Level 1.11 王都への旅路 その1



 軽くグリフォン恐怖症――ってよりはアキラ・ブーマー恐怖症を患った俺は、無事ブーマー領とヘリオス領との間に設けられた関所のある街郊外へと着陸を果たした。

 ……何遍、死を錯覚しただろう。ブーマー様の娘だっつーあの女。何で俺にああまでする? 俺とリュカとの夫婦愛への当てつけか? だとしたら、ブーマー領の未来は暗いな。


 俺は先に現地で待っていたブーマー様もとい、ブーマー辺境伯のフレッド・ハスタ・ブーマーから王都ハーンの冒険者ギルドへの紹介状らしき書状とヘリオス間の簡易手形を頂いた。

 王国の各領を通る上で貴族・冒険者としての依頼でとかの特例が無い一般ピーポーはそれが必要となる。それもそうだよな、無断で自分の所属する領から出てったら俺の前世での昔の脱藩みたいな扱いになるのかね。後は単純に罪人の出入りを禁じる為にもあるとか。

 そう言えば、俺も結局はカトゥラス様に書いて貰った手形を返したっけ。あの時は旧ドルツとプルトドレイク経由だったな。

 それとある意味一番俺に必要なものを渡された。そう、この王国の通貨ギルダである。

 そう思うと無一文でサンドロックを出ようとしてた俺…無謀過ぎるだろう。

 馬車に乗るのだって金が当然掛かるし、道中では水や食い物も要る。水は魔法で何とかできるが――流石に肝心な食糧まではどうにかでき兼ねる。サンドロックの外では地元のように物々交換だけではやってけないだろうしな。

 ブーマー様は『少ないけど』と言ってポンとくれた硬貨袋には十万ギルダ(恐らく約二百万)が入っていた。

 俺は『必ず御返しします』と言ったら、『いいわよぉ。その分、アタシの娘と今後は仲良くしてやってちょうだいね』と意味深な事を言われてしまった。

 俺は単にアキラ嬢から嫌われているんじゃあなかったのか? よくわからん。


 早々にブーマー家と別れ、関所を潜って弾丸馬車ならぬ乗り継ぎ馬車に乗り込む。

 初めての馬車どころか、初めてのサンドロック以外の土地に俺は興奮していた。見渡す限り、何もかもが新しく目移りする。

 が、一週間も経てば流石に飽きた。というかケツが猛烈に痛い。馬を休める為に馬車が停止すると俺はいの一番に馬車から飛び出した。どこぞのDQのように戦闘中のパーティが全滅していないにも限らずにだ。

 護衛込みの三両編成の乗り合い馬車。幌の中は背が高い割に狭いが左右の座席に十人ずつ犇めき合って長時間乗り込むことになる。エコノミー症候群必至だ。

 というか、王都に到着するまで少なくとも三十日以上…一ヵ月掛かるとは思わなんだ。徒歩だと下手すりゃ半年近く掛かっていたかもしれんなあ。

 何故かと言えば、当然の様に王国の街道だって完全に舗装されていないからだ。

 出立から一週間。二つほど補給目的でヘリオス領の村を通過した辺りで雨が降り出した。俺だけが異世界初の雨でテンション爆上がりなのに対して、周囲は渋い顔だ。

 それもそのはず、雨が降れば道は当然ぬかるむ。大雨で川の水が増量すれば、橋が流れる。移動が停滞したり、コース変更で余計に日数を消費する…なんてこったい。

 ああ…グリフォンがヘリオス領や王国の直轄地でも飛行可能ならほんの数日で到着できるんだろうなあ~。


「へえ。じゃあ王都には冒険者になりにかい」


「はあ。まあ…」


 俺は長距離馬車の運営主に食糧を分けて貰う交渉で夜の番を引き受けることになった。なるべく運賃以外の出費を抑えたかったからな。

 …流石に現地調達にも限界がある。というか夜にモンスターの肉を嬉々として捌いて食う俺は乗り合わせた乗客者達から奇異の目で見られてしまった。モンスターの肉ってあんまり食べられていないんだろうか? かと思えば、護衛の冒険者――傭兵の獣人達は喜んで一緒に食べてたんだが…。「はっ、ヘリオスは育ちの良い・・人間が多いから物珍しいんじゃないか」とのこと。うーん、コレが田舎育ちと都会っ子の違いというヤツか。いや、何か違う。


「で、兄ちゃん。出身地御国はどこなんだい」


「えーと、サンドロックだが?」


「スゲエ! アンタあの魔境・・の出なのかよ。恐れ入ったぜ!」


 魔境……なんだな、領外の人間からこうして言葉で言われると腹の底にズンとくるものがあるな。「なるほどなあ。どうりでそんな棍棒一本であのスパイクボアを仕留められるとわけだ…」と勝手に納得されてしまい、いつの間にか乗客のはずの俺が護衛の一人として担ぎ上げらてれしまっていた。まあ、ある程度の運賃免除と食糧分けてくれたから許すけど。

 因みにスパイクボアってモンスターは猪とハリネズミが悪魔合体したような姿の俺にとっては初見のモンスターだった。が、他にもヘリオスで出くわしたモンスターは比較的サンドロックに比べれば弱かったな。けど、質は低いが魔石の属性のバランスは良い。「地上のモンスターからは滅多な事がない限りそんもんさ」とは傭兵の言。

 もっと質の良い魔石が欲しかったらダンジョンに潜るしかないとも聞いた。まあ、俺は魔石が目的ってよりもそのモンスターが使う魔法を覚えられるかの方が興味があるんだがな。


 そんなこんなでずっと移動ばかりの二週間だったよ、ヘリオス領での思い出は。王国直轄地との関所までを最短ルートで移動する都合、傭兵達がアレコレと自慢する大公家の城があるという大都トトスとやらを拝めなかったのが心残りだが。

 その間、毎日のように傭兵達が俺をヘリオスの冒険者ギルドへと勧誘した。

 やれ『大公の自家臣の貴族家の護衛は楽して儲かる』なぞ、『大公家の護衛に就ければ将来安泰』などとそれは猛アピールが続いたよ。流石はオークブラッドのヘソ。経済的にも潤ってるようで羨ましい限りだな。

 だが、そんな連中とのやり取りのお陰でヘリオスにいた間は退屈せずに済んだ。


 気の良い傭兵連中と手を振って別れ、格安の一両編成だけの安馬車に乗り換える。ここまでくれば王都まであと一週間の我慢だそうだ。屋根も無いし前の馬車より一回り以上小さいが、乗客は俺一人だからスペース的な問題はない。

 まあ、当の御者は空馬車同然だと機嫌は悪いだろうがな。


 この辺の治安の良し悪しは俺には判らないが、そこからの王都までの道中、特に問題もなく馬車は進んでいった。

 その六日目。ボサボサ髭の御者曰く、「明日までには王都に到着できるぞ」という言葉を聞いてやっと王都か…と俺は気が抜けそうになった辺りか。

 突如として道の向こうから数名がボロボロになりながら「助けてくれぇ」とコチラに向ってきたのは。


「おいおい穏やかじゃあねえなあ…どうしたい?」


「近くの雑木林に隠れてた賊に襲われた! 雇ってた新米ペーペーの傭兵も殺られちまった。チクショウ…近くの村から王都へ下働きに出る娘達を乗せていたのを狙われたみたいだ」


「やべえな。王都の近くだからって油断してたぜ…早く引き返――っておいニーチャン!?」


 俺は反射的に馬車から跳び降りて藪に突っ込んでいた。


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