Level 1.24 大型新人、襲来 その4



 びっ…ビクったぁ~。

 え? 急にどうしたんだこの受付嬢。なんかの発作か?

 突然、鳥が首を絞め上げられたような大声出すんだもんなあ~……あ。もしかして本当に新人だったのか?

 う~ん。でも冒険者ギルドなら、冒険者が倒したモンスターの死骸なりこの手・・・のものを目にする機会もあるだろうから慣れてると思ったんだがなあ。

 こういうとこ、やっぱ他領の女は違うんだなぁ。こんなんで驚いててやっていけるんだろうか? サンドロックの女と違い過ぎて、心配になるくらいだぜ。


「大丈夫なのかよピエット嬢は? 一体…何の騒ぎだぁ」


「おいおいおぃ…マジかよコイツ。正面カウンターに首を並べてやがるぜ? イカレてんの……んんっ? って、この端っこの…テゴワースの奴じゃあねぇか!?」


「んだとぉ! 俺にも見せろや!」


「……って、まさか…小耳に挟んじゃあいたが、あの“早撃ち”をやったのがこんな小僧だってのかぁ? しかも、たった一人で、か…?」


 おっと流石にアレだけ騒げば人が集まってきちまった。

 …………何だ? 俺に対する視線の強さが一段階、いや二段階は強くなった。


 って、あのなあ…まだ抜いてないから良いが、手を腰の得物に掛けてる奴がチラホラいるんですけど? 

 感じ悪いなあ。流石に抜いたら俺とて容赦できねえんだが?

 リュカの顔も見ずに死んで堪るかってんだ。


「――おうおうっ! 大の男共がそんな若いガキンコ囲んでなに騒いでんだぁ」


「うっ…!?」


 一瞬で場は鎮まる。いや、力尽くで黙らせた、か。

 女の声と同時に俺が居たはずの正面カウンター周辺が突如として翳る・・


 いや、影で覆われたんだ。信じられるか?

 いつの間にか腰に手を当てて俺をズイィーっと覗き込む巨大な女の姿があったんだよ…。

 この冒険者ギルドは四階建てで、一階と二階が吹き抜けになっているみたいで天井は高い。そこに大光量のカンテラが等間隔に証明として備え付けられいるのだが、その巨人によってその灯りが遮られている。

 いや、てかどっから現れた…?

 五ハーフリングメートルは余裕であるぞ。そんなデカブツが何処に隠れてやがった――魔法か何かを使って潜伏してたのか?

 だが、こんなデカイ人間なら……話に聞いてたアレで間違いないだろう。俺は無意識にゴクリと喉を鳴らしちまった。


「巨人族…!」


「あん? なんでぇ巨人を見んの初めてかよぉ」


 あ、当たり前だろうに…。ま、まあ地元サンドロックでも探せばいるかもしれんけどな。なんせちょっと東に行けばモンスターの宝庫だから。よく考えてみれば、ドラゴンだって居るんだから巨人くらいわけもないかもしれん。


「さ、サブマス!? …いや、王都に初めて来たんならそりゃ初めてに決まってるじゃないですかぁ~」


「ん? あ。そりゃそうか! 王国で巨人族の血を引いてんのはオレくらいだろうしな? ぶははっ! 一応、巨人なら北の方に氷の巨人族がいるが…アイツら、ウインターの連中とつるんで滅多に出てくるこたぁねえしな」


 巨人女は豪快に笑い飛ばすと、中腰で屈みながら大きな手で「オラ、邪魔だ! 野次馬共はすっこんでな」と虫を追い払うように冒険者達を半ば物理的に追い払うと俺の前にズシンと腰を降ろしやがった。

 

 ……ん? てか、サブマス・・・・とかって言ってなかったか?


