Level 1.32β 銀等級傭兵のリー
「……っイテテ…」
目を覚ますと煤けて小汚い石の天井が見える。周囲は薄暗い。
何処はどこか――…は、検討ならとうについている。若い頃はそりゃあ何度もぶち込まれたもんだからな。
「…リー。目が覚めたか?」
「……イサッカか。てかよお、何で東門のお前が南の安酒通りにいやがる。しかも、後ろからこんな良い男を遠慮なく殴りやがって。台無しだろが」
牢屋の外の壁に見てて胃がムカムカしそうになるムサイ男がもたれ掛かってコッチを見てやがった。王都東門の門衛長イサッカの野郎だ。
「はあ。お前は自分が銀等級だという自覚がないのか。……まだ俺の部下が絞っている途中だが、
「…………」
俺は黙って軋む寝台に寝転ぶことにした。
「テゴワースについては色々と思う所がないわけじゃないが…気の毒とは思うよ。お前とは同じ貧民街の出身だったんだろう?」
……同じ出身? 違うね。
アイツとは同じ日に同じボロ長屋で生まれたのさ。ガキの頃から一緒に悪さした仲だった…。そんな俺達でも冒険者になって一旗揚げてやって、今まで俺達を馬鹿にしてきやがったアホ共を見返してやろうって互いに切磋琢磨してきたんだよ。
『なあ、テゴ。考え直せって…』
『すまんな兄弟。だが、あんな危なっかしい奴を放って置くのも目覚めが悪くてな。何、暫くすればディンゴの頭も冷えるだろう。適当なとこで連れ戻すさ』
今から三年前、二等級への昇級を控えた俺達のパーティで問題が起こった。半年前に入れた生意気な魔法使いがグレイム地方の男爵家の子飼いらしい冒険者と揉めた事を切っ掛けに俺達のパーティから離脱した。加入当時から何かとトラブルの種だったような奴だったから、寧ろ俺達は清々するくらいだった――…だが、ここでテゴの悪い癖が出ちまった。
テゴは昔から変に面倒見の良い奴だった。何やかんや言って自分以外の者を優先するきらいがある。この前だって長年貯めた財産を年の離れた妹夫婦の家を建てるのに殆ど使っちまったってのに、満足そうな顔してやがった。
…本当にそういう奴だった。
だが、今なら分かる。テゴ達は嵌められたんだってな!
仮にも俺達のパーティだったアイツらが好きで野盗になんてなるわけがないっ!
俺と仲間はそりゃあ必死にギルドに掛け合ったよ…だが、駄目だった。相手は一地方を任される大貴族だ。あのサブマスだって迂闊な真似はできなかった。
それでも俺達は待ったよ。タンク役だったテゴが抜けちまったから、主にアタッカーか遊撃役だった俺がその代わりをするハメになっちまったが。それでも周りから舐められない様に気張ってたらいつの間にか俺は銀等級にまでなった。
だが、これで俺がギルド職員として同等の権限を得られたってわけだ。テゴ達を何とか減刑できるよう方々に手を回すことができるかもしれない……そう甘く考えていた矢先だったよ。テゴ達が討伐されたと聞かされたのは…。
今日は昔からテゴの奴と良く通ってたバーで集まった。
俺のパーティの面子と似たような境遇の貧民街の出の仲間と一緒に…兄弟の為に祈った。教会に子供預けて共働きしてるテゴの妹が……ギルドの三階でわんわん泣いていた声が耳から離れなくってよ。聞こえなくなるまで飲んでた。
『ゲヘヘッ。よお、リー! こんなとこでコソコソしてやがったのかあ? あの世話焼きテゴワースの野郎がやっとこさくたばったんだって? 良い事じゃねえか? これで安心して街道を歩けるってもんだ。そうだろ? ギャハハハッ!』
『――…っ!? この…クソヤロォがああああッ~~!!』
殴って蹴って椅子で殴ってまた蹴って…あ~…。そっからさっきは……良く憶えてない。
あ゛ぁ~。頭が痛ぇなあ…早く、なんもかんも忘れちまいてぇ。
暫く不貞寝してると慌てた様子の衛兵がやってきて俺を外へと放り出しやがった。
……いくら俺相手でも扱いがあんまりにもざっつ過ぎやしねえか?
