Level 1.23 大型新人、襲来 その3



「……はあ。早く帰りたい」


 私は目の前の傷だらけ、凹みだらけのカウンターを見つめながら思わずそうポツリと呟いてしまいました。

 勿論、わざとですとも。少しでも周りで呑気にアクビこいてやがる…しまった、私の繊細な心がささくれてます。気を付けないと。今もまた私の両隣で暇そうにしてる野郎共…おっと間違えました、男性職員さんに少しでも趣旨返しできればと思ってです。


 私の名前はピエットミィーエット。自分で言うのもなんですが、花も恥じらう所か私の手にそっとお金ギルダを握らせてくれるほどの極一般的な美少女です。

 あ、いや。美少女・・・ではないですね…周りが勝手に私の見た目で判断するだけで実際はもうそんな年齢じゃありませんし。まあ、私が可愛いことだけは事実なんですけどね。

 だから、こんなうだつの上がらない飲んだくれど――コホン。冒険者の皆さんを相手にする冒険者ギルドの受付嬢なんて腰掛けで、本当はさっさと収入と人柄の良いギルドの上級職員の男の人をゲットして寿退社したいとこですが……。


 “北部男で玉の輿を狙うのはワイバーンを倒すよりも難しい”。王国南部の女達に伝わることわざです。

 あ。ワイバーンってのは普通にヤバ目なモンスターの代表格です。単独でなく基本群れで飛来して襲ってくるんで簡単に村や要塞が滅ぼされちゃいますね。

 一度、三年前に王国直轄領のグレイル地方までやって来て、大型討伐レイドから逃れた一匹が近くまで飛んで来て王都が大混乱した時があったんですよね…アレは怖かったなぁ……。

 まあ、それでもうちの冒険者ギルドのサブマスが――取り壊し予定だった三階建てのビルをワイバーン目掛けて投げて・・・撃ち落としちゃったんですけど。


 ワイバーンよりよっぽど怖い人が王都にはウヨウヨいるんです。心強いですね!

…え? 顔色が悪い? そ、そんなことはありませんよ?


 話が逸れましたが、やはりギルドの上級職員ともなると私生活に隙がない方ばかりなんですよね。カッチリ妻帯者ばっかりでガッカリです。折角、玉の輿狙いで私はリオンライラから王都に出てきたっていうのに。

 しかも、私が生まれ育った南部と違って北部の男の人は奥さんを何人も持とうとしません。貴族の方だって側室を持つことを忌避するそうです。普通、力を持っている。それだけ女子供を養える甲斐性があるなら、その分女を幸せにする義務があると胸を張る南部の男と違って北部のヒョロヒョロ…失礼。北部の殿方は器が小さいようなので、つい。


 あー今日はホントにダメですね。イライラしてしまいます。何故なら私は今残業しているからです。本当は今日の五時で上がりだったんです。

 だのに、正面担当のマリデラの野郎が……あっと野郎じゃないですね、マリデラの野が『すいませぇ~ん。今日はどうしても外せない用事があってぇ~? キャハ☆』みたいな、聞いてるコッチの歯がガタガタ震えるどころか、どこか空の彼方にポーンと抜けて飛んでいってしまいそうな戯言を抜かして勝手に帰りやがったんです。どうせ、また商業ギルドのボンボン共との合コンでしょう。

 っというか!アンタそれ何回目なんですかねぇ。そんなホイホイ外せない用事が入るんなら夜のシフトに入んな! ●ね!土に還れっ!

 なんで中間管理職共はあんなドグサレ●ッチをさっさとギルドから追い出さないのでしょうか?

 ……まさか、いつかの噂にあったギルド上層部が愛人として囲ってるというのが事実だった?

 これはいけない。そんな不逞な連中はこの栄えある王都ハーンのギルドに存在していいはずがないのです!いつか私の手で引導を渡してやります!

