Level 0➙1* 旅立つ者、企む者

(※Level ~*=三人称視点です。)


 一年を通して春から夏程度の気温、風土…いや、この世界独自の気象現象によるものか、オークブラッド王国の最東南サンドロックは雨もマトモに降らず雲一つない快晴である。

 だが、それでも大陸全土で嫌でも季節の巡りを感じられることに釣られてか、徐々に日中の気温は下がってきてはいた。かと言って、雪が降る隣領旧ドルツと比べればこの土地は大陸全土が氷に閉ざされたとて、日中は半袖半ズボンで過ごせてしまう。


 そんな世界から取り残された辺境の土地に今日も珍しい来客がある。逞しい巨体に大きな翼を持った猛禽の四足獣、グリフォンである。それも前回と同じく三頭。恐ろしき姿の幻獣を飼い馴らすブーマー辺境領では、編隊構成を最低でも三騎以上と決められていた。


 そうした珍しきも手伝ってかサンドロック領主館は大変賑やかであったが、それもそのはず。館の前には男爵家の当主カトゥラスと男爵夫人たるゾラ、それと従者達の他に最寄りの村であるリバーサイドの全住民・・・が犇めいていたからである。

 無論、単にグリフォンを見に来ている訳ではない。とある人物の見送りだ。まあ、大半の村人達は既に客寄せパンダ以上の経済効果がありそうなグリフォンに心奪われ夢中になってはいたが。


「男爵様。随分と活気が有る様に見えます。流石、このサンドロックで生きる領民達は逞しいですね」


「う、うむ…」


 見送りのことすら既に頭の中になさそうに騒ぐ領民達を見やる領主カトゥラスの内心は少し複雑であったが、本当に自領には娯楽のゴの字も無く、そしてそれを与える余裕の無い自身の力量の無さを改めて感じていた。最近は特に。


 その最たる理由がグリフォンの前で人目も憚らず抱き合う若い男女にあった。


「それじゃあ、行ってくるわ。ずっとこうしてたいが…日が暮れちまいそうだから」


「…うん」


 惜しむようにして二人は離れる。

 金褐色の髪に目付きの悪い男の名はクラウス。リバーサイドの生まれで抱き合っていた少女とは正式に挙式こそしていないものの、夫婦の絆で結ばれていた。


 未だクラウスの服の袖を掴んで離せずにいる黒髪に茶の強い肌の少女の名はリュカ。現サンドロック男爵家当主、カトゥラス・ハスタ・サンドロックの実の娘。リュカナータ・サンドロックである。

 ゆったりとした麻のローブに身を包んでいるが明らかに腹部がポッコリと膨らんでいる。愛する男クラウスとの子を宿しているのだ。


「アイナ達に聞いてはいましたが…夫婦ですか。しかもリュカナータ様は初めての御子でしょうに。それなのに、支えであるクラウス殿を王都にやるとは。父も普段から大概だが、随分と酷なことをなさる」


 長い黒髪を結んで後ろに流す切れ長の目の美女が遺憾とばかりに軽く息を吐く。その言葉にカトゥラスは沈黙を貫くしかできなかった。

 サンドロック男爵であるカトゥラス。ブーマー辺境伯のフレッド。そして、この二領と親交深き旧ドルツ子爵ハーマンとの頭を突き合わせての話し合いの結果。

 プルトドレイクから求められた負債…五百万ギルダの返済を冒険者ギルドが引き受ける見返りにクラウスを冒険者として王都ハーンに派遣することを表沙汰には伏せておき、ブーマー辺境伯の身勝手・・・で、逆らえぬ立場であるサンドロック男爵家に将来有望な若者を冒険者ギルドに出向させる。という事にしたのである。

 理由は、件の返済を求めるドレイク公爵に余計な攻撃材料を与えない為だ。借金返済の為に自領の民を動かしたとなれば、嬉々としてドレイクとその傘下達はカトゥラスを貶めることは明らかだからだ。さらに、当然の様に庇いだてするであろうブーマー辺境伯の威光を崩す足がかりにならばなお良しと言ったところだろう。二領を挫けば、金を産む穀倉地である旧ドルツに釘も刺せる。