うっ…! 眩しい。もう朝かよ――あ? 急に地面が翳って…。
気付けば俺は
「クラウス……です」
俺達が朝も早くからギルドの訓練場に強制連行させられた理由が目の前に立ってやがる。事前に聞いてたのは、歳は十五でクラウスって名前の若僧の適性検査をやるんだとさ。
……いや、そんなん他の奴らにやらせろよ? 専門の冒険者からドロップアウトしたベテラン共がいやがるだろーに。
それとも、昨晩俺が暴れた罰か? だとしたら、サブマスであるこのバーバラの姉御がやってきた今迄の所業からするに……軽過ぎる。
いや、別に重くして欲しいわけじゃない。
口の訊き方を知らない感じからして南部か? …髪の色もあんまり見掛けない色で、兎に角目付きの悪さだけはあのディンゴ以上だってこと、以外はよく判らん奴だった。
……だが、こんな素人臭い奴があのテゴを倒しやがったというのはどうも事実らしい。それは、奴がベホから受け取ったメイスと盾が嫌でも証明している。
まあいい、俺も鎧を脱いで本来の戦闘スタイルになったんだ。手加減せずにコイツの正体を見定めてやる。
だが、極めつけはサブマスが言った初っ端からの二等級。なんの冗談だってんだ。俺だって二等級になるまで十年掛かってるんだぞ? どんな大型ルーキーだよ。
二等級は冒険者にとってそう軽いもんじゃない。ある意味で壁。そして中堅以上か以下の指標だぜ? 普段から酒場で項垂れてる連中がそれが叶わなかった連中だってことを忘れちまったか? …いや、サブマスだってどうにも納得してないみたいだから、それで俺達を当て馬にしようってんだろ。
俺が剣を構えると同時に、何故かサブマスが俺を跨いでしゃがみ込むと、大型ルーキーに何やら耳打ちしだした。何を吹き込んだ? まさか俺の得意な戦法やら攻略法を教えたりしたんじゃ…――そう俺が疑りを掛けた瞬間だった。
まるで別人が俺の前に立っていた。とんでもねえ鋭い殺気……なるほど? さっきまでの腑抜けた面構えはブラフかよ。つーか、つい最近成人したばっかの若僧がしていい貌じゃねーぞ? 横をチラリと見たら、ジャッキーの奴は完全に腰を抜かしてやがった。まあ、無理もねえか。
確かに…コイツならテゴワースを倒せる。そう俺は確信した。
「始めなぁっ!」
サブマスの掛け声と共にクラウスが弾けるように飛び込んできやがった。
捨て身かっ!? まるで迷いがねえ。俺の剣で肩を刺されようが足を切り払われようがお構いなしという動きで距離を詰めるとテゴが愛用していたメイスを振り下ろす。俺が身を引いて紙一重で避ければ同じくテゴの盾で殴り掛かる。それを流して反撃の突きを見舞おうとすれば、流れるような動作で今度はメイスで俺の剣を薙ぎ払う。嫌な予感がして軸足を引くと即座に奴の踵が地面に刺さった。
「――うっ!」
俺はクラウスの猛攻でさらに距離を取る。いや、奴のメイスによる打撃と俺の長剣による刺突では、俺がリーチ的に有利。それでも更に二歩、いや三歩距離を取らざるを得ない。
……なんとなく理解できた。コイツは典型的な殺人剣のそれだ。基本は一動作で相手を無力化する。つまり致命傷を与えるか戦闘不能にするのを目的にしてやがる。
最初のメイスの振り下ろしは俺の肩口を狙っていたが、本来は頭を叩き潰す軌道だったし、盾での殴打も胸ではなく首か顎。薙ぎ払いは武器破壊か腕そのものを使えなくさせる意思が汲み取れる。しかも、足癖も悪い。どこで習うんだこんな戦い方?
いや待て。むしろ対人との戦い方じゃないな。恐らくコイツには俺がモンスターのように見えてるんじゃないか? そう錯覚しそうになる。そんな戦い方だ。
俺は何とか奴の打撃を逸らしつつ、突きを放つが決定打にならない。いつもよりも距離を取らされてるせいだ。寧ろ、奴が俺の動きに慣れ始めているのが判る。
「仕方ねえ――ちっくと本気を出してやるか!」
俺は跳躍して、奴に一瞬で詰められないほどの距離を取ると深く息を吐き集中する。そして全身に白い
俺は剣一本の職業戦士ってヤツさ。だから魔法のマの字も使えやしない。修行もしてないし、魔法を習う金も無かったしな。
だが、魔法使いでなくとも使える
魔力自体はどんなもんにでも宿り、流れてる。つまり、魔力ってのは一種の生命エネルギー…だとか俺の師匠が言ってたが結局のとこ、俺にも良くは解らん。
だが、長い鍛錬の末に練り上げたこの闘気を纏うことで戦闘力を大幅に強化できる“闘気法”という技術がある!
