Level 0.2 辺境の百姓、クラウス
ザクッ――
…ザクッ――
俺はしかめっ面で鍬を地面へと振り下ろす。
畑を耕してるんだ、解り易いだろう?
農業…この村の仕事はそれだけじゃ済むわけないんだが、間違いなく重労働に違いない。
俺が生まれて暮らすリバーサイド――違うな、その村があるサンドロック男爵領全体がぶっちゃけ不毛の土地なんだよなあ。
サンドロックの名は、この土地を国王から結果的に任された初代領主――聖騎士カトゥーが家名として与えられたこともあるが…そのまんま過酷な土地柄を指すものだ。
いや、事実そのまんまなんだよ。
この世界には俺の生前である夢のない世界と違って、魔法のある世界だ。
即ち、魔力という未知のエネルギー要素があるわけだが…その辺は――
ま。異世界事情に慣れている諸君にはもはや説明しなくても何となくOKかな?
この世界に存在するありとあらゆるものに魔力は存在し、また影響を及ぼす。
俺もまだこの世界の真理については疎い。
何せこうして生まれ変わってからこのサンドロック男爵領から出たことがないからな。
だが、この地の土壌に含まれる魔力の属性は――ズバリ、炎と風だ。
…コレが非常によろしくない、いや端的に言えば詰んでいるとすら言える。
そもそも此処が人が
魔法、もとい結構種類がある魔力の属性についてここで語り切るには――余りにも長く面倒なので、敢えて割愛させて貰うが…自然にある魔力の属性は炎・水・地・木・風の五つの属性だとされている。
でだ、豊かな土地に求められる属性とは……水・地・木の三つの属性だ。
水属性はそのまま土地から湧き出し、保有する水資源に影響する。
水がなきゃ大抵の生き物は長くは生きられないだろ?
地属性は最も土壌や地上・地下資源に作用する。
この属性が優れるほど土壌は肥沃になり、貴重な鉱物群が生成される。
そして、木属性は草木などの植物群の生育・性質を大きく左右する。
…端的に言えば、どれだけ農作物が育つかは――この木属性頼りとなるのがこの世界の絶対的なルールなわけだ。
以上を踏まえて、我がサンドロックに話を戻すとしよう。
先程も触れたがこの地の属性を占めるのは炎と風の属性だ。
炎はその土地の降雨量にもろに影響する。
よって、このサンドロック男爵領は常にピクニック日和である。
俺が生まれてからまともに雨が降ったことがないくらいだ。
トドメに風属性は強い風を呼び、土地を乾燥させる。
お陰様で水場に近い俺の村でも数日に一度は大風が吹きすさび大量の砂が舞う。
コレで炎天下続きならば地獄だが、幸いな事に俺達が住む村は基本的に年中通して春から初夏程度の気温だ。
季節によるが東の隣国との境になっている山脈から天然氷なども手に入る。
まあ、大抵は
それにだ、是非とも欲しい水・地・木の御三家属性も各属性が多過ぎれば――沼地になってしまったり、地面が硬くなり過ぎたり、岩と山だらけになってしまったり、樹木だらけのジャングルになってしまっている土地だって多い…らしいと俺は聞いただけだ。
何度も言うが、俺はこのサンドロック領から外に出た事が無いんだ。
はあ…やれやれ、話を戻すか。
そもそもなんだが、この土地…サンドロックは遥か昔から人が住めたもんじゃないとは周知の事柄だったらしい。
だが、そんな人気のない場所だからか、約二百年ほど前に他国から安住の地を求めてやってきた異民族が王国各地をたらい回しにされた挙句――最後にこの不毛なサンドロックに辿り着き、世間から隠れるように暮らし始めたという。
しかし、厳しい環境に加えて生殺与奪は強き者が常に握る…弱肉強食なこの世界では彼らは血に飢えたモンスターや賊共の良い獲物だった。
そして、遂には悲劇的な惨状が起こり…事の顛末が当時の国王に報告されるのだが、自国民でもなく、救う利益も見い出せないと王の臣下達は結局はその悲劇の異民族を見殺しにすると決め込んだ。
…しかし、その場で義憤に燃える男が玉座の前に立って出た。
その男こそが、聖騎士カトゥー。
平民の出でありながら一騎当千の実力で最も王の信頼足る者に与えられる“聖騎士”という栄えある位(一応は騎士だから騎士爵に該当する)を与えられた偉人だった。
カトゥーは反対意見を延々と垂れ流すだけの臣下を睨んで黙らせると国王に自身の騎士剣を返上した。
部下の近衛騎士スーズーイーと同じく剣を国王に返上してまで随行する従者と共に王都を離れ、サンドロックの地へ放たれた矢の如く駆けつけ、生き残った移民族を見事に救い出してみせたのである。
そして、カトゥー達は助けた者達を見捨てずにその辺境の荒れ地に留まり共に生きることにした。
この顛末には国の重鎮達は頭を抱えることになったが、当時の国王はカトゥーこそ我が国が誇るべき真の騎士であると讃え、サンドロックを家名として騎士爵領としてカトゥーに与える事になった。
カトゥーと彼の領民になった者達はそれから数代に渡る年月を懸けて必死にこの土地を拓き、数ヶ所の水源の発見とこの地を北西から東南に向って流れる川近くに家屋を建て、植林を始め…多大な重労働と犠牲を払って現在に至る、というわけらしい。
つまり、現在のサンドロックに生きる者の多くが初代領主カトゥーとその従者と異民族の血を引く末裔というわけだ。
因みにだが、俺はこのカトゥーという人物は俺と同じ転生者…いや、余りに名前が安直だから転移者ではないかと疑っている。
同じく一緒にこの土地に付いてきたスーズーイーとやらもだ。
実は現従士長であるシンベルの爺様はそのスーズーイーの直系の子孫なんだと。
そして、その涙ぐましい努力を友好国の使者に賞賛されたり、再度他領から侵入して来た賊を打ち取ったりと活躍したサンドロック家は万年赤字経営ながら二度の陞爵を受け、騎士爵から準男爵…準男爵から男爵と爵位を上げている。
ザクッ――
…ザクッ――
俺は再び鍬を地面へと振り下ろす。
耕しても、耕しても終わる気がしない…総じて報われるものが少ない畑仕事をする者の心境なんてこんなもんだろう。
何故、こんな昔話をしたのかって?
