Level 1.91 瞬べ!クラウス その1



「クッソー……またハズレ・・・か…」


 俺はブスブスと焦げながら地団太を踏む。

 見つけたパピルスの中身は――また、<憤怒の炎フューリー>だった。レベルは5ってとこか? 事前に外套と鎧を外してて良かった。カンカンに熱した鎧を着てるなんて流石に地獄だからな…。


 ダンジョン第三の巣ラ・ネストに潜って早二日。なんで、俺の背中に背負っていた肉の残りも二本だ。紫色の羽根の派手な鳥だったが、これが結構イケるんだ。しかも、昨日食べた方が味が良かった。あの入口の衛兵さんが教えてくれたようにが抜けたからだろうか?


 それは兎も角、現在、俺は二十一・・・階層に居た。

 結構下層まで来てるんだが、それには理由がある。


 先ず、俺の目的であるパピルスを見つける為だが、やはり幾らダンジョンのモンスターを倒してもパピルスは手に入らなかった。が、十五階層以降の大型モンスターを倒すと確率で小さな宝箱が出たのだ!

 …しかし、残念ながら入っていたのは未鑑定状態のポーションと未鑑定状態の武器防具だ。しかも、件の未鑑定状態だとアイテムの輪郭がぼやけるという謎の認識阻害の影響を受けるので、区別がついてもぼんやりと剣とか鎧くらいとしか分からないんだよなぁ~。

 実は既にポーションは幾つか俺の無属性魔法で鑑定・・しちまった。だが、基本はマジックアイテムの類を使わなければその正体が判明しない仕様だからして、ギルドに納める際に余りにも未鑑定のはずだったアイテムがあった場合。ピエット嬢その他から怪しまれてしまう可能性がある。

 仕方ないので、大半はギルドから貸与されたアイテムボックスに収納済み。てか、アイテムボックスと言うよりはギルドの売却するアイテムを収納するパッケージング・ツールみたいなもんだな。今んとこ一度入れたら自力じゃ中身が出せないんでな。


 そして、第二の理由に宝箱。これはモンスターからのドロップではなく、本来のダンジョンの玄室や隠し部屋に設置されてるものだ。このラ・ネストでは大体十一から十五階層辺りが重点的に他の冒険者も探索を行っているみたいだ。結構ベテランっぽい雰囲気の人達から声を掛けられた時は正直結構嬉しかった。どうやら俺が肉を担いでダンジョンをウロウロしてるのが目に付いたらしい。

 何故か顔を合せる度に顔色が悪くなっていたのが気になって、もしや腹が減っているのではないかと俺が持っている肉を分けてあげようとしたら…凄い笑顔で盛大に首を横に振られてしまった。

 ふうむ。謙虚な連中だな。サンドロックでは食べ物なんなりはその時その時で皆で分け合うのは当然だったんだがなぁ…。ああ、コッチの人達はモンスターの肉を食べないんだったか?


 おっと、話を戻すか。その俺と同じ・・・・二等級迷宮探索者は親切にも俺にアドバイスしてくれた。やはり、ギルドの酒場でうらぶれてる連中とは大違いだな。

 なんでも十一階層から数階層を彼らも主に探索していて、その辺りの宝箱は既に獲り尽されているらしい。まだ開けられていない宝箱を探すならより深くの階層を探索するしかないとのこと。


 …むぅ。だが、ソロ活の俺だと十六階層以降のモンスターはそこそこ・・・・手強い。地元のモンスターほどじゃないが、仲間を呼びまくったり、魔法を反射したり状態異常や単純に物理特化したヤツ。中には人型で俺並に闘気法オーラを使う奴も居たりする(まあ、その分だけ魔法には弱そうだが…)。

 あ。因みにダンジョンの下調べなら初日に済ませてる。宝箱を守るように配置されたモンスターを倒さずに隠れて進むだけなら簡単・・だ。流石に肉の匂いを振り撒きながらは無理ゲーだから、十階層の顔を引きつらせるアゲートさん達が管理するセーフエリアに一旦預けてきたがな。一応、二十階層までは見て来たよ。


 んで、第三の理由。宝箱の開錠方法だ。

 やはり、俺はリーのオッサンの仲間であるナグロクが目の前でやって見せてくれような鍵開けは無理だった。だが、最初は二時間ぐらい頑張ったんだからな?


