Level 0.3 貧しきも幸せな家族の夕餉



「……リュカ様。申し訳ありませんねぇ? うちの旦那がまた無理言って夕食に付き合わせちゃって。この人、毎朝毎晩…孫だ孫だってばっかでねぇ~」


「お、おい…サマー?(照)」


「僕は…あ、いえ私はいつも呼んで頂いて嬉しいですよ!? ね、クラウス!」


「…………」


 悪いがノーコメント。

 お袋からまだ産まれる前から孫馬鹿振りを隠せないことを弄られて顔を赤らめる実の親父の姿を見ているのは――何とも気不味い。


 俺は黙って手元の薄い粥を啜る。

 前世の飽食の時代に生きていた頃の記憶を持つ俺からすれば苦痛に感じてしまうほどに味気ない食事だし、量を喰っても腹にそう溜まる代物とも思えない。

 …が、不思議なもんだ。

 狭い家の中で家族と頭を突き合わせそうになるくらいの距離で食えば不思議と美味く感じるものだ。


 ただ…正直に言えば、もうちょっとだけリュカと夫婦水入らずの二人だけの時間を堪能したいと思っていた。

 だが、背に腹は代えられないというのが本音だ。

 ほぼ毎晩のようにこうして実家で食事を俺達に出して貰ってるのはとても有難い。

 なんせ、俺の手持ちの蓄えといえば麦と雑穀が一袋に干し肉が二掴み、塩の小壺が一つ程度だからな。

 俺が一応は独り立ちしてから三ヶ月だが、手持ちの財産なぞほぼ無い。

 まあ、こういう時は家族や村の人々が助け合って生きていけるのがこの村の良い所なんだろうが…。

 物資において村人個人の手持ちのものもあるが、大半は村で共有されている。

 リバーサイドは川を挟んだ東西合わせて五十人程度の小さな村だからな。


 最近の我が家の食卓は薄い雑穀粥にパンの一切れといった程度だな。

 サンドロックの村々は恐らくは豊かな方ではないと思える。

 収穫した農産物の半分を領主に納めているが、領主がそれらを独り占めするのではなく各村々に再分配している。

 それでも、領民を自給自足で養うことが出来ないので他領から食糧や薪などを買っているのが現状。

 行商人の気分次第で酒・香辛料などが稀に俺達の手に入るというわけだ。

 唯一の救いは、サンドロック領の南には岩塩の鉱床があるので最低限の塩は自領で用意できるくらいだろうか。


 チラリと俺は隣を見る。

 本来は男爵の娘、いわゆるお嬢である彼女はニコニコと文句の一つも言わずに我が家の粥を木匙で掬って口に運んでいる。

 いや、リュカは俺と俺の家族に向って昔から文句なんて一言も言ったことはないと思う。


 ……俺は歯痒い。


 ぶっちゃけ、妊婦であるリュカにもっと栄養のあるものを食わせてやりたい!