 それを避ける為自ら泥を被った辺境伯のがやや落胆した表情を見てカトゥラスは申し訳ない気持ちが沸き上がって仕方ない。

 そう、その黒髪に全身スケイルメイルで覆われた彼女こそが辺境伯フレッド・ハスタ・ブーマーの血を受け継ぐアキラ・ブーマーであった。

 そんな彼女は実の父親を反面教師として育った面もあるのか、非情に生真面目な性格であった。太陽の位置を見やり「もうそろそろ出立の時間だな」と隣に居たカトゥラスに頭を下げるとズンズンとクラウスとリュカの間に迷いなくズイと身体を割り込ませた。


「失礼。リュカナータ様、そろそろお時間ですので…」


「う、うん…」


 無表情な美人の顔は美しくこそあるが、その分だけ相手に恐怖を与えるものである。仕方なく、諦めたリュカはクラウスから離れた。


「御安心下さい。諸用で本日お迎えに上がれなかった我が父の名代としてまかり越した、グリフォンライダー隊副隊長…このアキラめが必ずや五体満足・・・・でクラウス殿をブーマーとヘリオスとの関市街ゲートまで迅速に送り届けます故」


「え」


 キリッとした顔でそうリュカに宣言したアキラの言葉に何か引っ掛かるものを感じたらしいクラウスが反応するが、チラリとクラウスの顔だけ見たアキラはそれを完全スルーして素早い身のこなしでグリフォンに飛び乗った。

 その態度にクラウスはただ首を傾げるばかりである。


「キュオオオオオッ!」


「「おお~…!」」


 お座りの状態から立ち上がったグリフォンの姿に呑気な領民達が拍手喝采する。


「クラウス、すまんが頼むぞ」


「リュカは私達に任せて無事に帰ってきなさい」


「はい!」


 カトゥラスとゾラからの言葉に力強く頷くクラウス。出産に向けてリュカは当初のクラウスの生家に身を寄せる計画から領主館に滞在する方針に変えたのだ。その間、リバーサイドのベテラン産婆であり薬師でありダメ押しに呪い師でもあるガープが領主館に逗留することになっている。


 二人は再度ハグし、涙を目にイッパイに溜めているリュカの額に軽くキスしてやったクラウスがグリフォンに近寄る。


「おお、確かベラちゃんだったな?」


「キュー!」


 クラウスの言葉を肯定するように鳴くのは確かに三日前に邂逅したグリフォンのベラスケスであった。因みにメスである。その左右に並ぶグリとグラの二頭も人懐っこくクラウスへと頭を近づけている。

 意外とクラウスはモテるのかもしれない。グリフォンには。


「で、俺はどうすればいいのかな?」


「…チッ。……これ見よがしにイチャイチャしおって。軟弱者め」


「……えぇ~」


 何故か搭乗予定のグリフォンの乗り手である副隊長の機嫌が悪い。クラウスは軽く絶望感に襲われ、出発前からもうリュカが恋しくホームシックになった。


「よう!女たらし。あんましうちの姫様の御機嫌を損ねないでくれよ? 真っ直ぐモンスターの巣窟チェまで連れてかれちまうかもしんねえぜ」


「誰が女たらしか」


 三頭の中では一番甘えん坊なグラの背から顔を出したブーマー家従者のニジェロだ。揶揄われてむくれるクラウスが可笑しくて堪らないといった様子である。

 それをベラスケスを挟んで「キュロキュロ」と上機嫌なグリの背に乗っている同じくアイナが睨む。


「ニジェロ。…他領の御偉方の前でふざけないでよね」


「わーったよ。クラウスよう、ベラスケスの腹の下に袋があるだろ? 人ひとりがスッポリ入れる筒状になっててよ。袋の内側に腰を縛る為のベルトがある。それと前と後ろ端に手と足を引っかけて踏ん張る・・・・為の鉄の輪っかが付いてっから……ま。後は落っこちないように頑張んな」