 だが切り替えの早い俺は数本の折れたロックピックを眺めて大きく息を吐いて諦めた。そして立ち上がり――俺は思い切り宝箱を蹴った・・・。キリッ。


 無論、宝箱はガパリと開いてくれたが――同時にも発動した。

 

 ビュンッ。

 最初は矢が俺の顔目掛けて飛んで来た。だが、事前に強化魔法(今回は闘気法じゃない)を掛けておいた俺は余裕で回避。


 中身はポーションだった。チッ。

 しかし、俺だって罠はちょっと・・・・怖いが。ベテラン曰く、このダンジョンでは今のとこ即座に死ぬ系の罠は無いらしいし、迷宮探索者が畏れる石化の呪いも発見されていないとのこと。なら安心だな。俺も石化はまだ喰らったことないからな。流石に効果の軽減や無効化は無理だろう。だが、石化の魔法か……興味あるな。


 そう、魔法だ。なんと宝箱の罠に関しても俺の<全魔法>のラーニング対象だったんだ!

 既に一つの地属性魔法と無属性魔法を覚えることができた。

 そうとなれば片っ端から宝箱を蹴っていくしかないだろ? 誰だってそうする。


 だが、ここでも問題が起きた。俺と仲良くなったこの冒険者達が、俺が爆風の罠(まあ、<灼ける嵐ヒートストーム>だったんだが)を引いてしまった時に危うく巻き込み掛けてしまった。どうやら、俺を心配して近くで見守ってくれていたらしい。はあ…なんてこったい。

 俺は彼らに深く謝罪した。本来なら巻き添えになるとこだと激昂するはずが、彼らは一切俺を罵倒したりはしなかった。なんて器の広い人達だ。とても、俺と同じ・・・・二等級迷宮探索者とは思えない。俺は何故か遠慮深い彼らの名を聞き出し、王都のギルドで何らかのかたちで詫びることにした。


 なので、そんな善意の冒険者を巻き込まないようにこうして二十階層くんだりまで降りているんだ。

 モンスターを相手するのは面倒だが、その分だけ宝箱は手付かずのものが多い。それにモンスターのドロップアイテムも悪くない。一個だけパープルに輝く氷属性の魔石を拾えた。

 ……コレを見てるとどうにもリュカの顔が浮かぶな。元気でやってっかなぁ。

 それと同時にあのツェの氷の貴婦人との死闘と、あの夜・・・の事を思い出しちまってダブルで身震いしちまったぜ。


 さて、気を取り直して次の宝箱を探すか。


   *


「皆、あと少しで地上だぞぉー」


「はあ…やっと、ね」


「う、うん。…トクイン。だ、大丈夫か、い?」


「ええ、平気よ。ありがとう」


「おい、ローバー。あんまり姉貴を甘やかすんじゃねーぞ」


「何よ、グエン? なんて薄情な弟なのかしら」


「うへぇ~。俺様、疲れたぜ…」


「ペード。皆そうなんだからね?」


 いっつも火の玉みたいに先頭をいきたがるアタシ達“雷撃のジャッカル”の特攻役のペードエがもはやへばって使い物にならない。皆を鼓舞するよう先を行くアタシ達のリーダーであるヤジャックが気が抜けて地面に尻もちをつくペードエの手を引いて立たせてやっている。


 今日も目立った怪我も無く、皆して無事に地上へ帰還できた。女神様、ありがとうございます。って…アタシってば教会の神官でも何でもないんだけどね?


 それにしても、アタシ達。あんな田舎から出てきてまあ良くやってると思う。半ばこのペードエの馬鹿に無理矢理引っ張って連れ出された感が否めないけど。少なくとも、アタシの弟は村での暮らしを余り良く思ってなかったみたいだし…。それになんといってもヤジャックね。昔から頭が良かったけど、彼は村で山羊を飼って終えるだけには惜しかったもん。

 ……実はアタシ知ってるんだよね。ヤジャックが結構ギルドのお偉いさんから声掛けられてるの。ギルドも万年人材不足って聞いてるし、是が非でも将来有望なヤジャックが欲しいのかもね。


 …アタシはどうなんだろ? このままずっと冒険者やれるのかな?

 ふと、アタシの事を心配そうに見ているローバーキンと目が合う。すると、彼は慌てて目を逸らした。フフッ…相変わらずね。先は長そう。

 でも、アタシも今年で十八になっちゃったし…そんなに長く待ってあげられないんだけど?


 けど、そんな事よりは今は宿のベッドが恋しい。今日は早く寝て明日に備えなきゃ。


 明日こそ十階層を――そして、目標の十一階層で中等級迷宮探索者に…!

