Level 0.92 男爵と子爵と辺境伯と その2



「キュオオオオオッ!」


「す、すげぇぇ~…」


 領主館の隣に居並ぶ三頭の巨獣を間近で見て俺は唯々、感嘆の声しか上げられなかったぜ。


 だって、グリフォンよ? グリフォン…。


 動物園で見るライオンよりも遥かにデカイ上にこれまたドデカイ翼が背中から生えてるわ、頭が鷲とかさ…ホント訳わからん。

 前世で最初にグリフォンを創造した奴はきっと周囲から頭がおかしいとしか思われなかっただろうな。あ、いや、実際に俺の目の前に居るから端から創造だと言うのもそもそも御門違いでしかないのか? てかこの迫力よ…。

 もし、この近距離で目の前のグリフォンからFFTの●ョコアタックみたいなノリで、その大きな嘴で突かれた時にゃ――俺一発で死んじゃう自信だけはある。なんだ、この不思議な気持ち。


 いや、お、落ち着くんだよマイ・ウルトラ・ソウル……初グリフォンで余りの興奮に脳内麻薬エンドルフィンとか、その辺りがきっとイッパイ出ちゃってるんだよ。


 自身の領主の他にブーマー辺境伯と旧ドルツ子爵まで待たせていることなど、とうに頭の片隅に追いやって俺は目の前の幻獣に夢中になっていた。

 あ。幻獣ってのもおかしいか。今、普通に目の前に居るしなあ。ブーマー様のとこじゃかなり昔から飼育しているって聞いてたし。いいなあ…。


「ちょ、ちょっと。クラウス近寄り過ぎだよ? 危ないんじゃ…」


「いやだってよリュカ! 本物のグリフォンだぞ? テンション爆上がりだろっ」


「……。クスッ。本当にいつまで経っても子供っぽいとこは変わんないなあ?」


「んぅ」


 領主館前に着くなり馬車を駆け下りて猛ダッシュ。グリフォンを間近で見て興奮した様子の俺を子供扱いして微笑むリュカがまるで聖母――いや、破壊力が高過ぎて直視できない…。俺は思わず唸って正面を向いて誤魔化す。

 アレ? 心なしか眼前のグリフォン達も顔を逸らして何故か鳴き止んでいた。


「ったく朝っぱらから見せつけくれるじゃあねえのよ」


「はい?」


 その声は俺の頭上、つまり、正面から俺の顔を覗き込む一体のグリフォンから発せられた――ように聞こえた。

 

 え? …マジか。

 この異世界、グリフォンも平気で喋っちゃう感じなのか!?

 ふぅ~っ……ビー・イズ・クール。落ち着くんだ、俺パート2。

 確かにモンスター界のレジェンド。最難関ダンジョンやあのツェの頂に居を構えるトップ・オブ・ザ・ドラゴンらも平気で人間の言葉(この場合は共通語か?)を喋るっていうじゃあないのよ。そらファンタジーだねえ。


 落ち着け、落ち着くのだ…●ャカよ…あ。違った。

 何でも無いのだ、大した事は無いのだ……クラウスよ…!


「お前ら、サンドロック様の従者か? それともこの村の身内か?」


 グリフォンの背中からヒョッコリと顔出した男によって俺の淡い幻想は早くも消え去ってしまった。合掌。


「飛んで来たときにゃ、こんなエライ場所にどんな奴らが住んでいるもんか、同じ人間なのかと恐ろしかったが……意外とフツーなんだな?」


 そんな事を言いながら男がグリフォンの背から二回転捻りをキメて俺達の背後にシュタリと着地する。


 ん? てか、フツーってなんだよ。

 清く正しい・・・・・俺達、サンドロック領民がフツーなのは当たり前だろ? 何寝ぼけてんだこのトラ男は。


 そう、目の前でジロジロと俺達を見ながらニヤリとした男は顔こそ人族だったが、日に焼けたその筋肉質な体には似つかわしくも無い丸い耳・・・がオレンジと黒縞模様の頭の上に乗っていた。それに手足は毛皮で覆われ、ズボンの後ろからはやけにフワフワな尾を揺らしている。


 なるほど、恐らくこの男は――トラ獣人と人族の間に生まれたハーフ獣人・・・・・だな。歳は…ハタチってとこか?


