Level 1.7 宝箱と盗賊魔法


 ダンジョンでの初の宿泊を終えた明くる日(この異世界には時計が無い分、体内時計は正確だと思うがね)のこと。俺達はチャッチャと間借りしたセーフエリアの一角を軽く清掃すると簡単な打ち合わせをしてから移動を開始する。

 無論、この十階層の下――ダンジョンの本番とも呼べる、中級者以上が推奨の十一階層へと足を運ぶ為だ。


「ちょっと待った」


 だが、セーフエリアの出入り口で思わぬ声が掛かる。首元にギルドの職員冒険者を示す銀の飾緒を揺らす長髪の男だ。


「なんだよ? アゲート。邪魔すんなよ」


「…一応聞いとくが。お前ら、十一階層に降りるのは初めてだな?」


 俺とリー達“ワイバーンの顎”(笑)が互いに顔を合せて当然だろ?と言わんばかりの表情で頷き返す。途端に呆れた声がアゲートとやらから漏れる。


「初めて中級者エリア、つまり生きている・・・・・階層に入る奴にはギルド側からある程度説明を聞く必要がある。お前ら、そこに座れ」


「「えぇ~…?(いいオッサンズ+俺)」」


「そこの新人以外、お前ら幾つだ!? 早く座れっつーの!」


 俺達は逸る気持ちを押さえつけアゲートの言葉に従ってその辺の地面に腰を降ろした。リーのオッサンとゴンザは変わらずブーブー文句を垂れ流しているが、対照的にバードンとナグロクは真剣な表情でアゲートの言葉を待っている。


「まあ、注意勧告とアドバイスみたいなもんさ。因みにだが、俺も含めてダンジョンに派遣されているギルド職員は一等級迷宮探索者だ。ダンジョンの三十階層以降まで到達してることも一等級の条件に含まれている」


「自慢かっ」


「ははっ! そりゃあ自慢に決まってるだろう?」


 子供のようなジェラシーを燃やすリーを四十半ばのアゲートが愉快そうに揶揄う。


「なんで、このラ・ネストの最下層である二十二・・・階層まで当然何度か潜っている」


「ちょっと待てよ? このダンジョンは二十一階層だろう」


「ああ、三年前まではな? このダンジョンだって生きてるんだ。他の新鋭ダンジョンと比べればゆっくりだが…成長・・してるんだ。この前生まれたばかりの孫が私と同じくらいの齢になった時、このダンジョンが三十階層近くまで深くなったとて――別段、おかしな話じゃない」


「「…………」」


 リー達がその話を聞いて黙る。


「あの、すいません…生きているってのは一体どういう…?」


「あっとスマンな。リーから話は聞いた。クラウス君だったね? というか新人の研修なら普通は潜っても三階層程度で戻るのが常識だってのに……コイツらときたら。まあここまで来ちまったのは仕様がない。それに、それだけ実力もあるってことだしな! 将来有望な若い冒険者が入ってきただけでも良い報せってもんだ!」


 普通に良い人だった。アゲートが教えてくれた事を並べるとだ…。

 先ず、ダンジョンには死んだ階層と生きた階層がある。

 死んだというのは正しくないか? 固定化された階層が正解に近いかもしれないな。俺達が地上からここまで通って来たのは一~三階層の洞窟エリア。四~現在俺達が居る十階層までの謎文明の古代遺跡エリアだった。

 だが、この先の十一階層はまるで別物らしい。固定化に対して不定形…つまり、一定期間経過で形を変えるフシギな階層なのだ! 千回遊べてしまう。

 コレが生きた階層と呼ばれる理由で、危険だが最もダンジョンで迷宮探索者が利益を得ることができる階層帯でもある。

 即ち、宝箱等のトレジャーがランダムに発生するという定番のステキシステムがあるのだ。故に多くの冒険者達がコレを狙って果敢にもダンジョンアタックに挑むことになる。

 しかし、その分モンスターは階層を重ねる毎に強くなるし、ダンジョンに設置? 自動生成?されているトラップも増える。当然、下層になるほど手に入るアイテムもより希少なものになる、と。