 そうすれば、アタシ達は少なくとも今よりは先に進め…って何だか出入口付近が騒がしいような?

 

 え? なんか空の一部が歪んで――


「――ぐへぇっ!?」


 アタシ達の目の前にが降ってきた。遅れて、大きなズタ袋が彼の背中に落ちてきた。…地味に痛そう。

 

 なにこれ? 夢?


「痛デデ…っ。こりゃダンジョンの外か? ……チクショー!惜しいっ!! ニアピン・・・・だ!? だが…だが、覚えたぞっ! なるほど、<脱獄エクソダス>か……なかなかに使いでがありそうだな。クククッ…」


 いきなり立ち上がって叫び、そして何やらブツブツとほくそ笑む彼に周囲はドン引きだ。無論、アタシ達もね。


「お、おい…」


「……クラウスだ!」


 そう。彼はあの二日目前に一緒のラ・ネスト行きのギルドの馬車に乗り合わせた金褐色の髪に危ない魅力を持ったアタシ達の同業者。

 というか、まだギルドに登録して数日のド新人らしいけど…嘘よね。


 いや、そもそもなんで彼が突如として空から降ってくるわけ? あの二等級のオジン達がまだダンジョンの下層に潜ってるって言ってたわよね…。


「ま、まさか! お前また・・未鑑定のパピルスをその場で…! いや、待てよ。それじゃあ、今のはあの帰還のパピルスじゃあないのか!?」


「マジかよ!? あの転移系のパピルス一本ありゃあ数年は豪遊できるっていう激レアの…」


「ああ、恐らく間違いねえ。上級ダンジョンや高等級冒険者からの需要がエグイからなあ。それを…なんて勿体ねえことを……」


 ベテランの迷宮探索者達がその場でヘニャヘニャと膝を突く。

 なんだかアタシは全然話に付いていけないけど……その、ドンマイ?


「こうしちゃいられん! あの辺の階層の宝箱を徹底的に開けて回る――ってアラ? なんだアンタ達。もう地上に帰ってたの?」


「「ひぃ」」


 オジン達が掠れた小さな悲鳴を上げる。

 アタシ達? そりゃあ全力で他人の振りに決まってるじゃない。



「…さっきは済まなかった。取り敢えず、あの時は何もできなかったけど。これお詫び。現地調達で悪いけどな。王都で会ったら飯でも奢るよ」


 そう言って彼は、どう見ても私達じゃ買えない高価・・そうなポーションを平気な顔で何本も彼らに押し付けた。


「おっと、そうだ! さっき二十階層で拾ったんだけど…いやあ~やっぱり下層のモンスターは結構良い魔石を出すな。で、少ないけど足しにしてくれ」


「え。にじゅ…」


 何か聞こえた気がしたけど、アタシの心の平穏の為に聞こえなかったことにした。

 呆ける先輩迷宮探索者の手を取って彼はズタ袋から取り出した――昔、生まれ故郷でアタシと弟が飽きるほど食べていた小さなくらい大きな魔石をゴロゴロと載せて握らせると「じゃ!またなっ!」と、颯爽と立ち上がってコチラに向ってきやがってしまったわ。

 ヤバイ。やられる――


「お? なんだ君達もか。地上へは休憩か? それとも補給?」


「い、いえ……また明日、十階層に…」


 凄いわ、ヤジャック。返事ができるだけでも惚れそうになりそう。


「そうなんだ? じゃあ、アゲートさん達によろしくな。…ん。じゃあ、俺がそれまでの階層で湧いてるヤツをササっと片付け・・・といてやるよ! あ。余計な世話だったか? アンタ達だってドロップアイテムは欲しいだろうし…」


 彼がユサユサと苦笑いでズタ袋を揺する。


 え? ま、まさか…もう腰のマジックボックスに入りきらないの? 化け物なの? 


「あ…あ、あの……お願い…します……っ」


「おう! そんじゃ、お互い頑張ろうぜっ!」


 彼は泣く子も失禁するような威嚇…いや、きっと笑顔でアタシ達にサムズアップして去っていった。


 あ。ヤジャックが倒れた。


   *


 ……一昨日はどっと疲れた。


 原因は言うまでもなく、出立前から王都のギルドで噂になっていた大型ルーキー、クラウスだ。

 彼はそうだな。破天荒という言葉に尽きる、じゃあないかな?