「オレはサンダーバーバラってもんだ。冒険者ギルドのサブマスをやってるが……まあ、実質。オレが現場の仕切りを殆ど任される。…で? オレの店で騒ぎを起こしやがったお前は誰だよ。ただの冷やかしならオレのデコピンで生まれ故郷まで送り飛ばしてやっから。…てかな、ピエットもよぉ。今更、野盗の首くらいで騒ぐんじゃあねえよ? なっさけねえ~」


「い、いや驚きますよ!? 私、迷宮探索者部門なんですからね! そ、それに…」


 そのサンダーバーバラとやらが「おん?」と首を傾げながら並べた首の一つをヒョイと摘まみ上げて眺め、目を細めて厳しい表情になった。


「……知り合い、だったか。……てか冷てぇ。凍らせて保持…氷魔法かよ、なるほどねぇ~。お前があの・・クラウスか? 話は聞いてるぜ。あの武辺一党のブーマー辺境伯が是非にと推すサンドロックが生んだ怪物だっていうじゃあねえか、ええ?」


 怪物……確かに俺は魔法に関してはチート持ちだが、アンタに言われると何故か納得できかねる気持ちになるぞ?


「んっ。オレに、てかギルドに渡すモンあんだろが。一応貰っておかねぇとな」


「サブマス…私が預かってました。どうぞ…」


 受付嬢に俺が預けた書状を受け取ると読まずに先日俺がヘリオスで仕留めたスパイクボアくらいに巨大なその胸の谷間にムズリと隠されてしまった。


「さて、色々と聞いたり説明したり、この一件・・についても調書やらとらねえと。王都に売られた・・・・お前さんにはこれからやることは盛沢山あるんだが、取り敢えずは…――」


 そこにバタバタと足音を響かせて酒場らしきスペースとは反対方向から誰かがコッチに突っ走ってきた。

 女だ。…随分と派手な恰好だが。


「あ! マリデラっ!?」


「ちょ、ちょっと…先輩・・聞きましたっ! あの“早撃ち”が倒されたらしいですよ!? それも王国の兵士でもなくて非冒険者が単独で、ですって。さっき一緒に食事していたキンベリル商会の跡取り息子がそう自慢気に言ってたもんで、急いでギルドまで走ってきて……も、もしかしてもうギルドに?」


 お、おう…余程興奮してるのか俺にもカウンターの上に出してるもんにも気付かないみたいだな。

 それに…受付嬢の子はリュカくらいの歳に見えたんだがな。その子を先輩呼び?

 悪いが、毛皮のモコモコした襟巻がズリ落ちそうになってる目の前の女はどう見ても彼女の倍ほどはある年齢に見えるんだが? しかも厚化粧で結構ケバイ。サンドロックじゃあ基本すっぴんばっかだから、こういう女の化粧は慣れないんだよなあ。


「…いや、そのマリデラ…落ち着いてってば……」


「ハァ…ハァ…え?」


 息を整えていたらしい派手な彼女がやっとカウンターを見やる。

 ……また、あの無精髭か? 元冒険者ってのは何となく察してたが、サブマスと受付嬢以外にも。顔が広かったのか?


「………アンタが、彼を?」


「おい。マリデラ…コイツには何の非もねえ。むしろ、ギルドの尻拭いまでしてくれた恩人だ。……変な気を起こすんじゃあねえぞ?」


 え。なんだめっちゃ睨まれてるな。……ハラハラするからもう許して。


「…彼、強かったでしょ?」


「強かったよ。…何で野盗なんかやってんだ、って聞いちまうくらいに」


 俺は率直にそう言った。魔法無しで戦ったら、先ず勝てない強さはあったしな。

 流石に親父やサンドロック領の古参より、とも思うが余計な事を言う気はなかった。

 俺の言葉を聞いて巨人女が「ほお」と意味深な反応をしやがったが。


「……そう。…本当に…馬鹿な男」


 マリデラとやらはそれだけ言って襟巻を巻きなおすと、俺達に背を向けて正面玄関へとスタスタと歩いて行ってしまった。


「ちょっとマリデラ! 戻ったんなら代わってよ!? てかキンベリル商会のボンボンと何楽しそうにやってんだ!ふざけんなっ! 戻ってこい! 私が代わり行ってやりますからッ! 聞いてんのかコラァ~~!!」


「…止めろっつーの」


 カウンター内で怒りからジャンピング抗議していた受付嬢がドデカイ手でムンズと掴み取られる。潰されたんじゃ…?


