Level 0.72 肉欲の日々 その2


「もう無理」


 俺はドスンと地面に尻もちを突いた。


 俺達は無事、リバーサイドへと帰還していた。村で帰りを待っていた老若男女問わず一瞬でパーティーピーポーに変えてしまうほどのリーチ・リザードを抱えて。

 ――いや、無事ばかりとも言えないか。

 なにせ雷魔法で体力を五割持ってかれた上に、道中で肉を保冷する為にレベル1とはいえ、上位属性の氷魔法<氷にチル>を獲物ニ十匹ちょっと分連発し、ヘトヘトになって村に帰ったところで…事前に東の山脈チェから何かしらやってきたとプウ老人辺りが伝えてたんだろうが、我らが男爵従士の面々が村で万が一の大事に備えて待機していたってわけな?

 そして、ダメ押しとばかりに渡す分の肉を更にガッチガチに凍らせる為に魔法を使わされた重傷者が一名いた、と。


「うむ。御苦労だったな! それにこのドワーフ製の魔法金属の杖といい…此度の成果はカトゥラス様も大層喜ばれるだろう」


 俺が真っ白に凍らせた肉を馬車に荷台に運び込む若従者(まあ、目の前の爺様に比べれば誰でもそうだが…)を背後にチラリとやりながら手にする件のドラゴン信奉者からのドロップアイテムを見てニンマリするサンドロック従士長ことシンベル。


「なんだいシンベル! 偉そうにしてさ!? 今回一番頑張ってこんな酷い怪我までしたクラウスに無理させといてっ」


「リュ、リュカ様? どうか落ち着いて下され…折角手に入った貴重なリーチ・リザードの肉を他の村の者になるべく無駄にすることなく届ける為にはクラウスの氷魔法が必須。サンドロックで氷魔法を使えるのはクラウスだけでしてな…」


 俺の背中にしがみついたリュカがシンベル達に泣いて抗議するものだから、爺様達が眉を八の字にしながら狼狽えている。まあ、リュカは普段からこう感情を爆発させることが少ないからな…。


 ぶっちゃけ、リュカをこうまで心配させた俺が悪いよな。

 シンベル達はとんだとばっちりを受けているみたいなもんだ。

 若干既に涙目になってる爺様を助けてやるか…。


「リュ…」


「もうっ! 早く帰ってよっ! 僕のクラウスに何かあったらシンベルともパパとも絶交だからね! 生まれてきた僕達の子供にも会わせてあげないんだからっ!!」


「そ、そんなっ!? リュカ様、それは余りにも無体なっ!」


「……はあ。シンベル殿…ここは一旦退散しましょう」


「後生ですぞっリュカ様あぁぁぁぁぁ~っ!!」


 …………。

 実の孫の様に可愛がってきたであろうリュカに嫌われたと滂沱の涙を零して崩れ落ちる鎧ジジイが他の従者達に引き摺られるようにして肉を積み込んだ馬車と共に村から去って行った。

 何かすまんかった、シンベルの爺さん。後でちゃんとフォローしとくから。


「ほうれ。お嬢もそこを退かんかぇ」


 べチンッ!


「ほぅああぁ~っ!?」


「クラウス!?」


「全く、無茶をする割にゃ相変わらず情けない声を上げよるわ。そんなところまで父親そっくりだの」


 上着を脱いでいた俺の火傷を負った右腕に青緑色の謎の粘体を勢いよく擦り込まれ、その想像を絶する耐え難い痛みに俺は白眼を剥いて吠えた。

 それをやりやがった主犯ことリバーサイドの長老の一人にして村の呪い師の老婆、ガープのオババだ。


「オババ様…そのクラウスが痛がってるみたいだけど…凄く…?」


「お嬢安心しんせぃ。コレはババが苔サボテンから作った火傷によ~く効く軟膏じゃ。……まあ、効果のある分ちょいと沁みるがの? ヒョッヒョッヒョ…」


「うぎぎ…っ! 相変わらず魔女みたいな笑い方しやがって…」


「フン。坊や、アンタももうじきいっちょ前に人の親になろうってんだ。いつ迄も無茶やらかして、お嬢に心配掛けんじゃあないよ…」


「むぅ」


 俺も流石にその言葉に思う事があったので、そのまま痛みに耐えて黙って腕に包帯を巻かれといた。

 チクショウ…こんな時こそ治癒の魔法が使えればなあ~。


 最後の仕上げとばかりに立ち上がったガープのババアに背中をスパンッと引っ叩かれた。……痛ぇよ。


「にしてもリーチ・リザードかい…しかし、こう言っちゃあ何だが――坊やもさ、もうちっとプウのジジイみたいに綺麗に仕留められんもんかねえ? 頭の骨や牙も立派に金になるんだからねぇ」


 そう言って、村の広場に並べられた肉の隣にあるリーチ・リザードの残骸へと目を向けられる。そこには確かに俺が棍棒でヘッドブレイクをかました個体がチラホラ見受けられたので俺は年甲斐も無く叱られて(´・ω・`)とする。


「…オババ。何もそうまで言わなくても良いだろう? 俺の息子だって頑張っ」


「何言ってんだい、この剣馬鹿は? 一番ダメなのはアンタが仕留めたヤツさね。よりによって肝のど真ん中にぶっ刺しやがって。コレじゃあ薬としてすら使えないし、肉も不味くなっちまうじゃないか。この村で何年やってきてんだい、ええ? 全く、親子揃ってさ」


 俺と親父は二人揃ってガープに説教されてしまい(´・ω・`)と体育座りすることになった。

 そんな様を見て安堵の表情を浮かべた村の皆が笑い、ムスっとしていたリュカもやがてクスリと俺に笑って見せてくれたのだった。


  *

 

 さて、それからどうした?

