Level 0.91 男爵と子爵と辺境伯と その1



「クラウス。近日中にブーマー辺境伯様と旧ドルツ子爵が御館カトゥラス様のもとへ来られるそうだ。その際はお前も領主館へ出頭せよとのことだ」


「ブーマー様は兎も角として……旧ドルツからも、か?」


「ああ、そうらしい。詳しくは俺も知らんのだ。偶々、今日荷運びで立ち寄った際にそう伝えてくれとシンベル殿から頼まれてな」


 麦粥を口に運ぶ親父からの言葉に俺は首を傾げ、隣のリュカと顔を見合わせてしまった。


 リバーサイドの饗宴こと、リーチ・リザードの肉祭りの日々は終ぞ五日目の夜を以ってして終了した。そして、いつもの平和な村の夜が帰ってきて一週間ばかりが過ぎ、俺の実家でのいつもの家族団欒の一幕でのことであった。


 いや、ブーマー辺境伯から何かしらあるのは予想していたんだよ。

 ほらさ。あのドラゴン狂いの赤コボルドから俺が没収した魔法金属製の棍、あったじゃん?

 それを流石に素性も知らんで売って金に換えるのはちょっと――後々にリスクがあるってんで、その棍がどうにもあの有名種族のドワーフ製の品臭いって話になってさ。カトゥラス様が直々にエルフ(因みに、この世界じゃドワーフも髭エルフっていうエルフの一種として扱われる)と友好のあるブーマー辺境伯に依頼を出してたからな。

 普通はそれを御願しに行くまでに軽く数週間の時間が必要だが…そこは流石はファンタジーっていうのかね。この世の中には文鳥というマジックアイテムがあってだね? 例えば、記した手紙や写し込んだイメージ画なんかをだね、送り主の下まで鳥のような姿になって飛んでいくというトンデモ画期的な……文字通り過ぎる便利な品があるんだなコレが。ただ、精度的に不安定な面こそあれ、そでれもたったの二日で王都に情報を送ったり貰ったりできる。御近所のブーマーなら半日も掛からないんだとか。素直に魔法の力ってすげー。


 が、ここでクエスチョン。

 その件でブーマー辺境伯(自身だろうな、多分…)が来るのは解る。でも、なんで旧ドルツからも来賓がある? 全くの別件で? 単なる偶然?

 当然、俺も親父も理由が判らないし、リュカも可愛い顔でコテンと首を傾げるだけだ。


 仕方なく食事を続け、水割りワインで喉を潤し、リュカと手を繋いで歩いて五分の我が家への帰路へとついた。


  *


 その明くる日のことだった。


 朝も早くから俺達の小屋の前に小屋よりも立派な馬車が着いていた。

 無論、男爵家の大の男が八人は載れる屋根無しの大きな馬車だ。


「あ。お早う! 迎えに来てやったわよ~」


 は? 迎えって……俺か? 俺に言ってんのかな?


「ちょっと何呆けてんのよ? もう辺境伯様と子爵様は領主館に御着きしてんのよっ」


 おいおい。その話は昨日の夜、親父から聞かされたばかりなんですけど…?


 馬車の荷台のドアを開いてブラブラと片手で弄ぶ彼女は、サンドロック従者の若手・・の一人であるダナだ。歳は…知らん。いや、外見だけじゃイマイチ判り辛いんだよなあ~。なんせ彼女はシーフだからな。

 シーフである彼女の肌は灰色で俺らノービスよりも一回り小柄だ。耳の先がチョンと尖っているが立派な人族なんだよな。

 人族ってのは“血種”ってのがあってな? 同じ人族でもノービス、シーフ、ウォーリア、メイジって全部で四種類いるんだ。外見はかなり異なるから一見して違う種族みたいだが、ノービスの両親の間からでもシーフやウォーリアは普通に生まれるから――俺は血液型のようなもんだと思ってる。が、ここでは別に詳しく話す必要もないか?

 因みにプウ老人もシーフで、東村の呪い師兼薬師のガープ婆がメイジだったりする。


 その隣にのっそりと黙って立つ強面な大男は同じくサンドロック従者のブロンソン。彼はウォーリアの男だ。肌は赤みが強いピンクで額の生え際には先が丸い小さな角が生えている。シーフとは逆にノービスよりも一回りデカイ。種族的な観点だとかなりオーガっぽいが、ことウォーリアに対して『オーガみたいですね』は最大の侮辱で世界のタブーである。特にヴァリアーズでは自殺願望がある者と見なされる可能性すらあるというので、とんだ転生者専用地雷だな。


 なので二人の体格差も結構エグイが、そんなこの二人が夫婦だったりする。流石は異世界、恋愛も自由だな。


「わあっ! ダナ!ブロンっ!二人とも久しぶりー!」


「リュカ様っ!?」


 馬のいななき声が気になって外に様子見に出ていた俺を押し退けて小屋からリュカが満面の笑みで飛び出してきて俺はコケた。だが許すっ!

