第5話 清算

「よぉフィリップ助祭」


 ヴォルフに声をかけられた私は、彼のほうを見て真っ先に「ついにやってしまったか」と思った。彼とヘラが、見知らぬ男の死体を担いでいたからだ。


 だがその後ろに、同じように死体を担いだレオ――彼がこの時間に教会に来るのは珍しいことだ――と、プレートアーマーに身を包んだ美女が続いていたことから、私の懸念はどうやら違ったようだと思い直す。とはいえ情報量が多い。信じられぬようなことが日々起こるスラム街であっても、死体とプレートアーマー美女が一緒にやってくることは今までなかった。


「やあヴォルフ。……どういう状況か説明して頂けます?」


「もちろん」


 ヴォルフは若干言葉足らずながら、事の経緯を説明してくれた。やはり私の懸念は思い違いだったようで、心の中で彼に詫びた。そして私は、金髪の美女――エリーゼに話を振る。


「一応お尋ね致しますが、冒険者ギルドへの登録はお済みですか?」


「はい」


「でしたら冒険者ギルドの共用墓地がご利用になれますが……如何致しますか? 個別の墓地を設えますか?」


「勝手なお願いで申し訳ないのですが、いずれ領内に持ち帰り改葬したいのです。3人まとめて、一箇所に埋めておいて頂くということは可能でしょうか?」


「あー……でしたら、個別墓地を一つだけ買って頂くのが宜しいかと。墓穴堀りの代金は3人ぶん頂きますが」


「お心遣いに感謝致します。では、そのように」


「承知致しました」


 イレギュラー対応も良いところだが、これくらいの便宜は図らねばなるまいと思った。この教会はスラム街を教区に含んでおり、おまけに冒険者ギルドの共用墓地も管理している。身寄りがなく、困窮している者たちにとっての最後の拠り所だ。この教会が隣人愛の精神を失ったら、この教区の倫理は地の底まで落ちる。少なくとも私はそう思って仕事をしていた。


「葬儀式はお早いほうがよろしいですよね?」


「はい、可能な限り」


「では明日の朝に執り行ってしまいましょう」


 エリーゼと葬儀式の仔細を詰める。レオが彼女に助言し、墓穴堀り代を少し弾ませてくれた。これで墓穴堀りの人足――生活困窮者たちだ――を少し多く雇える。レオに小さく会釈すると、彼はしかめっ面でそっぽを向いた。全く素直ではないが、立派な人だと思う。


 その後、遺体を教会地下の霊安室に運び入れ、彼らは帰っていった。去り際にレオが「また後で来る」と、私だけに聞こえるように小さく言い残して。




 俺たちは教会に遺体を預けた後、冒険者ギルド本部に向かっていた。魔物から剥ぎ取った素材の売却と、エリーゼと正式な護衛契約を結ぶためだ。


 ヘラはエリーゼを気遣って「今日はもう休んで、詳しいことは明日でも良いんですよ」と言ったが、エリーゼは「私たちには時間がありません、明日の葬儀式が終わり次第、すぐにでも迷宮に潜りたいのです」と断った。気丈なお姫様だ。


 俺たちは冒険者ギルド本部に入り、併設されている酒場の一角に席を占めた。ほどなくウェイトレスがやってきた。


「ご注文は?」


「俺はエール。ヘラは?」


「あたしもエール。エリーゼ様は?」


「ええと……では、ワインで」


 レオ爺さんは髭をしごきながら、テーブルに少し多めの銅貨を置く。


「わしもワインじゃ。混ぜものをしていないのをな」


 ウェイトレスはにっこりと笑い「うちは最初から混ぜものなんてしていませんよ」と言うが、絶対嘘だ。一度飲んだことがあるが、薄いし灰が混ざっていた。


「ふん……さて、わしは素材を売り払ってくる。しばしの間、お前たちで姫様をもてなしておるのじゃぞ」


 レオ爺さんはそう言い残し、ヘラが持っていた戦利品入れを受け取ってギルドの買い取りカウンターに向かった。ウェイトレスもお代を受け取ると、厨房に走ってすぐにエールとワインを持ってきた。


「んじゃあ……あー、なんだ。姫様の従士たちに献杯」


「お心遣い、感謝します。献杯」


 俺たちはジョッキを掲げ、中身を一口飲んだ。それぞれがジョッキをテーブルに置く。無言。


 ……困ったな、迷宮の中ならそれなりに話題があるのだが。酒場で、貴族相手に何を話せば良いのだろう。しかも従士を失って落ち込んでいるであろう女に。身近な女といえばヘラしかいないが、こいつは滅多に落ち込まないしなぁ。参考にならない。


