第4話 臨検
入り口への帰路、6度魔物と遭遇したが難なく撃退した。とはいえ。
「多くないか?」
「……多いのう。安全な道のりを選んでおるのだが」
魔物が跋扈する迷宮にも、浅層には比較的安全な道が存在する。冒険者が次の階層に向かうために使う道――つまりこの階層の魔物では物足りなくなってきた強者が使う――は、魔物が近づかない傾向がある。だというのに6度も魔物に遭遇するのは、ちょっと異常だ。
「5階の魔物が3階に出たことと、何か関連があるのやもしれんのう」
「どうにせよ、魔物探す手間が省けて良いじゃねえか。エリーゼ……様に魔素吸わせるにゃ好都合だ」
ちらとエリーゼを見ると、彼女は何やら困惑している様子だった。
「あ? どうかしたか?」
「いえ、その……私に分配される魔素が、皆さんよりも多い気がしていたのです」
彼女は「お心遣いを頂いているのでしょうか?」と申し訳無さそうに小首を傾げた。レオ爺さんが咳払いをする。
「実を言うと、そうなのです。つきましては追加料金を――」
髭をしごくレオ爺さんを、ヘラが睨む。
「嘘はダメだよ」
「冗談じゃよ! ……まことを申し上げますと。魔素はどういうわけか、所有する魔素が少ない者に多く集まるのですよ」
「笑えるよな、魔素のほうが教会よりよっぽど平等なんだぜ」
冗談のつもりだったのだが、エリーゼは困り顔になってしまった。教会ネタはダメか、微妙にやりづらいな。
「……それではヴォルフさんに不都合なのでは……?」
「そりゃちょっとの間はな。だが俺とあんたの魔素の量が同じになるまで、そんなにかからねぇだろ。そしたら4人がかりでもっと強い魔物を狩れるようになる。だろ、爺さん?」
「わしらは護衛じゃぞ? エリーゼ様を戦わせるのは拙かろうよ」
「いえ、準備が整ったら私にも戦わせてください。そのほうが早く強くなれるのであれば」
「……そういうことでしたら、まあ」
よし、これでエリーゼを戦力化できそうだ。かなり戦術の幅が広がるぞこれは。
と、そんなことを話しているうちに入り口に帰り着いた。死体を担いでいる俺たちを見た門番2人が「止まれ」と声をかけてくる。レオ爺さんが応対する。
「その死体は?」
「こちらにおわす、高貴なお方のお連れ様じゃ」
「む、う……」
門番たちは顔を見合わせた後、恐る恐るといった様子でエリーゼに尋ねる。
「大変申し訳ありませんが、そちらのご遺体の荷物を検めさせて頂いてもよろしいですか?」
「それが必要なのであれば、構いません」
「ご協力に感謝します」
門番の1人がエリーゼの従士たちの荷物を検め、もう1人が(特に許可を取ることもなく!)俺・ヘラ・レオ爺さんの荷物を開いた。ちょっと嫌味を言ってやる。
「やあ、姫様の荷物は検査しなくていいのかい?」
「……うるさいぞ」
門番に睨まれたが、笑って受け流してやる。……だが、何故かエリーゼが怒った様子で門番に話しかけた。
「私の荷物も調べてください」
「へっ? いや、その必要は……」
「私は冒険者を殺して小銭を稼ぐ悪党かもしれませんよ」
「まさか、そんなことは疑いませんよ!」
「信頼に感謝します。しかし、身の潔白は示しておきたいのです。さ、検めてください」
エリーゼはずいと自分の荷物を押し付けた。門番は困り顔で、俺たちの荷物を触るのとは比べ物にならないほど丁寧な手付きで、それを検めた。
「……不審な金品・文物は見当たりません」
「大変結構」
結局、俺たちや従士の荷物からも不審物は見当たらず――いや、ヘラが持っていたオルトロスの頭部だけは「毒じゃねえか先に言え!」と怒られたが――俺たちは解放された。
夕日を受けながら教会へと向かう道すがら、エリーゼが申し訳無さそうな声をあげた。
「大人気なかったでしょうか。彼らとて、面倒事を避けるために私を臨検から除外したのでしょうに」
「いや、スカッとしたぜ。なぁヘラ?」
「うん! あいつらいっつも横柄な態度なんですよ。機嫌悪いと賄賂要求してくるし……いい気味ですよ!」
「そ、そうなのですか……なら良かった」
エリーゼは胸を撫で下ろすが、レオ爺さんはしかめっ面だ。
「エリーゼ様、そのアホ2人に丸め込まれないでください。あれは確かに高潔な行いではありますが、貴女様の庇護がなくなった後の我らがどういう目に遭うかもお考えくだされ」
「あ……」
「何が起きるか理解できましたかな?」
「はい……も、申し訳ありません。どう償えば……」
「門番に渡す賄賂代を追加請求致します」
「……それで、よろしいのでしたら……」
……あー、俺にもわかってきたぞ。あれだ、用心棒雇ってえばり腐ってたアホが用心棒との契約を切ったらどうなるか。途端に恨みを買ってた奴らにボコられるに決まってる。俺だってボコる。
エリーゼを非難する……そんな気にはなれなかった。レオ爺さんがなんとかしてくれるらしいし、俺も何が起こるか気づかず無邪気に喜んでいた。それに、エリーゼがすっかりしょげているのを見ると、つつくのが可哀想になってくる。貴族らしいんだか貴族らしくないんだか、わかりづらいなこの女。
路地がどんどん狭くなり、建物の群れがすっかり夕日を隠してしまうようになった頃、教会にたどり着いた。スラム街に近い、フィリップ助祭のいる教会に。
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