Level 1.0 王都の冒険者、クラウス



 さて、これにて俺の長い長い序章は終わった。

 

 俺はかつて転生時に得たチートスキル<全魔法>の能力を持ってしてお手軽にこの異世界で無双して馬鹿をやる気だったのよ。そりゃあもう満々だったさ。

 が、人生とは上手くいかない。なーんて先人はよく言ったもんだ。

 諸君、年寄りは油断すると直ぐ自慢話(ロングバージョン)をすると嘆くだろうが、意外とちゃんと聞いた方が良いかもしれんよ? まあ、大概はその話を聞いても自身が体験するまで活かすことなどできまいが。


 俺は冒険者になるのをやめた。何故かって?


 リュカの存在だ。俺の村の幼馴染み――って本当はサンドロック男爵…領主カトゥラス様の実の娘だったんだが。

 …思えば、シンベルの爺様のもとで従者見習いしてたファズが甲斐甲斐しく送り迎えをしていた次点で怪しいと気付くべきだったんだよなあ。ただ、俺も転生してからは、もはや童心に返って日がな一日遊び呆けて気付けなかったと言い訳しとくぞ。

 それにモンスターから魔法をラーニングできるようになってからは、そればっかに夢中になってたから……リュカの奴に押し倒されるまでアイツの気持ちすら察してやれなかった。とんだ童貞馬鹿野郎だな。あ。童貞だったのは前世もだった。


 冒険者になりーの。チートで無双しーの。ハーレムでうっはうは…転生プランを諦めたのは、そのリュカが俺の子を宿したからだ。

 人生の守りの態勢に入った、ってヤツかもしれん。

 でも、冒険者になるなんて夢はさ――俺の隣でいっつもニコニコして幸せそうにしてるリュカの顔を見ちまったらどーでもよくなっちまったって話な。以上! 閉廷っ!!


 ……まあ、所詮前世が女っ気皆無なニートの儚い夢だ。その程度の覚悟と意欲しかなかったっつーことで。

 だから心機一転! 俺も親父が傭兵稼業からドロップアウトしてリバーサイドで俺達家族を日々守ってくれたように。俺もリュカとお腹の子を一生懸けて守り抜く!

 そんな第二の異世界人生もいーんじゃないでしょうかっ!


 そう、心の中でバシッと決めてたのに……!?


「換金頼む。急ぎで」


 俺はそれだけ言って今日ダンジョンで獲たブツ共をぶち込んだ袋をカウンターにズシャリ。


「あ! クラウスさん。お帰りなさい! …うあー。半日も潜ってないのに相変わらず凄いドロップアイテムの量ですねぇ。それではこれから査定しますので――二時間、いや三時間ほどお待ちに……」


 …………ジロリ。


「ぴゃあ! そんな怖い顔しないでぇ~!? 急ぎでやりますからぁ~!」


 迷宮探索者ギルドの迷宮収集品ドロップアイテム鑑定・換金カウンターの人気受付嬢であるピエット嬢が俺の渡した袋を抱えて奥へと逃げていく。

 ピエット嬢は良い娘だ。他のアバズレ受付嬢共(幾ら俺が既婚者だっつてんのにウザ絡みしてくる)と違ってとても素直で真面目な仕事ぶり。

 俺も悪いことをしたとは思うが…今日も今日とて俺はピリついていた。

 その理由は早くサンドロックの領主館に帰ってリュカの顔が見たいからだ。

 そう、俺はとんだ愛妻家なんだ。参ったか。

 

 俺は結局、王都ハーンの冒険者となってしまった。義父であり、サンドロック領主のカトゥラス様からの願いとあれば無下にもできまいよ。

 だが、あれよあれよと忙しい毎日に踊らされ、瞬く間に俺がサンドロックを出立してから三ヶ月が過ぎ去っていた。


 先日、十四を迎えたリュカも妊娠九ヶ月でじき臨月となる。産婆のガープ婆曰く、『予定より早う産まれてしまうやもしれん』宣言に俺は超焦った。

 ぶっちゃけ、いつ子供が産まれてしまってもおかしくない。現在もナウでだ!