 …まあ、正確には私がそんな力を持った人を射止めることが叶った暁に、ですけど。


 だから、私は文句も言わずにこうしてそのマリデラの代わりに正面カウンターで受付業務をしています。

 はあ、この正面カウンターでの受付業務は本当に気が滅入るんですよね。何故なら、この冒険者ギルドの正面玄関の真ん前だからです。

 私は冒険者さんは正直苦手です。大体が怖いです。そしてその八割強が臭いです。ベテランの娼婦さんが目に入った時点でそっと裏から逃げようとする強者の方もいらっしゃいますが、大概はサブマスが『オレの店にゴミが入ってくるんじゃねえ』と、言い方はその、大変胸のすく……あ。いえ、あんまりだったのですが、酷い臭いのする冒険者の方達を開けた窓から外に虫のように放り投げてくれるので…まあ、何とかなってます。

 それでもやっぱり嫌らしい目付きでウザ絡みしてくる方は一定数いるんですよね。だから、私はちょっと陰気ですけど迷宮探索者部門の方の受付嬢をやってるくらいなんですから。

 というか、そういった経緯からサブマスには尊敬と畏敬の念がありますが…カウンターには常に笑顔の受付嬢を最低でも一人は置いておかないと、という謎の多い考えには賛同しかねます。

 もういいじゃないんですかね? 日が暮れ出す時間になれば、冒険者ギルドの一階は基本酔っ払いの方達のゾーンでしょう。その内、また正面ラウンジと隣接してる酒場の方からベロベロによったオッサン共が用事も無いのに私の方に来ちゃうんですよ?

 はあ。これも全て、私の可愛さが罪だとでも言うの――。


 ギィィ――ガコン。


 私が隠れてカウンターの裏にしゃがみ込んでやろうかと考えていた辺りで、正面から玄関が開閉する音が聞こえてきました。

 ……ああ。仕事しなくちゃ。どうせ、私のとこにくるんだもんなあ。

 可哀想な私には後でチンカチンカに冷えたエールが必要です。勿論、大ジョッキで。

 ――よしっ! 切り替えろ仕事モードだ。


「いらっしゃいま…――」


 顔を上げた瞬間、いやその前から何か嫌な予感はあったんです。

 何故なら、先ほどまで煩いくらいだった酒場の方からのガヤガヤとしたいつもの騒ぎ声が聞こえないんです。いや、誰もが息を止めてしまったみたいに…耳が痛くなるくらい静か、なんです。


 ズルッ。ズーッ…。ズルッ。ズーッ…。


 ……さ、山賊が…私の目の前に山賊が居ます!? いや、現在進行形でにじり寄って来てるんですけど!?


 何か大きな袋を二つも引き摺ってコチラに来てます。

 え? 本当に何なんですか? 冒険者ギルドに山賊が単身乗り込んで来た?

 ま、まさか…やられたらやり返す…! 仇討ち!?

 えーと今日は、誰か賊討伐してきた冒険者の方いましたっけ? 最悪その冒険者さんの名前を教えて――いいえ、都合良くそこら辺で飲んでたらスパッと仇だけ討って野生に還ってくれるかも?

 ……アレ? そう言えば今朝の引き継ぎで何か賊討伐関連で聞いてたような。


 ――あ。街道…宿場町デニムと王都間でグレイム・スッカから奉公先であるこの王都のギルドに移動していた村の女の子が狙われて襲われた件だ…。


「……ここが冒険者、ギルド?」


「あ…あはぃっ! そ、そうへぃす!?」


 カウンターに辿り着いてしまった山賊さん(推定)が周囲をキョロキョロと伺いないがら私に普通に(いや寧ろ恫喝してくれた方がまだ怖くなかったけど…)話掛けてきたので私はビックリして裏返った声でそう答えてしまいました。

 そんな私に山賊さんがキョトンとした顔になったかと思うと物凄い皺を眉間に寄せて私を睨みました。

 ひぃ…こ、殺されちゃうぅ~…!

 というか間近で見れば見るほどに悪い目付きですぅ~。

 一週間は夢に出そうで漏らしそうなんですが…というかこの辺でも珍しい髪色の方ですね?