 いや、彼には別段悪気はないんだろう。それがまた、余計に悪い気もするが。


『…おい。コレって上位属性、氷属性の魔石じゃあねえのか?』


『二十階層ってのはガセじゃあねえのな。ははっ……なあ? お前ら、もう迷宮探索者。何年やってる?』


『……十五年。いや、もう二十年近いなあ。最高記録だって六人のフルパーティで十六階層』


『俺も似たようなもん』


『だよなあ。…………。俺、もういい加減に引退しようかな。後輩からこんな餞別・・も貰っちまったし。前から嫁さんと店でも始めようかと思ってたし…丁度良い支度金になりそうだしなぁ』


 そんなベテラン先達者達のやり取りが心に深く残っている。

 まるで未来の僕達を見ているようで気が滅入る。僕達は一昨日の一件は全て忘れることにして。この十階層に献身一滴の精神で挑むことにした。

 …僕達は、少なくともあの人達のような終わり方はしたくない。


 そして、二日を掛けてようやく十階層を踏破…!

 十一階層へと降りる階段の前に僕達は立っていた。身体はボロボロだがこの瞬間だけは、僕達は疲労の一切を忘れることができた。目端からは涙が滲む。


「ようやく、ようやく俺達もこれで中等級だ! わっひゃー!!」


「ブフッ!? ちょっと、ペード!笑わせないでよっ」


「へへっ」


「み、皆、頑張った、からだよ…」


「ローバーの言う通りだ。それに、焦りは禁物。先ずはセーフエリアのギルド職員と話をしないといけない決まりだしね。行こうっ!」


「「おー!」」


 僕達は足並み軽く近くのセーフエリアと向かう。その入り口にはギルドの職員冒険者である事を証明する銀の飾緒を首元に付けた人物が立っていたので、僕らは胸を撫で下ろす気持ちで歩み寄る。


「僕らは、王都の銅等級パーティの“電撃のジャッカル”です。……あの?」


「むっ。これは失礼した。私はアゲートと言う。王都のギルド職員冒険者で、一等級迷宮探索者……(チラリ)」


 …? 何だか様子がおかしい。頻りに背後の室内セーフエリアを気にしているみたいだ。


 ……それに、なんだこの匂いは? まるで肉を焼いているみたいな。


「…めっちゃ良い匂いする」


「ちょっと…ペード。涎、涎出てるわよ」


「……姉貴もだぜ?」


 それに、アゲートさんの背後から何やら興奮した数人の声が聞こえる。


「ゴホン。…仕方ない。取り敢えず、今後の詳しい説明はにしよう。君達も早く中に入ると良い」


「え? あの、利用料は…」


「そんなものは後でも構わんさ。例え払えずとも後でギルドで清算してくれたらいい。……それにしても、君達は運が良い」


 運が良い? どういうことだろう。

 僕達はやや浮かされたように暖かなセーフエリアに足を踏み入れる。

 いや、そう感じてしまったのはその熱気・・だろう。


「いやぁーそれにしても、まさかこんな所であのポイズン・ロードランナーの肉にありつけるなんてな~。今日ばかりは女神様に感謝だな!」


「にしてもよぉ? 結局はモンスターの肉だろう。……そりゃあ美味そうだが、大丈夫なもんなのかねぇ?」


「ばっか、お前そりゃ偏見だぞ! ヘリオスじゃあロードランナーの肉はそりゃあ高級食材として扱われてるんだ。あの有名なブーマー産を知らないのか? オマケにその変異種の肉だぞ。平民の俺達にゃあ金貨の塊を喰うようなもんさ!」


「そりゃあ有難味で寿命が延びるってもんだな! 気紛れにラ・ネストに潜ってたが……あのクラウスっていう新人に感謝しなくちゃなんねぇなあ」


「……いや、どうなんだ? 本当に新人なのか。下手したら難度銀等級のモンスターを狩れる奴が」


 焼かれる肉を見てガヤガヤと盛り上がる先達の冒険者達。


「「…………」」


 僕達は黙ってその中心人物を見ていた。

 そんな僕達の視線に気付いたのか、調理中の彼がコチラに振り返ってニコニコと手を振ってくる。


「よぉ! タイミングが良いな。もう良い感じにローストできてるぜぇ~? 旨そうだろ。…あ。パンとか持ってる? この焼けたとこをこう削いでさ、チーズとかと一緒にパンに挟んで食うと……うんまいよぉ~?」


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