第39話 解釈と対策 その2
俺たちはルッツ伯爵との会談を終え、外に出た。歩くたびに財布からじゃらじゃらと金貨や大銀貨が擦れる音がする。龍貨は最終的に、「同じ体積の金貨よりも重い」ということがわかった……つまりは異様に純度が高いということだ。その事実と希少性を以て、ルッツ伯爵は龍貨に金貨180枚の値をつけた。そこに銀細工類も併せて、最終的な買取価格は金貨240枚となった。1人あたま金貨80枚の収入ということになる。
「なんだか実感わかねえな、こんな大金……」
「切り詰めて生活すれば、20年くらい働かないでも暮らせちゃうね……」
働く、即ち俺たちにとって「命がけで迷宮に潜る」行為は、もはや必要ない。そういう状態になってしまった。
「……どうするよ、姫様」
「もう迷宮に潜る必要はないでしょうね、祝福……魔素という意味でも、長年迷宮5階に潜り続けたのと同じくらい、今日1日で稼げたでしょうし」
魔物の持つ魔素の量は階層をまたぐごとに跳ね上がることを考えると、エリーゼの言う通りなのだろう。「軍隊でなければ生きて帰れない」と言われる迷宮地下6階に潜むオーグル9体ぶんの魔素を、たった3人で分け合ったのだから。いや、レオ爺さんを殺した奴を含めれば10体ぶんか。
「迷宮について知りたいことはまだ色々ありますが、今は好奇心に身を委ねるべき時ではないのでしょうね」
「そうだな」
太古の言い伝えの通り、魔素が呪いだとすれば、迷宮に潜って魔物を狩ること自体
「もう迷宮に潜るのはやめて、目の前の武術大会に集中する時だ。……そう納得するには十分すぎるものを得た」
「冒険者、アガりだね」
ヘラにそう言われて、俺はきょとんとしてしまった。いまいち実感が湧かなかったからだ。
惨めな物乞いと盗みでその日のパンを稼ぐのが嫌で、一発逆転を目指して冒険者になった。その一発逆転が起きたというのに。武術大会に出て好成績をおさめて騎士に取り立ててもらったり、従士として雇い入れてもらったり、そういう夢が本当に手に届くところまで来たのに。それどころか、たとえ武術大会で一回戦負けしたとしても、どこかの農場を買い上げて地主として生きていくには十分なカネも手に入ったというのに。何故俺は実感がわいて――納得していないのだろう?
悩んでいる俺をよそに、エリーゼが声をかけてきた。
「とはいえ護衛契約はまだ活きています、明日の大司教様との会談にもついてきてくださいね」
「あ、ああ……それは勿論。だけどよ、大司教に会うのに護衛なんているのか?」
「見栄ですよ」
「なるほどね……」
「その後はひたすら戦闘訓練でしょうか。勿論、礼儀作法などの勉強も」
「……悪いな、つきあわせちまって」
「構いませんよ。……そうだ、お二人にお聞きしたいことがあるのですが」
「なんだ?」
「仮に、仮に魔素が呪いだとして。貴方たちはどうするべきだと思いますか? 迷宮に潜るのをやめるよう、冒険者たちを説得するべきだと思いますか?」
少し考えてみる――答えは否だな、と思った。
「無理だろ、誰も聞き入れやしねえよ。迷宮の魔物を狩れば日銭と祝福が手に入るんだ。それを得るのが冒険者の生活なんだからよ」
「放置すれば危険な事態が引き起こされるかもしれないとしても?」
「気がかりではあるよ。だけどよ、それは俺たちがアガっちまったから気にかける余裕がある、ってだけの話だ。龍貨が手に入ってなけりゃ、俺はまだ迷宮に潜ろうって言ってたと思うぜ。夢があって、その通過点が迷宮だったんだ。なら、通るだろ」
「……そうですね。私にとっても、迷宮は避けて通れない通過点でした。だから通った。他の冒険者や、武術大会に向けて迷宮に潜っている貴族たちにとってもそうなのでしょう。……確かに何を言っても聞きはしないでしょうね」
「自己中心的だな、とは思うけどな」
ヘラを見ると、彼女は諦念の滲んだような苦笑を浮かべていた。
「自己中心的になるのは仕方ないんじゃないかな。だって途中で冒険者辞めたとして、物乞いと盗みの毎日に戻りたくないし」
「ああ、それだけは絶対に嫌だ」
エリーゼが頷いた。
「二人とも、ありがとうございます。明日、大司教様に伝えるべき内容が固まりました」
「……今のでか? 大丈夫かよ、『隣人愛を持て!』とか怒られないか?」
「どうでしょうね。それを本心から信じているようなお方が大司教であって欲しい、とは思いますけど。……さて、今日はこれで解散にしましょう。また明日」
「ああ、また明日」
俺たちは別れ、エリーゼはフィリップ助祭のところへと向かった。俺とヘラは鍛冶屋へと向かい、最低限の防具を揃えることにした。
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