第45話 武術大会 その2

 エリーゼの試合が終わったあと、フィールドはロープで10区画に区切られ、複数の試合を同時進行するかたちになった。2000人の参加者をさばく手前致し方ないのだろうが、どうにも今日1日で参加者を半分ふるい落とすつもりらしい。そして明日は1000人を500人に、明後日は500人を125人に絞り、明明後日に優勝者を決めるという進行のようだ。


 ともあれ正午過ぎに「馬上槍試合」という、古い時代の戦い方を再現した余興が終わった後、俺は選手控室に入った。そろそろ出番というわけだ。係員に案内され、武器ラックの前に通された。係員はさまざまな木製の武器を指し、「好きなものをお取りください。数に制限はないです」と言った。


「ふーむ……」


 片手剣を幾つか選び、手に取って重心を確かめる。普段使っている片手剣はヘラに預けてきたが、それに近い長さと重心のものを1振り選び取った。


「これで良い」


「承知致しました、ではこちらへ」


 係員の誘導に従ってフィールドに出ると、凄まじい喧騒が俺を出迎えた。10試合同時進行、すなわち20人が剣と鎧を打ち鳴らして戦い、それを超満員の観戦客が様々に応援しながら眺めているのだ。


 観戦席をざっと眺め渡したが、俺を見ている客は1人として居なかった。ヘラの姿すら見つけることは難しい――はっきりと「その人だ」とわかるのは、最上段に設けられた皇帝専用席に座る、神聖ローマ皇帝だけだ。もちろん彼は俺なぞ見向きもせず、フィールド全体を眺め渡しながら、そばに侍る貴族たちと歓談中だ。


 ――絶対に勝ち上がって、お前の目に留まってやる。そう誓って皇帝をひと睨みしてから歩みを進め、指定された区画に入った。ロープで正方形に区切られたフィールドの中には紋章官とかいう審判役と、俺の対戦相手がいた。


 紋章官が俺と対戦相手を見て、声を張り上げた。


「これよりAブロック第32試合を始める。右方は冒険者ギルド所属、姓なしのヴォルフ。相違ないか?」


「ああ」


「続いて左方は冒険者ギルド所属、スヴェン・マイヤー。相違ないか?」


「相違ない」


 スヴェンは鷹揚おうように頷いた。――帝都フィラハ最強の冒険者、スヴェン。それが俺の対戦相手だった。2mを超すであろう堂々たる体格に、逞しい筋肉。鎧は兜に胸当て、腕当てだけの簡素なものだが、その太腕で掲げる長大な両手剣ツヴァイヘンダーをかいくぐり、鎧を避けて素肌に剣を当てるのは、並の戦士では困難なことだろう。


「――ルールを説明する。鎧で覆われていない頭部、顔面、頸部、腋窩えきか、胴体などの致命部位への強打を以て1本と見做す。ただし意図的に障害を負わせるもしくは殺害を企図した攻撃は禁止とし、特に目や首への攻撃は寸止めとすること。ただし実際に障害ないし殺害に至った場合でも――」


 紋章官は長々と細則を述べたが、ようは死んでも自己責任、死にたくなければ鎧っておけ。ただし鎧をこじ開けての攻撃も認めるから、やっぱり死んだら自己責任な。それが嫌なら今すぐ棄権しろ……というようなことを言っていた。


「――以上。承知したか?」


 俺もスヴェンも無言で頷くと、紋章官は象牙をはめ込んだ白杖を掲げた。


「両者向かい合って。エンチャントを」


 俺たちは聖句を唱えるなんてお行儀の良いことはせず、無言で武器甲冑にエンチャントを施した。面白がるように、スヴェンが笑った。


「いいね。冒険者らしい」


「使えりゃなんでも良いからな」


「全くだ」


 俺とスヴェンが構えたと同時、紋章官が杖を振り下ろした。


「――始め!」


 スヴェンは両手剣を下から上に振り上げながら突進してきた。俺はひょいと躱しながら反撃に移ろうとするが、スヴェンの両手剣は振り上げる途中でぴたりと止まり、その切っ先は俺の正中を向いていた。反撃を断念し、距離をとって機を伺う。


「……なあ、1つ聞いていいか?」


「なんだ」


「あんたもこの大会で王侯貴族に目をかけてもらおうってクチかい?」


「雇われるつもりはない。せいぜい優勝したら皇帝にカネをせびろうか考えている程度だ。俺はどうも雇い主の引きが悪いらしくてな」


「イザークは気の毒だったな」


「いい気味さ」


 今度はこちらから仕掛けた。小盾を前面に押し出しながら突進。両手剣で迎撃されるが、逸らす。そのまま踏み込んで片手剣を叩き込もうとするが、スヴェンは素早く両手剣を操って防御した。得物の大きさの割に引き戻しが異様に早い。


