Level 1.4* 嗚呼、望郷のサンドロック

(※Level ~*=三人称視点です。)


 早朝の王都某日。クラウスが冒険者ギルド本部の訓練場にて爆破テロを起こしたと吊し上げを受けそうになっていた頃――一方、クラウスが去った後のサンドロック男爵領にて。


「んしょ…んしょ…っ」


 クラウスの最愛の存在にして、ここサンドロック男爵領が当主カトゥラス・ハスタ・サンドロックの三女――リュカナータ・サンドロックが一抱えの植木鉢を抱えながら生家である領主館の玄関扉を蹴り開けて外に出ていた。


 彼女のお腹はクラウスが王都ハーンへと旅立った時よりも更に大きく膨れ、クラウスとリュカの子は問題なく順調に自身が生れ出る日を待ち望んでいる。


「ああああっ!? リュカ様なにやってんですかぁああ!!」


「そんな重たいもの持っちゃダメっしょ~? リュカちゃん、気を付けないと」


「むぅ…コレくらい平気だよ?」


 慌ててリュカの後を追って駆けつけるは二人の女性従者である。どちらもリュカが幼い頃から共にいる者達であった。

 相変わらず斥候職の割に息が上がり易いダナは、彼女のことを内心妹のように思っている。それに対してもう一方のリュカよりも数段濃いチョコレート色の肌を持つ女傑マンデリーンは、生まれた当時から知る彼女を実の娘のように思い、仕える男爵家の娘という立場以上に大切にしている。故に、幾ら辺境貴族とはいえ男爵令嬢であるリュカをちゃん付けで日常的に呼ぶ暴挙が領内では許されていたのだ。

 ダナとマンデリーンは出産を控えるリュカが領主館に戻った際に身の回りの世話をするようにカトゥラスから言いつけられていた。

 特に外様からの雇用が多い従者達の中でマンデリーンは数少ないサンドロック領民からの士官であり、尚且つ、三児の母でもある為リュカの安否を察するには適切な人材でもあった。

 因みにだが、従者と従士という言葉は同じ貴族や平民(※ここでは自由民。つまりどの領とも縁が切れている、もしくは自主出奔。放逐されたかの意)の子弟が、有力者に奉仕する代償に衣食住の面倒を見て貰う制度を指す。従者と従士の違いは信頼度や立場などによってこの世界では主に使い分けられていると思われる。例えば、従士とその家族は仕える貴族家の領民として庇護下に置かれる上に永住権を持ち、男性従士の多くは家名(ただし、仕える家から離反すれば名乗ることは基本許されない)を与えられるか、自身で名乗ることも許される。

 マンデリーンもまた女性の身でありながらかの“鉄剣”にも劣らぬ魔法戦士としての腕を評され家名、ホズビーンを与えられていた。


「よいしょ」


「ああっ。リュカ様、重いものは私とマンデ姐さんで運びますからぁ…」


 リュカが大きくなった腹部を屈めて手にしていた植木鉢をフンスっと地面に置く。そこへ眉を八の字にしたシーフ従者が慌てて駆け寄って手伝う。その様子を見てマンデリーンがお決まりといったていで息を吐くのであった。

 ここ最近はダナの過保護に更に拍車が掛かってきている。主な原因はここ数年遠征で触れ合えていなかった大好きなリュカの側仕えとしてべったりと宛がわれた事と、そのダナの夫である同じくサンドロック従者のブロンソンがサンドロックを離れているカトゥラスに付いていってしまったことだろう。


「マメにこうやって外で陽に当ててあげないとね。…このお花はクラウスが僕の十四になったお祝いにって。態々、あの危ない東の山脈ツェから採ってきてくれたんだよ? 大切にすれば一年中、しかも何年も咲いていられるんだってさ」


「あ~…クラウスがあの氷の貴婦人から逃げ回って採ってきたっていう?」


「パーフェクトブルー…一部の上級アンデッドの近くでしか自生しない魔法植物だ。普通・・はとんでもない貴重品のはずだから、少なくとも市場に出せば宝石がジャラジャラ付いた金の首飾りの三つや四つは買えるかも」


「……えっ。姐さんそれマジですか?」


「多分な? まあウチもだいぶ前にガープ様から聞いただけ、だけど。はぁ~こんな代物を平気で手に入れて来るとかホント甲斐性の塊だな。できれば、ウチの娘共の旦那になって欲しかった――あ。いや、失礼しました。許してリュカちゃん?」


 リュカからジト目を受けて苦笑いするダナとマンデリーン。

 そんな折に「今日はここまで!」と直ぐ近く、と言うか領主館の隣にある訓練場から野太い声が響いてくると、そこから汗と熱気を纏った青年と老丈夫がリュカ達の元へと近づいてくる。