 リュカにとっては付き合いの長い二人もまた身内同然なんだろう。ダナと抱き合ってきゃいきゃいと騒ぎ、無言で突っ立つ鬼のようなブロンソンにも笑顔で抱き付く俺の嫁。……まさか、こんな天使に抱きつかれて無反応? あ。口元が歪んでる。普段接することが極端に少ない俺だが、彼は表情に乏しいだけなんだろうと察することはできたよ…ちょいと妬けそうだったが、朝からほっこりした。


 *


「そりゃあ、僕達の夫婦仲は順調さ。…お腹の子も元気に大きくなってるって昨日もオババ様も言ってくれてるし」


「そうですか…。いや~それにしてもあのお転婆だったリュカ様が…母親とか。感慨深いですねえ。――遠征から帰ってきて御館様からリュカ様の御懐妊を初めて聞かされた時は…リュカ様を傷物にした糞野郎クラウスをどうしてやろうかと本気で考えてましたけどね」


 馬車での移動中、俺は後部座席からの恐らくダナと思わしき視線を感じて思わず身震いする。

 召喚されたのは俺だけのはずが、何故にリュカがおるんや? そう御思いかな?

 実は、俺もだ。


『僕も一緒に付いていっちゃダメかな? 久しぶりにお父様やお義母様に会いたいんだけど』

 リュカの思わぬリクエストに当初は戸惑っていた二人だったが――。

『まあ、リュカ様を連れてきてはダメとは言われてないし』

『それに昔からの顔馴染みである辺境伯様もきっと喜ぶに違いない』

 などと、ダナが勝手に自己解決してホイホイ馬車に乗せてしまったじゃあーりませんか!

 おい!ブロンソン!

 お前も従者である前にダナの旦那なんだからさあ~?

 困った顔で黙ってないで止めろよなぁ? 領主館に着いてからカトゥラス様に叱られても知らんよ、俺? きっと減俸だな。


「ところで僕達のことは兎も角…ダナ達の方こそどうなの~?(ニヤニヤ)」


「え。いや~ハハハ…私達は遠征が多くて最近は村に居ることの方が少ないですからね~。そう簡単に子供ができちゃったりするとホラ、私ってば斥候役だし? ……それに一緒になってから結構経つんですけど、ブロンってば未だに奥手で(チラッチラッ)」


「あ~わかるなあ~。僕もクラウスの気を惹く為に色々やってるし。…あ。じゃあこんな作戦はどうかな? (ゴニョゴニョ…)」


「え!? リュカ様そんなことしてたんですかっ!? ちょ、過激過ぎません? その時リュカ様幾つでした――」


 何やらリュカ達が後ろで繰り広げていた女子トークがろくでもないゾーンに突入した感じだ。俺は黙って前を見て心を無にした。

 ふと、視界の端に御者台に座る大男が頻りにモジモジとしている姿が目に入る。

 

 特に明確な理由も確証も無かったが、彼とは仲良くなれそうな気がした。


 さて、歩いて川べりを遡っていけばそれなりの時間が掛かるはずの道程も、この馬車の速度ならあっという間だな。視界の先にもう男爵の在所である領主村の姿が映る。


 次第に近づくにつれ、いっとう大きな建物である領主館をおぼろげに目視できるようになってきたが、はたといつもとは違う点に俺は気付いてしまった。


 領主館の横には開けた空き地がある。空き地と言っても普段は従者達が訓練などに主に使うスペースだ。そこに見慣れない影が三つ…いや、それにしても大きいな? 何だアレ?


「お? 見えてきた、見えてきたぁ~。へへっ…間近で見てビビッて漏らさないでよね、クラウス。リュカ様もきっと驚きますよぉ~?」


「え~ダナ、何? 何のこと?」


 後部座席から身を乗り出して悪戯な笑みを俺に振るダナ。

 それに怪訝な反応で返しながらも改めて俺はそれらに視線を向ける。段々とその姿が明確になってきた…。


 そのどっかの剥製のような熊ほどの巨体に鷲の頭と翼。

 その胴体と尾はまるで獅子の如し。

 その甲高いいななく声は隼のそれにも似たり。


 それはある意味で、ことファンタジー界においてはドラゴンに次ぐ知名度を誇る幻獣…!!


 その姿を明確に捉えてしまった俺は堪らずに大声で叫んじまった。


「ぐ、グリフォンだあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ~っ!?」


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