 なるほど、コレはあの旧ドルツ子爵が本気で嫌がるわけだ…とクラウスは納得した。


「おいおい。クラウス、マジであんなんで空を飛んで行くのかよ?」


「なんだよガス。相変わらずビビリだな? うーん、要はハングライダーみたいなもんだろう。まあ俺もやったことないけど」


「ハング? 聞いたこと無いモンスターだな。空を飛ぶ騎獣ってグリフォンとペガサス以外にもいるんだな…」


 どうやらこれからグリフォンに吊るされてしまうクラウスからの答えは同じくグリフォンに憧れるガストンにはやや理解が難しかったようである。


 だが、転生前は一端のニートであったクラウスはこの世界に来て大きく変わった。変わってしまったのだ。彼にとって親しい愛しい者を失う以外に怖いものなどない。例え、ドラゴンと対峙したとて一寸法師のアレな戦法を試せるほどの勇気の塊の持ち主となったのである。単にサイコパスの気に目覚めてしまっただけかもしれないが。


「お、意外といけそうだな」


 備品は王都で揃える予定であるクラウスは何とまたもや棍棒に木の楯という最低限のメイン装備である。だが、今回はそれ以外にもリュカが夜なべして作ってくれたリーチ・リザードの革でできた外套を纏っている。

 問題なくベラスケスの腹の袋に納まったクラウスが顔を出した。


 「フン…」とそれを見届けたアキラが手綱を引いたのを皮切りの三頭のグリフォンんが羽ばたき始めた。

 周囲の者も同時に離れた――が、ここでその中の一人が飛び出して顔を出しただけの滑稽な姿になったクラウスに抱きつく。言わずもがな、クラウスを最も愛し、愛される存在である。

 舞う砂埃の中、数秒間塞がれた唇同士が離れると、リュカの目から涙が一筋零れる。


「グスッ……いってらっしゃい…」


「ああ、いってくるな…っ」


 流石に今まで耐えていたクラウスの表情がクシャリと歪み、互いに笑いながらハラハラと両目から涙が零れだしてしまった。


「リュカ!危ないだろうっ!?」


 慌ててカトゥラス達がリュカを連れ戻す。


「………っ! 行くぞっ!!」


「……あ~あ。言わんこっちゃない。だから俺は爺さんボルゾイに代行して貰うようブーマー様に言ったってのによぉ。…姫様、泣いちゃったんじゃあねえの?」


「…もう、ニジェロ! 姫様に置いてかれるわよ!」


 こうして砂塵を巻き上げながら三頭のグリフォンは大地を蹴って飛び上がり、空を駆けてサンドロックを去って行く。

 地上からクラウスの名を呼び続けては泣き崩れる少女を残して。


   *


 ところ変わって、地上から飛び立ったクラウスが大空の世界への感動から上げる歓声が何故か終始不機嫌なグリフォンライダー隊副隊長によって悲鳴へと変えられてしまった頃だろう。サンドロック男爵領から遥か遠くにあるオークブラッド王国が王都ハーン。その冒険者ギルドの一室へと場面は変わる。


 その暗室…通称バックヤードなどと呼称される極限られたギルドの要人しから立ち入ることが許されていない空間には二人の人物の影があった。

 

「それにしてもさあ、ギルマスさんよお? どういうこったい」


「…どういうこと・・・・・・とはなんだい? バーバラ君」


「どうもこうもないだろうに…。表に顔を出すことのないアンタは良いよ? 他のギルドの頭からピーチクパーチク鳴かれてつつかれるオレの身にもなっておくれよ」


 簡素なテーブルに両肘を突く巨漢ならぬ巨女、サンダーバーバラ。彼女は冒険者ギルドの三大部門である迷宮探索者ギルド・ハンターギルド・傭兵ギルドの各ギルドを統括するギルドマスターの筆頭補佐サブマスである。元冒険者で数々の武勇伝を有する剛の者であり知恵者でもあった。

