Level 1.22 大型新人、襲来 その2



 紆余曲折もあって王都に無事到着を果たした俺は、前日に助けた獣人の女の子と別れ、王都東門の門番長とかいうゴツイ人に案内されて冒険者ギルドへと向かう。


 …………。

 なんだな、周囲からの視線を集めているような気がするが――俺が自意識過剰でないならば、やはり注目されているのは俺っぽいぞ?

 何故? やっぱ都会者には田舎者をパッと見分ける特殊能力が備わっているのだろうか。俺はただ、野盗共からの戦利品を積んだ荷車を牽いているだけなんだが…。


 まあ、確かに。俺も初王都で浮かれていたかもしれない。いや、というかさっきから目がアチコチに向いてしまって困るくらい王都は刺激的だった。

 先ず、夜なのに昼間と変わらないくらい明るい――いや、むしろ派手なくらいだ!

 …ま~た大袈裟に言っちゃって、と思うかもしれんがな? 一度でも良いから数日間、灯りが一切無い夜を過ごしてみればいいさ。きっと俺の気持ちが痛いほど解るだろう。この普段の生活環境と文明度のギャップが。


 確か王都ハーンの人口は六千近くだったか。……総人口数五十人程度のリバーサイド何個分だって話だろう。だからだろう、賑やかな夜の城下を往く人々は多種多様。獣人やハーフオークもチラホラ見掛けるし……街路から俺を伺ってんのはシーフ達か? やけに険呑な雰囲気してんなあ~。


 結局、人族が一番多いんだが、こうして改めて見ると――この王都やヘリオスの道中にあった比較的大きな街だとやっぱりシーフが多いなあ。サンドロックじゃあプウ老人と従者してるダナくらいだもんなあ。


 人族には血種ってのがあってノービス・シーフ・ウォーリア・メイジの四つがある。血液型に近い遺伝性が提唱されていて、ノービス>シーフ>ウォーリア>メイジの順で優先して発現する。この世界の医学・科学は魔法という奇跡によって非常に発展が遅れている都合上簡単には調べられないが、血液型みたいにノービス型・シーフ型・ウォーリア型・メイジ型があると思ってくれ。

 各人の遺伝はこれらが二つ組み合わさったものだ。例えば、NN・NC・NW・NMの組み合わせだと、俺のようなノービスと呼ばれる血種になる。見た目は普通ってのも語弊があるが、人間と同じだ。人族では最も多く、全体の七割以上はこのノービスだと聞いている。

 CC・CW・CMの組み合わせだと、肌が灰色でやや小柄になりがちになるシーフという血種が発現する。ノービスに次いで発現率が高く、人族全体の二割がこのシーフなんだと。身軽で敏捷性に優れる。

 WW・WMのどちらかの組み合わせでウォーリアという血種が発現する。赤みを帯びた肌に大柄な肉体と高い膂力を生まれ持つが、残念なことに人族全体の一割未満。しかも、信仰的なものもあるのか多くのウォーリア達はヴァリアーズ公国に集中するきらいがあるので意外なほど見掛けない。ただ、戦闘職に就く者が多いので冒険者ギルドのような施設がある場所にはそれなりの数が居る。

 最後にMMでのみ発現する血種がメイジというレアな血種。兎に角絶対数が少ないので百人に一人いるかいないかくらいだな。その能力も見た目も他の血種とはまた別物なので、当のメイジに会えたらその時にでもまた詳しく教えるとしよう。


「礼を言わせて欲しい」


 歩みを止める事無く、前を歩く大男が俺に向って声を掛ける。

 絶賛お上りさん中だった俺はまるで豆鉄砲を喰らったハト状態だった。


「ルバスの奴を王都に運んでくれるように御者に頼んだのは君なんだろう? ……あいつと俺は――おっと、失礼。私はな、同じグレイム・アルの出身なんだ。――実の弟みたいな関係だった……」


