Level 0.8 冒険者に憧れて



 突然だが、諸君。

 君は世に言う異世界転生のチャンスが到来し、それが叶った暁には何とする?


 あ。SFとかは無しな…個人的には宇宙とか光速船とかフォースめいた力とかに興味が無いわけじゃないが、ここは王道に中世欧風ファンタジーでいこう。

 バリバリに封建制度だったり奴隷制度なんて当たり前田のクラムチャウダー。

 勿論、魔法と剣の世界だ。エルフ耳の本物エルフにヒゲムチャな本物ドワーフだっている世界ね。異論は認めない。

 おっと、も一つ重要な点を失念していたぜ。

 

 そう、もはや当たり前だよお母さんな“チートスキル”を持ってだ。

 コレがなきゃあ異世界転生モノは始まらないだろ?

 いや、問答無用で始まっちゃう転移系の作品も結構あるが…かなり大変そうだ。いや、大変に違いない。いきなり文明の粋に浸ってきた現代人が顔を真っ青にする旧世代へと飛ばされちまうんだからな。野犬とすら戦えない一般ピーポーがどうしてモンスターや山賊野盗と死闘を繰り広げろと? 無茶を言うんじゃない。


 あ~と、そうだな言語系のトラブルは省こう。長くなりそうだからな…。

 序に便利なアイテムボックスも無しね。いやだってさ、この機能だけで十分チートじゃない? そう思えない奴は正直、甘いな。甘い甘いっ!

 異世界を舐めてるね。●カイ●ムのやり過ぎじゃあないのか? MODばっか入れてストーリーちゃんと進めてないんじゃないの? 途中バグで落ちちゃったりしてさー。いや、俺も実は結構そんな感じなんだよね~。


 おっと、話が見事に脱線したな。

 で、諸君はそんなわけで自分の意思は半ば無視されて異世界デビューさせられる訳だけど――どうする? 何がしたいとか漠然としたことよりも、もっとこうドリーマーな回答を期待する。


 まさか、ここ最近流行りのスローライフとか望んじゃう、とか?


 おいおいおぃ~そりゃ幾ら何でも枯れ過ぎだろう?

 いや、転生なんだからさ?

 う~ん…神レベルのミスとか案件で突飛な転移とかで五十代とか六十代で来ちゃったんなら、そう無理もできないだろーけど…そんなに若い年齢から現代社会人は疲れてんのか?

 …スマン。現社から途中でドロップアウトして引きニートしてた俺には理解でき兼ねるな。現代社会の闇を見たな!って感想くらいしか出ないんだ。頑張れっ! 世界のサラリーマン! 世界のサラリーウーマン!


 ま。男だったらさ……? ハーレム…目指しちゃうよなぁ~?(照)

 

 いや、俺はソレよソレ。ぶっちゃけ。本心から。

 無双したかったもん。

 金銀財宝で個人資金額カンストさせたかったもん。

 モテたかったもん。

 二次元級の可愛い子のハーレム築きたかったもんっ!


 ちょっと迷ったけど、やっぱり魔法に憧れあったしさ~。魔法系のチートスキルを貰ったんだよ。<全魔法>っての。まあ、詳細はここで割愛するけどな。


 転生した後の俺のプランは単純だ。

 魔法を極める→冒険者になる→無双する→デカイ屋敷(城も可)とハーレム構築→サクセス! 以上。


 ……まあ、まだこの俺の第二の人生の舞台となる異世界――ガーヴァキヤリテの事を何も知らなかった。少なくともこんな事だけ考えてウッキウキで異世界に跳び込む前はな。


  *


 俺、生まれる。いや、転生する。

 俺が生まれたサンドロック男爵領は絵に描いたような辺境で、一応は大陸の中央にデンと構えているオークブラッド王国南部の最東南。まあ、転生モノのスタート地点ではベターってとこだろう。ズバリ、伝説の勇者は村で誕生するものだ。おう偏見、偏見。