「おん? …ハーフを見るのは初めてのクチかよ?」


「いんや。まあ、サンドロックにはハーフはいないけどな……てか、アンタ誰?」


「おいおい。デートの邪魔したからってそう邪険に――…って、何だ。女の腹にガキがいるのお前ら夫婦かよ。ならしゃーねーか。グリフォンには子宝と安産に御利益があるからなあ~。特別にアンタの嫁さんは触っていいぜ? あ、そっと優しくだからな。うちのグリフォン達は気が優しくてデリケートだからよ。……それにしても珍しいな? お前の嫁さんはキャンベルの――」


「ニジェロ! ブーマー様からあれだけ他所で揉め事を起こすなっていわれてんでしょーがっ!」


「はあ!? どこが揉め事を起こしただあ? 完璧に親切丁寧な対応だったぞ」


 …まーた誰か知らん人が、今度はグリフォン達の裏側から回り込んで出て来ちゃったぞ?

 トラ男と同い年くらいの美人さんだな。彼女も一見人族っぽいが…その端整な顔立ちの頬や首筋には爬虫類のような鱗がある。彼女もまたハーフ種族だろう。多分、獣人じゃなくて亜人かな。

 ……いんや、それよりもトラ男がリュカを見て言いかけた事の方が余程気になるんだが?

 キャンベル――王都と聖河を隔ててあるキャンベル神聖教国のこと、か?

 そんな辺鄙な土地とリュカに何の関係が……。


「く、クラウスぅっ!? この馬鹿チン!! なにグリフォンに暴走してんのよっ! 先に御館様達との用事を済ましてからにしてよねぇ~ハァ…ハァ……て、ていうか…リュカ様も身重なのですから、御身を大事になさって下さいよ? いきなり馬車から跳び降りたクラウスを追って飛び出すもんだから本当にヒヤヒヤしたんですから…」


 そんなタイミングで息を切らしたダナがやっと俺達に追い付いた。

 いや、そんな体力で大丈夫か? プウ老人の方がよっぽど体力あんぞ?

 ブロンソンは一緒に来てないけど…まあ、到着の報告でカトゥラス様のとこに行ってるんだろ。


「え。リュカ…?」


「あ~いや大丈夫ですって。そのおじょ――ぶほっ!?」


「失礼でしょっ!? 黒髪に金紫の瞳……この御方こそ、サンドロック男爵の三女。リュカナータ・サンドロック様よ!アンタもブーマー様から聞いてるでしょ? …コホン。お初にお目にかかりますリュカナータ様。私はブーマー辺境伯領従者にして若輩の見なれどグリフォンライダーの一抹、名をアイナと申します。以後、お見知りおきを。…………。(なにやってのよ? アンタも早く名乗りなさいっ!)」


 ゴッ。

 今さっき無防備な脇腹にアイナからのストレートパンチを受けて悶絶し、地面に蹲っていたトラ男に彼女が容赦なく膝を入れる。「うごっ」という低い悲鳴が上がると共にヨロヨロと既に可哀想な男が立ち上がって口を開いた。


「……ニジェロだ…(ガスッ)ぐぅっ!? ……同じく、ブーマー辺境伯領従者のグリフォンライダーのエース。人呼んで…!(あ゛?)……下っ端のクソザコ、ニジェロでぇ~す…」


 俺達の目の前での心温まるブーマー従者のやり取りを経て、二人は腕を組んで顎を引く。別にコレは威張ってるんじゃないぞ? このポーズがブーマー流の敬礼らしい。堂々と相手の前で両手を組むのは威圧や挑発目的ではなく、武器を手にしていないから安全だよ?アピールらしい。ホントかよ。