「ダンジョンの変動は大体二ヶ月に一度ってとこだ。変動が激しいダンジョンじゃ、たったの一日でまるで違う通路になってしまう話もある」


「へぇ~」


「最後に言うが、ダンジョンで死ぬと即座に吸収されて遺体は残らない。運良く回収された僅かな装備品がギルドを通じて遺族に渡されることもある程度。…結局、ダンジョンは一種の亜生物だと私は思う。魔石やマジックアイテムに釣られてやってくる冒険者こそが餌。ダンジョンに湧くモンスターやトラップはその餌を効率良く吸収する為の仕掛け……いや、同じく吸収されるモンスター自体も案外ダンジョンの餌なのかもしれないな。どちらにしろ死んだらそれまでだ。…生きて帰ってこいよ」


 そう締めくくって先達であるアゲートの話は終わった。


  *


「コレが十一階層か…」


「全然雰囲気が違うなぁ!」


「ゴンザ、騒ぐな。…壁や床が一面植物の根のようなもので覆われているな。地上では見ない色をしている」


「クラウス。打ち合わせ通り、こっからは俺達も戦闘に参加するからな。俺とクラウスが前衛。バードンとゴンザが中衛と後衛のナグロクのガードだ」


「わかった」


 俺達は十一階層へと足を踏み入れていた。期待や興奮が微かに漏れているのは決して俺だけでないだろう。

 アゲート曰く、このラ・ネストは典型的な階段ダンジョンというタイプらしい。幾らこの十一階層以降が姿を変えても上り下りの階段の位置は殆ど変わらないそうだ。


「取り敢えず、今回は小手調べだ。二、三時間動き回ってから地上へ帰る。めぼしい発見があればそれでも引き上げる算段でいく。一応・・はクラウスの研修なんでなぁ。このまま二十二階層まで潜ってお宝を抱えて帰ってもいいんだがよお?」


「勘弁してくれ」


 俺はリーの提案に苦笑いでそう返す。


「…うーむ。この不気味な根っこが発光してるせいか灯りは要らないが、クラウス。一応、上の階層の時みたいに俺達の武器に魔法を掛けておいてくれないか?」


「いいよ」


 俺はバードンからの要望に応えて、バードンの槍とリーの長剣にレベル2の炎魔法<燃え立つ武器ファイアウエポン>を使う。


「うひょー! やっぱ燃える剣ってカッコイイよなぁー」


「ガキみたいなこと言ってんじゃねーよ。ありがとよ、クラウス。コレであの煙野郎みたいなヤツと出くわしても俺達も戦力になれる」


 今更だが、今回のリーは傭兵依頼を受けている時の様相と違い、俺の適性検査時のヘビーアーマー姿ではなく運動性重視の軽装剣士スタイルだ。


「いや、相手が炎属性に耐性があったら流石に意味ないぞ?」


「そうだぜ。それに遺跡エリア後半に出現するガスクリーチャーは平気だが、中には引火性の厄介なヤツだっているんだ。二人とも気を付けろよ?」


 そんなやり取りをしながら俺達は未知の領域を進む。

 それでも他の冒険者が幾度も行き来している名残りは随所で見られる。


 そんな折に幾つかの通路と玄室を通り抜けた辺りで何かの気配を察して身構える。流石はリーのパーティは戦い慣れてるのか一瞬で臨戦態勢へと移行する。


「グォオン!!」


「洞穴ライオンだッ! 数は三ッ!」


「おうおう、中々の大物だなぁ」


 通路の奥の曲がり角から獣の群れが飛び出してくる。ホラアナ? ライオンって言ってたな。確かに前世で動物園で見たライオンに似てる、か? 記憶にある顔付きや骨格が大分違う……いやそもそも虫のような目が四つ・・もある。この異世界独自の生き物の姿だろう。

 だがその獣体の大きさはまさにそれ。灰赤色の毛皮を纏い、獰猛な犬歯を剥き出しにして迫って来る。


 だが、俺のやる事は余り変わらない。逃げないで向こうからやってくる分には都合が良い。

 俺はそのライオンモドキの突進を身体強化とオーラ…闘気の流用で強化したラウンドシールドで受け切るとそのまま鼻先に御返しシールドバッシュを見舞って怯ませ、その頭上に振り上げたメイスをただ真っ直ぐに振り下ろす。