 俺がこの世界、いや自分の周辺環境のヤバさに気付いたのは二歳になった頃だった。


 一人で動き回れるようになった俺は兎に角、村の外に出てみたかった。意外と村の女達の監視ネットワークは手強く、村を囲う高石垣の向こうの風景を拝む前に誰かに見つかって捕まっちまうんだよな。


 そんな事を何度も繰り返す内に、今世の俺の母親であるサマーリアが家で見回りから帰ってきた同じく今世の父親グラディウスにお決まりの愚痴を零した。

 が、その日の親父はムスっとしていた俺を床から抱き上げて外に連れ出した。

 

「見ろ。我が息子コクラ……んんっ。クラウスよ。これが我らが生きる地、サンドロックだぞ」


 ゆっくりと沈んでいく太陽に赤く灼かれて煌々と赤々と染まった何処までも続く荒れ地が目の前に広がり、散発的に風に吹かれて砂塵が軽く舞い上がる。

 俺はただ黙ってその強烈な光景を目に焼け付けていた。


「幼きお前には未だ解らんだろうが、この土地は人が生きて行くには余りに厳しい…。何も育たぬほどの不毛の大地に加え、恐ろしいモンスターの巣窟である東にそびえる山脈チェから降りて来たモンスターが跋扈するまさに魔境。お前の生まれたこのリバーサイドもまた先人達の多大な犠牲によって拓かれた村なのだと俺も聞いている」


 まあ、この時点で俺は親父がこのサンドロック以外からやって来てお袋と夫婦になってんのは既に知っていた。

 村人達は俺がベイビーでまだ言葉が判らないと結構色々と喋ってくれてたからな。実は精神年齢的には俺を抱っこするグラスとどっこいくらいだったりするので内心複雑だったりもした。


 暫く、俺にチェを指差して色々と怖いモンスターがいっぱい居るんだよぉ~。みたいな事を俺に教えてくれた後、親父が少し村から離れた場所に俺を連れて行く。そこには丸い石の像――いや剣と盾を持った人間のような像がポツネンとあるだけだった。


「我らがサンドロックの民を最初に率いて拓かれた偉大な御方――カトゥー様だ。さあ、お前もお祈りすると良い…」


 親父が像の前にそっと俺を降ろして跪いた。俺も親父の見様見真似で像に向って祈る。って何を? 家内安全とか、世界平和とか?

 ……なるほど、いわゆるこの異世界、いやこのサンドロックだけかもだが…お地蔵様みたいなもんか。思い返せば、東村へと渡る橋の近くにもあった気がする。

 ふと、不真面目だが親父の祈りがいつまで続くのか気になって目を開けて周囲を伺うと傍にこれまた殺風景な石の柱が数本立っている。かなり風化しているが、手前はまだ新しい…。

 ん? 表面に何か彫ってある…?

 ついつい近づいてペタペタと触ってしまった。


「お前、もう字が読めるのか? それはな……お墓だ。リバーサイドの者の、な」


「お墓?」


 いつの間にか後ろに立っていた親父に頭をポンとやられたので思わず俺も素で聞き返してしまった。


「ああ。お前が触っているとこに彫られてるのは……。そうか、もう三年か、早いもんだな。お前の一つ上のガストンがいるだろう? その兄と姉だな」


 初耳だった。

 あの図体と態度がデカイ、●ャイアンみたいなガスの奴に兄姉がいたなんて話は。


「食べ物も少ないし、病気になっても必ず治るわけじゃない。東村のオババが頑張ってくれてるが、生まれて半年で死んでしまう子供は多い。せめて、治癒の魔法を扱う教会の一つでもあれば話は違ったんだろうが…。だから、元気にお前を産んでくれたサマーには感謝せねばならんぞ?」


「うん…」


「俺もまだサマーと夫婦になってから五年だが…その間にもサンドロックの領民は結構な数が死んでる。病気やモンスターだけじゃない、離れた村が盗賊共に襲われたことは昔から何度もあるそうだ。だが、安心しろクライス。俺がサマーとお前を必ず守ってやる。このリバーサイドを守ってみせる…! 今度こそは…っ」


