第9話 模擬戦
エリーゼと相対する。レオ爺さんが俺たちの間に立ち、偉そうに手を上げながら「双方エンチャントを」と言う。
俺は木の片手剣、
プレートアーマーは攻撃をねじ込める場所が少ないので厄介だ。だが、ねじ込む方法がないわけではない。そう習った。実践は今日が初めてだが、やってやれないことはないだろう。何せ祝福は俺のほうが多く受けているのだ、押し切れるはずだ。
エンチャントが終わったのであろう、エリーゼが頷いた。レオ爺さんは俺たちから離れながら、「はじめ」と腕を振り下ろした。
「いくぜ、姫様よォ!」
小盾を前面に押し出しながら、一挙に間合いを詰める。エリーゼの長剣のほうが30cmほどリーチが長い、初手はくれてやる。エリーゼは下段から斜め上へと斬り上げてきた。小盾で弾く――勝ったな、と思った。エリーゼは両手が剣で塞がっているが、こちらはまだ右手の片手剣が生きている。あとは蹴り転がしてから、楽々料理してやる。
そう思って左足を浮かせた瞬間、その左足が刈り払われた。俺の小盾を陰に、エリーゼは小足払いを繰り出していた。
「なッ」
「はあッ!」
エリーゼが、小盾に弾かれた勢いを回転に変えた斬撃を浴びせてくる。片手剣でガード。祝福の差、腕力でなんとか耐える。右足の力だけで飛び退り、距離を取り直す――エリーゼの再びの小足払いが空を切った。
「っぶねえ……!」
「今ので崩しきれませんか。これが祝福の差」
エリーゼは構えを整え直しながら、そう言った。……危ねえ、最初に小足払いを食らったのが蹴り足で良かった。軸足を蹴られていたら、あの一瞬で俺が負けていた。というかあの女、俺が蹴るよりも早く小足払いを繰り出してきた。俺の動きを読んでいなければ、あんな芸当は出来ないはずだ。
「てめぇ、どういう理屈だよ……!」
「ふむ? ……ああ」
エリーゼが兜の奥で、小さく笑った。
「対人戦は不慣れなのですね。ならこちらにも勝ち目があります……ねッ!」
今度はエリーゼから仕掛けてきた。大上段からの振り下ろし。小盾で防御――エリーゼの脇が空いている、突きを――
「ふッ!」
エリーゼは上半身を丸めて脇を締めながら、左肩でタックルを仕掛けてきた。肩鎧に突きが逸らされる。体勢が良くない、受け止めるのはあまりにも分が悪い。
「クソがッ!」
俺は体を開いてタックルの回避を強いられる。同時、エリーゼは半時計回りに回転しながら斬撃を浴びせてくる。小盾で防御。
すかさず片手剣と小足払いを繰り出してみるが、読まれていたようで、小さなステップで避けられた。
次の手を考える前に、再びエリーゼが仕掛けてきた。今度は横薙ぎの斬撃。小盾で防御、フリーの片手剣で攻撃を――防御に変更。小盾で弾かれた勢いを利用した斬撃が飛んできたのだ。
「クソ……うおおおッ!?」
エリーゼはサイドステップで俺の横に回り込み、片手剣の防御を越えるように突きを放ってきた。首の動きだけでなんとか回避。嫌な予感がしたのでバックステップで飛び退る――エリーゼの蹴りが宙を切った。
「……中々、刈らせてくれませんね」
「平民を足蹴にするのが趣味か?」
「趣味? 身分に関わらず、敵対者を地に伏せさせるのが貴族の仕事ですよ。……ところで、剣の師匠は誰なのですか? 鎧武者の殺し方を多少ご存知のようですが」
「そこのレオ爺さんだよ」
「まあ」
エリーゼはゆっくりと長剣を構え直す。次の攻め手を考えているようだ。
こちらも考える、何故劣勢に追い込まれているのか。どうにも小盾で防御してから先が、うまくいかない。小盾で防御し、フリーの片手剣で一突きすれば終わるはずなのに。動き回るプレートアーマーの隙間を突くのは難しいから、事前に蹴り転がしておけばベストだ。そうレオ爺さんに習った。
「……ああ、そういうことかよ」
「ふむ?」
レオ爺さんに習った甲冑相手の剣術は、さわり程度。何せ誰もマトモな鎧を持っていなかったのだから、それ以上訓練しようがない。
「俺の動きは、型通りなんだな?
正直、女だとナメていた。貴族とはいえ、女なのだから、剣術なんて形だけ習っただけだろうと。違った。こいつは、俺よりも遥かに高度な剣術訓練を積んだ人間だ。
「……そうだとして、どうしますか? 剣術を捨てて、獣の戦いでも演じますか?」
「まさか」
答えながら、俺は小盾を捨てた。
「お貴族様が知らなそうな、スラム街の戦い方を見せてやるよ」
エリーゼに向かって突進する。武器は右手の片手剣一本。腰に日用ナイフは差してあるが、今はいい。片手剣なんて上等なものがあるのだから。
エリーゼが横薙ぎの斬撃を放ってくる。バックステップで回避。貧民の武器は日用ナイフだ。日用ナイフを防御に使ったりはしない、折れるから。基本は回避だ。
「ちょこまかと!」
エリーゼが追撃してくるのを、全てステップで回避する。祝福はこちらが上、すなわち身体能力で勝っているので楽だ。しかも相手はプレートアーマーで動きが鈍い。
さっきまでは何も考えずに小盾で防御していたが、あれは間違いだったな。盾を含めて防具の使い方を熟知している、貴族相手では!