 オーグルたちの魔素を吸い取った俺の動きに、完全に対応している。長年迷宮地下5階に潜り、魔物たちをなぎ倒して得た魔素の量はそれほどまでに多いのか。――攻勢を仕掛けていたはずの俺は、いつの間にか守勢に回っていた。凄まじい連撃に小盾も剣も拘束される。――だが。


「知っているぞ、対処法は」


 来るぞ、と思った瞬間に限界まで身をかがめる。刹那、頭上スレスレを蹴りが通り抜けた。大柄な体躯、長大な得物、軽装甲――オーグルの戦い方と同じだ。


 かがんで得た脚のバネを使って一息に距離を詰める。スヴェンは蹴りを空振った勢いそのままに身を回し、柄頭でコンパクトな突きを放ってきた。小盾で逸しながら、片手剣で腕を斬りつける――腕当てで防がれるが、反動で剣を回して膝を叩く。


「ぐうっ!?」


 スヴェンは苦悶の表情を浮かべて膝をつきつつも、沈みこむ身体の動きを利用して両手剣を振り下ろしてくる――俺は下から上へと拳を突き出すように、小盾を両手剣にぶち当てにいった。凄まじい音が鳴り、両手剣が弾かれて宙を舞った。スヴェンの上体は大きく揺らぎ、片膝立ちになっていた脚もわずかに地面から浮いた。


 ――どんなに祝福を受けて膂力が強化されようと、体重自体は変わらない。であれば、地に脚つけて下から上に跳ね上げる方が有利だ。人間の体重は、強大な膂力で放たれる振り下ろし攻撃の反動を抑え込めるほど、重くはないのだから。


「終わりだ」


 無防備になったスヴェンの胸を蹴り飛ばして地面に転がし、喉元に片手剣の切っ先を突きつける。彼は両手を挙げて降参し、意外そうな表情を浮かべて笑った。


「……お前の掌の上で転がされている気分だったよ」


「オーグルが似たような戦い方をしていたもんでな」


「やりあったのか、地下6階の魔物と。……ツイてるなお前は、俺は一度も地下6階の魔物とは出くわさなかった」


「……ツイてるかどうかはわからねぇよ」


 紋章官が駆け寄ってきて、俺の勝利を宣言した。当然ながら歓声など聞こえてこない、誰もこの試合に注目していないのだろうから。ヘラは声を張り上げてくれているのかもしれないが、喧騒にかき消されて聞こえない。


 まあ1回戦はこんなもんだろう、そう思って帰ろうとした瞬間。観戦席からどよめきが走った。


 何事かと思ってフィールドを見渡した直後、小さな青い光の粒――魔素が俺の身体に飛び込んできた。紋章官や、スヴェンの身体にも……そして観戦席にいる、無数の客たちの身体にも。


 それは幻想的な光景だった。水面に落ちた水滴が波紋を広げるように、フィールドの一角から満遍なく魔素が撒き散らされていた。紋章官がぼそりと呟いた。


「死者が出たか、気の毒にな」


 ――『お前たちのように、自らを呪い歪めた者たちが地を満たした時、お前たちを解き放とう』。


 古の言い伝えが頭をよぎり、嫌な予感がした。……だが結局、何も起こらなかった。俺が観戦席に戻ってぼんやりと試合を眺めていても、日が暮れた頃に今日の試合が全て終わっても、だ。


ヒヤッとしたけど、やっぱり杞憂だったのかなぁ」


 ヘラがそう言うのに、俺は無言で頷いた。――結局今日は、16人の死者が出た。そのたびに魔素が撒き散らされたが、何も起きなかったのだ。やはりあれは、所詮は古代人の迷信に過ぎないのだろうか? そうであってくれたほうが、誰にとっても嬉しいのだが。


「ま、気にしても仕方ねえわな。そういうのはお偉いさんがたの仕事だ。俺はとにかく勝つことだけ考えるよ」


「そうだね、それが良いね」


 そう言いつつもヘラは若干不安そうな顔をしていたが、すぐに笑顔に切り替えると「じゃあ明日に備えて、栄養あるもの食べにいこうよ。1回戦突破の祝勝会も兼ねてさ」と言い、俺の手をひいて酒場に繰り出した。

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