第11話 連戦

 血牛たちは特段統制が取れているわけではなく、近い個体から順に突っ込んでくるようだった。頭の角をこちらに向け、獰猛に走り込んでくる。


「気をつけろよヘラ、跳ね飛ばされるなよ!」


「そっちもね!」


 素早く武器防具にエンチャントを施す。エンチャントは物体の強度が上がるだけで、重量が上がったりはしない。つまり体重数百キロはありそうな血牛と正面衝突すると、人間は普通に跳ね飛ばされる。


 最初に突っ込んできた2体を、俺とヘラでさばく。


「ひとつ!」


 突進を紙一重で回避し、すれ違いざまに横薙ぎに剣を振る。血牛は自身の突進の勢いで、上下に分割された。


「よいしょぉ!」


 ヘラは血牛の下に潜り込み、蹴りを食らわせたのであろう。血牛の下半身が爆ぜ飛んだ。


「次……クソ、やっぱ多い!」


 8体の血牛が、俺たちを半円状に包囲しながら助走をつけ初めていた。その奥にはさらに多くの気配が。その時、レオ爺さんの声が聞こえた。


Ebエプ, Akurアクール-Eomエォム


 詠唱。レオ爺さんは無詠唱でも魔法を撃てるが、わざわざ詠唱するということは。


「ほい壁じゃ!」


 俺たちの両側面を守るように、2枚の炎の壁が出現した。二重詠唱だ。


「正面はヴォルフとヘラでなんとかせよ! 後ろはわしとエリーゼ様で受け持つ!」


「あいよ!」


「ちょっとお爺ちゃん、草に延焼してる! 内側も焼けちゃうよ!」


「……後退しながら戦うぞい!」


「クソジジィ、考えてなかったな!」


 俺たちは延焼し、幅が狭まってゆく炎の通路から逃げ出しながら戦った。俺とヘラが殿で、炎の通路を通ってくる血牛をさばく。ちらと見てみたが、炎を迂回した血牛は、エリーゼがなんなく殺していた。突進を最小限の動きで回避しつつ、頭を斬り落としている。


 レオ爺さんが炎の壁を張り直しつつ後退すること数度。ついに血牛の群れを殲滅した。あたりには牛肉が焼ける、良い匂いが漂っていた。


「なんとかなったな。かなりの数を倒せたんじゃないか?」


「38体じゃよ」


「数えていたのか」


 まる1日迷宮に潜ったとして、15体も魔物を倒せれば良いほうだ。レオ爺さんの予測通り、本当に魔物の過密地帯になっていたのだろう。


「んじゃ戻って素材剥ぐか?」


「いや、まだその時ではない」


「なに?」


 レオ爺さんが指差す方向を見てみると、焼けた草原の中から、地を這うようにして無数の影が出てきた。炎で露わになったそのシルエットは、トカゲのそれであった。


「サラマンダーじゃなぁ。いつもなら主要通路の近くに居るはずじゃが、こちらに逃げてきたと見える」


「で、炎に惹かれてやってきたと」


「……計画通りじゃ」


「そういうことにしておこう」


 サラマンダーの群れとの戦闘が始まった。中型犬サイズのトカゲではあるのだが、厄介なのは炎吐きだ。


「クソ危ねえ!」


 サラマンダーが吐いた炎を、横に飛んで避ける。炎は、べしゃりと地面に落ちて燃え盛った。奴らは火のついた油を吐きかけてくるのだ。当たったら最後、油を処理しない限り燃え続ける。戦闘中は到底無理だ。


