お前がここで腐ってるってことはダンの小屋には居ないんだろ? 確かアイツも決まった相手がいたわけじゃなかったみたいだしよぉ~。今から皆で探しに行くか? (チラリ)…プッ!うははっ!」


 ガスが昔から面倒見の良いラムにホの字なんてことは当人以外は百も承知だけどな?

 顔を一瞬で真っ赤にして茹蛸になったガスを指差して笑っていた俺達だったが――その間にガチャンと水が並々と注がれたマグを三つ乗せた盆が叩きつけれた。


「はいお水っ! それを飲んだら三人共さっさと帰ってよね?」


 笑顔がとても可愛くてほんのりと怖いマイワイフに睨まれて三人組が縮み上がる。


「わ、悪かったよ…あ。このビスケット、詫びで置いてくから食ってくれ。な?」


「え? じゃ、ありがとう」


「ガストン…それ、オイラのビスケット…いや、もういいや…」


 怯えた反動でビスケットの袋が仁王立ちするリュカの手に渡った時点で可哀想なダンカンはスンと諦めたらしい。…なんかスマン。そのビスケットだって彼が自身の住居を貸し出す見返りで手に入れたブツだろうに。今度何か差し入れしてやろう。


 こうしていそいそと帰り支度をした三兄弟は慌ててマグの水を飲み干した後、逃げる様に俺達の小屋から出ていった。


 それを無言で見送ったリュカが無言でパタンと戸を閉めて閂(この村に泥棒なんているはずないのに、要るか?)を掛けた。


「じゃあ、もう遅いしベッドで横になろっか?」


 リュカが天使のような微笑で俺にそう言って歩み寄る。


「……本当にベッドで横になるだけ、か?」


 おいおい、コレは俺が意地悪に誘ってるんじゃあないぞ?


 寧ろ、願い…明日の無事なる俺が存在する為の祈りと言っても過言ではない。

 許してっ! ヘルプ・ミー! オーマイゴッド!


「エヘヘ…。本当にクラウスはエッチだなぁ~?」


 違うっ! そうじゃ、そうじゃなあ~――…アッー!(※強制)


   *


 起きた。

 皆さん、俺は生きている。息が出来る。自分の脚でこうして立ち上がれる。とても…幸せです!


 ベッドの上で幸せそうな寝顔をしているリュカの肌は昨日よりも増してとてもツヤッツヤのプルップルになっていた。きっと、リーチ・リザードの肉には美容効果もあるに違いない。

 ……その顔を拝めるだけで自身のこの喪失感など、どうでもよく思えてくるもんだ。

 ま。強いて言えば、ちょっと妊婦さんがハードな動きをし過ぎるのは心配にもなるが、そういう体位?と言えるのか、それは女衆の経験からの指導らしい。一体普段から何話してんだ?

 でも出産の際に助けともなる運動なり筋力を鍛えるのに役立つ。と、俺に馬乗りになっていたリュカがそう言ってた。だから、俺から何もいう事などないし、この村の男達はそれで円滑に夫婦生活を送っているのだ。つまり、最重要案件以外では女に逆らわない。コレが大事ってこと。


 ただちょっと早く起き過ぎたな。まだ日が昇ってないから外が薄暗い。


 俺はムニャムニャとまだ夢の世界に居るリュカに毛皮を掛け直すとそっと戸の閂を外して外へ出た。勿論、ズボンを穿いてな。忘れても警察はいないけども。


 肌寒いし、暗い。そりゃ当然だ。

 俺は近くの地面に放置してあった鉄鍋に燃え尽きてない薪を放り込んでレベル1の炎魔法<火よスターター>で着火する。炎属性と風属性の魔石だけはゴロゴロ出るサンドロックでは大半の領民が使える初歩的にして最も便利な魔法だ。


 俺は自分の小屋の前でその灯りの隣に陣取って静まり返った村を見渡した後、小屋から一緒に持ってきたものを開いて眺める。


 そうやって暫く眺めていると背後から気配を感じた。視線をやると戸の隙間に毛皮を羽織っただけのリュカが立っていた。正直、他の村の男共に金を払われても見せたくない恰好だった。


「悪い、起こしちまったか?」


「んーん。目を覚ましたらクラウスが居なくて――窓の下から灯りが見えたから。……それ、もしかして地図?」


 俺は首をコテンと傾げるその生き物を世界一可愛いと心の中で叫びながら頷いた。


 そう俺が手にしているのはこの異世界ヴァーガキヤリテの世界地図だ。と言っても正確に描かれているものではないのは明らかで、前世の正確無比な地理を表した地図と比べると酷く拙い。だが、それでも傭兵時代の親父――剣士グラディウスがかつて大枚をはたいて手に入れ、その息子である俺に譲られた立派な財産だ。


 俺が十二を迎えたその日の朝に思わせ振りな親父から渡され、ずっと眺めている日もあったっけかなあ~。その視線の向く先は大陸の中央、サンドロック男爵領が頭を下げてかしづき、平伏して服従を誓うオークブラッド王国が王都ハーン…。


 ああ、ただひたすらにその王都で冒険者になることを夢想していたものだった。


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