「おやっ!これはリュカ様ではないですか! おはようございますですぞっ!」


「おはようシンベル。今日も夜明け前からやってたの? それと……」


 いつもの鎧にギュウギュウに詰め込んでいた筋肉を解放した湯気シンベルが嬉しそうにリュカに朝の挨拶をお見舞いした。その後ろからどこかソワソワした様子の青年が躊躇いがちに口を開く。


「あ、あの…おはよう……ございます…リュカ、様……」


「なんだいダンカン? そんなに畏まちゃってさ。普通にリュカって呼んでよぉ~?」


「いや…オイラにはその、ちょっと……」


 リュカ・ファンクラブ会員永久欠番であるシンベルの前でそのような口の訊き方などすればどつかれる事必至。しかも、近くにいる同じくファンクラブ会員であるダナとマンデリーンに追加でしばかれる可能性高しでは普段のポーカーフェイス振りを誇るダンカンであれども顔色を悪くするのは当然であった。先程まで朝稽古で流した量以上の嫌な汗がダンカンの全身から迸っている。


「おお~い!」


 そこへ天の助けとばかりに声が掛かり、リバーサイドの方から三人ほどの男女が手を振ってやってくる。四者から凝視を浴びせかけられていた可哀想なダンカンもホッと胸を撫で下ろす。

 その三人もまたリュカには見慣れ親しんだ仲の同年代の者達。

 クラウス命名のトンチンカン三兄弟の残り二人のガストンとセバスチャン。そしてリバーサイドの村娘ラムことラムルサルカであった。

 最愛のクラウスがサンドロックを離れたことでリュカの身を案じた仲間達がこうして領主館へと様子見に来てくれるのである。


「ガス!セバス!ラム! おっはよぉ~!」


 リュカも嬉しさを隠すことなく手を振り返し、それを見たシンベル達もまた目に見えて表情を和らげた。

 そして、この普段からクラウスとリュカと頻繁に交流があった者達にも変化が訪れていたのであった。

 先ず、リュカ達の前に辿り着いたガストンとラムが腕を組んで・・・・・幸せそうにニコニコしている件。

 実はクラウスがサンドロックから出立する前日、そのクラウスから発破をかけられたガストンは前から恋心を寄せていたラムに愛の告白プロポーズをして――ものの見事に玉砕した。

 だが、それがラムの気を惹く切っ掛けになったのか…。傷心の末にサンドロックから出奔しようと旅支度をしていたガストンを見た彼女は呆れた。

 呆れかえって、『…クラウスは無理そうリュカにぞっこんだし……もうガストンコイツでいいか』と呟くとガストンの手を引いて何処かへ連れ去ると――翌日にはバカップルになっていた。


「いやあ、実は俺の・・ラムが肉のパイ包みを焼いてくれたんだ。それで早い内に食べて貰うって、な?」


「うん!そうなの。というか聞いて、聞いて! ガスったら昨日、はぐれたリーチ・リザードを一人で狩って帰ってきたんだからぁ~」


「すごぉ~い!?」


「へへっ…よせやい…」


 その件の肉のパイとやらが入ったバスケットを一向に手渡すことなく、皆の前でイチャイチャし出す二人。それを見て砂糖を吐きそうになる面々。

 しかし、たははっと苦笑するリュカがその光景を見てはたと気付いた。


「……ねえ、ダナ」


「なんでしょうか?」


「僕とクラウスもこう・・だった?」


 周りを気にせず自分達だけの世界に浸る二人以外、暫し首を傾げたが…。


「まあ、ぶっちゃけそうですね」


「特にリュカちゃんがリバーサイドで同棲し出した頃はこのガス&ラム以上だったかな~。正直、胸焼けしそうになったもんね?」


「ちょ、ちょっと…姐さん。言い過ぎですって…」


「いや、ホズビーンの言う通りですぞ! 今後はサンドロックを背負うお立場なのですからな。せめて屋外だけでも節操を保って欲しいものですな!」


「うぐっ…」


 思い当たる節があるのか、それともあり過ぎるのか。リュカは顔を赤らめて顔を押さえる。


「何がガス一人でだよ? よく言うよ…僕に散々魔法使わせて、弱らせたからトドメが刺せたんじゃないか……(ブツブツ)」


「セバス? …って相変わらずだねぇ」


 バカップルの隣で自作の杖(クラウスから貰った水の魔石を先端に嵌めただけの実質、単なる木の棒)に寄り掛かるボロボロになったセバスチャンの姿があった。

 その無残な姿はモンスターと戦ったからではない。ある意味、モンスターよりも恐ろしいもの達からの襲撃を受けた為である。


「なんだセバス。その恰好は?」


「げっ。母さん居たのか…」


「ウチは従士だ。居て当然だろっ」


 セバスチャン・ホズビーン。セバスとその兄弟は、リバーサイドでは唯一の家名持ちであり、そしてセバスは目の前で呆れているマンデリーンの実の息子であった。

 正しくはセバスとその下の二人の妹達。そして、彼の父親であるシエルもホズビーンの家名を名乗るのを許されている。そもそも、そのセバスの実父シエルもまたサンドロックの元従者であった。だが、シエルは主に内政や外交などの働きを期待して向い入れた険しき辺境サンドロックに似つかわしくないほど線の細い貧弱な男であった。真面目に領内外で働くも直ぐに体調を崩す為、泣く泣く従者から退いた事を機に身を固めたのだが、そこで問題が起きた。

