Level 1.82* サーチ・オブ・パピルス その2

(※Level ~*=三人称視点です。)


 この冬の季節、豪雪地帯であるヴァリアーズほどではないにしろ、大陸中央に座するオークブラッド王国直轄領とて冬の洗礼を避けられはしない。


 早朝五時。王都ハーンから最寄りのダンジョンである第三の巣ラ・ネストとを往復する冒険者ギルドが運営する乗り合い馬車(ギルド登録者ならば無料で利用できる)の席に六人の若い男女の姿があった。


 口元から白い息が零れる。太陽が昇り切らないこの時間帯もまた冷える。


 幾らこれから向かうラ・ネストが初心者向けのダンジョンであったとて、本来この始発にはそれなりの数の冒険者を乗せるものだ。しかし、冬は人もモンスターすらもその動きを鈍くするほど偉大な力である。総じてこの期間は冒険者にとっての活動停滞期となる。長期依頼か、よほど羽振りの良い依頼が舞い込んでこない限り、この寒空の下で精力的に活動する冒険者は若い・・冒険者――つまりは新人枠の者達が圧倒的に多い。

 故に冬はこの新人らがベテランが居ない分、自分達が活躍できると息巻いて無理をして結果的にギルドからいつの間にか姿を消す……なんてことはもはや当然の風物詩のようにすら思われている厳しい世界なのである。


 そんなガラガラの馬車にて五人の男女が余った一人の冒険者を遠巻きに見やってボソボソと話し合っていた。いや、途中まではこれから挑むダンジョンアタックについて真面目に話し合っていたのだが…どうしてもその男が気になって仕方なかったのだ。


「……いやさぁ、どうしてアイツはずっと外を眺めてニヤニヤしてるんだ?」


 そう呟くように言ったのは同郷の新人冒険者パーティ“雷撃のジャッカル”のリーダー(と、本人は言い張る)にして前衛担当。剣士である熱血少年ペードエである。


「いや…別に外の景色には興味は無いだろう? 俺には彼が何か妄想に浸っているように見えるが」


 ペードエの言葉を拾ってそう答えるのは幼さと大人びた雰囲気が同居するような独特な魅力を持つパーティの真のリーダーにして後衛担当。魔法使いのヤジャック。


「凄い目付きだよね……けど…良く見たら結構カッコイイよね? 強そうだし…」


 そう件の男を評するはパーティの最年長にして紅一点、魔法と弓を使う後衛担当の少女トクイン。


「えっ」


 そんな微かに頬を染めるトクインに密かに思いを寄せていた他のメンバーよりも二回り近く大柄な青年、パーティのタンク役であるローバーキン。


「相変わらず、トクは男の趣味が悪いなあ。そんなだから村近くで相手が見つからないで冒険者なんてやるハメ……」


 手入れをしていたダガーを弄びながらそう毒吐くパーティの斥候役グワンだったが、キレると怖い女であると昔から周知されるトクインから極寒の視線を受け、黙って得物の手入れを再開する。このグワンとトクインは双子の姉弟であった。


 ノービスの彼らはグレイム地方の街道上にあるカチュアの街からほど近い田舎から出て来た、いわゆる王都に夢を見て飛び出した…よくある・・・・若者達である。

 最年少のペードエが十二歳になった折に村を飛び出し、王都ハーンの冒険者ギルドにて三年間の下積みを経て晴れて三等級冒険者パーティとなったのだ。

 因みに“雷撃のジャッカル”というパーティ名は余り当人達とは関係なかった。単に格好良さそうというニュアンスで付けてしまったので後に彼らの黒歴史となるのは必至である。ただ、電撃の由来は彼らが比較的、速攻戦を得意とすることにある。そもそも魔法が使えるメンバーは下位属性しか使えない為、雷属性は全く関係ない。

 では、ジャッカルは? と、問われれば――単にトクインが田舎の草原で良く見掛けて可愛いかったからという…どうでも良いような理由で付けられてしまったというのだからもはや笑うしかないだろう。


 そんな彼らはどんな仕事でも欲しいので、無論のこと冒険者ギルド三部門全てに登録していた。というか基本冒険者は依頼達成報酬で食い繋ぐ者が圧倒的多数である為、そうであることが普通なのである。

 だが、まだ冒険者一年生である彼らにそう旨味のある依頼などやってこない。そもそもハンター部門で銅等級、傭兵部門に至っては完全に未経験なのだ。受けられる依頼の方が少ないし、あっても報酬は雀の涙だ。

 よって、彼らは迷宮探索者部門……ダンジョンへと活動範囲を傾けていた。

 現在の“雷撃のジャッカル”の到達域スコアはラ・ネストの八階層。今回の目標は十一階層到達であり、ここ数ヶ月は念入りに準備を進めていたのだ。

 それを達成すれば彼らは胸を張って中等級迷宮探索者パーティと名乗れる。多少は箔が付くだろう。そうなれば、他の部門でもそれなりの活躍が見込めるのでは? と、ギルド側から目を掛けて貰えるかもしれないのだ。気合いも入る。