 が、もはや説明するまでもなく、サンドロックの領民は現在――偉大なる領主一族の温情で何とか飢えずに暮らせる程度の貧乏振りだ。

 如何せん、俺の希望を満たすにはかなり無理がある。

 それにリュカは基本、俺が望まない限りは男爵家からの支援は断っている。

 …俺に気を遣ってのことだろう。

 その点、お袋は俺を含めて三人の子供を立派に産んで育てている事には頭が下がる。


 そう、同じテーブルには親父とお袋とリュカと俺以外にも二人の人物が共に食事をしていた。


 俺とは三つ下の十二になった妹、テイテーゼル。

 村では器量よしと言われた(※らしい)お袋の娘時代の生き写しと評判の俺の自慢の妹だ。

 なので、最近色気づいたガキ共からちょっかいを掛けられることが多くなってきたので、俺と親父が隙あらば盛りのついた男共に向って村の内外でメンチを切っている。


 そして、俺とは五つ下の十歳の弟のアランルース。

 力が無くてちょいと細く、頭と顔だけは良いのがちょっと気に喰わないが、それでも俺の可愛い弟だ。

 最近、年齢的に女に興味が出てきたのかリュカに対して変によそよそしい態度を取るようになってきた愛い奴。


 さらに序に俺の家族を紹介し切ってしまおうか。

 一家の大黒柱、俺の親父であるグラディウス。

 歳はこの前、『俺ももう四十になっちまったよ…』とぼやいていた。

 元は流れの傭兵をやっていた剣士らしく、それなりに腕が立つからリバーサイドの古参じゃあ身内の贔屓目無しで一番強いと思うぞ?

 辺境領民としては嫌でもモンスターと対峙する手前、俺の戦闘技能における先生でもある。

 そして、そんな偶然にもフラリとこの辺境へ仕事を求めてこのリバーサイドに水の補給で立ち寄っていた若き日の親父を手ご……の心を射止めたのが俺のお袋であるサマーリアだ。

 シンベルの爺様が俺に『女難の相は父親譲り』と言って笑っていた理由がコレだったらしい。


 オマケに俺、コクラヴィウス。


 ……誰?と思ったろう。

 それが俺の本名だが、基本はクラウスで通っている。

 実は名付けの理由が情けなくてこう呼ばれることになっている。

 初めての子供でガチガチに緊張していた親父が領民の戸籍を担当している王国神官に俺の名を伝える時に――『リバーサイドのグラディウスとサマーリアの子、なんちゃらかんちゃら~(※つまり、本来は別の名が俺につく予定だった)』と伝えられずに舞い上がって気絶してしまっという惨事が起きてしまった。

 その際、やや天然・・な神官が何とか口にした親父の支離滅裂な言葉から『子』と『グラディウス』というニュアンスで勘違いして、俺にこのコクラヴィウスなどという名が与えられ、後に国の神事で王国に俺の名がそう報じられて記録されてしまったという笑い話なのだ。

 この話は俺と親父の黒歴史に近い不祥事なので俺は平時クラウスとなったのだ。

 

 因みに、髪の色だけはお袋と同じ金褐色だが目付きは親父そっくりでふてぶてしい面構えだと納得のいかない評価を下されている。

 だから悪童だと言われるほどやんちゃになってしまったと苦しい言い訳をしとこう。


 さて、そんな俺の二人の妹弟はまだ育ち盛りの喰い盛りだ。

 言わずもがな物足りなそうな顔をしていやがった。


 俺は仕方なく手をつける前のパンを割って二人にやろうとすると、俺の隣のリュカに小突かれ――俺のパンを弟のアランに、リュカのを妹のゼルに差し出すことになった。

 だが、結局はそれでも足りずに親父とお袋の分まで差し出したところで笑い声が上がった。


 ……だが、その幸福さを感じつつも親父がパンを貪る二人を見て表情をやや曇らせていたのを俺は見逃さなかった。

 そして互いに視線に気づいて苦笑いを浮かべ合った。


 ――多分、俺も似たような顔をしていたんだろうなあ。


 妹弟が早々に寝床に引っ込んだ後に、テーブルの上には数少ない領民の嗜みである水割りのワインが振る舞われる。

 過度に水で割り過ぎて、水なのかワインなのか既に判らない代物だが。


「ところでクラウス。明日は空いているか?」


「大丈夫だぞ。ある程度は畑の方は済ませておいたから。何か手伝いか?」


「…まあな」


 親父が欠けた素焼きのゴブレットに口をつけてわざとらしく中身を呷った。


「俺以外のとこの畑は殆ど一段落ついてっし。今は魚獲りや他の村との麦交換の季節でもないだろう? …石運びか?」


「いや、狩りだ」


 親父が空いたゴブレットをコンとテーブルの上に置いてそう言った。


「村で消費する肉がもう無いからな。明日は村の動ける男で獲物を狩るぞ」


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