「フュッ!」


「ぜりゃあああっ!!」


「グガゥ…ッ」


 周りの様子を見れば、もう一匹はバードンとリーによって危うげなく仕留められていた。勢い余って根の壁に激突して果てたようだ。

 バシュッ! その独特な射出音と共に残り一匹の低く唸る悲鳴が聞こえた。

 ゴンザのクロスボウから放たれたボルト矢がライオンモドキの肩口に深々と突き刺さっている。


「ナグロ! 次、頼む」


「ほらよ。外すんじゃあねえぜ」


 ナグロクが何やら魔力を籠めていたらしい矢をゴンザがノールックで受け取る。

 ほほう…白い魔力色。毒属性だな。


「この距離じゃ外す方が難しいっての!」


 軽口を叩くゴンザが再度装填して放ったボルト矢が今度は片目に突き刺さる。今度こそ最後のライオンモドキは倒れて完全に沈黙する。


 そして、俺達にあっけなく倒された三体は光に分解されて消え失せる。


「フン。銀等級であるこのリー様にかかれば楽勝だったな!」


「馬鹿言え。事前にクラウスの魔法が武器に掛かっていてダメージが増してたから簡単に仕留められたんだろーが」


「おい!見ろよナグロ。結構デカイぞこの魔石!」


「どれ。…この大きさならレベル3はあるな。殆ど屑魔石(※属性無し)だがそこそこの値にはなる。……これは風属性か? 洞穴ライオンは普通地属性のはずだが、このダンジョンでは風属性の個体なのか。面白い」


 やはりリー達のテンションは高い。だが、気持ちはなんとなく解る。


「ん? そこの壁、ライオンが飛び込んだとこに穴が開いてるぞ」


「おお! なんだなんだ? 隠し部屋か?」


 ビギナーズラックと言えるかは微妙だが(少なくとも俺は該当するはず)偶然にもまだ他の冒険者が出入りしていない空間を発見してしまった。

 俺達は興奮状態で木の根を引き剥がして中を覗く。そこは八畳間ほどの狭い玄室だった。


 で。その中央にデン!とあからさまに、とあるものが鎮座していた。

 

 ――そう、一種のTAKARABAKOである。


「「待った!」」


 狂ったように飛び出そうとするリーとゴンザを羽交い絞めにしてその部屋から力尽くで遠ざけると俺とナグロクが互いに頷き合って入念にチェックする。無論、の。


 たっぷり時間を使って安全を確認できた後に、バードンによって正座させられていた二人を仮釈放して部屋の中に入る。


「まさか十一階層に降りて早々に宝箱を見つけられるとはなぁ~」


「だがのあるタイプみたいだな?」


「は、早く! ナグロ、早くしてくれ!」


「へいへい…いっつも危ねえ橋は俺に渡らせやがる」


 ナグロクが嫌々な表情で宝箱の前に屈み込んで調べ始める。俺も興味深々でその横に並ぶ。ナグロクは懐から取り出して一切違和感のないピッキングツールでカチャカチャと宝箱の錠を弄る。


「見てて面白いもんじゃあねえがな? お前さんもこれからソロで潜るってんならロックピックの二、三本は常に持っていた方が良いぜ」


「へえ。それがなきゃ開けられないのか?」


「(ガチャガチャ)……いんや。俺みたいに育ちが悪くない限り、大抵はギルドで売ってる銀の鍵ってマジックアイテムを使うもんだ。結構値も張るし、ピンキリだがなっと(ガチャガチャ)――うぅむ。コリャ、ダメだ。開かねえなあ」


