Level 0.51 コボルド撃退 その1
川幅十メートルほどに架かる余りにも不安定な木枠に板を張って並べただけの橋を渡る。
そりゃあ、その上を通る度に橋げたがエライぐらつくわけだが……まあ、仮に川に落っこちても腰の下辺りまでの深さしかない。
それに土地柄的に水かさが減ったことはあっても前世の俺の世界の豪雨などによって増水した水が川から溢れそうになるといったことなぞ有史においてもないらしい。
むしろ、この日照った土地でそんなことあらば、女神の御慈悲か天変地異の奇跡だと皆して喜ぶんだろうなぁ。
俺とプウ老人は足早に東村を進む。
どうやら大半の女達は今日の狩りの後処理(※皮を剝いだりとかかなりの重労働)の準備で西に集まってるみたいだ。
そりゃそうだ、本来なら今日は西村から南のドライアドの森へと赴く予定だったんだからな。
流石にコチラの方に残ってる女子供は少ないが、その顔にはやや緊張の色が伺える。
…こりゃ十中八九、モンスターが出たって知ってんな?
まあ、男達が血相変えて東に向かったのを見たんなら、何となく察せるか。
だが、基本は出現したモンスターの脅威度が判定できない場合には非戦闘員――女達や小さい子供なんかに余計な不安を与えないように気を遣うもんなんだがな?
まさか、村の中を武装した大勢で通ったとは思えんけど。
「あ…クラウス!」
「おう、ラム。こんな所で突っ立ってないで、ガキ共を連れて西に行ってろよ? お袋達が準備してっから」
横を通り過ぎざまに俺に声を掛けて来たのは村の幼馴染みの一人であるラムだった。
ラムは何というか昔から面倒見の良い女で結構モテるタイプだ。
……リュカがいなかったら彼女を嫁に欲しいとか、俺も考えたかもしれん。
「でも、さっき槍を持ったガス達が慌てて
「ちっ。あのトンチンカン共め。…別に心配ないさ。今日は親父達の他にプウの爺さんも一緒なんだ。ツェの山頂からワイバーンが飛んで来ても仕留められるぜ。だろ?」
「ガッハッハ! そりゃ豪儀だな! だがな嬢ちゃん、この坊主の言う通りだ。今回は
おいおいおい。年甲斐もなく爺さんが若い娘相手にウインクなんざしよってからに。
だが、コレでラムもちょっとは安心してくれるか…。
「う、うん! わかった。…それに――この村にはクラウスが居てくれてるもん。ね?」
「…お、おう?」
そう言って、少しはにかんだ笑みを浮かべたラムが上目遣いで俺の腕に軽く体当たりしてきた。
柔らかくてリュカとはまた違う良い匂いがした……何が柔らかかったかはノーコメントでお願いします。
背後から感じるプウ老人のジットリとした視線を感じた俺は慌ててラムから離れる。
「じゃ、私もリュカの顔見て来るね!」
ラムは他の女達と子供の手を引いて橋の方へとパタパタと駆けて行った。
「オラ! 呑気にお嬢以外の女の尻眺めてる暇はねえぞ」
「いてっ!? 両手が塞がってんのに蹴んなよっジジイ!」
俺達は改めて村の外へと全力ダッシュを開始した。
*
「やっと来たか。遅いぞ、クラウス」
「悪かったよ。――で、親父…
「我々がここに構えてから少し睨み合っていたが、ジリジリと距離を縮めてきてるな。さっき、十
「はあ…」
俺達は現在、リバーサイドから東に1時間ほど走った距離に居た。
相変わらず、余裕で十km先まで見通せるとか…ここの領民はどこの●サイ族だよと心の中でツッコミを入れておく。
まあ、サンドロックは何処までも広がる荒れた平地みたいなもんだしなあ。
殆ど視界を遮る障害物のようなものも無い…だが、この視力の良さは普通に異常だと思うぞ?