単に言い訳かもしれん。
結局、偉大なるカトゥー様が命懸けで開墾した今でもサンドロックは厳しい土地には違いなかったのさ。
農作物は多少の足しになる程度で今現在も俺達は隣の領や王国からの行商経由で買い付ける食糧なり物資に頼らなければ生きていけないのが現状だ…。
俺が村から貰ったこの一反ちょっとの畑から穫れる麦や粟でどれだけ賄えるやら。
他所から仕入れた魔力土を使っても収穫量は微々たるもんだろうしなあ。
二人で食ってく量だって厳しい――…いや違ったわ。
「――ねえ、クラウス」
「ん?」
俺は呼び止められて手を止める。
「ちょっと早いけど、そろそろ夕飯にする?」
「ああ、もうそんな時間? …んー、もうちょいキリの良いとこまでやっとくわ」
「そう? 無理しないでね」
小屋の壁を背もたれに丸太椅子に座って俺の拙い野良仕事を眺めながら糸を紡いでいたリュカがそう言って微笑む。
――俺は終ぞ、百姓になった。
まあ、冒険者になってサクセスストーリーを爆誕させれなくなったのはちょいと残念だが。
リュカの妊娠が発覚したあの日…俺は現当主であるサンドロック男爵の前に出頭した。
最悪、怒り狂ったリュカの実の父親であるカトゥラス様の腰のサーベルで首を飛ばされるやもと死を予感したが……意外にも俺への御叱りの言葉一つなく、苦笑いを受かべて肩を叩かれるだけに終わった。
『娘とはどうしたい?』と問われた俺は迷うことなく『責任を取らせて下さい』と頭を下げた。
結果として、男爵は大きな溜め息を吐いた後に『そうか、不束な娘を頼む』とアッサリと赦しを得て号泣するリュカに抱きつかれ、俺は領主館から無事生還を果たしていた。
その翌日、リバーサイドに男爵と老従士シンベルが直にやって来て、村の衆に事の顛末を語った。
お陰で、俺は“孕ませた娘を村に捨てて王都に逃げる最低野郎”から――“腕っぷしがあるくせに、
その後、村の女達からは揶揄うような生暖かい目で見られ、親父世代以上の村の男達が俺に急に優しくなったのは気にしないでおこう…。
問題は直ぐに俺とリュカは正式に夫婦になれなかったことだ。
なんせ、リュカは半ば隠し子扱いに近い存在だったかもだが歴とした男爵の娘。
最終的には俺と同じ平民身分となるやもだが婚礼の儀を執り行うとのこと。
が、問題はリュカの年齢だった。
何とリュカは十三だった。
俺も驚いた。
背が高くて、それでもどこか性格が子供っぽい癖に大人びた容姿をしていたから全くの予想外だったんだわ。
一応、冬には十四になるが…それでも成人までまだ一年ある。
流石に神前で行う以上は、貴族の沽券として男女共に成人である十五以上の決まりがあるという。
よって、婚礼の儀は来年の冬になるので完全に俺とリュカの子供が産まれた後になるな。
そう、子供だ。
あの日…村からの出立をしくじった日から既に三ヶ月ほどの時間が経っていた。
リュカはその当時、出産に詳しい女達や村の呪い師兼産婆の様子見から妊娠して三月ほどとの見立てだったのだ。
暫くは安静にと領主館にて過ごしていたが…母体が安定したということで、物寂しい表情を見せるカトゥラス様と家族の元を離れて彼女は俺と暮らすようになった。
夫婦としての同棲生活といっても立派な新居が用意されてる訳じゃない。
俺と親父が必死こいて修理・改装した村外れの石と木板と藁屋根の粗末な小屋みたいな新居さ。
それでも初孫だと気合いが入った親父が、俺に内緒で最低限の家具を用意してくれていたのには…――流石に裏で泣いちまったが。
俺の視線の先でリュカが大きくなったお腹を撫でている。
正直言って…そんな光景を呆けて見入っていた俺は……怖いほど幸せだった。
俺が目線が合ってしまったリュカと気恥ずかしさから反射的に目を逸らし、誤魔化すようにくたついた鍬を持ち直した時には――もう、チートスキルを使って伝説を作ろうとか…もうそんな事は俺にとってどうでもよくなっていた。
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