Level 0.95α* リュカとクラウス
**前書き**
本来ならば近況ノートでご報告すべきことですが、秋に入って涼しくなって更新もこれでだれることなく捗るかなあ~(笑)…なあーんて考えていたらばのゲリラ豪雨に仕事量微増に個人的通院にと時間が削られるは疲れるわで。
…恥ずかしながら更新頻度がまた怪しくなってきております。困ったもんです。
ですが、情けなく更新ができずともここ最近は毎日のように拙作にアクセスがあるようで嬉しい限り。ありがとうございます。
今後ともお付き合い願えれば幸いです<(_ _)>
あ。本題です。というか前文は要りません(笑)
各話のLevel~某に * がついたものは三人称視点の話となります。悪しからず(^_^;)
******
リバーサイドから川を辿って北上、領主館方向に向かって歩きでほんの十分ほどの場所からサンドロック中央に向って少し高い丘がある。“シャドの丘”などと呼ばれているが、何故そう呼ばれるかは村の年寄り衆しか知らない。その丘を村の悪童達は昔から遊び場にしていたのである。
既に陽は傾き、空の端が薄くオレンジからピンク。ピンクから紫へと色を変え、暫く経てば夜の帳を連れてくるのだろう。
その茜色に染まる丘の上に数年前はその悪童としてその丘を駆け回っていた二人がポツンと腰を降ろして、緩々と落ちて行く夕陽を眺めていた。
仲良く寄り添ってベンチ代わりの丸太に座る男女。
男の名はクラウス。ほんのつい最近まで村の悪童達の中心人物のような存在であったが、ひょんなことから村を出て王都で冒険者になる目標を捨て、村に残ることにした男だ。
その男の隣に座って寄り掛かっている少女はリュカ。クラウスと同じ村の女である――現在は。
「ねえ、クラウス聞いた? ファズとリン姉の間に生まれた女の子もう一歳になったんだってさ」
「ああ。聞いた、聞かされた。事あるごとにシンベルの爺様からなあ。まあ、爺さんにすりゃ孫みたいなもんだろうし…気持ちも解るがなあ。一歳か……早いもんだなあ」
夕陽を眺めながら交わす二人の会話内容は普段通り他愛ない。
リュカの言ったファズとは、名をファズボウル。クラウスよりも五つ上でとても面倒見が良い青年であった。サンドロック従士長シンベルとは親戚関係でもあり、かつてはリバーサイドで成人である十五まで暮らしていた過去がある。
そもそも、同い年の友達が欲しいが――とある事情から領外にその存在を余り知られたくはないと、生まれてから領主館とその従者の村内で過ごしていた幼きリュカの手を引き、この丘に男爵達の目を盗んで連れてきた人物こそが彼だった。
つまり、ファズという存在がクラウスとリュカを引き合わせた人物であるとも言えるだろう。
そしてもう一方のリン姉ことプリング。クラウスの三つ上の同じ村出身の女で、クラウスのかつての義姉であり――因みに転生者…即ち、前世からの成人男性の精神と記憶を引き継いだ
正確には義姉と言ってもクラウスの母親であるサマーリアの姉の子であるので従姉弟だろう。プリングは共に暮らしていただけでクラウスの父、グラディウスの養子ではない。だが、家族同然の絆があったのは確かだ。
この二人は二年前、正式にファズが旧ドルツの現領主と前任であり実父でもあるハーマンが言い張るハッサン・ハスタ・ドルツ(※旧名)の補佐従士となった事を機に夫婦となった。既にその三年前から旧ドルツの従者補(※家柄などの理由で三年間の試用期間のことを指す)となったファズとその許嫁であったプリングは、サンドロックと旧ドルツの領境にあるストーンガードに移り住んでいた。現在はサンドロックの従者達と同じく領主の在所近くに家を与えられて共に暮らしているはずである。
どちらも同じ村、同じ屋根の下で暮らしてきた。クラウスにとっても、リュカにとっても親しき者達であった。
「本当にいつ見ても綺麗な夕陽だなあ。…毎日見てとうに見飽きたかと思ったが。ガキの頃は村の周りに何もなくて暇で…結局、遊び疲れて最後は夕陽見て村に帰ってたっけか…」
「うん。こうしてずっと二人で見てたよね………でも。きっと、王都からでも
「…リュカ」
クラウスが隣を見ればリュカが消え入りそうな声で俯く。
「ホントはね。僕、知ってるんだ。
「そっか……だから、お前やたらと冒険者に詳しかったのか?」
「…うん」
恐らくリュカはクラウスに寄せる想いから冒険者の話題を集め、クラウスの気を惹こうと考えていたのだろう。もしくは、館の外へ連れ出される前の日々退屈な彼女への単なる気晴らしの為に、従者達が男爵の目を気にしながら必死に内心汗を掻きながら聞かせ伝えていたのやもしれない。
『……一晩だけ。今日一晩だけ、考えさせて頂けませんか』
辺境伯達の提案――いや、自身の領主からの勅命、いや嘆願か。それを受けて何とか返したクラウスの言葉。
『ふうん。男前じゃないのぉ? いいわよ!一晩と言わずに三日あげちゃうわ。アタシ達も一旦引き上げてから改めて準備した後にも一度来るから。あ、三日後にね? ほら、ハーマン? グラスの息子はもう
『い、嫌じゃ!? もうグリフォンに吊るされるのは嫌じゃああぁ~!』
クラウスとリュカはそうしてアッサリと領主館から帰されていた。
男爵の自室に旧ドルツ子爵を引き摺って二階の窓からグリフォン達の入る空地へ直接、跳び降りようとするブーマー辺境伯と悲鳴を上げて抵抗する老人、旧ドルツ子爵を残して…。
