Level 1.33* 適性検査 その3

(※Level ~*=三人称視点です。)


「――がふぁ…ッ!?」


 その日、オークブラッド王国が王都ハーン所属の冒険者。それなりに王都では名の通った男…銀等級傭兵のリー(32)ですら、自身に一瞬何が起こったのか理解できなかった。


 一瞬の動転の後に、自分が現在ボンヤリと見やる光景を何かと考える。

 雲一つない。憎たらしいほど晴れ渡った冬の青空である。視界の端々に踊るように浮遊する赤い雫はどうやら血のようだが…その刹那的な体験の中でだけはキラキラと光り、とても幻想的だとリーには思えたかもしれない。


 だが、解らないのだ。それでも自分の身に何が起きたのか、が。


 これでも剣の腕だけなら自分は王都では十本の指に――は難しいかもしれないが、いやいや、それでも足の指の中にならば喰い込めているはずだと心の中で豪語する。


 しかし、現実は無情。幸せな浮遊感を失った彼はドチャリと先日振った小雨かみぞれ雪で程良くぬかるんだ地面へと仰向けで墜落する。


 地面と一体感を改めて感じるリーの視界に彼を覗き込む呆れた表情の大きな女と冒険者になってから何かと腐れ縁なメイジの女が顔をひょっこりと出した。


「油断しやがって…なさけねぇ」


「アララ? 盛大に鼻血ブーしてるじゃない。折角の男前・・が台無しね……ププッ…」


(クソッタレ。ジャッキーのヤロー、後で覚えてやがれ。……それにしても、コイツ。一体何者だっ…て…んだ……)


 徐々に意識が遠のき瞼が下りる最中、最後にリーを覗き込む金褐色の髪の若い男の顔が映る。その目付きは相変わらず百人斬りを余裕で達成しているほどケンがあったが、その表情はどこか困惑しており、彼の身を案じているかのように見えた。


   *


「おい、クラウス。あんま良くねえぞ? そういうのはよぉ…」


「えっ」


 ギルドの二階サイズである女巨人サンダーバーバラがジロリと模範試合の勝者であるクラウスを見やる。

 だが、当のクラウスは困惑するだけだった。

 決着は一瞬で決まった。闘技・蛇撃スネークを繰り出し、クラウスを防戦一方に追いやったと勝利を俄かに確信してしまったリー。だが、あえなく本気・・を出したクラウスに急接近された上に、仕舞いに盛大な頭突き・・・を喰らってノックアウトさせられたというのが事の顛末であった。


「何で最初から身体強化を使わなかった? いくら、お前が相手を油断させて不意打ちを得意とする戦法だからってよぉ…ちっくとフェアじゃあねえだろぉ?」


「いやだって、魔法は禁止・・・・・だって言ったじゃないですか? だのに、このオッサ…リー、さんが普通に使うもんだから……」


「あー…なるほど。君は随分魔法に詳しいのね?」


 サンダーバーバラの言葉はクラウスにとって心外であった。別に身体強化――もとい“闘気法”が使えることを隠していたわけではない。寧ろ普段使いしている必須スキルだった。

 因みに、他領よりも格段に強いモンスターに生活を脅かせられているクラウスの故郷であるサンドロックでの領民は普通にこの闘気法を扱える。というか、使い熟せなければ狩りも村を守ることもままならないのだ。でなければ何処に棍棒や弱い細槍と木の弓矢、布の服程度の装備でモンスターに嬉々として戦える戦闘民族がいるというのか? まあ、実際にサンドロックという王国辺境には存在するのだが…。

 多少の得意不得手はあれど、少なくともリバーサイドの男は成人する前には闘気法を使えるように実戦形式・・・・で訓練する習わしだった。


 しかし、何故それを使わなかったのか? それはこの闘気法自体がその属性の魔石が存在していない強化属性の流用……即ち、クラウスにとっては魔石を必要とはしない魔法・・だったのである。

 因みに、不満げに発したクラウスの声に賛同したのは同じく魔法に長けたジャッキーというメイジの女が、この闘気法自体が強化属性の魔法であると知っていた為である。だが、意外にもこの事実を知る者は戦士・魔法使い共に極端に少なかった。例外は魔法大学など一部の特別な教育を受けた者達くらいかもしれない。そもそも職業戦士は魔法全般に疎く。魔法使いは基本後衛職であり、適性に含まれない強化属性と触れ合う機会も補助魔法使い以外は門外漢に等しかった。