 シエルは当時のサンドロックでは余りにも美青年だった。故に結婚適齢期の女達は争い、血で血を洗うような凄惨たる死闘の末に三人の女が残った。その一人がかくいうサンドロックの女傑マンデリーン・ホズビーンである。

 しかし、心優しいシエルはもうこれ以上自分の為に争うならサンドロックから出て行くと公言した為、三人は無言で即座に結託するとシエルをリバーサイドの一軒(現在のセバスん家)に軟禁して手籠めにしてしまったのである(※この異世界においても普通に犯罪である)。そして初めに生まれた男児がこのセバスチャンであった。


「……まあなんだ。俺とラムがこうした関係になったのに当てられたのか」


「村の女の子が最近その…ね?」


「「なるほど」」


「なんで皆して当然のように納得するんだッ!?」


 どうやら、ガストンとラムが良い仲になったのを見て相手に焦った村の結婚適齢期(推定)の女達がセバスチャンに夜這いだけでなく白昼堂々、昼這いに至るまでの攻勢を見せているようである。


「流石はウチとシエルの子だ。まあ、アンタは無駄に顔が良い所も。腕っぷしが女よりも弱くて都合が良い・・・・・とこもシエル似だし…なんだろ? その色々ともう、諦めな? なに、シエルだってウチ達三人の相手ができるんだ。シエルよりは線が太いアンタなら……六人くらいなら、なんとかなる、かも?」


「嫌だあっ!? 僕は父さんみたいな人生を送りたくなあぁ~~い!!」


 セバスの悲鳴が領主館前にて朝の空に響く。その痛々しい様を黙ってサンドロックの男達は憐みの目で見やった。


「ふむ…? 相手と言えば、ダンカン。お前ももう十五だ。そういった相手はいないのか?」


 その何気ないシンベルの一声に場が凍り付く。


「思えば、ここ最近。クラウスめが不在だからと、毎日・・領主村の周囲を見回ってくれたり、儂やホズビーン達が離れてる間はリュカ様を守ってくれとるのは感謝に耐えんがなぁ…」


「…………」


「ダンカン? どうしたの…?」


 リュカが心配して声を掛ける。

 だが、ダンカンは何も言わずに黙るばかりである。先程まで自身の先行きを呪い地面の上で転げ回っていたセバスですらこの場の雰囲気に焦った様子を見せる。


「まさかとは思うがのダンカン。お前はまだ自分が余所者・・・だと思って遠慮しているわけではなかろうな? ならば、儂の遠縁――旧ドルツから良さげな娘を連れてきても良いのだぞ?」


 その言葉に動揺したようにダンカンが一瞬、リュカの顔を見やる。透き通った金髪に深紅の瞳が大きく揺らぐが……直ぐに伏せられる。


「へっ…へへっ! 嫌だなあ、シンベル様? オイラみたいな半人前にはまだ早いですよ。そうだ…オイラ、見回りに行ってきます……」


 そう言うや否やダンカンは駆け出してしまう。


「あっ…ダンカン!」


「……ったく。お~いっ! ダンカぁ~ン!! 後でちゃんと俺の家に来いよぉ~! お前の分ちゃんとラムに焼いて貰って待ってるからなあ~!」


 振り向く事無く去って行った彼に、苦い顔をする兄貴分のガストンの声がちゃんと届いたかどうかは判らなかった。


「……従士長。そりゃないでしょ?」


「ん?」


「ないわ~。いや、シンベル様には人の心ってもんが無いのかも。脳味噌だけじゃなく、心まで筋肉なんじゃないの?」


「な!? ホズビーンまで……心まで筋肉…(アレ? 儂、褒められとる?)」


 極寒の視線を浴びせるダナ&マンデリーン&ラムからシッシッと手を振られて遠ざけられるシンベルは既に涙目になっていた。


 リュカは複雑な気持ちで足元の鉢植えで美しく咲く花にポツリ語り掛ける。


「……早く…君に会いたいな。…クラウス……」


 だが、そんな彼女の願いは思ったよりも早く叶えられることになるのだが。それはまた後の話にて明かすとしよう…。


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