「あー…私、いや僕のことはできればリュカって呼んで欲しいかな? よろしくね、アイナ。ニジェロ。そうだ、このカッコイイひとが僕の旦那様のクラウスだよっ」


「ど、どうもッス…?」


「「カッコイイ↑」」


 おう。なんでそんな見事にハモってんだよ。そんで、そこはかとなく疑問形なのバレてんぞ。

 てか、俺の何がそんなにダメなのですか? 一応、転生してこの方ブサイクとだけは言われてねーんだけど? 目付きか? やはり、親父の遺伝のせいなんか?


 キャッと俺の腕にこれ見よがしに抱きつくリュカに顔がヒクつのをバレないようにそっと俺は視線を逸らす。

 また、グリフォンと目が合った。


「フッ…。なあ、クラウスとやら。おっと、一応リュカ様と夫婦とあれば俺らよりも立場が上になるのかよ?」


「おい…ニジェロ?」


「いや普通に話してくれ。俺は偉そうなヤツと話すのも、偉そうに振る舞うのも苦手だしなあ」


「ハハハ。そりゃコッチも楽で良いな。…ふむ。リュカ様、こんな俗な俺が言うのもなんですがね。リュカ様は実に良い男を婿に選ばれたと思いますぜ?」


 ニジェロの奴がそんなことを言ってリュカにウインクをしてみせる。

 …ちょっと軽薄なヤツだが、根は良い奴っぽい感が強いな。


「で、どうなんだ?」


「え。もしかして…乗れるの?」


 俺の問いにニジェロはただニヤーっと笑い返すだけだ。

 マジで乗れんのか!? 王道ファンタジーできちゃうのかっ!?

 だが、俺のワクワクはまたもやスパンと後ろ頭を叩かれてニジェロが地に伏すことで終わりを告げる。

 無論、俺の純情を弄んだニジェロを成敗したのはアイナである。


「いい加減になさい。申し訳ありません、クラウス……殿」


 なんだ。随分と間があったな?

 もしかして、ライドオンできる可能性が微レ存?


「ブーマー領のグリフォンは遥か昔からブーマー家の者が試行錯誤して飼育テイムした騎獣です。この子達はタマゴから孵った時からの付き合いで、つまり――とても人馴れしてますが、家族として擦り込みをしていない者以外を背に乗せて飛ぶことは先ず……無理、かと…」


「あ……そう…スか…(´・ω・`)」


 シンプル・イズ・ガッカリした。

 今だけは魔法じゃなくてどんなモンスターとも仲良くなれるチートが欲しいと思ってしまう俺の業は深い。


「もー。クラウスそんなに落ち込まないでよぉー。あ!グリフォンがダメなら東の山脈ツェに居るっていうドラゴンに乗ればいいじゃないか」


「お、お嬢…そりゃ幾ら何でもクラウスじゃあ無理ですよ? ほぼ神話ですって、それ…」


 ほんのりと襲い来る脱力感と目に映る世界がちょっぴり色あせてしまったことに落胆してしまった俺を無邪気なリュカが慰めてくれる。

 あと、ダナの言う通りだからな? ドラゴンの背中になんて、例え気でも違ったドラゴン側から提案されても乗れっかよ! 先ず墜落死だろう。まあ、風魔法辺りを極めれば何とかなりそうだけど…。


「ゴメンナサイね? 代わりと言っては何だけど…うちのグリとグラ。それと貴方の正面にいるベラスケスに特別に触っていいわよ」


 単純に憧れのグリフォンと触れ合えるのは嬉しいが、三頭の中にどっかの宮廷画家みたいな名前のヤツがいたのが気になる。

 そうか、お前…ベラスケスってのか。

 何でも三頭ともメスらしいので、個人的にベラちゃんって呼ぶことにしよう。

 俺とリュカ、と何故かちゃっかりダナも恐る恐る手をグリフォン達に伸ばすと、スリスリと人懐っこく嘴や頭を押し付けてきたではないかっ!?