というかだな、魔法自体が使えないか、使える魔法がショボイ冒険者はこの技術を使えないと、二等級以上になれない暗黙のルールがギルド界隈では存在する。故にコイツがどんだけ魔法に傾倒しているかは知らんが、俺の闘気法をどうにかして攻略できない限り、二等級になる価値は無いってことだ…!
ふむ。どうやら奴は驚いてるみたいだな? コリャ期待外れか…だが容赦せずにとことん揉んでやるぜ!
「そらぁ!」
俺は長剣に闘気を集中させて振るう。するとどうだ? 刀身がまるで鞭打つかのように空でしなりながら奴目掛けて襲い掛かる。
――闘技、
俺の必殺技だ。と、言っても得物に纏わせた闘気を打撃力に変換して中距離攻撃を可能とする技で殺傷能力自体はそう高くない。
だが見な? 大型ルーキーは俺の繰り出した闘技を咄嗟に盾で防ぐが、しなる刀身が盾に沿って後ろの腕にその先端部を叩きつけて傷を負わせている。
…フン。俺の勝ちだな。
「大人気ねぇ」
「ちょっとー? 新人相手にムキになって恥ずかしくないのー?」
外野がうるせえっ!?
*
「おう、クラウスちょっといいかよ」
「はい?」
これから試合を始めるって間際で困った女上司が寄ってきて俺に顔を近づけてくる。
「昨日よぉ、調書で一応希望を聞いたが…考え直す気はねえか?」
おいおい勘弁してくれよ? また蒸し返す気か…。
昨夜、俺はバーバラさんから冒険者ギルドの三部門全てに籍を置いてくれとしれっと言われたが当然断ったよ?
俺が欲しいマジックアイテムの為にダンジョンに潜る迷宮探索者になるのは必至だが、他のハンターと傭兵には蚊ほどの興味も湧かなかった。というよりは、それらの両部門の幅広過ぎる依頼や護衛などによる拘束時間が多過ぎて――俺の当面の目標である、サンドロックと王都間とで日帰りする
だが、サブマスは一部門だけなんて宝の持ち腐れだと反論。しかし、俺は早急にリュカに会いたいので折れなかった。
「…フン。ならこうしようじゃねぇか? 今回の小手調べを
「考え…?」
ニーっと巨大な女の口元に亀裂が奔る。実に嫌らしい笑みだ…。
「クラウス、そりゃあお前が未熟者だって証拠だろぉ? 多少、力があるだけで好き勝手にやらせてやれるほどウチは甘くねえ。……そうだなぁ。先ず、一年」
……一年?
「一年間ギルドの雑用だ。そんで、各部門で一年ずつ地道な下積み! 仕上げに一年、俺がみっちり扱いてどこに出しても恥ずかしくない立派な二等級にしてやるぜ! なに、途中で見捨てやしねえ、有難く思いなっ!」
「…1、2、3…4……5? ご、五年…!?」
このまるで善意の塊面してる女巨人は俺を王都に最低でも五年拘束するって言ってんの!?
俺の気が遠のいていく感じがした……。
『おーい! リュカぁ~!ただいま~! やっと帰ってこれたぞぉ~!!』
だがリュカの側には見知らぬ二人の姿が。誰だ~?
『ねー。ママぁー。あの
『ハッハッハ! 君が
『……クラウス。…ゴメンね』
あっ…――あ゛ああああああああああ~~!!?!
の、脳が壊れるぅ~…。
「…おい。大丈夫か?」
女巨人の指先で突かれたことで俺はパラレルワールドから無事生還することができた。
…い、嫌だっ!? 俺は絶対にサンドロックへ早々に帰るぞ!!
俺はメイスの柄を強く握り締める。手元からギリギリと音が鳴っていた。
――絶対に負けない。例えこの身が砕けようとも…っ!
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