 だが、そんな熱く若い情熱を燃やす彼らは乗り合わせたとある男が気になって仕方ない。


 その男はこの辺では見掛けない金褐色の髪だった。恐らくは自分達とそう変わらない年齢だと見当がつくのだが…その意外にも端整な顔立ちを台無しにするかの如し凶悪な目付きと周囲に醸し出す空気から同年代とは思えぬ凄味を感じさせてならないのだった。

 暫しまた沈黙の観察を経て、純朴そうな青年ローバーキンが口を開く。


「でも…見掛けたことない人だね? ラ・ネスト行きの馬車に乗ってるんだから、迷宮探索者には違いないと思うけど…」


「そりゃそうだろ~? あんな顔して一般人ってのは無理があんよ。…実は危ない奴だったりしてなー」


「ペード、失礼だろ…。そもそも彼は馬車に乗った時にギルド証を見せただけだ。十中八九、冒険者だろう。それよりも気になるのは彼の腰にあるものだな」


「…あっ」


 誰かが思わず声を上げて慌てて口を塞ぐ。

 その原因は未だに虚空を見やって微笑む不気味な男の腰のベルトにあった箱型のポーチのような代物だった。間違いなくそれには王都の冒険者ギルドの印章が施されている。


「……なあなあ、アレってアイテムボックスだろ?」


「間違いないな」


 ペードエの問いにヤジャックが迷いなく断言する。


 アイテムボックス。それは見た目の内容量よりも遥かに多くの品を異次元的に収納して持ち運ぶことができる有名なマジックアイテムである。その見た目や収納スペースの容量などは千差万別だが、男が携えるアイテムボックスは冒険者ギルドが二等級以上の迷宮探索者に任意で貸与する品であった。このアイテムボックスの開発元は王都でも有名な大店でもあり、マジックアイテムの研究家でもあるジューン家だ。それ故にダンジョン産の品々とは異なる仕様・・・・・ではあるが、それでも貴重な正真正銘のマジックアイテムの一つである。


「ということは少なくとも二等級、か…」


「でも、ギルドで見掛けたことないよね?」


「だな。王都のギルドの印章が入ってるってことは……直轄領以外のギルドや共和国の冒険者でもないってことだよなー」


 彼らは実質四年の間、王都で生活していた。ダンジョンに潜る以外は主にギルドや王都内で雑用バイト生活を送っているわけだが……その男を見掛けたことは五人とも無いのである。

 そこへすっかり黙りこくっていたグワンがやっと口を開いた。


「アレじゃね? 噂で聞いた大型ルーキー・・・・・・って奴じゃないのか…」


「大型ルーキー? なんだそりゃ?」


「ペード、アンタ馬鹿なの? ほんの五日前に力試しでギルドの訓練場を吹っ飛ばした・・・・・超ヤバい奴のことでしょーがっ!」


「その場に居たあの巨人族のバーバラさんまで吹っ飛ばしたらしいぞ? 俄かには信じられないが…恐らく上位属性の爆発魔法の使い手だな」


「お、俺も聞いた。昨日、銀等級のリーさん達から…何か偉く機嫌が良かったみたいだったけど…?」


「「…………」」


 もし、もしもそうだったとしたら。とんでもない奴が同じ馬車に乗っていると戦々恐々とする“雷撃のジャッカル”。

 しかし、そんな彼らの早く街に着いてくれという願いは、思わぬ形で叶うことになる。


 突如としてその男が揺れる馬車の上で自然な体制で立ち上がったので、見守っていた五人は震え上がった。


「悪い。停めてくれ」


 何故か男は後ろの座席に居る自分達とは真反対の方へクルリと向きを変え、御者台に声を掛けたではないか。


「えぇ? お客さん、もしかして小用かい? あ~…もう少し我慢してくれないかね。もう二十分もしないで街に着けるだろう。この辺はちょっと……」


「いや、用足しトイレじゃない。食料調達・・・・だ」


「はあ?」


 男の言葉に呆けて御者が反射的に手綱を引いてしまったのだろう。徐々に馬車のスピードが下がる。


「ありがとよっ」


「あ゛!? お客さん!?」


 なんと男は馬車が完全に停まる前に馬車からフンスと跳び降りると、着地と数回転のローリングの後、雪が降り積もる森の木々の中へと当然のように迷いなく入ってその姿を消してしまった。


「なんだアリャ。…やっぱし危ねー奴じゃねえか」


「あ~あ、行っちまったよ。参ったなぁ」


「御者さん。どうしてこの辺で停めるのを渋ったんです?」


 釣られて席から立ち上がってしまった新人冒険者達から最も聡明なヤジャックが先程のやり取りについて尋ねた。


「いやなあ? ここ最近、冬で餌場が減ったのか…この辺りでポイズン・ロードランナーの目撃情報があるんだよ」


「げっ!?」


「ロードランナーか…俺達五人掛かりで何とかなるかもって相手だが。その変異種の毒持ちとなると……下手を打たなくとも全滅だな」


「う~ん…あの人の事は気に掛かるけど……ちょっとオジサン! その、早く出してよ? この辺も危ないんでしょ?」


「そうだなあ…あの兄ちゃん、無事で帰ってくればいいがよ」


 ロードランナーとはより大型のダチョウやエミューに酷似したモンスターである。翼はあるがその巨体で空を舞うことは出来ず、せいぜい数秒間ホバリングすることができる程度。だがその驚異の走行能力で敵を追い掛け、突進と鋭い嘴による攻撃はなかなかに脅威である。