「お前もアイツとそこそこ付き合い長いだろ。なら、察してやんな…」


「うぎぎっ……わ、わかりました。取り乱してすいません。…じゃあ、サブマスも来られたんでぇ――私ももう家に帰っても? いいですよね?」


「あ?」


 その提案を受けて巨人女が険呑な表情をする。それと同時にその手から「ギュッ」と何か締め付けからか、それか握力・・が加えられてしまったかのような小さな悲鳴が聞こえる。


「駄目に決まってんだろ。これからコイツの調書取ったり、この首の検分したりせにゃならねえし。担当職員は帰ってるからお前が手伝うんだよぉ。他にコイツの明日の為に色々と準備もあるしな。それが終わったら返してやる!」


「えぇ~…まあ、正面受付から外れられるならまあ良いですけど。どのくらい時間が掛かるんですかぁ~?」


「んー…まあ、早くて四・五時間くれえかな? あ。心配すんなクラウス、お前は一時間くれえで終わっから」


「早くて!? それじゃ私が帰れるのって……よ、夜更けぇ~~!?」


 巨人女は「うるせえうるせえ」と受付嬢を軽く手でシャカシャカして黙らせるという…傍目から見ても完全に純粋な暴力によって沈静化させると、自身の指に嵌めていた指輪を弄る。


「うおっ!」


 すると、見る見るうちにその巨体が縮んで人族並のサイズになった。なるほど、マジックアイテムか……さっきはコレで隠れてたんだな。


「もしかして、それが素の大きさなのか?」


「あ~…いや、そうだったらオレの人生――目立たず慎ましく生きていけたかもしれねえが。今の姿はこのハーフリングの指輪っていうマジックアイテムの変身能力だよ。使用者の大きさを半分にするっていう普通は大して役に立たないアイテムだが…オレはコレがねえとマトモにギルド内を移動できねえからよぉ…」


 ふーん。そりゃあそうか。てか。王都内の移動だって難があるだろうしな。その辺の人間を踏んづけちまう。

 まあ、半分になったとはいえ、余裕で俺より頭四つ分は背が高いんだが…。


「オレは半端に巨人族の血を引いちまってるからよぉ。死んだ親父みてえに自由に伸び縮みできねんだわ……よっと。ほら、いつまでもグッタリしてんじゃあねえよ? クラウス付いてきな。階段で三階まで行くからよ。おーい、カウンターの上に転がってんの首桶に入れて持ってきてくれ。…ああっとぉ? 後、この素材と装備もな。オメーのだろ?」


 事務所からコチラを窺っていたギルド職員が慌てて動き始めた。こりゃ完全にこの女のワンマンっぽいな。


「おっと忘れてた。これからはオレがお前の直接の上司だ。敬意を籠めてバーバラさん、とでも呼びなっ! んで、俺の肩にぶら下がってんのがピエットだ。これからよろしく頼むぜ?」


「は、はあ…バーバラ(あ゛ぁん?)……っさん」


 俺がそう言い返したことに満足したのかバーバラさんが手を差し出したので俺も応じる。

 ……力強ぇなあ……いや痛テテテテティダダダダダダダ!?


 危うく、俺の右手が握り潰されるところだった。

 はっ! も、もしかしてコレが世に言う一種のわからせってヤツか…!?