 だが、同席している人物は完全に闇に紛れて姿は確認できず、その声もどこか蠱惑さを感じさせる中性的な声である為、対面しているサンダーバーバラしかその正体を知る者は恐らくいない。

 その人物がクスクスとさも愉快そうに不機嫌という文字をデカデカと大きな顔に張り付けた女傑の様子を見て笑う。


「何故、よりにもよって潜在的に王国の敵であるプルトドレイクにギルドから金を流すんだい? しかもだよ。その見返りがたった一人の…無名の冒険者候補・・にだ」


「ああ、流すってのは語弊があるね。僕は紹介して貰ったサンドロック男爵領から将来有望な若者を王都専属として契約したまでさ。その前金・・も五百万ギルダっぽっち。その支払い先が男爵家であって、そのお金が侯爵家への返済に充てられる…それだけの話じゃないか?」


 だが、バンッとテーブルにサンダーバーバラの巨大な掌が叩きつけられる。それだけで部屋の調度品全てが一瞬浮き上がってしまう。


「大金だろっ!? 少なくとも建前はそうであっても、貴族や民衆はそうは思わないだろうぜ。特に造船資金に使われるとかでリオンライラの担当貴族とヘリオス大公家からの風当たりは強くなる! それでなくとも大型ダンジョン関連で共和国と揉めてるし、これ以上厄介事を増やされると仕事がし辛くて…王国冒険者の不満も爆発しかねぇぞ?」


「はあ~…ホントに面倒臭いよね~? これもレナード陛下がどっちもチャチャチャっと解決してくれないのが悪いんだよぉ~」


 だが、そんなサンダーバーバラの苦言もアッサリと躱されてしまう。しかも、序とばかりに現国王に対する暴言まで吐くギルドマスターに彼女は呆れを越して戦慄すら覚える。


「それにだなあ…幾ら、辺境伯のお墨付きだからって――どの部門においても実績も無い奴を二等級にするのだけはやり過ぎだろう…。絶対周囲からの反感を買っちまう。どんな大型新人なんだよ。聞けばまだ成人したばっかの青ガキって話じゃあねえか」


 どうやら話の焦点はクラウスへと移行しているようだ。


「だって、何でも直ぐに仕事を始めてなるべく早く帰りたいんだってさ。それも彼は故郷で既にリュ…愛する女がいてね。身重である彼女の為にコチラが提示したノルマ・・・をクリアーしたいってね」


「ああ~…あの一月以内に三つ・・。迷宮探索者かハンター部門の依頼を熟せってヤツか? しかも難度二等級以上――いや無理だろ。幾らそいつを王都に置いておきたいからってエグ過ぎる。現役だった頃のオレのパーティでも怪しいぜ。……それで二等級から、か?」


 「その通り!」と無邪気な子供ように返す対面者にサンダーバーバラは顔を顰めて未だ相まみえぬその新人冒険者を哀れに思った。恐らく、並大抵のことではそのクラウスとやらの帰郷が叶わないことを察することができたからである。


「はあ…まあ、そのクラウスがあの傭兵“鉄剣”の実の息子で、しかも、最果ての魔境サンドロックの出身ともなりゃあ嫌でも悪目立ちしちまうだろう。そうじゃなくても冒険者は全体的に血の気が多くてゴロツキと変わらん連中も多いんだ。そんなガキが無事にやってけんのかねえ~」


「そこは~……ほら! 君のサブマスとしての手腕に懸かってるんだよ」


「結局そうやってオレに全部押し付けるだろっ!? だからアンタは嫌いなんだよ!」


「ハッハッハ…またまたぁ~?」


「笑ってんじゃねえ!」


 そんなドタバタした不毛な時間が幾ばくか過ぎた後、最後に闇に溶け込んだシルエットの人物がこう言ってのける。


 『きっと、これからもっと面白い事が起こるから』、と…。


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