「「はああ~!?」」


 後ろからリーとゴンザの悲鳴。鍵が掛かってるのか。中々に手強いな…。


「別の方法はねえのかよ? あ。てかいつも敵のアジトの鍵をこじ開ける時みてぇな魔法を使えばいいじゃねーか!」


「あぁ? ……だがなぁ」


 何故かナグロクの歯切れが悪い。俺の事をチラリと見て渋い顔をする。


「もしかして、俺に見られると拙いか?」


「いや、そうじゃあねえ。正確には見せるのが忍びねえって感じだな。……断っておくが、俺がこれから使う魔法は――恥の魔法なんでな」


 そう言って重く息を吐いたナグロクが宝箱の鍵穴に指先を当てて何やらブツブツと唸っている。

 うん? いつの間にか片手にダークブルーの魔石…ナグロク、水属性も使えたのか。

 そして、数秒後に再度ロックピック(鉤の付いた棒)を突っ込むとカチャリと音がして宝箱の蓋が浮いたので思わず周りから歓声が上がる。


「何をしたんだ?」


「そんなに目を輝かせてくれるな。レベル2の水魔法<滑油オイル>。コレはいわゆる盗賊魔法さ。シーフが大昔に開発した錠前破り用の魔法だがな…」


 何でもこの盗賊魔法こそがシーフの血種差別に結び付く大きな要因の一つらしい。

 そもそも事の発端は旧時代のプルト王朝から始まる。この時代では無論王国が興る前だが既に魔法大学の基礎となるような組織はあったらしい。魔法に長けたメイジを筆頭にノービスが魔法の研鑽に努めていた。

 ある時にそこへシーフが参入する。最も器用さに長けた血種であるが故に魔法への適性も決して低くなかったのだが、その一部がとある魔法の開発に躍起になっていた。それは、強固な鍵を外す、もしくは破壊する。または、侵入を手助けするなどの犯罪行為において有効な魔法群の開発であったのだ。

 原因はその時代のプルト王朝がどういう理由からか、血種の中でシーフを冷遇して土地や財産を取り上げたことにあると一部の歴史家が論じているそうだ。そして、王朝から追放されたシーフはそれらを取り戻すべくこれらの魔法を使い王朝を大いに混乱させた。

 これを知った魔法使い達は激怒し、横の繋がりが強いシーフ達を魔法関連から遠ざけようとする動きが強まって――数百年を経た現在でもそれが続いている、と。

 因みに、俺が使った風魔法<投擲矢ダーツ>も実は盗賊魔法だったのには驚いた。

 …まあ、この魔法を習った相手はシーフのプウ老人だからな。納得。


「俺は捨て子でな。両親はノービスだったらしいんだが、生まれてきたのがシーフだったのは都合が悪かったんだろ。同情するにはよくある話だぜ。コイツらとギルドに入るまでに色々・・と仕込まれてな。実は俺が使える魔法は殆ど盗賊魔法とその流用みたいなもんなのさ。攻撃魔法の一つでも使えりゃあ良かったんだが…」


「なら俺が教えるから、代わりにその<滑油オイル>教えてくれよ。レベル2まで使えるなら<水の砲弾アクアボルト>とか結構便利なヤツあるよ?」


「はあ? お前さん、盗賊魔法を教えてくれって正気か?」


「正気も正気。だって、俺は弓の扱い方やら短刀術に魔法だってシーフから教えて貰ってんだぜ」


 俺の脳裏にサンドロックでの老シーフと年齢不詳の女シーフ従者の顔が浮かぶ。

 そんな俺を見てナグロクが呆れ顔から噴き出して破顔する。


「ぷっ! 面白れぇーなあ、お前さんはよお。……サンドロックか。俺のガキ共が揃って成人したら、いっちょ行ってみるのも良いかもしれねえなぁ」


「おい、クラウス。勝手に俺の仲間を引き抜こうとしてんじゃねーよ」


 俺とナグロクの間にズイと不機嫌そうなリーが割り込んできやがった。


「それよりも宝箱の中身は?」


「「あ」」


 バードンの一声に俺とナグロクが揃って声を上げたんで、また笑っちまったよ。


「……なんだコレ?」


 ドキドキワクワクの宝箱チェックの時間だが、いざ中身を覗くと宝箱の底に紐で結わえて丸めてある紙のようなものが一本入ってるだけ。


 ……何だろう? まだ正体も何も判明してないんだが、急に熱が冷めていく気がするのは。


 だが、それを手にする俺以外のテンションは高い。


「おい! それってパピルス!? マジックパピルス・・・・・・・・じゃあねーか!」


「え」


 どうやら結構な当たりだったらしい。


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