「…………」


 俺もまた夜の城下をギィギィと鳴く荷車を連れて黙って歩いた。


「あいつはまだ雑用から三等級になったばかりの駆け出しだった。王都近隣の仕事だって張り切ってやがってね。……俺は傭兵なんぞになるより、衛兵になれってずっと勧めてたんだが。ようやく世話になった村の者に恩を返せるって聞きやしなかった」


 そう言ってイサッカは溜め息を吐き、後ろ姿ではあるが何処か遠くを見やるようだった。


「君にさっき礼を言った獣人の娘…その村の娘達が王都に奉公に出るってんで、東門を飛び出して行った日が私は忘れられなくてね。――ああ、あの娘達は私の村から歩きで一日ほど北に離れたグレイム・スッカの出なんだよ」


「アル……スッカ……? ああ、古語・・か」


「その通り。私の村が第一の村で、あの娘達の村が第二……グレイム地方に十作られた開拓村だよ。まあ、もう半分はちっとも開拓が進まずに放棄されてしまっている。街道沿いのデニムや少し離れたカチュアの街に逃げてしまってな」


 王国・公国・共和国・教国・エルフランドの四ヵ国で使われているのは大陸共通語だ。だが、それが正しく多くの者に使われる前の時代――かの女帝大戦よりも前の時代には無数の小国大国が興りは滅びを繰り返す、人族・獣人・オークの三つ巴の乱世が長く続いていたらしい。現在は大戦時に崩国してしまったが、その時代で国として確固たる基盤を築いていたのは“プルト王朝”という現プルトドレイク領に存在していた人族の国家のみだったという。一説には古語はそのプルト人が用いていた言語を由来としているものらしいんだが、実際には未だに日常で使われていたりする。

 その代表的なものが古数字というものだ。1から5までの記号(数字)しかないので、6以降は5と組み合わせたものになる…それがアルスッカパロベ(または、デ)ベアルベスッカデラデパロ10デデ(5+5)といった具合だ。

 つまり、グレイムにまだ十番目の開拓村があればその村の名はグレイム・デデだろう。


 俺の頭の中でぼんやりとリバーサイドの記憶が蘇った。


 あれは俺がまだ十の頃だった。午前の剣と槍の訓練が終わり、俺が扱かれてるのを面白そうに見ていたリュカ(…まあ、単にシンベルの爺様に送り迎えされてたんだろうが)と幼馴染みのラムを連れて東村に向かう為に川に架かる低橋に向った時だった。


『お!クラウスじゃねーか! ちょっと手伝ってくれよ』

『ひぃ~ひぃ~』

『オイラ達じゃあ無理だろー』


 俺達は何故か川近くの岩に張り付いているトンチンカン三兄弟に出遭ってしまった。聞けば、午後から植林とハーブを植えるから邪魔なそれを退かせというミッションを押し付けられたとのことだった。

 …十やそこらのガキにやらせる仕事じゃあねえだろ。重労働刑かな?

 既に線の細いセバスチャンは過呼吸になって危ない顔色をしていた。


『やれやれだぜ…』


『おし!じゃあ四人で力を合わせてやるぞ! せーの…』


 仕方なく、俺は手伝ってやることにした。なんせ中身は三十過ぎのナイスガイだしな。多少はね?


『『アル……2のスッカ……3ぁんラーッ!!』』


 んぎぃいいいいいいい~~~!?


 ……駄目だ、持ち上がらん。ただブサイクになるだけだわ。

 ということで作戦を変更し、俺の魔法でどうにかすることに。俺は取り敢えず当時使えた<憤怒の炎フューリー>でカンカンに岩を焼いて熱した後で、冷やせば脆くなり、それを砕いて運べばいいんじゃね? と、自身の天才的な発想に酔いしれ特に注意することなく今度は<突風ブロアー>を使った途端――。


 バァゴォオオオオオン!!


