第36話 邂逅 その1
『修道者の小径』に踏み込んでから暫くして、ダリオが魔物の死骸を積み上げていた広間にたどり着いた――真っ先に目についた変化は、その死骸の山が土砂の山に変わっていたことだ。
「地下2階に向けて掘り上げた時に出た土砂かね、こりゃ」
「そうだと思います。……しかし、こう」
エリーゼは兜を指でコツコツと叩いた。
「知性を感じますね、この作業の仕方は。それに地下4階にも同じように土砂を積んだ山がありましたし、作業が定型化されているように思います」
「同じ奴が掘ったってことか?」
「あるいは指揮している者が同じか、ですね。……そうだ、足跡を調べてみましょう」
俺たちは土砂の山の周辺を調べ、足跡を探ってみると――ヘラが真っ先に見つけた。
「あったよ。人型、素足、サイズは……うん。オーグルだろうね、これは」
彼女の指差す場所を見てみれば、人の足で踏みつけたような跡があった。そのサイズは40cmほどだろうか。余程の大男でないとすれば、オーグルと考えるのが自然だ。
「なら鉱夫はオーグルってことになるか?」
「かもね。それなりに知性はありそうだったし。でも、そうだとすると……ねえヴォルフ、採掘音って聞こえる?」
耳を澄ませてみるが、岩壁を掘るような音は聞こえてこない。そもそも『修道者の小径』の入り口ですら、聞こえていなかった。
「いや、何も」
「だよね。じゃあ少なくとも今は掘っていないわけだけど……そもそもさ、この地下3階ってほぼ全域が洞窟じゃん? いくら辺縁部とはいえ、採掘作業なんてしてたらどこかしらに音が響きそうだよね」
「それもそうだな……なら誰にも気づかれずに掘るって難しくないか?」
「うん。音を聴きつけて寄ってきた奴を皆殺しにするか、さもなくば夜に掘っているかだね」
「ふーむ……」
俺たち冒険者は、余程の効率主義者でない限りは、地上が夜になる前に迷宮から帰還する。それは魔物から剥ぎ取った素材を買い取ってくれる冒険者ギルドが、日中しか営業していないからであるし、そもそも魔物が
「だがそうなると、オーグルたちは地上の時間を知ってることにならねえか? 太陽もない迷宮の中で暮らしてるのによ」
「疑問はそこだよね。そう考えると、寄ってきた奴を皆殺しの線のほうが太いかなー。地下3階に潜ってる冒険者じゃ、オーグルには敵わないだろうし」
「じゃあせいぜい、皆殺しにされないように気をつけるとするかね」
俺たちはさらに奥に進むことにした。オーグルはほぼ確実に出るとわかってはいる。だがこうして『修道者の小径』を眺めてみると、納得と安心感が芽生えてきた。
というのも広間を除けば、『修道者の小径』の通路は、高さも幅も4m程度しかないからだ。身長2m50cmはありそうなオーグルでは、長大な石斧を縦横に振り回すにはやや手狭だろう。であれば2体以上が並んで戦うなど、到底不可能だ――ダリオがここで籠城戦が出来た理由がわかったわけだ。あいつのように罠を仕掛けた上でなら、一人でも撃退は不可能ではなさそうだ。
そして3人という頭数がある俺たちは、仮に複数のオーグルに追われるようなことになっても、ここに逃げ込んでしまえば逆襲できる。あの時よりも祝福を受けて膂力が上がっている俺たちの脚なら、十分に逃げてこられるだろう。
暫く歩き、魔物と出くわすことなく地下4階まで降りてこられた。
「……たった2週間前だってのに、なんだか懐かしい気がするな。んで姫様、どうするよ」
「あの……例の小川は避けて進みましょう。せせらぎの音でヴォルフの耳が塞がれることは避けたいですから」
「了解」
前回オーグルに奇襲された時は、俺たちが龍貨を発見して興奮していたこともあるが、エロ小川のせせらぎでオーグルの足音がかき消されていたせいで接近に気づけなかった。同じ轍は踏むまいというわけだ。
