第18話 魔賊 その2

 修道士とレオ爺さんの詠唱が交錯する。


Iaイア, Kedケト, Sabotザボート, Neakネァク


Iaイア, Kedケト, Sabotザボート, Ir’okイルオク


 修道士が放った炎塊と、レオ爺さんが放った氷塊が激突し、爆発。一瞬にして両者の間に霧が発生し、視界が塞がれる。だが、気にせずに霧の中に突進する。こちとら月明かりすら届かない夜道でも、正確に相手を捕捉して襲えるのだ。ほら、霧にたじろいで足音が鳴った。そこだ。


Kuhクー――」


 詠唱なんかしているから、殊更に位置がわかりやすい。修道士の左側に回り込む。


「ここだよ」


 声を発すると同時、限界ぎりぎりまで姿勢を低くする。


Neakネァク!」


 頭上を炎が通り過ぎていった。左手を横薙ぎに振りながら魔法を撃ったな。狙い通り。


 軸足が回転する音。こちらを向いたな。さらに左側に回り込みつつ接近、剣を振る。


「!」


「受け切るか、これを!」


 互いの手が届きうる距離、ここまでくると霧があっても姿が見える――修道士はかなり無茶な姿勢で俺の剣を防いでいた。防ぎ切れたのは祝福の差、膂力のおかげだろう。


 修道士は足を入れ替えて体勢を立て直しながら、自身の剣で俺の剣を押し返し始めた。やはり膂力差は明らかで、抗えない――抗う必要はない。受け流す。剣術の基本。


「よっと」


 互いの刃が擦れ合い、ぎゃり、と刃がめくれる音が鳴る。修道士の剣が俺の剣の上を滑り、地面に叩きつけられた。


「トドメ――」


 頭に剣を振り下ろそうとして、すかさず目標を変える。エリーゼとの模擬戦で学んだ。最後っ屁を潰す。剣持つ右腕に斬撃を加える。


「――なんてな!」


「がッ!?」


 修道士は地面に叩きつけた反動で、剣を振り上げようとした。その剣持つ手首に、俺の剣が振り下ろされた。切断。


 手首から先の無い腕が振り抜かれ、血飛沫が飛び、俺の頬を濡らした。不快。だが、読みが当たった快感が勝る。


「Kuh――」


「しつこい!」


 詠唱しながらかざしてきた左手を切断。もう戦えまい、修道士に切っ先を向けながら問いかける。


「降伏する気は?」


「……贖罪しょくざいを。ここで暮らしましょう。さもなくばここで死んでください」


 修道士は俺の言葉をまるきり無視して、まるでまだ拳があるかのように、よろけながら殴りかかってきた。


「まずお前が死んで贖罪しろ、魔賊野郎」


 喉元に剣を突き刺す。切っ先が骨を割った感覚。修道士の目がぐるりと回り、身体から力が抜けた。


 剣を引き抜くと同時、修道士の身体から大量の青白い光の粒――魔素が溢れてきた。


「おわっ、こんなにか……」


 振り返ってみれば霧は既に晴れており、魔素の大部分がエリーゼに吸い込まれてゆくのが見えた。とはいえ俺やヘラ、レオ爺さんの取り分が少ないわけではない。体感だが、地下4階に数日潜ったのと同量の魔素が得られたのではないか?


「……魔賊が無くならねえわけだよ、効率が良すぎる」


 ヘラが駆け寄ってきて、俺の顔を心配そうに見上げた。


「怪我はない?」


「ああ、こりゃ返り血だよ。俺は無傷だ」


「よかった」


 ヘラが差し出してくれたボロ布で返り血を拭っていると、レオ爺さんがヒゲをしごきながら近づいてきた。


「うむ、読み通り、剣技のほうは大したことなかったようじゃのう」


「魔法は予想外だったがな。だけどよ、氷飛ばしてくれたのは助かったぜ。霧がなけりゃ主導権握るのにちと苦労しただろうからな」


「む? ああ……うむ、そうじゃろそうじゃろ」


 レオ爺さんはゴシゴシとせわしなくヒゲをしごいている。


「……おい、あれはわざとじゃなかったのか?」


 ヘラがにまにまと笑い、レオ爺さんをつついた。


「霧が出た瞬間、『やっべ』って言ってたよね」


「……ば、バカの一つ覚えで炎ばかり撃ってくるとは思わんじゃろ!? 次は氷と読んで、氷で相殺しようとしたんじゃよ! ……それよりも剣を見せろ剣を!」


 レオ爺さんは俺の剣をひったくると、目を近づけたり離したりしながら刃の状態を確認しはじめた。


「……ふむ、だいぶ刃がまくれておるのう。じゃが自分より祝福を受けた者に切断されなかったのは褒めてやろう。上手いこと受け流せたようじゃの」


「そりゃどーも。……で、このまま使えそうか?」


「いや、研ぎ直さねば危険じゃな。不意に魔物の皮膚に引っかかったら大惨事じゃ……とはいえ刃先は無事ゆえ、今はそこだけ使うように」


「あいよ。いや、そんな面倒なことしないでもコイツの剣使えば良いか」


 修道士の剣を拾い上げてみたが……俺の剣よりも状態がひどかった。刃こぼれだらけで、よく見てみれば剣身が歪んでいた。とはいえ売れなくはないし、別の何かに打ち直してもらうという手もある。ありがたく拝借しておこう。


「ちと俺の武器の状態が不安だが、探索続行も出来なくはない。どうするよ姫様」


 エリーゼに声をかけると、彼女は数秒目を瞑って考えだした。


「……もう少し、進んでみましょう。この魔賊が1人だけなのか、通路がどこまで続いているのか、調べてみるべきだと思います。ただし調査・偵察を主とし、危険そうなら即座に逃げる方向で」


「よしきた。俺たちが一番乗りじゃなかったのはガッカリだが、確かに奥は見てみたいぜ」


「ええ、そういう好奇心もあります……でも、それ以上に何か胸騒ぎがするのです」


 彼女は、鎧で覆われた豊満なバストに手を当て、修道士の死体を見つめた。


「……おいおい、イカレ魔賊野郎の言葉なんて気にするなよ。祝福は呪いだなんて言いながら、魔法バンバン撃ってきた奴だぜ?」


「それはそうなのですが……まあ、ともあれ進みましょう」


 彼女は修道士の死体に向かって十字を切ると、俺に頷いた。再び、俺を先頭にした未踏領域調査が始まった。

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