第28話 エリーゼの葛藤 その1
迷宮に入り、地下3階に到達。今日はこの階層で「3人での戦い方」を習熟しよう、という話になった。冒険者ギルドに申告した探索地点へと向けて歩いていると、早速魔物を発見した。岩に擬態した亀だ。これは比較的御しやすいやつだ、レオ爺さんが魔法で怯ませた隙に畳み掛ければ――
「……遠隔攻撃の手段がねえのか」
「ダーツ買っておけばよかったよ」
つい、レオ爺さんが居たときの戦闘の流れで考えてしまう。だが、彼はもう死んだ。頭を振り、エリーゼに指示を仰ぐ。
「どうするよ、姫様」
「……ヘラさん、石を投げて攻撃出来ませんか?」
「やってみます」
ヘラが岩壁をぶん殴って崩し、手頃なサイズの石を拾い上げた。彼女は、それで次は? という視線をエリーゼに投げる。
「私が前に出て、倒します」
「俺は?」
「……私のフォローを」
「了解」
まあこの程度の魔物相手なら、エリーゼが危険な目に遭うことはないだろう。雇用者を前に出したくはないのだが、強く反対するほどの敵ではないので黙っておく。
……それにしても、なんだかエリーゼの指示はあまりテキパキしていないというか……微妙な間があってもどかしいな。彼女だって従士3人を引き連れて迷宮に潜っていたのだ、指揮に不慣れということはあるまい。オーグル戦でも決然と指示を出していたしな。あるいはこのメンツでの戦闘法を組み立てている最中なのか?
そんなことを考えているうちに、エリーゼが攻撃開始を命じた。
「よいしょっ!」
ヘラが大きく振りかぶり、石を
そこにエリーゼが駆け、長剣が
「はあッ!」
亀が噛みつこうと首を縮めるより速く、エリーゼの長剣が首を斬り落とした。バックアップのためにエリーゼの斜め後ろについていた俺は、出番なしで終わったというわけだ。魔素が身体に吸い込まれるのを見届け、剣を鞘に納める。
「流石に楽勝だな。やっぱ地下3階じゃあもう簡単すぎるんじゃねえか?」
「かといって地下4階では、オーグルに遭遇する可能性もあります」
「あんだけお貴族様がたが潜ってるんだ、そういう目に見えた危険はあいつらが処理して通ってる気もするんだがなぁ」
「ダメです、少なくとも今日はこの階層で、連携の習熟に充てましょう」
「あいよ」
素直に従い、地下3階での戦闘を続ける。3体ほど魔物と遭遇し、撃破したあたりで、俺は気づいた。
エリーゼは俺とヘラを前に出さず、補助に徹させている。
「……姫様よ、この階層はこの戦い方でも問題ないだろうが……これから先の階層じゃあそうはいかねえだろうよ。もうちょっと実践的な連携を練習しようぜ」
「この戦い方、とは?」
「あんたが前に出て、盾役も攻撃役もやるって戦い方だよ。俺とヘラの仕事が殆どねえ」
「最も防御力に優れる私が前に出るのは、合理的だと思いますが」
「だが、あんたは俺たちの雇用者だ。前に出て怪我されちゃ困るんだよ。そもそも盾役は今まで俺がやって成立してたんだ、そこを崩す意味はねえだろ?」
「今まではそうでした。ですがダリオとオーグルの魔素を得たことで、私たちの間に祝福量の差はなくなったものと思います。であれば、盾で受け損なったら攻撃が直撃してしまうヴォルフさんより、私が盾役になるほうが安全です」
エリーゼはそう言って胸鎧を叩いた。確かに全身甲冑のエリーゼのほうが防御力に優れるのは事実だ。だがやはり彼女は俺たちの雇用者で、怪我でもされると「護衛役は何をしていたのだ」という話になる。こちらは今の危険を売って、未来の護衛役……傭兵や騎士としての信用を買っているのだ。
その方向で食い下がろうとすると、ヘラが声をあげた。エリーゼの肩鎧を指さしている。
「エリーゼ様、肩鎧壊れてますよ」
「えっ? ……本当ですね、
「昨日のオーグルの攻撃で緩んでいたんですかねー?」
「かもしれませんね。申し訳ありませんが、今日はここまでです。私は戻って甲冑鍛冶のところに行って参ります」
話を挫かれた俺はぐるりと目を上に向けつつ、渋々頷いた。するとエリーゼが咳払いをしつつ、申し訳無さそうに声をかけてきた。
「……とはいえ、今日はこれで解散というのも時間が勿体ないです。甲冑鍛冶のところに行ったあと、よろしければ文字をお教えしましょうか?」
「いいのか?」
「勿論。むしろ、体力が余っているほうが頭に入りやすいでしょう」
エリーゼは微笑み、帰路へと
……なんだろうな、エリーゼは俺とヘラに戦闘を避けさせているような気がしてきた。あるいは、レオ爺さんを喪った俺たちへの配慮なのだろうか。無用な配慮だ……と言いかけたが、やめた。機嫌を損ねて、文字を教われないのも困る。ちらとヘラに視線で意見を仰いだが、彼女もやや
俺たちは地上に上がり、エリーゼの甲冑を修理に出したあと、冒険者ギルドの一角を借りて文字の勉強に勤しんだ。
「
「その方が早く覚えますよ」
「本当かねぇ……」
エリーゼは
一通り発音しながら書き終えると、蝋板を火で炙って蝋を
「ところで、お前はもう覚えたんじゃねえか?」
「へっ?」
豆をぶつけられた鳩のように、ヘラが目を丸くした……瞳が揺れ動いている。頭を巡らせているときの癖だ。
「図星か」
「……いつから気づいてたの?」
「今のはカマかけだ。お前、迷宮の中での距離とか正確に当ててただろ。歩数を数えて覚えているか、勘が良いだけのバカか、どっちかだと思ってたんだよ」
「そ、そこからかー。ぬかったなぁ」
「何年付き合ってると思ってるんだ? ……ちなみに、他に隠していることは?」
「……計算が得意」
「マジで? 982引く316」
「666」
「姫様、合ってるか?」
完全に適当な数字を言ったのだが、ヘラは即答した。俺は計算できないのでエリーゼに答え合わせを頼む。彼女は面食らったように眉を跳ね上げ、「少々お待ちを」とぐるりと目を回した。
「……合ってますね」
「マジかよ。なんで隠してたんだ?」
「き、嫌われちゃうかなって」
「あー……」
確かにスラム街の人間は、俺を含めて「頭の良い奴」が嫌いだ。頭が良くて、なおかつ腕っぷしが強くないと「生意気だ」と考える。確かに迷宮に潜る前の「普通の女の子」ヘラが記憶力も計算力も優れているとわかったら、俺も反感を覚えただろう。
だが今は違う。彼女は強いし、ともに修羅場を乗り越えて心を通わせた仲だ。生意気だとは思わず、尊敬の念すら覚える。
「今はもう嫌ったりしねえよ。存分に暗算で俺を助けてくれ」
「うん」
ヘラは頬を染めた。するとエリーゼがにっこりと笑った。
「勉強中にイチャつくとは中々に挑発的な生徒たちですね。余裕がおありなら、テストしてみましょうか?」
「いや、ちょっと待て……」
エリーゼは待ってくれなかった。彼女が言うアルファベートを順に書いていくというテストが始まった。
――結局、俺は59問中15問しか正答できなかった。ヘラは満点であった。
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