多分に漏れず俺や村の若衆も五km程度の距離なら正確に見通せちまうから余裕で視力5.0とかだと思う。
ただ、流石にサンドロック領外からやって来ている親父などは
因みに俺の近くで腰を下ろして顔を顰めるプウ老人などに至ってはその倍の距離――しかも森の茂みとかに隠れてる獲物までハッキリと見分けられるという化け物だ。
いやしかし、この優れた視力はメインウエポンが弓である俺達には大きなアドバンテージとなる。
ただ、弓の射程は精々四百
おっと、今更だが、ワームだとかハーフリングってのはこの世界の単位だ。
どちらも丁度背丈が単位距離と同程度のモンスターなどから名付けられている。
ハーフリングって小人は兎も角…ぶっちゃけ、全長キロ越えのモンスターとかゾッとしないけどな。
しかし、対モンスター戦において俺達の弓は威嚇射撃程度だろう。
一射、二射と外せば直ぐに相手に肉薄する距離にまで近づかれる――故に、最も肝心なのはそう…
俺は手にした棍棒の柄を握り直す。
俺は正直、弓の次に魔法――一番自信があるのがぶっちゃけ泥臭い近接戦だ。
前世でマトモに喧嘩の一つもしたことがなかった俺も…随分とバイオレンスな世界に染まってしまったもんだ。
ふと、横一列に並ぶ村の猛者達のやや後ろで槍を握りしめて不安そうな顔をしてる三人組が視界の端に入る。
「おい! トン・チン・カン! 三兄弟揃ってなあ~にブルってんだよお? 別にモンスターなんぞ普段からよーく見てるだろーがよぉ」
「そ、そんな事言ってもよお~? そりゃあクラウスが一人で戦ってるとこはよく見て…って俺達は三兄弟じゃねえぞっ!?」
「そうだよ! それに僕はチンじゃないっ!
「いやあ~まあ~オイラ達は皆兄弟みたいなもんだけどさあ~?」
三者三様で俺に言葉を返す俺の悪童仲間。
三兄弟の長男トンことガストン。
俺より一つ上の十六で俺よりも背が高くて無駄にデカイ身体のくせにビビリな男。
三兄弟の次男、チン。
ああ、違った…セバスチャンっていうどっかの執事みたいな名前の無駄に顔だけは良い優男で俺と同じ十五歳児。
最後に三兄弟の三男カンで本名はダンカン。
十四で村で一番おっとりしてダメ男な感じがするが――俺も親父達も多分、この村の戦力としては一番に有望視している男でもある。変なとこでクソ度胸もあるしな。
「それよりもお前ら…テンパりやがって。槍持ったまま村の中を通りやがっただろ? ラムの奴が心配してたぞぉ~?」
「うっ…」
あからさまにガストンの表情が歪む。
俺が三人の緊張ほぐしも兼ねて愚痴を言っていると「動いたぜ」と言ってプウ老人が腰を上げたもんだから、俺も山の方へと向き直り、目を凝らす。
……見えた!
距離にして三kmだろうか。
コチラに向って急遽走り始めたコボルドの数は十二――いや、先頭でその
「おうおう。
「赤いコボルドってーと…“
――コボルド。
我がサンドロック男爵領民にとっては珍しくとも何ともないモンスターだ。
というか、
さて、諸君らに質問だが…コボルドというのは何となく人型のモフモフしたわんわんお等を思い浮かべる者も多いのでないだろうか?
俺もまだ親父達から幼い頃にコボルドについて聞かされた時はそう勝手に夢想していたもんだよ…。
が、実際に目にしてみれば、その正体は俺達より一回小さいトカゲ人間だ。
しかも原生亜人というカテゴリに分類されるいわゆる
ただ、それなりの知性があるようで原始的といえど独自に文明を持つ種族でもある。
友好的な一部のコボルドとは鉱物などで取引を行うこともあるというしな。
…だがしかし、何事にも例外があるように、同じコボルドにも種類が幾つかある。
先ず、青い鱗を持つコボルド。
基本は臆病で滅多に人前に出てこないから坑道などに居を構えている。
また、他種族にも友好的なものは食糧や工芸品と引き換えに棲み処から採掘した鉱石を差し出すという互いに細々ではあるが交流を持つケースがある安全な種だな。
そして、現在コチラに向って来ている緑色の鱗を持つコボルド。
斥候・戦士的な立場にある種で群れで行動し、場合によっては青の用心棒のようなポジションに納まることもあるらしい。
原則的に自身らの縄張りを主張する程度でコチラから接触するような機会がない限り、
だが、赤――オメエはダメだ。
赤い鱗を持つコボルドは他の種の数パーセント程度しか存在しないとされるが、支配階級にあるコボルドだ。
殊更に悪いのはそいつらが“狂信者”と呼ばれるほどのドラゴン信奉者であることだ…。
原始的な宗教観に従って、赤は絶対的な強者であるドラゴンを神とする。
そして、当人からそう請われたわけでもなかろーに
神にその功績を認められ、死後にドラゴンとして生まれ変わる為に…らしいな。
コチラとしてもそんな傍迷惑な理由で生贄にされては堪らん。
お帰り願うとしよう。
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