 そんなことを思っていると、ヘラが一息ついた、といった様子で自分の胸当てを外しはじめた。


「エリーゼ様も脱ぎますか? 上だけでも」


「あー……そうですね。そうしましょう、もう魔物もいないですし」


 そう言って彼女はプレートアーマーのベルトを外し始める。ヘラの胸当ては軽いので、1人でもすぐに脱げる。手早く脱いだ彼女は、エリーゼの鎧のベルトを外すのを手伝い始めた。


「……おいヘラ、サラシくらい巻けよ」


「えー? だって呼吸苦しくなるじゃん」


 彼女は服の上に直接胸当てをつけていた。結果、汗で服が肌にぺっとりと張り付いてしまう。細身の骨格と、平坦ながらギリギリ女のそれだとわかる程度の膨らみをもつバストの形が露わになっており、目に悪い。


 エリーゼはベルトを外すのを手伝われながら、ヘラに問う。


鎧下ギャンベゾンは着ないのですか?」


「いやぁ、高すぎて買えないですよ」


「あー……」


 冬服一着買うのに家賃一年ぶんは平気で飛んでいくしな。それと同等かそれ以上に布地を使う鎧下は、到底俺たちに買えるものではない。


「その、もし嫌でなければですが……私の従士たちの鎧下を使いませんか? 補修と仕立て直しは必要でしょうけど、新しく買うよりは安く済むはずです」


「えっ、良いんですか!? いや、でも遺族の方に返してあげたほうが……」


「いえ、あれは我が家からの貸し甲冑の類なので問題ありませんよ」


「ほんとですか!? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」


「ヴォルフさんも如何ですか?」


 俺も鎧下なんて持っていないので、貰えるなら非常にありがたい。だが死者が着けていたものを着るのは、抵抗が……ないな。野垂れ死んだ奴の服をかっぱらって生きてきたし。


「あんたが良いって言うなら、ありがたく貰うよ」


「では、そのように」


 彼女が頷き、プレートアーマーの胸当てと背当てを外した。彼女の鎧下が露わになる……俺は思わずその胸元を見てしまった。


 分厚い冬服のようなものである鎧下は体型を覆い隠す。だというのに、彼女の胸元は明らかに膨らんでいた。これは大物だぞ。


 ヘラも自分の席に戻りながら、エリーゼの胸元を凝視していた。


「……エリーゼ様って普段なに食べてるんですか?」


「んん……皆さんとそんなに変わらないと思いますよ? お肉は多いかもしれませんけど」


「肉かぁ」


 肉かぁ。冒険者としてそこそこ稼ぐようになったが、まだ週に一度肉入りスープが食えるかどうかだしなぁ。だが貴族ともなればあれだろ、毎日肉食っててもおかしくはない。俺はエリーゼの身体つきに納得した。


 と、そこにレオ爺さんが戻ってきた。テーブルに硬貨を起きながら――ちらとエリーゼのバストを見て――俺たちを見渡した。


「まずは清算じゃ、姫様は少々お待ちくだされ」


「はい」


「各種素材の売価が1グルデンと12クロイツァー、情報の売価が30クロイツァー。これを3人で割ると1人あたま34クロイツァー。よろしいか?」


 暗算してみる――わからん。エリーゼの顔を見てみる(たぶん算術できるだろ)。……彼女はレオ爺さんに猜疑の目を向けたりしていない。じゃあ合ってるだろ、多分。


「よろしいよ」


「いいよー」


「……おぬしら計算してないじゃろ。算術を覚えろ算術を」


「覚えなくても数えりゃ済むだろうがよ」


 俺はレオ爺さんから渡された硬貨を数える。クロイツァー貨、十字が刻印された小さな銀貨を一枚一枚積み上げてゆく……34枚。ついでにヘラとレオ爺さんのぶんも数える。こちらも34枚ずつ。


「ほら問題ねえ」


 レオ爺さんは天を仰いだ。この爺さんは事あるごとに俺とヘラに文字と算術を教えようとしてくるのだが、俺たちはあまり必要性を感じていなかった。


「まあこのアホどもは放っておいて……ではエリーゼ様」


 レオ爺さんは席についてワインで口を湿らせ、それから羊皮紙とペンを取り出した。


「契約を始めましょう」

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