Level 1.21* 大型新人、襲来 その1

(※Level ~*=三人称視点です。)


 過去の女帝大戦の最終局面にも記される、かつてルビーの台地と呼ばれていた地に築かれたオークブラッド王国の象徴にして、中枢たる王都がハーン。

 そのヘリオス領へと伸びるグレイム地方方面への街道と王都を隔てる城壁に設けられた王都東門。黄昏時に入ると共に内外へとの人の出入りが緩やかになり、その門衛達は今日もまた平和だったと女神に感謝しつつ、早く交代の夜勤組が来ないものかと生欠伸あくびを噛み殺しながら待ち侘びていた。

 彼らにはまだ交代する者への引き継ぎと、定時にこの東の大門を閉めるという最後の大仕事が残っている。


「さあて、今日は久し振りに花街にでも行くとするかな」


「はぁん。独り者は気楽でいいねぇ。またシーフ女に財布をられんなよ」


 そんな気の抜けたやり取りを彼らがしていた時だった。


「――おい。前方から武装した男。単独。荷をいてるが……人が乗ってるかもしれん。寝かされてるな、負傷者か…もしくは死体か…」


 手にする長槍を杖代わりにしていた者達に門上の物見から声が掛かる。

 既に本日の仕事は終わったとばかりに気を抜いていた連中が嫌々と姿勢を正す。

 薄給とはいえ、この世界において一応は公務員クラスの職に就く彼らにとって、下手に不真面目な態度で接するとクレームを入れられたりして後が怖いものなのだ。


 やがて、薄暗さが増してくる街道から一人の男が片輪がひび割れたボロの荷車に何やら大荷物を載せて門に近付いてくる。

 門衛の一人が定型通り「そこで止まれ」と声を掛けるとその男は素直に荷車を停めた。


「……何者だ?」


 暫しその男の姿を眺め、そっと槍を構え直した門衛がそう言った。

 これは定型外の問い掛けだろう。その顔には緊張感からか嫌な汗が伝う。

 本来なら“随分とゆっくり来たもんだな。だが、幸運なことにまだ門は閉まってない。ようこそ王都へ”と、担当の調子が良いならこんな感じだろう。


 だが、その男――門の左右の焚火台に照らされ姿が明確になると、皆がギョっとしてしまったのだ。


 この辺では見慣れない金褐色の髪、顔の端には泥が付き、門衛達を睨むその両の目はまるで人殺しのように鋭かった。その極端な目つきさえ何とかなればそこそこ良い面構えだろうに、惜しい。

 そして、その装備。腰には鋼鉄製であろう真上から見るとアスタリスクのように放射した出縁形の鎚矛メイスを吊っており、左腕には中心とその周囲にスパイクのあるラウンドシールド。身に着けている如何にも無骨な金属板プレート鋲打ちリベットで魔改造されている革鎧バンデット・メイル。ズボンの上には毛皮をグルリと巻いている。

 しかも、そのどれにも夥しい黒ずんだ血痕が付着しているのだ。


 本人には甚だ不本意だろうが、どう見てもかっぱらったブツを荷車で運んで来た山賊(しかも強い。山賊長クラス)にしか見えない。


 だが、そんな山賊然とした者こそ――まあ、もう御分かりだろうがこの物語の主人公たるクラウスであった。

 クラウスの予定では到着は夜だった。門は閉まっているだろうが、賞金首ディンゴを出しに王都に入れて貰えないか交渉する腹積もりであったようだ。

 だが、王都に近付くにつれ街道の舗装は完全な石畳が敷かれたものになり、それなりに移動が捗った結果…こうして閉門前に間に合ってしまったのである。いや、どちらにしろ結果は変わらなかったかもしれないが。