   *


 夜半に近付いた王都ハーンの一画にひっそり隠れるようにそのがあった。 

 店と言っても灯り一つない狭い店内に居るのはが一人だけだった。金持ちの道楽のコテージだ。プライベートレストランとでも呼べばよいのか。

 基本は料理人も給仕もおらず、常にすぐに食事ができる準備だけが整えられている異質な料理店だ。

 だが、人目を盗んで愛人を連れ込んだり、権力に聡い者達が密談を交わす場としては大変重宝されていた。此処もまた、王都有数の大商家…キンベリル商会の所有する物件の一つだ。


「……ふぅ」


 月明かりだけが照らすテーブルに並べられた豪奢な料理を銀食器で切り分け、口に運び、高級なワインで流し込んでナプキンで拭う。ウェーブ掛かった金色の髪に月の光が僅かに反射している。二十代の若い男がそこに居た。


 バタンッ!


 そこへ突如として店の裏口が開閉し、暗闇の店中へとツカツカとヒール音を鳴らして何者かが入ってきた。


「ピエトロ」


「やあ、ナンナ。酷いじゃないか? 突然、店を出ていってしまってさ。皆驚いていたよ。僕はフラれてしまった、なんておどけて…とんだ道化を演じるハメになったよ」


 ピエトロと呼ばれた青年は彼を知る者からすれば、普段とはまるで別人のような雰囲気で寂しそうに笑った。


 だが、黙っている女に彼はそっと反対の席に置いてあるナプキンを掴むと差し出した。


「……すまない。泣いていたんだね」


「……っ」


 女は受け取ったナプキンで顔を拭いながら、乱暴に青年の向かいに腰を降ろした。

 ――その崩れた化粧の下からは、痛々しい火傷の痕が現れる。青年はそれから目を逸らすようにそっと目線を伏せる。


「…テゴワースが死んだのは、仕方なかったことよ。だけど、例の作戦・・・・で一人、死んだわ。…どうして?」


「……グレイム・アルの出身だって言いたいんだろう」


「そうよ! それに襲われた女の子達だってスッカの住民なのよ! どうして? 他の開拓村の人達だって、私達と同じ地獄・・を味わされた仲間のはずでしょ!? それがなんで…」


 目端に涙を受かべて訴える女の手をそっと握って青年がそれを遮る。その手は微かに震えていた。


「僕達を家畜以下としか見なさない…腐敗し切ったグレイム侯爵とその傘下を根絶やし、それを許容する王国にも償わせ、改めさせる。その為に長年を費やし、命を懸けて僕らは計画に望んでいる」


 女は黙って青年の言葉を聞く。


「だが、誅するのは悪の支配者達であって、僕達は同胞を犠牲にするなど端から考えてなんかいないだろ? 既にギルドを動かす為の皮切り・・・として襲われ役の娼婦達は僕の商会で準備していた…だが、あの男爵家が勝手にあの“早撃ち”を使って彼女達を襲わせてしまった……」


 青年は席を立つと窓から無人の都路を眺める。


「どうしていつも僕達や彼女達のような存在が酷い目に遭うんだ? 同じ人間のはずなのにさ…。巻き込んでしまった彼女達は教会で保護しているし、あくまで商業ギルド名義でだけど僕は出来るだけの償いをするつもりだよ。そして、ルバス――彼の犠牲は無駄にはしない。男爵家に嵌められた冒険者も……必ず、計画はやり遂げる。そうだろ、ナンナ?」


「……そうね。その為だけにここまで準備してきたんですものね」


 青年と女は並んで遠くに見える煌びやかな王都を――否、さらに遠くにある未だ深い森に覆われ、かつて自分達が必死に切り拓いた村が在った・・・地を見ていた。


 すると青年が着火のマジックアイテムを使って一本の小さな蝋燭に火を灯す。そのユラユラと揺れる儚げな灯を二人で見やる。

 だが、その両者の瞳に映るのは――かつての炎の中に消えてなお存在し続ける、彼らにとっては真の地獄の光景であった…。


「――我ら、地獄より持ち帰りし“ベアルの火”は……」


「……例えすべからず倒れようとも、決して消えない――」


 その言葉を最後に蝋燭の火が吹き消され、狭い店内は完全な闇に閉ざされた。

 無論、そこには二人の人物なぞ最初から存在しなかったかのように姿を消して静まり返っているだけだった。


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