俺たちは軽く周囲を探索し、1本の獣道を発見して、そこを進むと決めた。暫く歩いていると、その獣道は僅かに下に向かって傾斜し始めた。
「……下に向かってるってことは、やっぱ地下5階に繋がってるのかね」
「そうじゃないかなー。ダリオが籠城してたところには地下5階の魔物の死体があったし、この階層でオーグルも出たし。下から這い上がってきたのは確実だよね」
「やっぱそうだよな……っと、ちょっと待て」
俺はヘラとエリーゼに停止するようハンドサインを送り、それから耳を澄ませた。
「……微かだが、うめき声みてぇのが聴こえる」
2人が頷き、音もなく武器を抜いたのを確認し、俺は声のするほう――獣道から少し逸れた木々の間に分け入った。ほどなくして、それは見えてきた。
オーグルだ。オーグルが一体、大きな石にもたれかかって座り込んでいた。ただしその顔には酷い火傷があり、左腕は失われていた――レオ爺さんを殺した個体の特徴だ。
だがそいつは、レオ爺さんと戦ったその時よりも傷ついているように見えた。無数の傷跡が全身についており、
「気づかれた!」
「ヘラは牽制。ヴォルフは私と一緒に突撃!」
「「了解」」
オーグルがよろよろと立ち上がると同時、ヘラがダーツを
オーグルの左膝から力が抜ける。もはや何も出来まい。トドメを刺すべく、剣を引き絞る――ふと、オーグルと目が合った。
笑っていた。潰れた右目から流れる血と相まって、泣き笑いのような表情だった。意味がわからず、薄気味悪さを感じる。
「Dvo, arg, da」
オーグルは口を動かし、何事か音を発した。意味のある音……言葉なのかはわからない。だが潰れていない左目は細まり、その奥の瞳には喜色が浮かんでいた。いや、これは。
「……感謝、してるのか? なぁ」
「Dvo, arg, da」
オーグルは音を繰り返す。こうしてもう一度聞いてみると、感謝しているような、悔いているような、不思議な声色に感じられてきた。オーグルは限界が近づいてきたのか、無事な右膝も地面につき、満足そうな表情で天上を見つめた。それはまるで、喉を掻き切ってくれと差し出しているようだった。
ヘラとエリーゼに視線をやれば、彼女たちはオーグルの様子に困惑していた。だが俺は困惑よりも強く湧き上がってきた、別の感情に困惑していた。
怒りだった。こいつに、レオ爺さんの仇に、魔物に――感謝されたことが、どうしようもなく腹立たしく思えてきたのだ。
「お前の感謝も悔いもいらねぇよ」
「Jark, dom, zash――」
オーグルの言葉を切るように、俺は奴の喉元に剣の切っ先を沈めた。
「お前は、レオ爺さんの、仇で」
言葉を区切りながら、左胸、右胸、腹と、順番に剣で突いてゆく。
「俺たちが、欲しいのは、テメェの、命と」
「――祝福だけだ。魔物はゴチャゴチャ言わずに、黙って祝福だけ寄越しやがれ」
最後に首を
「……ヴォルフ、大丈夫?」
ヘラが心配そうに、俺の顔を覗き込んできた。
「ああ。爺さんの仇だって思ったら、急にイラついちまった……それよりも悪かったな、その……」
「いいよ、父親の仇って言い切れるほど呑み込めてないしさ。それよりも見て、コイツがもたれかかってた石」
ヘラが視線を送るそれは、横倒しになった長方形の大きな石だった。全体が苔むしているが、よく見てみれば、苔が凹んでいるところがあった。それも横一直線にだ。周囲を回って見てみれば、その線は石をぐるりと囲んでいた。
「箱、だったりしない?」
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