 私は最も色んな種族がごった返すリオンライラの出なんですが――初めて見る髪の色です。うーん…プルト人を先祖に持つ人はもっと透き通った金髪ですよねえ。

 って、そんな場合じゃないですよ! てかその恰好!? なんなんですか、その血がこれでもかと飛び散った痕は…現代アートか何かなのでしょうか? トータル装備も古典的な山賊ファッションとしては満点です。何でこんな人を王都に入れたんです? 今度ギルド経由で門衛にクレームを入れましょう。絶対です。


「アンタ……」


 ずいっと顔を近づけられました。こ…怖くて動けなぃ~!

 …あ! いつの間にかカウンターの両隣に居たはずの男共が事務所に避難してやがります! や、やろぉ~…! これだから北部のヘナチン共はっ!

 てか、飲んだくれてる冒険者の人達も助けて下さいよっ!? 泣く子も黙って窒息させる――とまでは言わないですけど普段から修羅場潜ってる冒険者でしょ!? 私も良い加減漏らしちゃいますよ!? 結構いい歳なんですよ!?


「もしかして、新人さん?」


「……へ? …あ。じ、実はそうでぇーすっ!? エヘッ! エヘヘへェ~!!」


 私はその時、プライドも何もかもかなぐり捨てて全力でのっかりましたとも。

 ……命が惜しい為とはいえ、嘘を吐いてしまったことを女神様にお詫びします。

 実は私、もう三十年以上ギルドで働いているベテラン受付嬢なんですよね。

 あの…ホラ、冒険者さんって基本回転早いじゃないですか? 意外とあっけなく死んじゃったりして。生き残るのも大抵酒場で飲んだくれてるオッサンみたいな方達ですし。私みたいに可愛くてちょっと外見が特殊・・だと。意外と経歴なんてすぐリセットできちゃうんですよ。

 え? 年齢偽称じゃないかって?

 ……別に私から年齢を一度も偽ったことなんてないんですけども。精々、訪ねて来た新人さんに『フフ…幾つに見えますぅ~?』って正解の無いクイズを一定期間でやるだけですよ。


「そうか、やっぱりな。俺はクラウス。サンドロックから来た」


「さ、さんどろっく…」


 ヤバイ。何がヤバイかって、知らないんですか?

 ブーマーとサンドロックの人を相手にする時は常に命を懸けなければならない。

 ギルドの人間、いや別にギルドだけに限った話じゃないですけど、字が書けるようになった子供が次に習うくらいの常識ですよ?

 すると彼は大きな袋を床に降ろした後に背嚢をゴソリとやって何やら丸められた羊皮紙を取り出しました。


「これをギルドに出せば後は色々と上手くやってくれると聞いてるんだが?」


 ……ちゃんと封蝋されている。しかも印璽に使われているのは…!

 ――角のある悪魔のような面に背後に片刃のエルフ刀剣。間違いなくあの・・ブーマー家の印象です。

 ああ…コミュニケーションが命懸けになるブーマーとサンドロックが揃ってしまいました。カードなら役満ってとこですかね? 悪い方の。


「で、では預からせて頂きます……あの? すいませんが少し外しても?」


 だが私的には大セーフです。コレでこの場から逃げられる。後は私がサブマスに助けを求める間に……暇潰しに冒険者でも好きに狩ってて貰いましょう。なあに、どうせこの時間から酒場に居座ってるのは三等級かその辺の方達です。いい歳こいて昇級も捨てた冒険者さんを失ってもギルド的にはそこまで痛手ではありませんから。


「ちょっと待った」


 ……まるで冥府へ誘う死の狩人に肩を掴まれた気分です。

 ああ、女神様御赦しを…確かにこのピエットはギルドに僅かばかりですが貢献して下さっている古参方を時間稼ぎに犠牲にしても厭わないと思っていました。改めます。どうか、命があるように…!