 そう言って墓石を見やる親父は唇を歪めて何かを遠視しているように俺は見えた。

 だからと親父の過去を聞くこともしなかった。

 

 異世界に憧れしかなかった俺がその現実の一端を知ったことで、初めて夢から覚めたような――唯々、若干二歳児である俺の胸中は複雑だった。


  *


 時は流れた。

 親父から剣の稽古をつけて貰えるようになり、村の悪ガキ仲間に何処に住んでるのかよく判らないリュカが何時の間にか加わり、妹と弟が生まれて俺も兄貴にもなり、シンベルとプウの爺ズから槍や弓を教わって狩りの手伝いもするようになった十二歳の頃だ…。


 リバーサイドに珍しい来客があった。冒険者だった。

 それも魔法使い五人組という風変わりなパーティで、村を訪れた目的は水の補給と東のチェ・・だった。

 よくあることだ。名誉かそれとも高額報酬狙いなのか、俺達リバーサイドの村民からすれば何が狙いなのかは興味が無いが、年単位でそういうパーティもしくは単独でフラリと村に寄るのだ。俺達が無謀だと止めるが素直に引き返したヤツはいなかった。そして、数日か数ヶ月後に狩りや見回りをしていた村の男達が惨たらしい亡骸や遺留品を見つけて領主経由でギルドや親族に送り返すのだ。


 その若い男達もそうだった。銀青色のザンバラ髪とそれに似つかわしくない平凡な顔をしたケッホという細身の若い男がリーダーだったが、結局は村をほぼ素通りして東へと消えていった。


 だが、その次の日に帰ってきた。俺が知る上では初めて生きて還ってきた連中だ。

 村民達にとっても初の生還者だったらしく、その夜は集会場で飲み会になった。


『流石は世界三大難所(笑)』

『全然準備が足りなかった。舐めてた』

『手持ちのポーションが速攻で尽きた』

『というか魔法効かないモンスター多すぎ(笑)』

『事前の情報収集も実力も全然ダメだった』

『もう二度と行かない』


 と、彼らはこんな感じでチェの中腹辺りでワイバーンの群れを拝んでからさっさと帰ってきたらしい。ま、賢明な判断だな。


 俺が集会場に顔を出した時はケッホを含めた四名の魔法使いが既に質の悪い安エールで完全に出来上がっていた。しかも、俺の親父“鉄剣”を知っていたようで酔っ払いの中心には俺の親父の姿があったので反射的に他人の振りをしたが見つかってしまった。

 だが、結果的に安エールの代金代わりにとそのケッホに魔法を幾つか初めて・・・習うことができた。正直モンスターからのラーニングには限度があるので心から俺は感謝した。

 酔っ払った親父が『俺の息子は魔法の天才だ』と囃し立てるもんだからつい習ったばかりの魔法を連発したら、それを見ていた初の師が盛大に集会場のど真ん中でゲッボ・・・してしまって別の意味で悲鳴の嵐になったがな…。


 そんな面白い連中も次の日にはアッサリと村から去っていった。今度は旧ドルツの方へ行くらしい。

 旅の目的は? と聞けば、なんと単なるケッホ師の卒業旅行とのこと。じゃあ、チェには観光でか? ……命知らずにもほどがあるだろう。

 しかも卒業したのは王国内でも魔法のメッカたる魔法大学だったというのだから驚きだ。他の四名は護衛兼旅仲間だったらしい。まあ、それだけの実力がなきゃほぼ無傷であのチェから生還などできまいか。


『そんだけ魔法の才能あるなら、魔法大学に行ってみたら?』


 そう去り際に言われて俺は――調子に乗った。


 そして、いつもの村外れの若衆の溜り場で俺は言った。

 言ってしまったのだ。よりにもよってリュカの居る前で…。


「俺、十五になったら冒険者になるっ!」


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