「……あ~なるほど? コレはぁ…オレが悪ぃか、すまんかった。オレ達は魔法=魔石を使うもの、って頭にこびりついちまってよぉ」


「確かに、能力アップ・ダウン系の補助魔法でも属性ありきと一般には擦り込まれちゃってますからね…」


 バツの悪い顔をしたサンダーバーバラをメイジの女が肩を竦めて首を軽く振って見せた。どうやらクラウスへの誤解は解けたようである。


 ただ、クラウスはそれでもまだ不満が残っていた。いわゆる上司からの縛りプレイ“殺すの禁止”である。彼は大いに動揺した。彼にとって戦いとは常に命のやり取りであった故にである。分かり易く言えば、手加減の仕方を知らないし、教わらなかったのだ。

 クラウスは基本トドメしか刺さない。これだけ言うと何と残酷な人間なのかと思うかもしれないが、大怪我を負わせて無駄に苦しめる方がより残酷な仕打ちとなることをクラウスは実体験を通して嫌というほど学んで来た結果なのである。故に基本は鈍器による殴打で頭部を完全に破壊するのが攻撃の基礎となってしまっている。だのに、それを禁じられると非常にやりにくかった。ある意味、魔法を禁じられているよりもずっとだ。故に迷った末に身体強化してリーの繰り出す蛇撃スネークを敢えて受けながら突進し、顔面にヘッドバットを見舞ったのだ。


「ま。方法はどうあれ戦闘技能面はクリアでいいかなぁ。さ、次は魔法を試すぞ~」


「あ、あの…リーさんは? 介抱した方がいいんじゃ?」


 建前上、こんな姿にしてしまったクラウスがそう案じるも、「いいってこと。あー邪魔くせぇーな」と片手をパタパタとやって女巨人に足先で蹴られながら訓練場の隅まで転がされ、「そのうちケロっと目を覚ますわよ~」とメイジの女にぞんざいに扱われるリーを見て、クラウスは何とも哀れな気持ちになってしまった。

 …これが彼が一時は憧れた冒険者の姿なのか、と。


「さあて、そんじゃジャッキー、頼むぜぇ」


「はいはい…。改めてはじめまして、クラウス。私はジャック=オブ=ランターン・マンドレイク。ジャッキーで良いわよ? 一応、マンドレイク家の養子になってるけど……私自体は普通にノービスの両親から生まれた平民の出だから…畏まらないでね?」


 マンドレイク家と言われてもクラウスには初耳だったが、敢えてクラウスは黙って頷くことにした。きっと下手に聞いても頭がこんがらがる、そう考えたのやもしれない。


「今は魔法大学で臨時講師してるわ。だから、元上等級ハンターね。時間が無くてあまり深入りできなかったけど、迷宮探索者では中等級だったわ」


「部門で等級が違う?」


「おうともよぉ! それが適材適所ってヤツだ。なあ? 考え直せって。人間、何に向いてるかなんてやってみなきゃ判らねぇんだって」


 ここぞとばかり水を向けるどころか浴びせ掛ける勢いのサンダーバーバラだったがクラウスは塩対応であった。


「半冒険者で、半分は魔法大学に通ってたから。極めようと思えば迷宮探索者だって上級いけたかもしれないわよ? あそこで幸せそうに転がってるハンサム・・・・さんとは違ってね!」


「いや、お前の水魔法は良いが…もう一つ・・・・の方は狭いダンジョン内だと単なる自滅魔法になるから――中等級で打ち止めだったんだぞぉ? ああ、リーの奴は金目当てで傭兵ばっかやっててな。他は銅等級だよぉ」


 現実を突き付けるサブマスに対してジャッキーが「ぐぬぬ…」と小さく唸る。


「ゴホン。さて、じゃあ今度は私に向って魔法を撃ってきて貰おうかしら?」


「……俺から、だけ…ですか?」


 取り繕って自信有り気に胸を逸らすジャッキーに対して、クラウスの表情は判り易く暗かった。コレは内心期待していた魔法をラーニングするチャンスを失ったことへのガッカリ感からくるものだった。

 因みに、リーが使用した闘技の類はクラウスのチート<全魔法>を以てしてもラーニングの対象外である。欲しければ自身の闘気法を鍛えて習得するしかないのである。


「……なんで魔法を受けたかったみたいな顔を? まあ、いいわ――」


 ジャッキーが杖に両手を沿えて突き出すと、大気中の水が凝結して集い、空で渦となっていき…やがて、境目が目に見えぬほど薄い鏡面と化す。


「私のレベル5の水魔法<水鏡の盾リフレクション>よ。受けた魔法を弾き返すカウンター型の魔法ね」


「レベル5…!」


 クラウスは素直に感嘆する。レベル5に至る魔法は相当な鍛錬を積んだ魔法使いしか使えない。そもそも、その魔法に必要とされる魔石の絶対数自体が稀有となる段階だ。それに初めて見る魔法は容易く彼の琴線に触れる。だが……何故か視線を下げる。


