2章 かくして彼らは技を磨いた

第10話 はじめての冒険

 レオ爺さんの説教を素直に聞く。反論しても言い負かされるのは目に見えてるし、今回は俺に非があるしな。実際、「雇用者を殺しかねないことをするな」「極力跳ぶな、自分が回避出来なくなるじゃろう」「もう一手、相手をコケさせる手間を惜しんでなかったら、引き分けにはならなかったじゃろうな」と言われれば何も言い返せない。


 ……いつの間にか一時間経っていたようで、ヘラとエリーゼが戻ってきた。エリーゼの足取りはしっかりしていて、少し安心する。それに彼女は、兜のバイザーを上げていた。そして何故か目をキラキラとさせている。


 彼女の目の輝きの理由はわからないが、レオ爺さんが俺を睨んでいることだし、本当に申し訳なく思っているのも事実だ。ならまずは、謝ろう。


「……あー、その、なんだ。さっきは悪かったよ」


「いえ、良いのです。それよりも私、感心しました。やはり祝福の力は凄いなということ、そして、私の知らない戦い方がまだあるのだということに」


「そ、そうか?」


 エリーゼは興奮した様子で近づいてきて、俺の手を握った。


「また戦ってくださいね。いえ、それよりも先に、お互いの技を教え合いませんか?」


「それは構わねえが……なあ、本当に大丈夫か? 頭でも打ったのか?」


 ヘラに「あんたが打ったんでしょ」と小突かれたが、彼女はため息をついて肩をすくめた。


「休んでる間もずっとこんな調子だよ。あたしもレスリングの模擬戦する約束取り付けられちゃったし。……武術マニアなんだと思うよ、エリーゼ様は」


「武術マニアなんかではありません! もちろん武術には初見殺し技が多いです、知っておいて損はありませんが。……私は、自分が知らないものを知る瞬間が大好きなのです」


 まあ好奇心は誰にだってあると思うが。その好奇心が武術に向くのは、相当珍しいんじゃないかな。


 レオ爺さんが咳払いする。


「まあ大事に至らず幸いですな。であれば、早速迷宮に潜りましょうか」


「はい、お願いします!」


 俺たちは迷宮に向けて出発した。道中、エリーゼが「あの動作の意図はなんだったのですか?」「私の技の組み立て方は……」とひたすらに武術談義を持ちかけてきた。やっぱり武術マニアなんじゃないかな、こいつ。



 迷宮に潜り、地下2階に侵入してから、俺たちは主要通路――次の階層へと続く最短経路――を外れ、迷宮の辺縁へと向かっていた。


 地下2階は広大な空間だ。数十メートルはあろうという高い天井を、点在する岩の柱が支えている。中央に「悪魔の月」と呼ばれる丸い光源があり、それが全体をほのかに照らしている。


 エリーゼが感心したような声をあげる。


「本当に不思議なところですね、迷宮は。地下1階が文字通り迷宮――あるいは要塞のような造りかと思えば、地下2階は広大な平野なのですから」


「掘るのもひと苦労だったろうにな」


 そう答えながら、俺は石造りの家のようなものの中を確かめた。天井も壁も殆ど崩れてしまっているが、物陰に魔物が潜んでいることがあるからだ。


「クリア。……なんだ、今日はあんまり魔物に出くわさねえな?」


 レオ爺さんがくつくつと笑った。


「まあ、読み通りじゃな。昨日は地下3階に、地下5階の魔物が出てきたじゃろ? そして主要通路に魔物が多かった」


「ああ」


「魔物は自分の住む階層を動かぬからな、急に下から強い魔物が這い上がってきて、縄張りをかき乱されておったのじゃろう」


「そういえば、俺たち以外にも下から出てきた魔物に出くわした冒険者はいたのか?」


「何件かあった。そして、とギルド職員は言っておったよ。可哀想にな。……ともあれ、これは好機じゃ」


 エリーゼは迷宮の地図を広げた。


「私たちが向かっているのは……地下2階辺縁、『スキュティア草原』でしたね」


「左様。主要街道から強い魔物が這い上がってくるとすれば、弱い魔物は辺縁へと押しやられるでしょう。つまり辺縁は魔物の過密地帯になっている可能性が高い」


 なるほどな。魔物はそれぞれ、自分の縄張り――生活圏がある。当然、食料源もあればねぐらもあり、冒険者はそれを見つけ出して魔物を狩らねばならない。これが結構な手間なのだ。


「こちらから探さずとも、そのへんにうじゃうじゃ居るなら手間ねえな」


「そういうことじゃな」


 レオ爺さんは天井を見上げる。「悪魔の月」は既に遠く、その光は殆ど届かない。その代わりに、星のように光るものが天井に点在していた。


 エリーゼとヘラは「綺麗」ときゃいきゃい喜んでいるが、「悪魔の月」も含め、星に見えるあれが何なのか、まだ誰も調べられていないそうだ。気味が悪い――もちろん、俺は本物の月や星がなにで出来ているのかも知らないが。


「そろそろじゃな」


 前方に目を戻せば、土がむき出しだった地面に、草が生えてきた。その先は、地平の先まで延々と続く草地になっていた。


「スキュティア草原ってどんなところだ?」


「人気がない場所じゃよ。遠いし、面倒な魔物が多いからのう」


「面倒?」


「牛やら馬やら……むっ」


 草の中から、青く光る小さな粒が飛んできた。それらは俺たちの身体に吸い込まれた。魔素だ!


「ほっほ、やはり読み通りじゃな。ここいらに居る冒険者はわしらだけじゃ。つまり今のは、縄張り争いで魔物同士が殺し合っていたことを意味する」


「へえ、じゃあここでのんびり寝てるだけでも魔素が集まるのか」


 その時、再び魔素が飛んできた。


「……マジで寝てるだけで良さそうだな、こりゃ」


 ヘラが「待って」と声をあげた。


「視線が多い……いや、多すぎない?」


「わかるのか?」


「童女好きの変態に見られてる時みたいな、嫌な感じ……エリーゼ様は?」


「そう言われると、なんだか胸を見られている時のような嫌な感じが……」


 俺とレオ爺さんがぎくりとすると同時、前方の草の中で赤いものが光った。目を凝らして見てみれば、その光の周りには黒いシルエットがあった。角が生えている――牛のシルエットだ。なら、あの光は目か?


「レオ爺さん」


「ブルートリント、血牛かのう。草食なんじゃが、血を啜るのが大好きな奴じゃ。とはいえ2階の魔物、おぬしらが殺すには容易い。強いて言うなら、突進からの角の突き上げには注意しておくじゃ」


 草原の中で、次々と赤いものが光る。10から先は数えるのをやめた。


「多くねえ?」


「多いって言ったじゃんあたし」


「大丈夫なのですか?」


 3人がレオ爺さんに問う。彼はヒゲをしごきながら、憮然とした。


「スキュティア草原に人気が無いのは、牛型やら馬型やら、魔物どもの脚が早いからじゃ。つまりは」


 赤い目をもつ牛たちが、ゆっくりと立ち上がり、こちらに向かってきた。


「人の脚では逃げられないんじゃな。……戦闘準備ッ!! 申し訳ないがエリーゼ様もじゃ!!」

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