 正直、あの三段腹……おっとそれは禁句単なる悪口だった。冒険者ギルドにおいて俺の上司であるサブマス、サンダーバーバラからのノルマである月に三つの依頼を消化したらずっと次の月までリュカの傍に居てやりたい…。が、それと同時に俺は現在ある程度自由に金を稼げるのだ。出来れば、リュカに美味いものを食わせて不自由ない暮らしをさせたい。序に俺の妹と弟とお袋にも。親父は――まあ、どうにでもなるだろう。身体だけは丈夫だから。

 だが、依頼達成の報酬は俺との契約金五百万ギルダと相殺されちまうから期待できんのよな。


 なら、どう稼ぐ? おいおい、ダンジョンがあるじゃないかあ~!

 そう!この異世界で魔法もあってモンスターが存在するとなれば、無論ダンジョンだってあるんだぜ。お約束だな。


 というか、俺は当初ギルド側から迷宮探索者・ハンター・傭兵の三部門全てに籍を置いてくれととんだ無茶振りを言い渡されたのだ。俺はそれを真っ向から拒否した。肉体こそ十五歳だが、精神年齢は既に四十に達している計算になる俺がギルドの御偉方の前で駄々をこねるのにはかなりの勇気が必要だったとだけ明言しておこう。

 で、結果として俺は迷宮探索者としてのみ登録するに至った。

 補足しとくが、俺が単に三部門の仕事を全部やるのが嫌だったってだけで、基本冒険者という職種は稼げる稼ぎたい精神で動く生き物だ。二部門くらいに所属するのがベターで三部門に所属している者も珍しくない。その分、受けられる仕事量が増えるからな。

 だが俺はノーと断言する。先ず、ハンター部門。先に行っておくが、この名称に某週刊少年雑誌に掲載された人気作品やラスボスが強過ぎる闇の支配者で一部のファン層からは1と2の二部作しか認めん!と糾弾されるシミュレーションRPGシリーズとは一切関係ないぞ? このハンターとやらが諸君のよくイメージする冒険者然とした部門だと俺は思う。対象はモンスター・アイテム・賊の類だったりと幅広く、その討伐なり採集なりを件の冒険者ギルドにデンと鎮座するクエストボードから依頼書をペリペリっと剥ぎ取って受注して依頼達成を目指すというシンプルな何でも屋的なポジションだ。

 しかし、ソロ向きじゃない。勿論、ギルドにはソロのハンターも多数在籍してるが王都近隣の範囲でもない限り移動時間が掛かるし、楽しようとパーティを組めば依頼の報酬も人数割りになる。俺的には完全に無しだ。日帰り希望の俺には厳しい。

 次に傭兵部門。どっちかと言うとハンターが対モンスター職なら、傭兵は対人だ。意外と王国の貴族同士で衝突して小さな戦争が勃発するらしい。特に悲しいかな王国南部でだ。件のプルトドレイク領内外で小貴族とその地の有力な家とで揉め事が多いそうでそれなりに需要があるんだと。特に最近は聖河の海賊で多くの傭兵が駆り出されるとかなんとか…物騒な世の中だなあ。

 まあ、単純に護衛として雇われるのが主だろうし、余計な怪我もなくて確実に儲かると聞いた。だが残念。下手すりゃ年単位で拘束されかねない傭兵になど俺はなれん。そもそも俺は日帰りなのだ。

 その点、迷宮探究者は良い。いわゆるダンジョン担当・専門の冒険者というニュアンスだが、依頼以外で獲たドロップアイテムは一部を除いて俺の契約金との相殺対象外。つまり余剰アイテムを売った分だけ金になる。しかも結構いい額だ。本来、迷宮探索者は面倒な準備も要るし頭数も必要とされるが、大抵は魔石消費無しの魔法で解決できる俺にとっては造作もない。うってつけの職種だったわけだ。


 …はて? 流石に賢い諸君の中には疑問に思う者がいるやもしれない。

 さっきから日帰り、日帰りと言ってはいるが――此処、王都ハーンからリュカが待つサンドロック領南東まで距離・・があることに…。

 だいぶアバウトだが、直線距離で二千五百ワーム(キロメートル)はあるだろうな。いや、もっとか?

 実際、王都ハーンまでサンドロックからブーマーとヘリオスの関所まで丸一日(※俺氏、空中で数度死に掛ける)。そこから馬車を乗り継いで、王都に着くまでざっと一ヵ月ちょい掛かった(※勿論、その間にサンドロックに引き返すなど物理的に到底不可能)。だから、実質俺は冒険者になってまだ二ヶ月足らずだ。

 移動だけで丸々一ヵ月かそれ以上掛かるのに、日帰りなんぞできるの?