 先ずは村の女達の仕事が本格的に始まるんだな。

 俺達が狩ってきたリーチ・リザードの骨から綺麗に肉や内臓を削いで、あのグロデスクな剥いだ皮を川で洗ってから鞣す仕事…結構な重労働だが狩り後の処理については俺の村では女の仕事だった。男共は横から手伝って、最後には邪魔だと追い出される程度。

 意外なことでもないかもだが、リーチ・リザードに限らずモンスターの死体は肉以外にも金になる。

 先ずは骨。武器や防具の材料になるし、砕いたり焼いたりして薬の材料にすらなる。実際、牙や爪の骨は俺達が使う弓矢の鏃に使われる。大きい骨はそのまま買い手がつくし、売れもせず薬にもならない部分は粉にして畑に撒く肥料になる。

 そして内臓。新鮮なまま領外に持ち出せれば結構な金になるらしいが――現状は難しい。内臓系は可食可能な肉以上に足が速い。

 このサンドロックの東南端にあるリバーサイドから最寄りのブーマー領の境目まで少なくとも二百ワーム(※km)はある。…この荒涼たるサンドロックのモンスターだって出るだろうし、どんなに順調かつ急ぎで馬を走らせても四日は掛かるだろう。とてもじゃないが、一週間以内にマトモな交易地まで持たない。

 そこで!満を持しての俺の氷魔法が火?を吹く――と言いたかったとこだが、村一番の薬師であるガープ曰く、内臓類は凍らせてしまうとその大半が効能を失ってしまうらしい。

 かと言って内臓を腐敗させずに乾燥させるのも難しい。このサンドロックは土地的にやや乾燥しているから状態を保てるが、領外は総じて湿潤地帯が多いのでやはり流通に余り適さず買い手が付き辛いらしい。なんてこったい!

 つまり、薬で売りに出すならこのサンドロックにそれなりの薬学施設が要る。それにそれなりの腕の錬金術師もな。だが、ガープの婆様は昔ながらの生きた・・・薬の作り手だろう。都でポーションポーション言ってる連中とはそりが合わないのではなかろうか。いや、そもそもそんなことを可能とするほどの財貨がこの王国最端部にあるわけがない。

 ちょっと今後の未来を憂いてセンチになったが、次に革。コレが本命。

 モンスターの皮は総じて加工し易い上に利便性も高いものが多い。このリーチ・リザードも結構人気があるらしいな。何でも撥水性が高いんだと。…ま、雨の降らない俺達の土地じゃあ有難味のアも無い代物だけどな。それでも、雨が多く、昔から世話になってるブーマーや旧ドルツは挙って欲しがる商品らしいぞ?


 今回獲たリーチ・リザードの肉の半分、それと加工した素材のほぼ全部を俺達は領主へと納める。まあ、素材は俺達が勝手に多く納めてるだけで本来は肉同様に五割で良いという決まりなんだけどな。因みに、他の農作物とかも同じ割合だ。


 え゛。半分も!?――と思っただろう。いやコレ、実はかなり少ない方なのよ?


 こんな凄い辺境で暮らす俺達だが不思議と不幸を感じることは少ないと我ながら勝手に思うんだが…その理由は領主が領民に寄り添っているからだと思う。

 俺が知る限り、いわゆる税収・・だが――旧ドルツで七割…まあ、こりゃあ領民の大半が一次生産者のようなものだからだろう。逆にブーマーは殆ど生産性が無い代わりにモンスター資源と王国からの防衛費用で喰っている領だから無税に近いと極端な例もある。まあ、あそこはサンドロック以上にチェから色々とやって来てて物騒らしいけどな。

 それでも旧ドルツはオークブラッド南部の食を賄っていることもあるし、王国で唯一、医療を司る教会への費用――領民の医療費を領主が負担するなど領民への還元も手厚い為に非常に暮らし易い場所になっている。と、生家である旧ドルツを自慢するのはシンベルの爺様の定番だ。

 が、そんな善領ばかりじゃあない。王都までの通り道であるプルトドレイクに至ってはなんと九割も持っていくらしい。その癖に特に還元もせず、立場の弱い者には厳しいという鬼畜振り。当然、そんな奴が南部の顔みたいな態度に王国貴族達の顔色はよろしくない。兎角、血の気の多いブーマー辺境伯は毎度国議でプルトドレイクを牛耳るドレイク伯爵に怒りから切り掛からんばかりだ、という話だ。

 

 で、話を戻せば我がサンドロック男爵領に限って言えば還元率だけならほぼ実質十割だろう。収めた食糧は各村に分配されるし、交易に出したとて…それは領民の為の追加の物資を買い足す為なのは全領民の知るところであり、初代以降、領主に対して苦言を呈したも者はいないだろう。


 ただ、そんな俺のちょっとした地元自慢も入ったいい話をしていることなど関係なく、村内では大量のリーチ・リザードの肉の処理――もとい、BBQ焼肉祭りの準備が着々と進められていた。


 俺も村の女達に混じって肉を解体するリュカを体育座りをキープしながら見ていたが、俺の視線に気付いたのか振り返ったリュカがナイフを片手に広場に設置された肉解体用のテーブルからとても良い笑顔で俺に手を振っていた。


 陽が徐々に落ち、広場の焚火台をバックに火の灯りで照らされて光る返り血を頬にベッタリと付けて笑う彼女はとても綺麗だった…。


 それとちょっと怖かった。

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