「序に換金を頼みたいんだが、いいか?」


「換金……そのお持ちになられた袋の中身の買い取りでしょうか」


 彼はそう言って床の袋を見た私に向って歯を剥いて威嚇してきました。

 まさか、世に言うスマイル・・・・を私に向けてしたわけじゃないですよね? 貴方のそれは完全に、命乞いする哀れな犠牲者にトドメを刺そうとする顔でしたよ? いい加減にして下さい。


「そうだ。まあ、綺麗な品ばかりじゃないんだが」


「あ。ちょっとここでは!専用のカウンターで査定を…」


 私は止めました(早く逃げたいから)が、彼は目付きが悪いだけじゃなく耳まで悪いのか、私の言葉を無視して大きな方の袋の中身をカウンターにぶちまけます。

 周囲に血と汗…それと獣脂にも似た酷い臭いが漂います。最悪です。


「魔法の杖が二本と片手剣が二本。それとローブに毛皮製の鎧と鎧下とズボンと服が幾つか…それと王都に来る途中で狩ったモンスターの素材なんだが…どうだ?」


「ケホケホッ…酷い臭いですね? それにどうと言われても……」


 というか私も一応は査定はできますが…専門はダンジョンのドロップアイテムなんですが。

 ――ふむ。剣は兎も角、炎属性と水属性…この魔石の填まったワンドとスタッフは価値がありますね。そこまで目の玉が飛び出るほどのものじゃないですが、それなりの値にはなります。防具と服はバッチ過ぎて買い取りなど論外ですが、ローブはなかなかの上物ですね? 内側にはベルト式のポーションスリンガーまで……まるで一端の魔法使いの装備です。多分やたらこの綺麗なブーツと一式でしょう。

 モンスター素材はダンジョン産じゃないんで、私には判定できません。専らハンター部門での取り扱いでしょうね。


「あくまでまだ甘い見積もりですが――この杖二本とローブとブーツなら直ぐにでも買い取りは可能ですね。魔石はそれなりに消耗が進んでいますので…一式で八万ギルダでいかがでしょうか? ただ、これはあくまで私の個人的な査定ですから市井の魔法道具店などに持ち込めば売値が多少は引き上がるかもしれません」


「ふうむ。いや結局はタダ・・で手に入れた品だし。ギルドならそう吹っ掛ける真似はしないだろうし、それでいいよ」


「ありがとうございます。では一旦、その品をコチラでお預かりします。あとはモンスター素材なんですが、そちらは別部門の管轄ですので…ハンター部門の素材専用カウンターへご案内を……」


 って、何普通に平常運転してんのよー! 私のバカー!?

 それにタダって何? こんなベッタリ血が付いてる時点でコイツが殺して剥ぎ取ったの確定してるんですよー!


「あっとスマン、まだあるんだ。ってなんだ新人だなんて言ってちゃんとしてるじゃないか。最後にコレ・・もここで査定できるか聞いてもいいか?」


「ま、まだあるんですか…?」


 彼は先ほどよりも歯を剥いて威嚇…いや、笑ってるんでしょうけど。せめてもっと普通の恰好でお願いします。


 …ん? 今度は別の袋を持ち上げて紐を緩めていますね。というか次はなんでしょうか? 外見からは何かゴロっとしたものが……メロン・・・でしょうか?

 いや買い取りはできますが…正直そんなものは商業ギルドに持っていって下さいって話で――って何でしょう寒気が…いや、冷気が袋から漏れていませんか?


「凍らせてあるから、痛んでない・・・・・はずだ」


「はぁ…みぎゅ――ッ!?」


 彼はここが朝のバザールと勘違いしてるのではないかと思わせるような気軽さでカウンターに四つのメロンを取り出してゴロゴロと私の目の前に並べ始めてしまいました。

 ……ちょっとちょっと? 一個完全に潰れてひしゃげてしまってるじゃないですか~。これじゃ売り物になんてなりませんよぉ? アハハッ!アハハハアハハ……。


 そうですコレはメロンなんです。きっと私が初めて見る品種ですね。彼の扱いが雑だったせいか、もう一個は何故か槍の穂先が貫通して飛び出してしまっています。コレも売れませんね。

 フフフ…。誰かそう言って下さい。そして女神様、私はこんな目に遭うほどの罪を犯した記憶はないんですが?


 だって、並べられたメロンにはが付いてるんですよぉ?


「…はぅ…かぅぁ……っ」


「……ミギュ? このどれかの名前・・なのか?」


 ――もう、我慢しなくていいですよね?

 私、今日は…今日もイッパイ頑張りましたもんね?


 私は力の限り絶叫を上げました。


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