 それができちゃうからファンタジーはあらゆる面で赦される。

 その方法はおいおいネタバレするとして、帰れるんだから俺は帰りたい。冬に入り、日の入りも早くなって外はもう薄暗い。午後五時前ってところだろう。

 俺は今日稼いだ金でリュカや身内への土産を買って帰りたいんだ。なるはやで。

 三時間待てだと? 冗談じゃない! 義父義母達の目を盗んでリュカと触れ合う時間がなくなっちまうじゃあねえか。俺は催促するが如く、カウンターを指で叩く。チラリと周囲のギルド職員を見れば徐に顔を逸らされるか他所へ逃げられる。

 …さっきピエットにも速攻で逃げられたが、そこまでか?

 

 俺はゲンナリとしてしまったところで、声が掛かる。


「お前があの・・クラウスって野郎か?」


 あ? 誰だテメー。

 そこにはそんな世紀末ファッションして恥ずかしくないの?と心配になるゲス顔三人組の姿があった。

 てか、粗方こういう連中はあしらったかと思ったが……まあ、何か月も王都を離れてる連中もザラにいる、か。


「新人風情が随分調子こいてるらしいな。あの“鉄剣”のガキだか、どこぞ貴族のコネを使ったかしらねーが…初っ端から二等級だとぉ? ふざけるなよコラ」


 うわあ~…わかっりやすぅ~(笑)

 どうしてこういう手合いはこんなあからさまに俺に絡んでくるんだ。馬鹿なの?


「しかも見てたぜ…良い稼ぎみたいじゃあねえか? 黙ってこの先達の俺達に奢れ。色々とご教授してやっから」


「え? 冒険者だったのか? てっきり山賊とかかと思ったぞ」


 俺の言葉に周囲に居合わせた職員や他のモブ冒険者達が固まる。


「はあ!? オメーの方がよっぽど山賊みてえなカッコだろーが!」


 …心外な。どこからどう見ても●カイリムのプレイキャラを彷彿とさせる無骨な戦士コーディネートだろうが。

 確かに、俺が現在装備してる鋼鉄製のメイス。部分的にプレートや鋲打ちリベットされた革鎧に小手とブーツ。トゲ付きのラウンドシールドは王都に来る途中で山賊達から現地調達したもんだ。でも、手入れや補修以外の経費を除けば実質タダで手に入れた思い入れもある品々。そして俺のキュートさをより際立てるこの角兜。見たまんまノルディックな見た目が俺のハートを射止めたダンジョンで拾ったもんだ。それにケチをつけるとは…審美眼のないイモ共め。万死に値する(※相手次第)。


「んだあ? 文句があんのか。俺達は正真正銘の中等級だぞ! テメーみてえなニセモンじゃあねーんだよっ!」


 遂に逆ギレしたその巨漢ハゲが腰の剣を抜き放った。続いて残りの二人も。…チャンスだ。


「…武器を持つ者相手に得物を抜いたな。決闘法に基づき、殺されても文句はないよな?」


 俺は腰から吊っていたメイスを手に取る。その瞬間、周囲から歓声が沸き上がる。ホント未だ慣れんなあ…。まあ、相手が相手だから別にいいけどさ。

 この世界において殺人を始めとする殺傷沙汰は比較的容易に行われる。ヤバイね! しかも、罪にならんことが多い。マジでヤバイよね!

 罪として問われるのは不意打ちと端から得物を持たない無力な者を害した時とかくらいで、互いに武器を持ってたら殺し合っても問題無いよね!という問題しかない法律がその決闘法である。

 

「抜かせえやあ!」


「ふんっ」


 バキンッ。俺は猪の如く突進してきたハゲの剣を容易く折ってやった。

 そりゃそうだろ? 金棒に剣で敵うわけねーじゃん。桃太郎ってアレ無理あるよなー。絶対、イヌサルキジが頑張ったお陰で勝てたんだと思う。てか奇襲作戦がハマったんだっけか? 

 まあ、そんな昔話はどうでもいいな。俺は続け様にメイスの先端部で呆けているハゲの膝を真正面から突く。膝蓋骨を割った感触と共にハゲが低い悲鳴を上げて倒れた。

 え。弱っ…。中等級って俺の一つ下だろ?

