第35話 予兆 その4

「要約すればこうなります」


 そう言ってフィリップ助祭は『太古の言い伝え』を語り始めた。



 はるか昔。武勇をたのんで神々に戦いを挑んだ、異形の民があった。


 彼らは山羊の角、蝙蝠こうもりの翼、蛇の尾を持っていたという。


 彼らは自らを呪い、歪ませることで、神にもみまごう力を得た者たちであった。


 しかし地上全てを巻き込んだ激戦の末に勝利を収めたのは、不滅の神々であった。


 そして神々は罰として、この異形の民を地底深くに幽閉してしまった。


 異形の民は自らの過ちを認め、ここから出すように乞い願った。しかし神々はほくそ笑んで曰く、


「お前たちのように、自らを呪い歪めた者たちが地を満たした時、お前たちを解き放とう」と。


 そして神々は地上に残っていた異形の民を殺し尽くし、地底に蓋をし、満足した。



「――以上です」


 フィリップ助祭はそこで言葉を切った。


 俺は正直、困惑した。ヘラとエリーゼも同じようだった。


「え、なに? おとぎ話? ってか神様、性格悪くない?」


 とヘラが言う。


「まあ正直、私もおとぎ話だと思いますよ。それとこの神々の性格の悪さはまあ……異教特有といいますか。そういうものです」


「うーん。まあともかく、ダリオはこの言い伝えが本当か確かめるために迷宮に潜ったってことなんだよね?」


「そうだと思います」


「……無駄じゃない? だってさぁ、迷宮十字軍が地下7階まで潜ったけどその『異形の民』は見つからなかったんでしょ? 個人で潜れる範囲で、何か新しいものが見つかるとは思えないけどな」


「迷宮十字軍を主導したのは、当時の教皇猊下げいかです」


「あー……ダリオはそこから疑ってるんだ。……ってちょっと待って、エリーゼ様、龍貨持ってます?」


「はい」


 エリーゼは龍貨を出した。そこにはドラゴンの横顔が描かれている。爬虫類のような頭に、一対の角が生えている……それは山羊の角のように思えなくもない。


「フィリップ助祭。迷宮十字軍の生き残りが伝えたドラゴンの姿って、どんな感じなの?」


「それは言い伝えによってまちまちなんですよ、第4回迷宮十字軍ももう200年前の話ですしね。共通しているのは『トカゲのような顔、一対の角、空を覆い尽くすような翼、長い尾』くらいのもので」


「うーん……」


 ヘラは悩み込んでしまった。エリーゼはエリーゼで、「『自らを呪い、歪ませることで、神にもみまごう力を得た』……ダリオはこれを魔素だと捉えたのでしょうか?」などと首をひねっている。


 だが俺はかぶりを振り、ぱんと手を叩いた。


「考えるのはやめにしようぜ、なんだかバカらしくなってきたぜ。太古の与太話と今の迷宮がたまたま似てた、って線もあるだろ? そもそも千何百年も前に『太古の言い伝え』なんて言われてるんだぜ? そこから今まで、迷宮みたいながすっかり忘れられてるなんてこと、あるかよ?」


「まあ、そこは疑問だよねー」


「ダリオがおかしくなっちまった理由はわからねえが、『修道者の小径』の地下4階までは行けて、生きてたんだ。なら俺たちがやることは変わらねえだろ?」


 エリーゼはため息をつき、それから自嘲気味に笑った。


「……まあ、そうですね。未知のものを解き明かしてゆくのは楽しいですが、私たちにとって重要なのは、そこにまだ龍貨が眠っているのかどうか、というところです」


「だろ。俺だって迷宮の秘密にワクワクする気持ちは確かにあるがよ、今重要なのはカネだ。だから、明日も潜る。それでいいんじゃねえのか?」


 ヘラとエリーゼは頷いた。もう武術大会は1週間後なのだ、目的を履き違えるわけにはいかない。少なくとも俺はカネを得て装備を整える必要がある。狂った修道士が何を見たにせよ、それは迷宮に潜るのを躊躇ためらう理由にはならない。


 退出しようとする俺たちに、フィリップ助祭が声をかけてきた。


「くれぐれも、気をつけてくださいね。繰り返しになりますが、ダリオほどの者が狂ってしまうような何かが、そこにはあった。私にはそう思えてならないのです」


「……フィリップ助祭。学友だったダリオを信じたい気持ちはわかるがよ、あいつは迷宮に潜る前にだいぶおかしくなってたんじゃないか? 教皇を疑ってる時点で平静じゃあないだろ……まあ神を信じてない俺が言うのもおかしい話だけどよ」


「……そうかも、しれませんね」


「だがまあ、気をつけるとするよ。少なくともオーグルが居るのは確かなんだからな」


「はい。無事を祈っていますよ」


 俺たちは教会を後にし、明日に備えた。



 翌日、俺たちは迷宮に潜り、地下3階『修道者の小径』の入り口にやってきた。2週間ぶりになるが、特に変わった様子はない――とは言えなかった。


「なんだ、こりゃ……」


 そう呟く俺の眼前には、があった。


『修道者の小径』の入り口の対面に、ぽっかりと大穴が空いていた。そしてその穴はずっと奥へと伸びており、緩やかに


「まさか、地下2階に向けて拡張してるのか? だが誰が……いや、そもそも『修道者の小径』を掘ったのが誰かもわかっちゃいねえが」


 エリーゼは顎に手を当て、新しい大穴を睨んでいる……だが、すぐに決心したように、『修道者の小径』を指さした。


「気になることは色々あります、迷宮に何かが起きていることは確実なのでしょう。ですが、今は今しかできないこと、今必要なことをやりましょう」


「……そうだな。それが良いと思う」


「では進みましょう……ああ、ただし後方への警戒は最大限に」


 後衛担当のヘラが頷く。


「了解です。ヴォルフ、前は任せたよ」


「あいよ」


 俺たちは頷き合い、2週間ぶりに『修道者の小径』へと突入した。

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