なお、クラウスが受け答えた時点で辺境伯は彼が王都へ出向することを拒否しないと確信していたようである。
リバーサイドへと馬車でダナとブロンソンの従者夫婦に送り届けられた後、家に居たクラウスの家族達に一連の話をして――その際に両名から話を聞いて激昂したグラスが突如として領主館へ向かおうとするのを村の衆総出で止める…というちょっとしたゴタゴタもあった。が、それもまた我らが領主からの切実な願いであり、ひいてはサンドロックの為とならばと首を横に振れる領民もまたいないのだが。
村の面々は唯々、身重であるリュカを残して王都で
「……プッ!」
「く、クラウス?」
「いや、スマン。さっきの親父の姿を思い出したら…つい、な?」
「……ゴメンね。パパがあんな無理を言ったから――」
泣きそうになるリュカの言葉をクラウスが頬に添えた手が遮る。そして親指の腹で彼女の目元を軽く拭ってやった。
「そうじゃない。なんで親父が怒った――いや、違う。元は
「うん」
クラウスは昔、こんな風に――どんな理由であったかは知らないが年相応に泣きぐずる彼女にしてやったように頭を優しく撫でてやった。
「俺、冒険者になりたかったんだ。…いや知ってるだろうけど。俺は魔石無くても魔法使えるだろ? それを上手くやりゃ王都でも結構名を残せるような冒険者――親父の“鉄剣”の二つ名みたいにさ…成れると思ったんだよ」
「うん…」
リュカが見つめる夕陽を見やる男の横顔には確かに冒険者、外の世界、そして父親への憧れを感じさせていた。だが、その顔色はどこか酷く寂しいものだった。
「スゲエ稼いでさ。手に入れた金銀財宝で…そうだな、サンドロックは土地が余りに余ってるから城でも建ててやろうとかアホな事ばっか考えてたなあ。それにハー……まあ、色々と欲もあって夢もあったけど。いざ、お前との間に子供が出来て一緒になるって事になったらさ?」
クラウスの言葉にリュカの顔が暗くなる。
「――どうでも良くなっちまったよ」
「…え?」
リュカがポカンとした表情をする。そんな彼女が余りにも愛おしくて堪らず引き寄せて軽く抱きかかえてしまうクラウス。真面目な話が続かなければ、人目がないことを幸いにもっと好き勝手してしまいそうになるのを耐える。
「いやいや自暴自棄になったんじゃなくてな。なんつーの? ……本物の宝っつーかさ。結局、自分が欲しかった一番大事なモンに気付いたってーいうのかね。……まあ、なんであれ。今の俺にはリュカ、お前以上に大切にしたいもんがこの世界にはないってこった。きっと、親父もそうだった――」
照れ照れでキョドるクラウスの胸に感極まったリュカが飛びつく。
クラウスもそれに応えようと手を回した――が、次第に自身の服の胸元が濡れていくことに気付いた。愛する女が泣いていたからだ。
「ヒック…グスッ…ごめんね、ごめんねクラウス…ッ!」
「またかよ。泣くな、リュカ…頼むから。お前が泣くと、俺はその三倍悲しぃんだ」
「ズスッ……結局、僕はいつもクラウスの邪魔をしてばかりだ。村の皆での見送りも台無しにしたし…。今回も、クラウスが冒険者になるのを止めて僕と一緒に村で暮らすことを選んでくれたのに…! なのに…っ」
「………仕方ない。仕方ないんだ。お前もカトゥラス様も誰だって悪くない」
敢えて言えば、その要因を作ったプルトドレイクのドレイク侯爵とやらが悪い。
クラウスはそう言いたかったが、余計に話が拗れると思い口にするのを我慢した。
「…僕も覚悟を決めたよ。クラウスが皆の為に頑張ってくれるんだから。クラウスが無事に帰ってくるのを待ってるよ。皆と……それと生まれてくるこの子と一緒に」
リュカはそう言って愛する男を力強く見やった後にお腹に自身の手とクラウスの手を重ねて置く。
「生まれてくる…? いや、リュカよ。お腹の子が産まれる時には戻ってくるに決まってんだろ。てか、予定じゃあ、それまでに普通に日帰りできるようにするって。何言ってんだよ?」
そのクラウスの言葉に今度こそリュカはポカンと呆けてしまった。
だが、肝心のその発言をした男は至って真剣な表情である。
「プッ…アッハッハッハ! クラウスってば、此処と王都までどれだけ離れてると思ってるんだい。鳥より早く飛んでいく文鳥だって二日掛かるんだよ? …全く、昔からそうなんだからさあ…アハハ…」
「別に冗談でも何でもないんだが。まあ、俺の魔法の師匠のケッホ師から聞いたダンジョンの
「うん……クスッ」
腰を降ろしていた丸太から立ち上がろうとしたクラウスが何故かクスクスと笑うリュカを訝しがる。
「…? 何がそんなにおかしいんだよ?」
「フフフッ。別にぃ~……やっぱり僕、クラウスを好きになって良かったなあって思ってさ」
「あ、あに言ってんだよ、全く…! ほれ、立て!」
咳払いしながら顔を逸らして立ち上がったクラウスがリュカに手をやる。その顔色は判り易く夕陽に照らされてなお赤い。
「ありがと…――あ。待って…」
「え? なに――」
完全に沈みかける前の赤光の中で、逆に手を引かれてしまったクラウスがリュカの影と重なる。それを待ち侘びていたように、ほどなくして陽は完全に沈んだ。
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