 ロードランナー自体の難度は銅等級程度であるが、その変異種であるポイズン・ロードランナーは非常に攻撃的な性格と触れただけで毒を受ける有毒の羽毛による攻守を兼ね備え、難度も二等級から銀等級程度に跳ね上がる。しかも、ロードランナーに属するモンスターは総じて群れで行動するのも性質が悪い。

 現在の“雷撃のジャッカル”では逆立ちしても勝てっこない相手であった。


 だが身勝手に飛び出した愚かな冒険者をいつまでも待つわけにもいかず、馬車は予定通りラ・ネストへと再び移動を開始した。


  *


 数時間後。

 無事にラ・ネストの街へと到着を果たした“雷撃のジャッカル”は、ここ暫く溜め込んでいたなけなしのバイト代をはたいて水や食料を買い込むとダンジョンへと鼻息荒く向かう。


「ふむ。通ってよし。無理はするなよ」


「はいっ!」


 ダンジョン前の衛兵(このラ・ネストは国の管理下に置かれたダンジョンである為)にギルド証を提示し終えた五人。先頭に立つペードエが力強くその言葉に応える。


 いざダンジョンへ! そう息巻いて先を進もうとした五人だったが、何故か背後が騒がしい。どうにも気になって振り向くと…――。


 そこには怯えた街の人々と門衛に囲まれる人物の姿があった。

 そう、あの馬車に乗り合わせたヤバイ奴だったのである…。


 しかも、何故か纏う艶鱗の外套に血が飛び跳ねて付着していた。


 だが、男はそんなことなぞどこ吹く風といった様子でギルド証を門衛に見せる。


「に、二等級…! あ。思い出した。君はこの前“ワイバーンの顎”と一緒に来てたな?」


「ん? そうだが。何か問題でも?」


「いや、いや! そうじゃないが……その背負っているのは何かね?」


 門衛に問われて男が背負っていたモノを前に出して見せる。

 それは巨大な四本の骨付き肉であった。血抜きして真新しいのか、微かに地面に鮮血が滴っている。


「…何の肉だね?」


「…………。さあ? なんだろ? 初めて見たデカイ鳥だったよ。森の中で見掛けて狩ったんだが…失敗してなあ。四羽いたが、二羽は魔法で肉をダメにしちまった。コレは残りの二羽の脚の肉さ。うまそうだろ? 残りは狩ったその場で試食しちまった。うーん…色は濃い紫だったか? 一応、頭は持ってきてるんだが、この中・・・でね」


 男はトントンと腰のアイテムボックスを叩いて見せる。


「……紫色のデカイ鳥って。…もしかして、報告にあったポイズン・ロードランナーじゃないのか?」


「ま、まさかぁ…? 確か、羽根以外にも血や肝に強い毒があると聞いているぞ…」


 ヒソヒソと相談する門衛達の目の前で男はブッ!と何かを地面に向って吐き捨てる。どうやら、鳥の小骨・・のようであった。

 それを見て門衛達は震え上がった。

 ダンジョンへの道をすごすごと空けるしかない門衛達にできた事と言えば、掠れた声で「毒があるモンスターの肉は出来れば丸一日放って置いた方が良いぞ?」などという豆知識を教えてやることくらいだった。


「へえ~そうなんだ? ま。俺には大抵の毒は効かない・・・・だろうけど…今後は参考にするよ。ありがとう」


 そう言って、恐らくポイズン・ロードランナーであろうモモ肉を背負い直した男が御機嫌に鼻歌を鳴らしながらズンスンとダンジョンへと進んでいく。


 その進路上にこれまた運悪く居た“雷撃のジャッカル”が慌てて無言で左右に分かれて道を譲る。


 だが、男が眼前で足を止めたので五人は一瞬本能的に死を覚悟してしまう。男はペードエが仕舞い損ねたギルド証をジッと眺めている。途端に可哀想なペードエの額から脂汗が滲み出た。


「……銅等級か。…おや? 君ら、良く見りゃ馬車で乗り合わせたパーティじゃあないか。俺もこのが無くなるまではこのダンジョンに潜ってるからさ。中で見掛けたら声の一つでも掛けてくれよ? 俺はクラウス。基本ソロだけど、同じ初心者同士・・・・・・・仲良くやろうぜ! じゃあな! フンフフ~ン…♪」


「「…………」」


 またフンフンと鼻歌を歌い始めた男、クラウスを“雷撃のジャッカル”とその他大勢が黙ったまま見送る。


 だが、それぞれが胸中に同じことを思っていたと皆が自信を以て答えることだろう。


 “お前のような初心者がいてたまるか!?”――と。

 

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