「フフフ…凄いでしょ? …って、どうしたのかしら」


「……前から聞きたかったんだが」


「げっ!? リー、なに生き返ってんのよ?」


「勝手に殺すんじゃねー!」


 魔力による奔流が訓練場の空気を震わせる最中、何時の間にか意識を取り戻したリーがジャッキーの横で胡坐を掻いていた。


「意外にもシャイだったクラウスの代わりに俺が聞いてやろう。……なんでローブの下、なんだ?」


「――…は、裸じゃないわよ!? ちゃんと着てるでしょ!」


「……余計、際疾きわどいと俺は思うんだが? お前はどう思う?」


「……(コクリ)」


 リーからの問いにクラウスが黙って頷くことで応える。

 

 そう、バタバタとはためいて翻ったジャッキーのローブの下はなんと……いわゆるマイクロビキニめいた代物であった。スラリと伸びる青い肢体に黒い紐によって強調された鼠径部のラインが実に暴力的にクラウスの視界を襲った。転生十五年というブランクが、ネット関連で性癖を歪ませ爛れてしまった彼の精神性をピュアな少年へと変えてしまった哀しい弊害である。


 そしてその反応を見たジャッキーの顔がみるみる赤く染まる。


「うるっさーい! 仕方ないのよっ!魔法使いは魔力の放出量を上げなきゃならないんだもの、私だって好きでこんな格好してるわけじゃ――」


「いや、どう見ても痴女だろ」


「っ!?」


 リーの言葉に魔法で作った鏡面が揺れる。だが、残念ながら彼女が悪いのではない。一部根強く残った――いや、古典的な魔法使いの服装が実はコレである。魔法は自身の魔力(生命力)と魔石を結び付けて発動させるのが一般的なのだが、実は魔力は体表面の毛穴から放出される、普通にしても微々たる量が汗と同じく体外に漏れ出ているのだ。それを魔力の汗腺とも言うべき器官が集中している掌。もしくは口腔内または胸部であったり、額などに集めることが多い。

 だが、メイジは自身の持つ魔石から直接体内に魔力を巡らせているので身体中から魔力を放出し集めて魔法を発動させる。その際、魔力が繊維や金属を通過する際に阻害されてしまうので、効率を上げる為にこのような外套の下はほぼ裸スタイルをしている。無論、全てのメイジがそうではないし。メイジ以外、例えばクラウスが戦ったディンゴもその一派であった。


「フーっ…そ、そういうわけだから遠慮なしに撃って頂戴。大丈夫、空に向って反射するようにしてあるから。取り敢えず、自分が使える最大威力・・・・で、ね?」


「ヘーンタイ! ヘーンタイ!」


「ぶっ殺すわよ!? ……アンタに向って反射させてやってもいいんだからね? あ。そう言えばクラウス。あなた、魔石の準備を――」


 クラウスはやや挑発的に言われた彼女の言葉に暫し思案していた。故に彼女の声掛けに気付かなかった。そして、「威力だけなら…」と不吉な事をボソリと呟いてから片手を彼女に向って突き出した。


「ん? なんじゃコリャ…」


「……っ!?」


 痴女魔法使いに向って仕返しとばかりに茶々をいれながら、自らの鼻血をチーンとかんでいたリーが気付く。周囲からとある一点に向って収束する黒い魔力と散りばめられた星屑のような輝きたちに…。それが次第にジャッキーが創り出した鏡面間近でひずみを生み出していく。


「嘘でしょ――何で! 何で使え…って私の魔法じゃ無理ぃぃ!? 後ろの私にも貫通・・しちゃうじゃないッ!!」


 突如、絶望の悲鳴を上げた彼女がマントを翻すように<水鏡の盾リフレクション>を消し去ると脱兎の如く訓練場から逃走を図る。序に呆気に取られていたリーの頭をすれ違いざまに引っ叩いていく。


「イテッ!? な、なにしやがる…」


「バカ! 早く逃げなさいっ!死にたいの!?」


「おうおう? ジャッキーなに途中でドタキャンしてやがんだぁ~……あっ?」


 だが、クラウスの魔法の対象点となった彼女が逃げてしまったことで、ヒュルヒュルと輝きながら集う歪みの位置が奥へと――ギルドの方へ…と。残酷なことにコレは魔法を使ったクラウスにも最早どうにもできなかった。


 そして膨れ上がった歪みは一瞬で元に戻るように消え去った。…かのように思えたその瞬間!


 ――閃光と共に爆ぜ、訓練場の石畳を巻き上げ、巨体のサンダーバーバラさえ吹き飛ばした。ギルド全体、いや、早朝の王都一画で悲鳴が巻き起こる大惨事が生じてしまったのである。


 …一体、クラウスは何をしたのか?



 

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