 まいっか。丁度良い位置・・・・にハゲの頭が下がったことだし。


「ひっ。た、助け――」


 決闘法において、生殺与奪の権利は勝者に委ねられる。

 因みに、命乞いは聞き入れても、完全スルーしても問題はない。

 だから、俺がトドメを刺しても問題は――ない。


 俺は振り上げたメイスを迷いなく降り下ろす。コレが俺がこの世界で……少なくとも冒険者になる前からサンドロックで培った生き死にの世界での勝負だ。

 こんな簡単に武器を振り回してくる連中に変な気を遣って見逃すほど、俺はもう甘い人間じゃあないんだ。悲しいけど、これ異世界なのよね。


「うわああああ!?」


 俺が目の前で赤いザクロの花を咲かせたことで、残りのゴロツキAとBが狂ったようにこの場から逃げ出そうと背を向ける。


「…チッ」


 俺は逃がすと面倒だと思い魔法で片付けようとして両手を前に出した――その刹那、俺の背後から物凄い勢いで二つの投射物が背を向けて走り出した二人の後ろ頭にブチ当たって爆ぜる。酒瓶だったようだ…。勿体ないなあ。


「おい、クラウス! オレの店で魔法をぶっ放すんじゃあねえ! 前みたいに壁に穴開けたら、オレがその穴から魔王国までお前もブン投げてやるぞっ」

 

 ズシン、ズシンと奥から地響きを響かせて俺に迫る女巨人、サンダーバーバラの仕業だ。よく見りゃAとBはピクピクと痙攣してまだ生きているようだ。多分。

 かなり加減してたんだな。なんつったってこのサブマス。今でこそギルドの重鎮だが、元は王国で一番の冒険者パーティの頭だった傑物で怪物だ。<剛肩の神の加護>の加護持ちでギルド準最高位である超等級冒険者。いつぞやか、加護の話をチョロっとしたが…加護にも段階があって――加護<大加護<神の加護の三段階までパワーアップするらしい。彼女がその気になればハナクソを投げ飛ばすだけで人を殺すことができるとか…まあ、見た目からしてもう人じゃあないけどな。

 なんで、明らかにオコなサンダーバーバラが言ったことは冗談でも何でもない可能性が高い。


「フン。喧嘩売る相手の見分け方も知らんとは情けない連中だね。ま、確かコイツ等…暫く前にギルドから除籍処分を受けてたっけか。はあ…いつの世もマトモな冒険者ってのは少ねえから困ったもんだぜ」


 そう愚痴る巨女が、子供を軽く吹き飛ばせそうな溜め息を吐いて生き残った二人をヒョイと抓み上げてしまう。ギルド側で処分(処刑じゃないぞ?)してくれるらしい。

 まあ、彼女の憂いも解るかもしれん。俺も冒険者になるまではここまでとは思わなかったもんだ。偏見も入るが、冒険者はチンピラ・ゴロツキ・アウトローが八割。普通の人が二割でその極一部に遭遇するだけヤバイ連中も含まれるって感じだな。

 つまり、その日の食ってくのに必死でロマン溢れる冒険をエンジョイしている奴が極端に少ない、何とも想像以上に夢の無い職種。それが冒険者だった。


「さてと…まだ査定結果がでない、か」


 俺はゴソリと誅したハゲの死体を漁る。

 …うーむ。剣は折っちまったが、鎧もパッとしないなあ。まあ売れるか。

 お。小銭入れ発見! ……あんだよ二千ギルダも入ってねえじゃあねえかよ…没収だ!

 …むう。ポーションもマジックアイテムの類も持ってない。ハズレだわ。

 ハゲでこの結果なら残りの二人も変わらんだろうし、無理してまでバーバラから取り戻すこともないな。


「……全く、命のやり取りにまるで動じねえ。その容赦の無いとこも、オマケに周囲の目も気にせずに死体から装備を剥ぐ手癖の悪さもよお。本当に傭兵向きなんだがなぁ~。やっぱりダンジョンだけは勿体ねえって、考え直さねえか? なあ、“鉄棍・・”のクラウスさんよぉ」


「嫌です」


 非常に不本意な二つ名で呼ばれて俺の機嫌は悪くなる一方だった。

 ……それに、ああ。面倒な連中が酒場の方から俺を大声で呼んでいる。今の騒ぎで見つかっちまったらしい。はあ。早く帰りたいんだよ、俺は!



 



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