「俺はサンドロックから来た者だ。冒険者ギルドに用事があるんだ」


「……サンドロックだって? あんな場所に本当に人が住んでるのか!」


 若い門衛が驚いたように声を上げる。が、その声にクラウスの眉間に皺が寄る。

 それを見た若い門衛の顔が見る見るうちに青くなった。


「ば、馬鹿っ! 王国南部の東出身には口の利き方を気をつけろとアレほど言っただろうが!? お前は早く門番長を呼んでこい! ひと揉めするかもしれん…」


 ベテランにどやされた門衛が逃げるように門の中へと駆け出して行った。

 王都には王国内外から多くの者が集まるのだが、その中でも特にブーマーとサンドロックの出身は血の気が多く執念めいた郷土愛と強い仲間意識があるので、ディスられたと認識されそうな言葉遣いには注意するよう徹底されていたのである。

 これだけでブーマー並びサンドロックが領外の民草からどう思われているのか計れ知れそうなものである。


「しかし、その恰好はどうにかならないものか…?」


「恰好…? あっ…」


 クラウスは怪訝な表情を浮かべるも、自分の姿を検め顔を覆った。


「すまない…汚れ落としの草と砂で多少は落としたつもりだったんだが…。いや、昼過ぎに腹が減ったんでモンスターを狩って喰った時の返り血か」


「……モンスターを狩って喰う・・?」


 クラウスが恥ずかしそうに(門衛達には獰猛な笑みに見えるだろうが)指差すメイスの先端から未だ滴る血の雫を見て門衛達が恐れおののく。


「いや、それは良い…良くはないかもしれんが今は置いといて、後ろの荷車には誰か乗ってるようだが?」


「ああそうだった。王都の途中にある宿場町…確かデニムだったか? そこを過ぎた辺りで野盗と出くわしてな。後ろに積んでるのは賞金首らしいんだ。“早撃ち”だとかいう。引き渡したいんだが、構わないか?」


「な!? “早撃ち”だとっ!?」


 慌てて数人の門衛がクラウスが牽いてきた荷車に群がる。そこには不機嫌そうな長髪の半裸男が縛られて積み込まれていた。


「コイツは!? あの冒険者くずれのディンゴで間違いないぞ! おい!急いでギルドに連絡しろ!」


 ドタバタと門衛達が大声を上げながら駆け回るのを見てクラウスは「やっと着いたな」と息を吐いた。


   *


「東門の門番長のイサッカだ。君の事は昨日ギルド伝手に報告を受けている」


「なるほど」


 クラウスは門前での多少の騒ぎはあったものの、無事に王都ハーンの城壁の中へと達していた。まあ、まだ門を潜った先にある門衛の詰め所前であったが。


 クラウスの前に立つのは軽く頭二つは背の高い巨漢であった。頭部以外は全身鎧を纏っていたが、内なる膨れ上がった筋肉に押し上げられるような錯覚を覚えるほどのプレッシャーを感じさせる。

 クラウスはその笑みを浮かべる男を見ながら冷静に――強いな、と確信していた。


 門番とは門衛とは異なり、古き時代には守護者と言われた王国に士官する完全な戦闘職である。門番に就く基準もかなり高く、ギルドでレベル10以上と認定されなければ先ず認められることはない精鋭だ。そして、その王都三方の大門の一つ。最も交通量の多い東門を任されるイサッカという男こそ王国最強の門番であった。