『『ぎゃああああああああっ』』


 岩が内部から盛大に爆発しやがったので俺達は阿鼻叫喚とばかりに降り注ぐアツアツの石礫から逃げ回るハメになっちまった。テヘペロ。

 しかも、飛び散った燃え石が苗木やハーブの株の一部…いや半分近くをダメにしてしまったので俺は死ぬほど怒られた。勿論、俺をこんな悲惨な事故に巻き込んだ三兄弟にも責任は分散しといた。あの時はどうもスイマセンでした。


「イサッカ門番長!」


 誰かが目の前の大男を呼ぶ声で俺は我に返る。いかんな…ホームシックか?

 イサッカの名を大声で呼んでコチラに駆けて来たのは二人の兵士…衛兵ってヤツだろう。


「どうした」


「すいません。近くで乱闘騒ぎがありまして……どうにもメインで暴れているのは腕の立つ冒険者らしくて、近場の衛兵我々では対応仕切れず。申し訳ありませんが御助力願えませんか」


「仕方ないな…すまない。恩人である君をギルドまで送り届けたかったが……だが、実は冒険者ギルドはもう目と鼻の先の距離だ。このままメインストリートを進んで行けばギルド正面に着ける」


「いや、ここまで済まなかった。ありがとう」


 イサッカは俺に不敵な笑みを浮かべると離れたが、直ぐに引き返して懐から包んでいたものを取り出して俺に差し出してきた。


「…このナイフは――」


「ルバスのだ。十五になって王都に来たあいつに私が贈った品だが…良ければ貰ってやってくれないか」


 俺は数秒そのナイフを見つめた後、イサッカに頷き返してそれを受け取ることにした。イサッカは感慨深いように顔に皺を作って破顔すると、今度は振り返らずに城下の喧騒へと衛兵達と共に消えて行った。


 俺もそれを見送ると先を急いだ。


  *


「これが冒険者ギルドか…」


 十分ほど歩くと俺はとある大きな建物の前に着いた。見てくれは無骨なデパートって感じだなあ~。四階建てほどはある高さなので周囲の建物よりは明らかに突出している。

 さて…さっさと中に入りたいが、流石にこの荷車で上がり込むわけにはいかんよな? 俺は取り敢えず荷車を入口近くの路肩に停め、積んでいた全荷物を抱えるか引き摺るかしてギルドの入り口を潜ろうとした時だった。


「おう、兄さん。随分と大荷物じゃないか――手伝おうかい?」


 声を掛けて来たのは入り口付近でたむろしていたシーフの集団だった。…なかなかのガラの悪さだ。


「いや、残念ながら手間賃を払うほど余裕がない」


「……フン。なら、あの荷車は? 返して来てやろうか」


 俺がチラリと振り向けば既に若いシーフの男女らしき二人組が荷車に乗り込んでコチラに嫌らしく手を振ってくる。ガラ悪っ。

 ……ううむ。今は両手が塞がってるんだがな。


「随分と親切・・なんだな?」


「ははっ。そりゃあ王都のシーフはみーんな親切だぜい?」


「そうか…丁度、俺も何処に返していいか判らんかったからな」


 俺がそう言って荷車に向って顎をしゃくると、話しかけてきたシーフの男が噴き出した。


「ぷっ! 変わった奴だな、あんた? まあ、王都は人が多い分何かと物騒・・だし、人手も足りない・・・・・・・。兄さんも気を付けるこった。俺達はいつでも味方になってやるぜ。それもギルダ次第だが――今夜は初回サービスってことにしてやるよ。……おっと、ようこそ。王都へ」


 そうニヤリと笑いながらホテルのドアマンのようにギルドの正面扉を芝居掛かった仕草で開けると、そのシーフ男は手をヒラヒラと降って路地裏へと消えていった。


「おい……あ…。やられた…」


 俺が路肩を見ると既に荷車は無くなっていた。


 リュカ、親父、お袋……都会は怖いところです。早くリバーサイドに帰りたいよ。


 

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