「お、おお…っ!」


「可愛いねぇ~」


「うわあ…癒される。…なんだろこの気持ちっていやいやいやっ!?」


 急にダナの奴が奇声を上げるもんだからグリフォン達がビックリして羽ばたいてしまったじゃないか! 何してんだよっ!?


「だ・か・ら! こんなことしてる場合じゃないってのっ! 御館様達がお待ちなんですってば!?」


「「…あ」」


「ああ~!お嬢までグリフォンですっかり忘れてたでしょー!?」


 こうして俺達はグリフォン達との触れ合いから後ろ髪に引かれる思いでドタバタと領主館に礼説も挨拶も度返しにして上がり込むことになってしまった。

 

 はい。俺のせいですね! スイマセンっした!


  *


「うむ。久しいなクラウス…と、本当にブロンが申した通り、娘まで連れて来てしまったのか。仕方のないヤツらだ……むぅ…」


「も、申し訳ありません…」


 俺達は何とか領主館二階のサンドロック男爵、リュカの実父である領主カトゥラスの自室に辿り着いた。が、俺が想定していた通りダナとブロンソンは御叱りを受けてる模様だな。減俸かな?


 だが、気になるのは約三ヶ月振りの父娘の再会だと言うのに、カトゥラスがリュカに向ける視線は渋い。今回は何か都合が悪かったりする話なのか?


「パ…いや御父様。我が儘で勝手に付いてきてしまったのは僕だから、ダナとブロンを叱らないであげてよ…?」


「まあ、来てしまったものは仕方ない。どうせ、結局はお前にもする話だったからな…ふぅ」


 そう言って自身が向っていた執務机の上の資料をトントンとやってからその紙束を机の引き出しに入れた後に肘を突いてコチラを見やる。


「ところで、領主様…今日は何用で俺をお呼びに?」


「まあ待て、クラウス。今し方、ブロンに御客人・・・を呼ばせに向かわせた。もう、来る頃だろう。話は皆が揃ってからにする」


「はあ」


 手を上げて制された俺はそう言って黙るしかない。

 いやあ~相変わらず、まだちょっと怖いんだよね。俺の義父パパ

 代々脳筋が比較的多いと思われるサンドロックの血筋に珍しく、カトゥラス様はどちらかと言えば文系だ。いや正しくは文官ないし政治屋のそれだ。

 俺も詳しくは知らないが、この目の前に居るカトゥラス・ハスタ・サンドロックという男は約二百年の間に先祖が積み上げてきた我が領の負債の約半分を返済するという偉業をやってのけた偉人である。つまり、超偉い人。傑物だ。

 だが、悲しいかな。隣領のブーマーと似通って、常にモンスターという脅威に晒されるサンドロック領ではその偉業を理解できる領民は少ない。精々、従者の他に外様である俺の親父や他の似た境遇を持つ村人くらいだろう。


 であればこそ、その稀代のやり手であるカトゥラスが渋い顔をするとなれば……金銭でのトラブルの可能性が高いだろう。モンスターや賊なら恐らくドラゴンレベルでもない限り何とかしちゃいそうなのが辺境の民のスゴイところだからな。


 そんな事を考えていると、後ろのドアの先の廊下から数人の足音が話声と共に聞こえてくる。


「――領主様。失礼します」


 初めて聞いたが、恐らくブロンソンの声だろう。結構イケメンボイスだな?


「ブーマー辺境伯様及び、旧ドルツ子爵様をお連れしました」


「…入れ」


 領主の声と共にガチャリとドアが開く。


 俺は思わず悲鳴を上げ――なかった自分を褒めてやりたくなったぜ。


 何故なら開いたドアの先に尋常ならざる雰囲気を纏い、玉虫色の全身甲冑鎧を纏った鬼面・・武者がヌーっと立っていたからだ。


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