 エリーゼがサラマンダーの一匹を斬り殺しながら、レオ爺さんに尋ねる。


「あれに当たったら、鎧が脆くなりそうですね」


「まあ焼きなましになりますからなぁ」


「中身の心配をしろお前らは!」


 サラマンダーの群れと戦闘すること数分。ついに群れを殲滅した。


「何体やった」


「24体じゃなぁ」


 血牛と併せて……62体、かなりの戦果だろう。ヘラが腰に手をあて、ため息をつく。


「いやー流石に疲れたー。エリーゼ様は大丈夫です?」


「ええ、レオさんにかなり守って頂けたので」


「偉いぞお爺ちゃん! ……それにしても、派手に焼いたから煙が凄いね。ほら、天井の星が見えないくら……い……」


 ヘラが天井を見上げて固まった。俺も天井を見上げてみれば……無数の黒い影が、飛び回っていた。レオ爺さんが咳払いする。


「死喰い蝙蝠じゃなあ。普段は天井に潜んでいて、放置された死体を見つけては食うだけの無害な存在なんじゃが」


「今は?」


「煙にまかれてキレておるな、あれは。……戦闘準備ッ!!」


 酷い戦いになった。人間が最も苦手とするのが、飛ぶタイプの魔物だ。こちらの近接攻撃が届かないし、エンチャントは人間の身体から離れた瞬間に消えてしまうので、飛び道具を持っている冒険者も少ない。


「シュート! ……よぉし!」


 ヘラがガッツポーズする。その視線の先で、血牛の頭が直撃した死喰い蝙蝠が墜落していた。


 俺たちはひとかたまりになって、蝙蝠どもの滑空攻撃をやりすごしたり、すれ違いざまに斬り殺したりしつつ、移動していた。先程殺したサラマンダーや血牛の身体を砲丸にして、ヘラに投げさせるためだ。


 ヘラのバカ力で投げれば、エンチャントされていないものであっても、その威力だけで魔物が殺せる。


「ちょっと私もやってみてよいですか?」


 そう言いながらも、既にエリーゼは血牛の脚を斬り落とし、右手で握っていた。


「ご自由に」


「ありがとうございます、では」


 エリーゼは大きく振りかぶり、血牛の脚をぶん投げた。回転しながら飛ぶそれは、回避行動をとったはずの死喰い蝙蝠を追うように軌道が変化し、直撃した。


「やった!」


 ヘラが目をまんまるに見開く。


「え、なんですか今の。こう、カーブしましたよね?」


「昔、棍棒を投げて遊んでいたら、まっすぐ飛ばないことに気づいたのです。相手がどの方向に避けるかは運次第でしたが、当たって良かったです」


「おもしろ~~!」


 棍棒投げ。どんな幼少期を過ごしていたんだろうな、この姫様。


 ヘラが血牛の脚をちぎって投げ出すが、死喰い蝙蝠たちは敗勢と見たのか、どこかへ飛び去ってしまった。まあ、俺も女子が牛の死体をちぎって投げる姿はどうかと思うので、すこしホッとした。


「……ところでレオ爺さん、なんで殆ど戦わなかったんだよ。魔法なら撃ち落とせただろ」


「基本的に射程外じゃし、射程に入ったときは滑空攻撃で急接近してくるじゃろ。詠唱が間に合わんのよ」


「そうかい……しかしこう、弓なり投石なりを装備するのも良いかもな。空の魔物は厄介だ」


「今まで空の魔物は避けてきたがのう、今後を考えるとそれもアリじゃの」


 エリーゼが手を上げた。


「私、弓が使えますよ。狩猟は得意です」


「……あんたはその甲冑で盾役になってくれたほうがありがたいと思うよ」


「そうですか……」


 冒険者が使う弓は、その膂力にあわせて巨大なものになる。迷宮地下3階以降で通用するのは弓力200kg越えの弓らしいが、アホみたいに太くてデカい。持っているだけで近接戦闘の邪魔になる。


 レオ爺さんがヒゲをしごく。


「ヘラにダーツでも持たせるのがよかろう」


「かさばらないなら持つよー」


「腰か脚にベルトを巻いて、そこに差しておけば良い。……さて、流石に魔物の連鎖出没も収まったようじゃな。素材を剥いで帰るとするか」


 俺たちは、あちこちに散らばった魔物の死体をかき集め、それから帰途についた。ヘラが一番の力持ちなので仕方がないことだが、小柄な彼女が、文字通り山のような素材を抱えているのは、中々に滑稽な風景だった。

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