「遅ぇ!」
スピードで圧倒し、エリーゼの側面に回り込んだ。彼女の太ももの内側、裏側、そして尻が鎧われていないのが見えた。あれを突く。一挙に距離を詰めようとしたが、すぐにエリーゼがステップで距離を取りつつこちらを向いたので、踏みとどまる。
「ちいっ……!」
まあ当然、スピードで勝負を仕掛けてくる奴への対処も知ってるよな。
だが、一瞬だけなら側面が取れることがわかった。ならやりようはある。接近と後退、回り込みを組み合わせながら位置を調節する。
「……こちらの疲弊を狙っているのですか?」
「それもある」
だが、本当の狙いは別だ。
貧民は、使えるものは何でも使う。
咄嗟に左足を蹴り上げる。そこには、先程捨てた小盾があった。勢いよくエリーゼの顔面に向かって飛んでゆく。
「!」
避けられたが、一瞬だけ彼女の視界を塞いだ。その隙に俺は移動していた。エリーゼはその場で素早くターンしながら全周を警戒するが、俺を見つけられず戸惑っているようだった。
俺は彼女の上に居た。跳んだのだ。ヘラほどは無理だが、2mくらいは跳べる。その程度には祝福を受けていた。
大上段に構え、落下しながら、エリーゼの脳天めがけ剣を振り下ろす。
「ぐうっ……!?」
たまらずエリーゼが膝をつく。どんな貧相なガキでも、上から飛びかかれば大人だって倒せる。スラムのガキの知恵の応用だ。まして大人の体重と、祝福を受けた膂力でなら!
彼女の背後に着地し、突きを構える。尻に寸止めで良いだろう――そう思った瞬間、エリーゼは膝を支点に振り向き、横薙ぎの斬撃を繰り出してきた。
「まだ動けるのかよ!?」
片手剣で防御。だが、軽い。しかも斬撃はふらついていた。脳天への一撃が効いていないわけではない。なら、トドメだ。
「いい加減!」
頭目掛け、力いっぱいに片手剣を振り下ろす。長剣で防御されるが、押し込み、体勢を崩す。その隙に接近、左手でエリーゼの右手を掴む。剣は封じた。
「倒れろッ!!」
兜のスリット目掛け、片手剣を繰り出す。
「そこまで!」
レオ爺さんの合図で静止する。
俺の片手剣は、エリーゼの兜の1cm手前で止まっていた。元より寸止めルールなのだから当然だ。だが。
「……クソが」
俺は目前を睨みながら、そう吐き捨てた。俺の鼻先にエリーゼの左拳があった。鉄のガントレットで鎧われた拳が。……剣を封じたと思って油断していたことを、後悔した。
レオ爺さんは咳払いする。
「……引き分け、でよろしいですかな?」
エリーゼは荒い息をつきながら、首を横に振った。
「実戦ならこちらの攻撃は、よくてヴォルフさんを気絶させた程度でしょう。対して私は目への突きを貰いました、そのまま脳を貫かれていたでしょうね。私の負けです」
「いや、数キロの鉄で鎧った腕でブン殴れば、人は普通に死ぬと思いますが……まあ本人がそう仰るのなら、わしから口出しすることではありませぬな」
そう言ってレオ爺さんは頭を下げるが、俺は釈然としていなかった。
「……引き分けだよ引き分け」
「いえ、先程も言いましたが――」
「うるせえ! 最後っ屁食らっておいて勝ち誇れるかよ! これは引き分けだ、だからもう一戦やんぞ!」
「……ふふ。わかりました。次は文句のないよう、私が完璧に勝ちます」
「言ってやがれ」
俺とエリーゼは構え直し、睨み合った。だが、レオ爺さんが間に割って入ってきた。
「はい、そこまで。今日はこの後迷宮に潜るので模擬戦は終わり」
「うるせえぞ爺さん、その前にもう一戦やる時間くらい――」
「時間の問題ではないわ馬鹿者め! 模擬戦とはいえ雇用主の脳天ブン殴る馬鹿がおるか!? 兜無かったら即死じゃぞ即死!」
「兜あるから大丈夫だ……ろ……」
エリーゼを見てみれば、脚が小刻みに震えていた。
「だ、大丈夫じゃねえの?」
「結構、揺れました」
兜にも、目視できるくらいの凹みが出来ていた。
あー。祝福の差を考えると、俺がエンチャントした木剣と、彼女がエンチャントした鉄兜だと、強度は同じくらいになるかもしれないな。それで全体重かけて、祝福で得た膂力でぶん殴れば、流石に脳みそ揺れるかもしれない。いや、兜の作りが悪かったら、兜ごと頭カチ割ってた可能性もある。
「……すまねえ」
「少し休めば、大丈夫です」
ヘラがエリーゼに駆け寄り、身体を支えた。レオ爺さんは俺を睨む。
「とりあえず休憩1時間。エリーゼ様はその間安静にしているように。ヘラはエリーゼ様の様子を診ておけ」
「はーい」
「ヴォルフはここで説教な」
「ういっす……」
ヘラが「私は大丈夫です」と渋るエリーゼを担いでギルド本部の中に連行する中、俺はレオ爺さんの説教を食らった。
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