「今回は大義だったな。詳細はまだ何とも言えないが、それなりの額が君に支払われるだろう……ああと、それと…」


「えーと…君は――」


「あ、危ないところを助けて頂いて…ありがとうございましたっ!」


 大男の横で頭を下げる獣人の娘の姿があった。クラウスが乱暴され掛けていたところを救った少女である。


「ここへ来る前にギルドへ寄った時にその…捕まってしまってな? 何やら君に一言礼が言いたかったそうだ」


「そうかい。……ところであのの容体はどうだい?」


「はい! …あ、いえ。タージの怪我は奉公先だったギルドの方が治療費を出して下さったので、今は教会の治療院に入院してます。傷はもう大丈夫なんですが、その……」


 暗い表情で俯く彼女の様子でクラウスは察して頷き、それ以上は聞かなかった。

 野盗達にあのような乱暴を受けて精神的な傷を負ってしまったのだろう。クラウスはただ彼女の回復を祈る事しかできなかった。


「引っ立てぃ!」


 その声にクラウス達が振り向くと衛兵とその隊長らしき人物達が門衛詰め所から手枷と鎖で拘束されたディンゴを連行するところだった。


「……おい」


 だが、不意にディンゴが足を止めて振り返る。その視線の先にはクラウスではなく、獣人の少女が居る。少女は蘇ってしまった恐怖からか咄嗟にクラウスの後ろに隠れて震える。


「お前ら…村に帰る気なら、暫く戻るな――これから暫くグレイムは荒れるぞ」


「…っ! どういう意味だ?」


「……あばよ」


 ディンゴはイサッカの問い掛けを無視して、最後にクラウスをチラリと見た後に再び歩き始め――二度と振り向く事は無かった。


 顎を撫でながら思案顔になったイサッカが少女を見やる。


「奴の言葉、気に掛かるが…今はどうしようもない、か。取り調べで明らかになればいいが。君は野盗に襲われて奉公どころじゃなくなったんだろう。村に戻るのか?」


「い、いえ。私は暫く昼間はギルドの酒場で働かせて貰うことになりました。夜はタージの傍にいてあげたいので教会の宿坊でお世話になることになりました。他の二人は村に戻る事になりそうですが――それも恐らく半年後くらいになるかもですね」


「そうか、間も無く雪で街道もマトモに使えなくなるからな。…さて、クラウスとやら。君が持っていた冒険者ギルドの書状もコチラで検めさせて貰えたし、これから私が冒険者ギルドへと案内しようと思うが――どうかな?」


「是非も無いな。頼む」


 クラウスは荷車を牽いて前を歩くイサッカに続く。そして、振り向かずに少女に向って軽く手を振る。


「…達者でな」


「あ――…私、セラドナアルタって言います! あの…昼間はギルドの一階で働いてますから……また――」


 必死に獣人の少女が目を潤ませながら言葉を紡ぐが…“また会ってほしい”の一言が言えないでいた。


「そういやギルドで働くって言ってたか。……じゃあまたな、セラ・・


 そのクラウスの言葉に彼女の身体中の体毛が頭から尾の先までブワリと膨らんで逆立った。軽くパニック状態になった彼女が顔を押さえてしゃがみ込んでしまう。

 だが、既にその場を離れ始めていたクラウスは気付く素振りも無い。そんなクラウスを若干ジト目で見やる最強の門番イサッカ。


「…どうかしたか?」


「いや。……南部の男は女の扱いに長けるとか眉唾な話を聞いてはいたが。どうやら満更でもないと思えてね」


 ニヤリと笑って前を向いたイサッカの言葉の意味が解らずクラウスは首を傾げた。

 

 王国北部と南部での文化の違いは多々ある。例えば、モンスターを食肉とするかどうかの違いから、挨拶やケチの付け方に至るまで様々なのだが――ここでは、女性の名前について少し補足しておくとしよう。

 王国の女性の名前は特徴的でやけに複雑な名や長い名前が付けられることが多い。その理由は多岐に渡るが、多くは魔除けや先祖伝来の由縁に元を発するものなどに倣って名付けされる。だが、その名を呼ぶに関して明確な違いがある。端的に言うと名前を端折って呼ぶ行為などに南部では特に意味は無いのだが、北部では少し違う。基本は同性以外(父親も含む)からはフルネーム(家名までではない)で呼ぶのがマナーであり、端折れるのは夫くらいなのである。

 つまり、先ほどクラウスが自分の村の女達を呼ぶノリでやってしまうとそれは強い親愛や求愛を意味する言動としてしばしば受け取られてしまうのである。


 まあ、件の当人らに齟齬があったのは確かだが。クラウスが可憐な生娘であるセラドナアルタの心を射止めてしまった可能性は大いに高いと思われる…。


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